SO-040「役目と本音とお嬢様」
その日は、朝から柄にもなく緊張していた……と自分では思いましたわ。幸いなことに前日は宝物庫への侵入者もなく、平和そのもの。というのも、建国祭に合わせて城内は元より町中にもいつも以上に兵士の巡回も設定され、あちこちにクロエの手によって作られた魔力探知装置『貴様、見ているな君』が活躍しているようですの。
「城壁の巡回の際、魔物も見つけることが出来たと報告がありましたわね……っと、今は考えを切り替えないと……」
自分一人、待機している部屋は宿舎のそれよりやや小さいものの、調度品は比べるまでもありませんわ。普段使わないところにもお金をかける、わかっていてもやや気になるところですわね。ふと腰に手をやり……そこにトライがいないことに気が付いて苦笑を浮かべました。
(確実にそばに無い、というのはいつ以来でしょうかね……)
もちろん、干しているという時はありますけれど、明確にそばに無いというのは恐らく初めてに近いように記憶しています。心細いかと言われると……少し、そうかもしれませんわね。
今日は……建国祭当日。早朝から街のあちこちで雇われた魔法使いたちが賑やかすように空へと専用に考えられた火球を放ち、皆を楽しませていることでしょう。時間をなんとかやりくりして、孤児院でも販売するポーションは作りましたし……イブンにも補助を頼みましたからきっと売れてくれる……はずですわね。
「そういえば、遠くの山にドラゴンを見たという噂がありましたけれど……本当かしら?」
独り言が増える、そう思いながらもつい口に出てしまうあたりは自分もまだまだです。他の部屋でも同じように踊りの相手を務める人間が待機してると考えると一緒の部屋に押し込まれないだけ、マシ……なんでしょうね。
第三位、しかも上2人は御壮健となれば王位につくことはまずないと言っても王子は王子、その相手が私のようなまだ若い女だというのだから興味の視線ややっかみのあれやこれやがやってきてもおかしくはありませんからね。
(もっとも、私が役目を放り投げてフェリテ様に迫ること等無いというのに……まったく)
考えがそこに至ったところで、少しばかり理不尽さに心がざわついた気がしましたがノックの音に気を取り直し返事をしました。優雅に開かれた扉の向こうには迎えとなるフェリテ様お付きの家令、ロイアのようにややお年を召している方ですわね。
「お待たせいたしました。こちらへ」
「ありがとう。会場の様子はどうかしら?」
この日のために仕立てていただいたドレスを揺らし、案内のままに廊下に出ると外の気配が急に飛び込んでくるのを感じました。どうやら部屋の扉が分厚くてうまく気配を感じられなかっただけのようですわね……賑やかそうで何よりですわ。
「他国の方も順調にお集りのご様子です。ではこちらの部屋へ」
敬うべき相手の家令、というどう接するか悩むところではありますけれど軽く頭を下げ、案内された先の扉をくぐると、身支度を終えた状態のフェリテ様が立っていましたの。今日ばかりは、衣装に着られてなるものかという気概を感じ、それがまた衣装の方を際立たせがちになるのを感じました。
「おお、アレスト……美しいな。1の姉様らにも負けていないと思うぞ」
「光栄ですけれど、外では控えめにお願いいたしますわね」
本当ならば、もっと敬う口調で応対すべきなのですけれど、ご本人が嫌がるのであれば致し方ありませんわ。やや体格差はありますけれど、自信に満ちた姿はそれを感じさせません。そうして私はフェリテ様に手を引かれ、会場へと向かいます。
長い長い廊下を抜け、兵士2人がかりでないと開かないという重厚な扉が開くと……いつかの宝物展覧会とはまったく別物の空気が満たされた空間に自分がたどり着いたことを感じました。
(これだから出来れば目立つ場所には出たくないのですが……これも経験ですわね)
既に楽団により大音量で会場は音楽に満たされています。フリーニア様が歌うのはもう少し後……今は準備と歓談の最中というところでしょうか。バルコニーから見える庭で、専用の会場を作りそこで歌う……とても素晴らしい事ですわ。つい先日、顔は隠した状態であれば姿を見せていいと通達があったそうですから色々と変わるかもしれませんね。
「アレスト、今回は無理を言ってすまない。姉上からも同行の依頼がどうせあったのだろう?」
「フェリテ様、どこに目と耳があるかわかりませんわ。お言葉にはお気を付けを。ですが……ありがとうございます。私にとってこれ以上ない相棒に託してありますから心配はいりませんわ」
本心から、そう王子の瞳を見つめながら答えていくとやや迷いのあった王子の瞳にもしっかりとした光が宿りました。こういうところがなんだかんだと優しい人だなと思うところですの。
「一つ、聞きたいのだが姉上が今日身に着けるという装身具、伝説にあるものなのだろう?」
「あくまで伝説……ですけれど確かに。なんでも始まりの勇者の時代に時の王女が身に着けていたという物ですわね。本物かもしれない、そう思えるほどには力を秘めているのを感じますわ」
思い出されるのはつい先日、王直々に宝物庫から持ち出された姿。ここ100年は外に出されたことのないはずのそれを取り出すということは、よほどのことに思いましたが王は詳しく語ってはいただけませんでした。
(また何か夢を見られたのでしょうか……)
音楽が切り替わり、徐に男女が踊り始めました。今は互いの実力……というと変ですけれどどのあたりで踊るかを決める前哨戦のような物。他の国ではわかりませんが、この国では王と王妃のお二人も踊られます。そこに如何に近い位置で踊れるか、それは誰かに決めてもらうという物でもなく、自然と雰囲気が決めると言います。
(不思議ですけれど、そういう物なのでしょうか? フェリテ様がどこで踊りたいかによりますわね)
ちらりと王子を見ると、その視線は私以外……既に踊り始めている第一王子と第二王子に注がれていましたの。立場は決定的な物で、理解はしつつも納得はしにくい、そんなところなのでしょうね。私は結局一人っ子の状態ですからその気持ちがわかるとは言えませんが、今日限りとしてもお相手となる方を満足させられないというのは自分自身が許しません。
「さあ、踊りましょう」
「あ、ああ」
若干気圧されているフェリテ様をさりげなく誘い、花開く踊りの最中へと乗り込みました。披露する機会があまりないとしても、踊りの1つや2つ、良家の女となればたしなんでいるのが当然という物です。それに……。
「踊りは戦いとある意味同じですわ。互いの呼吸を読み、周囲の状況を把握し、間を縫う時もあれば切り開くときもある……」
「なるほど、よくわかるぞ」
最初はやや固かった動きもどんどんとほぐれていくのを感じます。普段の努力が花開いているというところでしょう。私も相手との体格差を考え、逆にそれを活かすように姿勢を変え、動きを変え、フェリテ様を主張し、自身はそれに添えられた花を演じます。
「私が相手では踊りにくくないか?」
「そんなことはありませんわ。見事な物かと……フェリテ様。この手、この足に力を感じておりますの。ああ、殿方の力だなと」
冗談はほとんど含んでいない、本音なのだけれどやや不満そうなフェリテ様が目の前にいます。女心はわからないと世間では言いますけれど、男心も……わからないと思うのです。やがて本番を前に、ゆっくりとした調子の踊りに移行していくと自然と密着した状態になります。
こうしてそばにいると、頑張って鍛えたのだと感じる各所の体つきに、男女の差を感じたりもしていまいます。私が男なら、もっと楽に侵入者を迎撃できるのだろうか、等と浮かぶのは失礼なことかもしれませんわね。
「なあ、アレスト」
ささやくような声色はひどく真面目で、私は戸惑いながらもフェリテ様を見……その視線に驚きます。決意のこもった、瞳でした。一体何が彼にそんな瞳をさせるのか、全く心当たりがありませんでした。
「私が、降下してプラクティス家に入ると言ったら……受け入れてくれるか?」
「……フェリテ様、今はそのようなことを言う場では……いえ、お気持ちだけでも恐れ多い事です」
王族がその身分を捨てる。物語ではたまに聞く話ですけれど、まさか現実に耳にすることになるとは夢にも思いませんでした。幸い、周囲の人々はこちらの声を聞ける状況ではないでしょうが……どうしたものでしょうか。
また後日その話を……そう告げようとした時、外が騒がしくなります。同時に聞こえてくる音楽と……フリーニア様の歌声。いつの間にかその時が来ていたのです。
「始まってしまったか……後で、返事は聞かせてほしい」
「わかりましたわ……っ!?」
外の騒ぎが、歌声への感嘆から悲鳴のような物に変わるのを感じ、ほぼ同時にその気配を感じ取りました。まだ遠いですがとても大きくて、恐ろしい気配。思わずフェリテ様と一緒にバルコニーへと駆け出し……私は遠くの空にその巨影を見たのです。
空を舞う……ドラゴン!
「そんな、まさか!」
「幻じゃあないのか!?」
周囲の人々も、これが建国祭のための魔法による幻なのではないかと疑っている人もいるようでしたわ。ですけれど……こんな気配を発する物が幻なわけがありません。
「退避を! とにかく王を逃がしてくださいな!」
「りょ、了解!」
すぐそばの兵士達へと声を荒げ、腰に手をやり……そこにトライが無いことに顔を思わずしかめてしまう自分がいました。さすがの私も、無手であれに挑むのはぞっとしませんの。
段々とドラゴンは大きく姿を現し、ついにはその瞳の動きまでわかる距離になりましたわ。その向かう先には……庭に設けられた特設会場!?
「フリーニア様ぁああ!」
「姉上!」
なぜすぐに気が付かなかったのか。今日、フリーニア様が歌うのは始まりの勇者の歌。さらに踊りの際に歌われるのはかつて、凶悪なドラゴンを退治するときに勇者を鼓舞するべく国中が歌い、ドラゴンの力を削いだというある意味では呪歌。ドラゴンが今もいたとしたら、気に障らないわけがないのですから!
何もできないでいる中、宿舎よりも大きなドラゴンがフリーニア様のいる会場を睨んだのがわかります。歌は止まっているのにどうして……まさかとは思いますが、身に着けているはずの装身具にドラゴンが気が付いている!? あのままでは……危ない! そう思って駆け出しそうになり、フェリテ様を守らねば、そう思い足が止まりました。
「行ってくれ」
「……はいっ!」
背中を押され、私はそのままバルコニーから駆け出し飛び出しましたわ。別の屋根に飛び移るとほぼ同時にドラゴンが急降下し、フリーニア様のいる会場へと顔を突っ込もうとし……直前で何かにはじかれました。一体何が……そう思った私の目に飛び込んできたのは、会場を覆い尽くすように広がるさすまたのトゲたち、そしてその中央で穂先を向けるがごとく魔力を解放しているトライでした。
彼も頑張っている……なら、私も全力を尽くしましょう。
決意を漲らせて会場へ向け、全力で飛び上がるのでした。
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