SO-039「踊る選択肢とお嬢様」
今の王都は甘い香りに包まれている。王城をはじめとして、街のあちこち、それこそ貧民の多い区画にまで。あちらこちらに、ウィリメリアの花が咲いているはずだ。残念ながら、俺には鼻が無いので匂いを感じられないのだが……。
建国祭はもうすぐ、そんな時期に合わせて街中で花開くウィリメリアは言うなれば国を象徴する花だ。不思議と、この時期にみんな咲くので祭りのシンボルでもあるのだ。
『やっぱり天然物は香りも違うんですか?』
「ええ、もちろん。育った場所によってかなり違いますわ。高地で育った物なら爽やかに……魔力の豊富な土地ほど、どちらかというと濃い香りになりますわね。それに……色も」
「アレスト様! ウチの子も咲きましたよ、ほら!」
もう少しでお昼という頃。今日は珍しくお役目の時間まで宿舎に待機しているお嬢様。窓から外を眺めての背中にかかるクロエの声はとても明るく、聞いているこちら側も思わず笑顔になりそうなものだ。
まるで宝物を献上するかのようにクロエの持ち上げる花瓶には、外の大多数の黄色とは違い、金色と呼ぶのがふさわしい色合いの花を咲かせているウィリメリアがあった。新しいポーションの材料になりやしないかと、お嬢様だけでなくクロエ、ロイアも日課のように花瓶の水に魔力を注いでいた結果だ。
『いい色合いですね……そのまま装飾品に使えそうなぐらいだ。これもクロエのおかげですね』
「あははっ、私はそんなに偉くないですよぉ! 魔力もあまり注げなかったですし……」
確かに魔力量そのもので言えばクロエが貢献したとは言いにくい。けれど、今回彼女が作った道具が役に立ったのだ。それは主に魔石に魔力を補給するために使うための物。普段であれば魔力の豊富な土地か、そういう人物のそばに置いておかないとそうそう力は戻らないのだが、これのおかげで結構簡単だったのだ。
(なんだろうな……遠い昔に、こんなのを見たような気がするな。もう名前も思い出せないが、電気……を使っていたような)
俺はさすまたになる前は人間だった……と思う。昔のことはだいぶ忘れてしまったけれど、この世界に来た時の記憶と、それより前の記憶。その記憶通りなら、俺は自分の足で歩いていたし自分の口で言葉を発していた。そう考えると今の状況はどうしてか見ること、触ること、聞くことは出来るけれどそれ以外は出来ない。
けれど、だからといって今の状況がまったく不幸かというとそうでもないと思える自分がいる。決して強がりじゃなく、本心だ。本心だが……もし出来るのならば、お嬢様や皆ともっと語らい、もっと役に立ちたいとそう思うのだ。
「アレスト様、城よりの使いがおいででございます」
「城の使いが……? お通しして」
お嬢様の声に緊張が混じるのがわかる。プラクティス家は武門の家とも言いづらく、文官を輩出する家とも言いづらい。ただただ、宝物の守護というお役目を務めて来た家系なのだ……逆に言うと、日ごろは常設の仕事のようなものが、無いのだ。もちろん遊び歩いていていいという話ではないのだが、日中に他の役柄より時間が取れるのが特徴と言えば特徴である。
つまり、そんなプラクティス家に用があるというのは、厄介事であるとか、他の人間は昼間にこなしにくい用件に限られているのだ。
「急なことでおもてなしも出来ず、申し訳ありませんわ」
「いえ、直接お目通りがかなっただけでも……」
やってきた使い、その男性には見覚えがあった。何度も王城で見たことがある、付き合いが長い部類に入る相手だ。性格は至って真面目、政争なんて言葉がこれほど似合わない相手もなかなか珍しいと思う。
清潔感を感じさせる短めの髪に、今日も皺の無い衣服。デザイン自体は支給されている物だが、妙に似合ってるな。
顔を上げた男はクロエが飾ったウィリメリアの花、その黄金具合に驚いてしまったのか動きが止まった。まあ、気持ちはわからないでもない。そのまま金メッキでもしたかのような状態だからな。
「2人に聞かせても問題の無い内容ですの? 場合によっては席を外させますわ」
「あっ、はい。大丈夫かと思います。ただ……私では判断しきれないことでして……」
彼にしては珍しく歯切れの悪い姿に、お嬢様だけでなくロイアたちも表情が動く。どう考えても、簡単な話ではないだろうことだけはわかるわけだが、果たして……。
「……これは、私一人で判断するのは難しい物ですわね……」
「見方を変えれば、お嬢様がそれだけ信頼されているということになるのでしょうが……」
「でもでも! お嬢様は1人ですよ!?」
焦るように帰っていった使い。彼の残した物は……王城からの誘い。しかも、2人から。片方はフリーニア様からの、建国祭の最中の護衛の依頼だ。と言っても表向きにはフリーニア様が式典に参加するとは明言されていない。あくまで日中そばにいてほしいというだけの物だ。建国祭での歌となれば相当な大舞台だ。場合によってはお披露目だって急に許可されるかもしれない。だからこそ、になるだろうか。
そしてもう1つは、何かと付き合いのある第三王子フェリテからの依頼。こちらは公式行事でもある建国祭の間にある踊りの相手をしてほしいという物だ。慣習として、王族の男子はこういった際、踊りの相手は既婚の女性が務めることとされている。花嫁探しは別にする、というのが理由らしい。その意味ではお嬢様は駄目だ……駄目なのだが、プラクティス家の娘となれば話は別だ。王家とプラクティス家は主だって血を混ぜないことと決まっている。宝物庫に関する権限などの問題が主だ。つまりは、アレストお嬢様はちゃんと役目に殉じ、王家とはあくまで役目としての付き合いをしていくという意思表明にもなるわけだ。
結局、どちらもほぼ同じ時間帯にある。実際、曲と歌の流れる中で踊ると決まっているのだから……。つまりはどちらかにしか行けない。道理で使いの男も困り果てているわけである。
『お嬢様、お嬢様がよければ……俺をフリーニア様にお預けください』
「トライ……」
だから俺は、彼女の助けになりたくてそう文字を刻んでいた。俺と出会ってからお嬢様はほとんどの時間を俺と一緒に過ごしている。たまに干すために置いてあることを除けば、すぐに手に取れる位置にいた。大事にされている、そう感じるが別の意味も俺は感じていた。お嬢様にとって俺は、お役目を続けていくための1つの理由なんだと。あの日、運命的に出会った俺とお嬢様。俺を受け取ったことで、お嬢様は正真正銘、宝物の守り手となった。
『魔力の吸収は気を付けますし、持ち手に阻害用の布を巻いてもらえれば大丈夫です』
「確かに私にとってトライはもう分身のような物。フリーニア様も、おそばに置いてあれば私を感じていただけるかしら」
「きっと、そうですよ!」
「お嬢様を感じられるように、お付けになっているリボンなどで飾り立てますかな?」
2人の励ましも受け、お嬢様は俺を見つめ……頷いた。覚悟を決めれば行動が早いのが我が家のお嬢様である。さっそくとばかりに、王城へと出向くのだった。
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