SO-036「ジャスタ家の招きとお嬢様」
その日、俺とお嬢様は敵地とも言える家に来ていた。いや、敵とも……限らないのだろうか? 結局は確たる証拠の無い、疑惑の段階である。そんな複雑な気持ちのまま訪れているのは、ザイヤの実家、つまりはジャスタ家であった。
「本日はお招きいただきまして」
「堅苦しいのはそのぐらいで構わないよ。今日は私的な招きなのだからね」
王城で見る姿や、会話しているときの雰囲気は鳴りを潜め、目の前にいるのは……そう、ごく普通の貴族の父親に見える。無手では万が一の際に駆けつけられない、そう理由を付けて片腕ほどの大きさに縮んでいる俺はいつかのように飾り立てられたうえでお嬢様の腰あたりに結ばれている。
(結びが大きなリボンというのは似合ってるというのか、なんというか……うん)
アレストお嬢様でなければ奇異の視線が集まったことだろう。いや、今も多少は集まっているがお嬢様だとわかるとその視線も落ち着いていく。お嬢様が、ほとんどの場所で俺を持ち歩いているのは周知の事実だからな。
「改めてお礼を言おう。娘を救ってくれて感謝する」
「その場にいたのは事実ですけれど、アレはたまたま彼女たちがいたからですわ。それに、表立って言えることではないのは……ジャスタ卿ほどの方であればお分かりですわよね?」
歳の差はあれど、お役目や立場上はへりくだるわけにもいかないお嬢様は敢えて言葉を選んでいく。貴族ってのは面倒だね、と思いつつも俺は念のための周囲を観察し続ける。
お嬢様の言うように、表立ってはザイヤの危機を救ったという形では招けないからと、派手さも無いただの食事への招きだ。それでも宿舎の前にまで迎えの馬車が来るあたりはさすがと言えるのかもしれない。
(護衛が2……4……もう少しいるか。特に変なところは無いな)
俺がこんな風に警戒し、お嬢様もどこか硬いのはジャスタ家が噂の出所の1つだと思っているからだ。事実、いくつかの噂はザイヤや彼女の父親、つまりは目の前の男が口にしたことから始まっているのだ。
「勿論。今回も私の気まぐれ、それだけのことさ」
「一般的な夜会ではなく、昼間にお招きいただいたことはありがたいですわ」
探り合いの会話はしばらく続き、なんとなくだが部屋にいる使用人たちの困惑が伝わってきたころ、扉がノックされる。そして入ってきたのは、着飾ったザイヤだった。街で見かける姿とも、王城で見かけるのとも違う、歳を感じるまだ可愛らしさの残るドレスであった。
「お待たせいたしました。お父様、アレスト様」
「ザイヤ、もう怪我の方は大丈夫ですの?」
静々と、普段見ない仕草で歩いてくるザイヤの右手には数日前に見た包帯は巻かれていない。本当であれば手袋等で隠し、肌を露出しないのが常識らしいが、今日の彼女はそのままだ。その上、見せつけるようにして右手をお嬢様と父親に向けている。
「はい。アレスト様のポーションがすごい効きました。すごいですね! 世の中から傷で悲しむ人がいなくなりそうです!」
「ザイヤ」
それは沸騰した鍋に大量に差し水をしたかのように効果を発揮した。やや冷たい父親の声に、ザイヤは気が付いてしまったのだろう。傷が消える、そのことはお嬢様にとっては嬉しくもあり、悔しくもあるとことを。
その原因を作った当事者でありながら何を、と俺は思ってしまうがお嬢様は表情を変えず、それどころか優しい笑みで彼女に歩み寄り、先日の襲撃の時に出来た傷が無くなっていることを確かめるように撫でた。このあたりは彼女らしいというべきか、悩むところだな。
「綺麗になってよかったわ。なかなか隠せない場所ですものね」
「は、はい……。あっ、食事の支度が出来たみたいです!」
表情を変えるザイヤは、果たして本当に噂を流している張本人で、外ではお嬢様の邪魔をするかのように振る舞う女の子と同一人物なのだろうか?と疑問に思うほどだった。まあ、人間は色々な顔を持っている。この顔も、外での顔も……ザイヤはザイヤ、そういうことなのだろうか。
それからは和やかに、とはいかなかったが平穏に食事会は終わった。食後のお茶会めいたザイヤとの会話も、お嬢様は一見すると笑顔も混じって楽しんでいるように見える。ただなあ、どこか落ち着かないのは間違いないのだ。
「私、アレスト様に聞いてみたいことがあるんです」
「あら、なんですの? 私に応えられることかしら」
改まった様子のザイヤから飛び出した言葉、それはお嬢様の顔色を変えるのに十分であったし、部屋を訪ねてきていた彼女の父親もこちらを向かせるのに成功するぐらいには、少なくとも当人には衝撃的な事だった。
「アレスト様、お役目が辛いなって思った事や、変わってほしいなって思ったことはないんですか?」
「ザイヤ……」
それはもしかしたら、少女の心の底からの心配の言葉だったのかもしれない。自分とほぼ同年代の相手が、毎晩宝物庫で苦労し、時に命の危機に瀕しているということが我慢できないのかも……しれない。けれど、それは角度が変われば心配と同情ではなく、相手へのあざけりにもなりうることに、彼女は思い至らなかったようだ。
『お嬢様、俺はお嬢様の決定について行きますよ』
聞こえないとわかっていても、俺は全幅の信頼をお嬢様に寄せている。万一にもないだろうが、お嬢様が1人家を捨てて魔物退治に生きていくと決めたとしてもついて行くつもりだ。
そう言いながらも、お嬢様がそれを選択することはないだろうという確信もあった。お嬢様にとってお役目はただの役目という物では、ないのだ。
そっと俺を撫でてくるお嬢様の手の感触に、信頼を感じた……のは思い過ごしだろうか?
「城の兵士は……日々に苦労はあっても、兵士を辞めたいと思って勤めているかしら」
「さあ……でも、自分がなりたくて兵士になったんだからあんまり思わないんじゃないですか?」
押し黙ったままの父親が視線を向けていることに気が付いているのかいないのか。まるで食べた料理の評価をするかのようにあっさりとした答えを続けるザイヤ。それも、間違いではない。
ただ、お嬢様にとってはお役目は……自分自身の存在証明にもつながるものなのだと俺は思っている。
「ええ、私も大変には思う時もありますけれど、辞めたいとは思いませんわ。なにせ、私からお役目が無くなったら、家の存在意義も、これまでの歴史も無意味になってしまうのですから」
ザイヤには伝わっただろうか? お嬢様がお役目に求めている物、それは受け継がれてきた忠義と言った物以外にも、家族、そのつながりの場だということが。お嬢様と静かに宝物庫にこもる俺だからこそ知っている。
お嬢様は、決して独り立ちしきった大人では……無いのだと。本当は、親に甘えたい。本当は、祖父母に色々なお話を聞いて、お出かけだってしたい時期をそうではない環境で過ごしてきたのだ。不満があるわけではないのだと思う。
(ただただ、肯定してくれる相手に飢えている部分があるんだよな)
愚痴のようにつぶやかれたいつかの夜の台詞を俺の胸の中にだけにとどめ、俺は定期的にトゲを震わせる。ここにいる、自分はここにいますと。
「んんー! 私には難しくてわかんないです! でもでも! お役目が勤められる人材が増えるのは悪くないことですよね?」
「そう……ですわね。この先の問題もありますもの……」
今のところ、お嬢様の代でお役目を引き継ぐことが出来なくなるというのは実際のところ、かなりのピンチだ。宝物庫に入れる人間が限られている以上、王様も本当に永久に家の引継ぎを禁止するつもりはなく、何年もしないうちに恩赦とは違うが何らかの対処はするつもりなんだろうと思う。ただ、それも予想でしかないのだ。
「待っててくださいね。きっと私が!」
そう叫んだあとのザイヤは急に話題を変え、お嬢様も困惑のまま会話を続ける。一体彼女は何を……、俺も横で聞いていたがイマイチ狙いがつかめなかった。
それでも時間は過ぎていき、そろそろ王城に出向かなくてはいけない時間となってきた。
「うう、またお話しましょうね」
「ええ、ザイヤ。また」
案外、外でのザイヤは周囲にいる男性陣へのアピールのために作った姿なのかもしれない、そう思えるぐらいには歳相応の女の子、そんな時間だった。ただ、それすらも演技かもしれないという疑念が残るのがこの世界の難しいところだ。
帰り道、なぜかザイヤではなく父親がお嬢様を門まで送ることになった。会話もなく、歩く2人は静かな物だ。ややあって、父親が口を開くのを気配で感じた。
「すまないね。ザイヤが色々と言ったようで。私は、君に期待している」
「あら、日ごろ女帝や女子が家を継ぐことに反対している方の発言とは思えませんわ。それでは、失礼いたしますわ」
そういって話を切り、門の前に待機していた馬車に乗り込み、お嬢様は送られるままにお嬢へと向かう。
「フリーニア様から継承権をはく奪すべきと声高に訴えたことを……忘れはしませんわよ」
俺ぐらいにしか聞こえないつぶやき。そこに滲んでいるお嬢様の心に、俺は賛同を示す動きをするだけにとどまった。さあ、今日もお役目が始まる。
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