SO-037「お嬢様とお祭り騒ぎ・前」
「さあ、力無き民よ。それでも力になりたくばこの棒で一混ぜしなさい!」
「「「はーい! 魔女様!!」」」
俺が聞く限り、発せられた言葉とはほど遠い陽気な声で叫んだ子供たちが軒先に置かれた大きな大きな水瓶のような壺に突き刺さるかき混ぜ棒をぐるぐると動かしていく。一混ぜと言いつつ、何が楽しいのか3人そろってぐるぐるとかき混ぜている姿はどこか微笑ましい。
「あらあら、そんなにかき混ぜたら魔力が空っぽになってしまうわよ。ほら、持って行きなさい」
紫色の手袋をはめた手で指さされる先には籠に入った山盛りの……お菓子。これはお嬢様お手製の焼き菓子である。シンプルながら、お嬢様らしい仕掛けも入れてあるのだ。俺は食べられないから聞いた限り、になってしまうのだけども。
「やったー!」
「しゅわっとするんだよ、これ!」
「ねね、もっとかき混ぜるからふたつちょうだい!」
少なくとも子供達には大人気の様で、色や形をどれにしようかと悩みながら籠を覗き込んでいる。そんな子供たちを俺は壺に浸かったまま見ながら、街を見ていた。近づいてきた建国祭を前にして、既に街はお祭り一色だ。各地から商人が集まり、商売も規模を大きくしている。そんな中、アレストお嬢様は孤児院の前を利用しての慈善活動をしているのだ。
やっていることは壺をかき混ぜさせて、お礼を渡す、ただそれだけ。話の大元は始まりの勇者の物語にある。勇者に説得され、協力することになったとある魔女が、ドラゴンと戦うという勇者への切り札となり秘薬を作るために国民に少しずつ魔力を分けてもらい、それを作り上げたという話。
(伝説じゃ最後には壺が光ったとかいうよな……どうなんだろうな)
今のところ、壺の中身はやや毒々しい色付きだ。これはわざとそうしている。お嬢様がそのほうが魔女のポーションらしい物、と言っていた。そんなところまで伝説を再現しなくてもいいような気がするのだが……ついでに壺の中身は本当にポーションで、怪我が治る以外に実際に込められた魔力が影響を与えてもっと別の物に変わるかも、と抜け目ない仕様である。
「一度に食べてしまっては駄目よ。またお友達を連れてきたら、やっていいですわよ」
「わかったー!」
魔女の物まねはどこへやら。口調はいつものお嬢様に戻った状態で、子供達も手慣れた感じで街にまた駆け出して行った。比較的裕福ではないこの界隈でも、子供達となればあまり……そう、あまり差別的なことはない。これも王様の統治が上手く行っている証拠なんだろうか?
「……思ったより子供たちの数が多い気がしますわね」
『それには同意しますけど、ちょーっと今の格好だと似合わないかもしれませんよ』
壺に浸かったまま、握り手には魔力吸収を阻害する布を巻かれた俺は揺れて呟く。伝わっていないだろうけど、今のお嬢様はあまり真面目なことが似合う姿ではないのだ。
大きな大きなとんがり帽子、全身紫の衣装はまさに魔女。二の腕や太ももはなぜか露わで、胸元はお嬢様ぐらい出なければ逆に滑稽なほどに切れ込みが激しい。つまりはこう、男が寄ってきそうな状態である。
「さて、もう少しかき混ぜたらひとまず出来上がりですわね。運び出すために呼んでこないと……よいっしょっと」
突然ですが問題です。子供とは言え、数人がかりで一生懸命回すような状態の棒である俺を、お嬢様と言っても一人でかき混ぜるとどうなるでしょう? 答えは、特等席で揺れるたわわなふくらみが証明している。このあたり、気にしてるのか気にしてないのかいまだにわからないんだよな。じっと見てると怒るし……ん、新しい子供か……?
「あの……」
「お菓子が欲しければかき混ぜなさい……あら? 貴方、朝一番にかき混ぜた子ですわね。そんな顔をして、どうしましたの?」
恐る恐るという感じで近づいてきたのは、確かに朝も早いうちに一人でかき混ぜに来た男の子だ。最初は泣きそうになっているから問題でもあったかと思ったが、目の前で食べていたから誰かにとられたとかそういうことじゃあないみたいだ。
じっとお嬢様と俺ではなく、壺の中身を見ている。その右手には何かが握られているようだった。
「そのお薬、いつ買えますか? これで少しは買えますか?」
「貴方、ポーションの相場は知っていて?」
諭すようにお嬢様が口にするのには理由がある。男の子の手のひらに乗っていたのは……銅貨が数枚。碌に食事だってできないような金額だ。これでは、普通ならば薬草の一枚も買うのに苦労するだろう。普通なら、ね。
「う、うん。だけど魔女の秘薬はお金じゃ買えない、気持ちで買う物だって!」
「はい、正解ですわ」
「え……?」
戸惑う男の子を尻目に、お嬢様は壺に近寄るとまだ少し早いかもしれませんが等とつぶやきながら衣装のポケットから小瓶を取り出すと、俺を掴んで持ち上げる。お玉ではない俺は多くをすくうことは出来ないが、小瓶一つの中身ぐらいは垂れてくる。
(下手に震えてしまわないようにっと)
お嬢様の意図を察し、小瓶に注ぎやすいようにトゲの向きを変えてややねっとりとしたポーション液を小瓶に誘導する。わずかな時間の後、小瓶1つは特製のポーションで満たされた。
「魔女の秘薬のお代は気持ちと願い。貴方のこれに込められた願い、確かに受け取りましたわ」
「!! はいっ!」
『こけるなよーって聞こえないか』
元気を取り戻して男の子が走っていくのは王都でも貧民に近い人々が住む区画。こればっかりは王様も全部一緒という訳にはいかないところだ。恐らくだけど、けが人か病人がいるんだろう。元気が戻れば病気も治りやすい、単純な話だからな。
「ああいう子が、減るといいのですけれど……世の中はままならない物ですわね」
「お嬢様のおかげで少しは減っていると思いますよ」
つぶやきを聞いたのか、声をかけてきたシスターにお嬢様も優しく微笑み返した。この笑顔を見る限り、とても噂にあるような冷血でお役目のためなら何もかもを利用する悪女なんて話を信じる人はいないだろうな。常にこの笑顔という訳にはいかないのが問題なんだけども。
「子供たちは順調ですの?」
「はい。今も練習中ですよ」
2人が視線を向ける孤児院の中では、建国祭の時に子供たちが演じる劇の練習が行われているはずだった。題材はやはりというべきか、始まりの勇者だ。この王都でのおままごとだとかの話はほとんどがその勇者に関連しているあたり、人気具合がうかがえる。
式典の一部として、フリーニア王女が歌うことがかなり話題になっているのもそのせいである。あの声なら、きっと誰もが満足することだろう。
「本番が楽しみですわ。それにしても、新しい解釈ですわね? 最近流行りですの?」
「そうみたいですね。やっぱり、悲劇より喜劇の方が受けが良いのかもしれませんね。勇者様の代わりに戦地に赴く相棒が登場し、勇者様ご自身は姫の元に駆けつける……少々都合が良すぎかもしれませんけど、危機に陥った姫を助けにやってくる勇者様というのは素敵なお話ですよね」
言い伝えや伝承が時代によって変化していくのはよくあること……だと思う。結構長い間宝物庫にいたから世間の流行なんかは全く聞いたことがないのが問題なんだけどな。ともあれ、今回子供たちが演じるのはそんなお話らしい。
「……そうですわね。笑顔の方がいいに決まっていますわ」
そんなお嬢様のつぶやきは、子供たちの練習の掛け声に溶けていくのだった。
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