SO-035「王子と執事とメイドさん」
さすまたとお嬢様不在回です
「さっそくの差し入れか」
「はい。こちらはお嬢様より皆さんにお分けするようにと言伝を預かっております」
そういって差し出した小荷物に兵士の視線が動くのも無理はありません。基本的に立ち番の兵士にとっては日常は退屈そのもの。巡回が単調でだるいと言っている者すら、立ち番と比べれば雲泥の差となるでしょう。
そんな中に降って湧いたような差し入れ、外に匂いの漏れる……ミートパイです。作り立てですからね、きっと何故今食べられないのか、冷えても美味しいはずだが、等と頭の中には考えが渦巻いていることでしょう。まったく、お嬢様もこういった部分ばかり人の機敏という物がわかってきてしまって……もう少し他のところにも察し良くなってほしい物であります。
「そうか。入って左に待機用の小部屋がある。そこに……いや、私が先導しよう。他の奴に手を付けられてはたまらんな」
「た、たくさん持ってきました!」
基本的に立ち番の兵士は3人1組。そのうちの1人が代表してこちらを案内してくれるようでした。クロエがそんな兵士達の心配を和らげようとしますがどちらかというとその姿の方が効いているでしょうね。お嬢様の指示のもと、小綺麗になったクロエは他の良家に出しても惜しくないほどにはメイドらしくなっているのです。
(視線が散るというのはこちらには都合がいいですね……クロエも計算はしていないとは思いますが)
「うら若き乙女のはずのアレスト様が宝物庫にこもるとは……お役目とはいえ、なかなか大変だな」
「いえいえ、外で悪天候でも立つ必要のある皆様と比べればと先日おっしゃっていました」
やや雑談交じりに案内された先に、何も仕込んでいない、本当に差し入れとなるミートパイを置き、本命に向けて準備をします。と言っても、荷物を背負いなおすだけなのですが。
「それでは失礼します」
「ああ。アレスト様によろしくと伝言を頼む」
返事代わりに頭を下げ、クロエと2人して廊下を進みます。本当ならば目的地までついてくるのが兵士の役目なのかもしれませんが、現実問題としてそんなことをしていては人手がいくらあっても足りません。要所要所に兵士を配置し、門のようにするのが精一杯なのです。
「多めに用意しておいてよかったですね」
「ええ、そうですな。どこに耳があるかわかりません、お静かに」
「は、はい」
この国に限らず、王城等という物はまさに魑魅魍魎の闊歩する恐ろしい場所です。主に、裏表のある人間という意味で、ですが。その点、我らがお嬢様は人によっては嫌味なぐらい表ばかり……それが好ましいからついて行くのですからそれでいいのですけれどね。
ちらりと見るクロエは教わった通りに、静かに足音を少なくついてきています。お嬢様が拾って、失礼。引き取ってきた時と比べればよく学べていると言えます。と言ってもお嬢様はその意味では非常に寛容な方ですから、ちょっと礼儀が足りないからと罰を与えるようなことは無いでしょう。ですが他の方は違います。
(場合によっては、主がいないのに出歩いているだけで叱責される、それが王城という物ですからね)
今の私達もそういう目的で近づいてくる相手にとっては格好の獲物。ですから早めに目的地へと……ふむ、問題なく見えてきましたね。
見えて来た3人の兵士たちの向こう側に見える扉、そこはお嬢様が中にいるという設定である宝物庫の近くです。いつもならそんなに兵士は多くないはずですが、3人以外にも人の気配が多めにするのは……そこにいるはずの人物のせいでしょう。
と、こちらに気が付いた兵士の1人が何事かを後ろを振り向いて話すと、気配が動き出しました。後ろにいるクロエがすぐに体を硬直させるのがわかります。私も、驚きを余り顔に出さないだけで精いっぱいでした。なぜなら……。
「おお、アレストへの差し入れか」
「王子ご自身のお出迎えとは……恐れ入ります」
そう、さすがに動きやすい服装をしているようですが、その体に流れる血の雰囲気は隠しきれるものではありません。街で出会った第二王子もそうでしたが、彼らは隠しきれると思っていらっしゃるのでしょうか? 目の前で微笑む第三王子であるフェリテ様を見てそんなことを思ってしまいました。
「いい、ここはそう言う場では無いのだ」
慌てて膝をつき、頭を下げる私達へとかけられる声は優しさを感じました。ただ、そうは言われても、はいそうですかと顔を上げれば処罰を受けかねないのがこの世界ですからね。私はともかく、クロエには荷が重すぎるでしょう。
「ふむ……これならいいか?」
私たちが下手に顔を上げられないと見るや、フェリテ様はなんとその場にしゃがみこみ、無理やり気味に私に視線を合わせてきたのです。王子……少し変わりましたかね? 聞いていた話よりも活発というか、元気というか……いえ、いいことではあるのですが。
「それでは失礼いたしまして。こちらがお預かりしてきたものになります。当面の食料と、着替え、そして眠気を取るポーションなどです」
「用意周到なことだ。ん? そちらの人形はなんだ?」
「えっと、その。人形は人形ですけれど……」
クロエのさげていた籠からはみ出しそうになっているのは確かに人形です。ですが当然、ただの人形ではありません。出発前のお嬢様を半ば呆れさせたもの、魔力探知装置『貴様、見ているな君』ですね。
その使い方、性能などを説明すると、フェリテ様だけでなくそばで聞いていた兵士達も顔色が変わります。その気持ちはよくわかります。というのもその通りなら、どれだけ足音や気配を消して近づこうがその相手を探知できることになるわけです。よほどの技術か道具を使わない限り、魔力を消すのは大変ですからね。
「登録した魔力には反応しません。でも一か月ぐらいですからその度に魔石を登録し直さないと……」
「この場であれば丁度いいな。範囲は狭くできるのか? ここから全部を探知していては意味がない」
「はい! こちらのつまみをですね……」
求められているというのは嬉しい物です。フェリテ様がそう喋るようにということでなんとかクロエの緊張もほぐれたようです。少し、横で聞いていてハラハラする口調ではありますがフェリテ様もお若いですからね、そこは重要視していないようでした。
「おい、試しにお前は登録せずに向こうから歩いてきてくれるか」
「はっ!」
一通りの兵士を登録し終わった後、最後に残った1人にはわざと通路の向こうから歩いてきてもらうことにしたようです。離れたのを確認してから人形の機能を発動すると……見事にぐいっと向きを変えて兵士の方を向きました。
「これはいいな。アレストは当然登録済みなのだな?」
「宿舎を出る前に登録されていかれましたので、大丈夫かと思います」
その後は、なるほどなるほどとばかりに頷くフェリテ王子様にお嬢様への差し入れという建前での物資をお預けし、長居出来るものでもないので宿舎に戻ることになりました。
(理想を言えば、お嬢様は私達にも話すべきではないのでしょうが……甘さか、優しさか……むずかしいですな)
帰り道、今回の顛末を考えながらというのが良くなかったのでしょう。ギリギリまで前方から来る相手に気が付きませんでした。クロエもこちらに知らせようとしてくれたようですが本当にギリギリでした。危うく、歩いてくる別のメイド集団にぶつかるところでした。
「失礼」
「いえ」
言葉短く別れた後、どうもぬぐえない感覚。違和感……と気が付いたのはもう宿舎も目の前というところでした。通りすがりに香った匂い……あれは。
「クロエ、あの人形は完璧ですね?」
「え? は、はい! 自信作です!」
普段はやや大人しめの返事であるクロエがこれだけ言い切るのですから信用していいところでしょう。となれば後はフェリテ様たちのお仕事、となるのでしょうか。あのメイドたちからわずかに、本当にわずかに香った匂いはこの国ではあまり使われていないはずの香料でした。一介のメイドが使うには分不相応という奴です。となればお忍び姿の高貴なお方か、普段はそれを使う場所にいるか……。
「うう、私お役に立てているでしょうか?」
「足りないと思うのであれば努力いたしましょう、私と一緒に。きっとトライも酷使するでしょうから磨き布や油も用意しておくといいかもしれませんな」
「そうします!」
パタパタと駆けていく姿は微笑ましいですが、メイドとしてはちょっと失格、でしょうか。そのあたりは可愛らしくもあり、トライなどは気に入りそうな……ふむ、
(アレには男性が宿っているということでしたが……)
最近は筆談も覚え、その人格が明るい物であり、ひどく人間臭いことを知っています。お嬢様のそばにいて、不安も安心もある不思議な人物像ではありますが……ね。
お嬢様もこのまま上手くいけば、適齢期を過ぎる前に家の継続が認められるだろうと予測されていますし、助けとなればいいのですが……。
「問題は伴侶とお世継ぎですな……」
どうしても今はお役目が1人である以上、下手に婚姻や子供も厳しいところです。婚姻はともかく、お子様が出来るとなればその間はお役目を辞退せざるを得ないでしょうが無人も困るところです。
一番無難なのは有望そうな親戚から養子を迎え入れるのが良いのでしょうがそのあたりはお嬢様次第でしょうか。
「ロイアさーん! 何か大きな荷物が届いてます!」
「荷物……ですか」
お嬢様が一日でも早く戻られますようにと祈りつつ、私は自分の役目を果たすのみ、そう思って彼女の元へと向かうのでした。
感想や評価、バナーからのランキング投票等いつでもお待ちしております。




