SO-034「焦りの階段とお嬢様・後」
世の中には色々な人がいる。走るのが得意な人、喋るのが得意な人。うちのお嬢様は……ちょっと遊ぶのは不得意かな?
ただまあ、大体のことは出来るなんというか出来た人で……。既に街を出て二日目だというのに元気いっぱいである。普通に考えたら、良いところの令嬢が2日も野宿となれば色々と、そう色々と問題になりそうなのだが、今のところ問題は出ていない。
1人の割りに背負ったリュックに馬にくくられた荷物の量がやや多い気がするのは、色々と持ってきたからだ。自分の着替えなんかは少なめで、いざという時の道具の方が多いのはお嬢様らしいかな。
『ゆ、揺れるっ』
結構必死に俺も揺れるのだけど、お嬢様が気が付くことは無い。なぜかというと、俺は走る馬の背にくくられているからだ。お嬢様が借りた馬は王軍仕様のいわゆる軍馬だ。一令嬢が乗るには仰々しいし、何より乗り手として馬が認めない……はずだった。
「良い子ですわね。あまり飛ばし過ぎても駄目よ? 慣れない物を頭につけているのだし」
馬の返事は、さらなる加速であった。俺には馬の気持ちがなんとなくわかる。どうせ乗られるなら可愛いか綺麗な女性の方がいいに決まってるのだ!ってそりゃ偏見か。ああ、この世界に絵として残せる何かがあればこの光景を残すのに!
『馬での移動と現場での争いを見越して動きやすい服装を……一見すると男装にも見えるパンツスタイル! 良いな、うん』
しかもこの角度からだとお嬢様の揺れるお尻が目の前にってイタタ!
「トライ? 出番はすぐかもしれませんから気は抜かないように」
真剣な表情で前を向いたままのお嬢様は今日は後ろに髪を縛っている。揺れる髪は上も馬、下にも馬って感じでなんだか面白さすらあるな……ん? 馬の頭の上にくくられた、貴様、見ているな君が反応している!? 人形が赤く光る指先を正面に向けている。この反応は、この方向に登録されていない魔力の持ち主がいるということ。
『お嬢様!』
「ええ、見えてきましたわね……あれはどちらの馬車なのか近づかないとわかりませんけれども……」
右手に俺を握り、姿勢を低くして真っすぐに反応のほうへと駆け出すお嬢様と馬。俺の視界を正面に集中させる。この街道はまったく人気が無いわけではないはずだった。だから見えて来た馬車が普通の物か、王家関係の物かは紋章があれば……あった! それに人も何人もいる! 兵士にしては小柄だぞ!?
「護衛にしては随分と若そうな……まさか、あの子達こんな場所にまで! 本当にウィリメリアの花を!?」
『いつでも行けますよ!』
まだ現場までは距離がある。馬車の外にいる人数よりもそれを取り囲むほうが多いとなれば有利不利は言うまでもない。駆け込む頃にはまずい状態かもしれない、そう思った俺はやる気を示すようにトゲを伸縮させて意思を示す。
「すぐに行きますわ」
『了解! おりゃあああ!』
ぐんっと前に突き進む感覚が俺を襲う。お嬢様が力一杯、投げたのだ。さて、ここで問題です。俺がいなくても無敵無敗状態だったお嬢様が馬上からとはいえ、力一杯投げたらどうなるでしょう……正解は……ものすごい、速い。
一気に馬車が近づき……両者の間の地面に突き刺さった。
「ひっ!? これは……まさか!」
『はっはー、ザイヤ、大人しくしてろよ? お嬢様がすぐに来るからなあ!』
かっこつけては言うものの、今の俺は石突のほうが地面に突き刺さった状態の……まあ、案山子みたいな状態だな。一応Uの字の方は動けるけどね、こうやってさ。
『広がれええ!』
馬車を襲っていたのは人間だった。近くで刃物を構えている奴らの後ろには弓を構えた連中がそこそこ。そいつらから遠慮なしに放たれた矢。そのままでは俺を素通りして馬車や、外にいる兵士、そしてザイヤたちに刺さってしまうことだろう。
だから俺は、この前日向ぼっこをしていたときのようにどう見てもさすまたに見えないぐらいにまで自分を伸ばし、さらにトゲを力の限り伸ばした。結果として、まるで金属で出来たいばらの壁のようなものが出来上がるわけだ。
「嘘……こんなの、あり得ない!」
「この魔力、腐っても宝物か!」
『現実に起きてるんだから認めないとな、ってそこの腐ってもとか言った奴、覚えてろよ!』
聞こえないのを良いことに、俺はその後も悪態をつきながら合流を待った。他でもない、お嬢様の合流をだ。それはすぐに訪れた。ったく、あの馬め……どれだけお嬢様にほれ込んだんだ?
馬車を囲んでいた怪しい奴らの後ろが騒がしくなる。俺が飛んできた方向から何か来ると感じた奴らの物だ。聞こえてくるのは、悲鳴やうめき声。そちらに視線を向ければ、近くの何人かをけ飛ばす馬、そして飛び降りた勢いを利用して一人の男の肩を掴んで投げ飛ばすお嬢様がいた。
「あら、この程度ですの?」
「ア、アレスト様!?」
どうして、と恐らくザイヤが続けようとした時には襲撃者は行動を開始していた。それでもお嬢様の方が1歩早く、地面に矢が突き刺さる中、駆け出したお嬢様は真っすぐに俺の元に向かってくる。
その姿はさながら草原を駆ける肉食獣のようにしなやかで、力を感じた。そして俺を手にしたお嬢様は、背負ったリュックを止めていた紐をほどき、地面に降ろす。俺自身は縮まる結果となるけれど……これでお嬢様に死角は無い。
「お話は後ですわ。リュックの中身の青いポーションが癒しの物ですわ。私が時間を稼ぐ間に、治療を」
「は、はい!」
当然のことながら襲撃者もそれをただ見ているつもりもなかった。乱入者であるお嬢様に幾本も矢が迫るが……全て振るわれた俺によって叩き落される。その間にも、馬車を盾にしていたのかその影に倒れ込んでいる人影へとザイヤは駆け出す。残ったのはザイヤとついていった男連中と、無事な兵士達。
「私を無視するかは自由ですけれど……その間に果たしてどれだけ立っていられるかしら?」
ある意味わかりやすかった攻防の構図に、自分自身という特大のイレギュラーを放り投げた形のお嬢様。その結果は……すぐにやってくる。
もしも、お嬢様の挑発めいた言動に乗らないようなプロであればもっと違ったかもしれないが、俺たちにとっては嬉しいことに、半分ほどはお嬢様を先にどうにかしようと動き始めたのだ。そうなれば、もう俺たちの物。
『毒あり!』
「当たらなければ意味がありませんわ!」
「アレスト様につづけぇ!」
瞬く間に近くにいた数名の襲撃者が倒される姿は相手に動揺を広げる。浮き足だった襲撃者たちへ、こちら側の反撃が始まった。
矢を打ち払い、近づけば吹き飛ばされる。そんなお嬢様を前に襲撃者たちは数を順調に減らし……ついには撤退を始める。
「追うのは止めておくべきですわ。貴方たちの目的は襲撃者の討伐や捕縛ではないのでしょう?」
勝利の勢いに乗ろうとする面々を押しとどめ、治療をしているはずのザイヤへと振り返るお嬢様。ザイヤもこちらに気が付いたようで、手を振ってくる。さて、ザイヤがお嬢様の良くない噂を流している張本人の1人だと思っていたのだが……よくわからない構図になってきたな。
けが人の治療や馬車の修理を始める兵士達を眺めながら、俺はお嬢様の手の中で一人状況に戸惑うのだった。
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