SO-028「頑張る男の子とお嬢様・中」
「止まらない! そこで右前……今ですわ!」
「このぉっ!」
鋭いアレストお嬢様の声に続き、フェリテ王子の必死な声が響いた。声と同時に突き出された長剣は今にも王子に襲い掛かろうとしていた小さな影、亜人であるゴブリンを模したという敵へと突き刺さった。
「ギャ!?」
耳に残りそうな嫌な悲鳴を上げてゴブリンモドキは地面に倒れた。これで都合10体目……討伐の儀、地面を走る魔力を利用してかつての王族が作り上げたという訓練施設での通過儀礼のような物だ。訓練施設と言っても再現されるものは本物とほぼ同じ、その攻撃で怪我をすることもまた、同じだ。
違いは……後にはほとんど何も残らないことだろう。倒れたゴブリンモドキが残したのは、小指の先ほどの小さなコインだった。これが討伐の証となるのである。
「おみごとですわ」
「ははっ……こんなちっぽけな物が証になるのか……私もまだまだということかな」
フェリテ王子を褒めるお嬢様と比べ、王子自身は結果に納得はいっていないようだった。まあ、わからないでもない。儀式用の服といっても既に全身ぼろぼろで、息もかなり上がっている。お嬢様の助言が無ければ大怪我をしていたかもしれないのだ。
だというのに、苦労の証が小さなコイン10枚、となれば実感がわかないのだろう。
「最初は皆、このような物だと聞いておりますわ。上のお二人も……出来れば人に見られたくないお姿だったとか。そのあたりは護衛の皆様の方がお詳しいかと」
そう、ここにはお嬢様と王子だけではない。ちゃんと元々の護衛の兵士達も一緒なのだ。この兵士たちはフェリテ王子と付き合いが長いのか、王子の戦いの結果をまるで自分の家族のことのように喜んでいる。歓声を上げて飛び上がらないだけ、自制が効いているといったところだ。
「そうですぞ、王子。噂ではどちらかは……粗相されたとか。まあ、噂ですけれどね。それより、これで儀式は無事に完了です」
「そうなのか? そうか……これで私も王家の男として大人の仲間入りか……皆、ありがとう。皆の忠義に恥じぬ男になることをここで誓おう。これからもよろしく頼む」
やや薄暗い中、そう宣言する王子の姿は一皮むけた男って感じで俺から見てもなかなか格好いい。まだまだ背丈が足りないから防具や剣に振り回されてる感はご愛嬌ってな。どこか微笑ましい空気をまといながら、俺たちは順番に扉へと向かい……それを感じた。
『お嬢様!』
「! 止まってくださる? どうも……いけない感じですわ」
緊急時の合図として震えるのと、お嬢様自身が気が付くのはほぼ同時だった。扉の向こう、開けた場所には馬車が数台止まり、乱入者が無いようにと護衛の兵士達が待機しているはずだった。普段ならばそんな兵士はいないのだけど、王様が気にするあまり特別に増員した兵士達だ。末っ子ほど可愛いというのは王族でも同じか、なんて評価を受けるのも構わずに用意した兵士……それが気配を感じさせない。
俺が言うのもなんだが、外の連中は気配を隠せるような腕は持っていない。これは断言できる。ではどういうことか? 答えは2つ。1つはどこかに立ち去ってしまったか、そしてもう1つは……もう気配がない存在になっているか、だ。
「私が見てまいります。皆さんと王子は私が戻ってこなければ……いえ、必ずお迎えに参ります。それまで中でお待ちいただけますか?」
「私達も腕には覚えがある。それでもだめだろうか?」
意外なことに、王子の護衛たちはお嬢様を侮るようなことはなかった。儀式の間、お嬢様が的確に助言をしていたから実力が多少はわかってもらえたのだろうか? そうだといいんだけど……な。
「外の様子が未知数ですから……皆さんを信頼して王子をお守り頂きたいのです。王からは私が守るようにと言われていますけれど、それで皆さんに何かあれば王子はきっと悲しまれますわ」
「僕は! アレストが傷ついても嫌だぞ!」
興奮したせいか、口調が崩れた王子の叫びに見ほれる様な微笑みで応えるお嬢様。それは王子も、護衛の兵士も思わず口ごもるほどの魅力を備えていた。すぐそばで腕の中から見上げてる俺も例外ではない。
「身に余る光栄ですわ。でも……お任せください。プラクティス家の名に懸けて」
騎士が剣をそうするように、俺というさすまたを前に構え、王子へと忠誠の姿勢を取る。凛とした空気がお嬢様を中心に広がり、俺も思考が戦闘のソレへと切り替わっていくのを感じていた。なんだか、妙に懐かしい気もしながら。
「アレスト、必要なら殺せ。私が、王家の男として命じた者として責任を取る!」
「仰せのままに。ですけれど……私、選べる女ですの。ご存じではありませんでしたかしら?」
さっきまでの空気を一変させるような声色で、そんな冗談を飛ばし……お嬢様はくるりと周り扉に歩き出す。俺が後ろを見ると、ぽかんとしていた王子はそのうちに腹を抱えて笑い出した。うん、それでいいんだ。そのほうが……お嬢様は戦える。
外の空気が……俺とお嬢様に匂いを運んできた。後ろ手に扉を閉めると中から鍵のかかる音がする。これで、外からは勝手には開けられない。
「さて……ある意味予想通りですわね」
少し離れたところに馬車はあった。来た時と同じ数、そして馬。だというのにそこに兵士の姿は無い。正しくは、立って動いている兵士は……いない。見えるだけでも何人もの兵士らしき人間が倒れ伏し、地面に赤黒い染みを作っている。
その観察の間もお嬢様は無言。けれど、俺をぎゅっと握り直す腕やつながっているからこそわかる心の中は灼熱の炎のようだ。一見するとお嬢様はいつだって冷静で、時には冷徹とさえ言われるほど感情を表に出さないと思われている。しかし……違うのだ。お嬢様も人間である。
「……」
1歩ずつ、静かに歩みを進めるお嬢様。そんなお嬢様に向けて届く音があった。風を切るその音はひどく小さく、そして鋭い。瞬間、俺の視界がぐるりと一周する。振り返ることなく、お嬢様が俺を振るったのだ。
何かをはじく手ごたえ。それは細い、剣というには細すぎるものだった。投擲し、刺さることを狙った暗記の類だろうか。毒が塗られてる様子が無いのは、後で回収された時に特定されないためか。
「かくれんぼはおよしなさい。私がいる限り、ここは通しませんわよ」
お嬢様から王子の隠れている場所の扉までは数十歩はある。理屈から言えば、お嬢様より先に扉にたどり着くことは可能だろう。だが、正体不明の奴らはそうとしない。お嬢様に背を向けることの愚かさを知っているのだろうか。
だとしたら、そもそもこの場から立ち去ってほしい物だがそうもいかないようだ。
お嬢様への返答は、周囲の木々から飛んでくる無数に見える矢の雨だった。1本、また1本と到達する矢をお嬢様は俺を縦横無尽に回転させ、弾いていく。大よそ、女の子とまだ呼べる女性が出来ることではない。
「今日は遠慮なしで行きたい気分ですの。トライ!」
名を呼ばれ、同時に俺に注ぎ込まれる魔力。感情の乗ったその力はいつも以上に俺とお嬢様のつながりを強くした。だから、俺はお嬢様の思うように自身を変化させていく。
『さあさあ、今日のお嬢様は無敵っぷりも倍増だ! 覚悟しな!』
ぞろぞろと木々の間から姿を現した襲撃者たち。その姿は顔も見えない覆面姿だった。
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