SO-029「頑張る男の子とお嬢様・後」
「一人……二人……まだまだですわ!」
馬車の影、木の陰、あるいは倒れる味方の影。色々な場所から続けて覆面姿の相手はお嬢様に襲い掛かってくる。見える範囲では今のところ6人。どいつも腕はそれなりに立つはずだ。こんな場所に来ているんだからな。
「かすりもしないだと……」
「あら、そうでもありませんわよ。ほら……帰ったら直さないと、レースは高価ですのに……」
わずかな相手のつぶやきを聞き逃さず、口元を普段しないようににやりと上げ、相手に見せつけるのはほんのわずかに相手の刃が引っかかった服の端。小指の先ほども切れていないそこに数名の視線が集まるのを感じる。
そして、それは隠しきれない殺気となる。
「この程度で自制が効かないとは……底が浅すぎますわ。そんな相手に……命を奪われた彼らが浮かばれませんわ」
返答は、金属音。俺と、お嬢様の死角から襲い掛かった相手の刃がぶつかる音だ。たゆまぬ鍛錬とそれが鍛え上げたお嬢様の力と、俺という人外の視覚が合わされば大よそ、死角という物は実際には存在しない。普段は室内という限定空間だからこそ発揮する機会の少ないお嬢様の強さが今、証明されている。
「手加減は致しますが逃がすことは致しません。続きと、参りましょう?」
柔らかな声はまるで夜会で踊りに誘うかのよう。だからか、近くにいた相手もふわりとしたお嬢様の動きに対応が遅れた。もっとも、動けていたとしても防げたかは怪しい物だ。一息に体重と勢いの乗った掌底が見事に無防備なままの腹にめり込む。
「ガッ!?」
「最初のステップも踏めませんの? さて……何人踊れるのかしら?」
一見すると、死を前にしておかしくなったかのように笑いながら戦うお嬢様。けれどそれはあくまでもお嬢様の手だ。迫る攻撃を、ひらりひらりと躱していく。不用意に近づけばそのまま俺の先が体に沈み込み悶絶することになる。
ちなみに今の俺はトゲもばっちり、曲がった感じではなく真っすぐ棒がくっついた感じだ。真っすぐでもいいし、左右に振ってもそのままいいし、石突で行けば言うまでもない。
「さすがに頑丈ですわね。怪我程度で済んでいるみたいですわ。王子にああいった手前、そうそう死んで頂いては困りますわ。しっかり、全部……話していただきます」
そんな相手にとっては死の宣告に等しいような宣言の後……周囲に静けさが戻るのにそう時間はかからなかった。残念ながら、ほとんどの相手は途中で逃げ出してしまった。さすがに俺とお嬢様でも、こちらに攻めてくる組と回収に別れられてはどうしようもない。人の手は、2本しかないのだ。
お嬢様は残った数名を縄で縛り、自殺できないようにしつつ馬車の中に転がした。外にそのままだと仲間が始末に来るかもしれないと考えたんだと思う。そのまま怪しい奴らに殺されてしまった兵士を埋葬するかどうか考えたお嬢様は、最終的にはそう言う世界に生きていることを知ってもらうためか、まずは王子を迎えに行くことにしたようだ。
「アレストですわ。ひとまず片付きました。その……面白くはない光景ですけれども」
正直に人が死んでるとはさすがに言えず、状況をにおわせながらの問いかけに、鍵が開く音が答えて扉も開いていく。まずは中にいた兵士が出てくる。まあ、当然だよな。そしてお嬢様本人であることに安心し、中から王子たちが出て来た。
「……皆、死んでしまったのか」
「フェリテ様……祈り、褒めてやってくださいませ。私が見た限り、皆逃げ出さずに倒れております。任務を放棄することなく、王家の兵士として……倒れたのです」
音を立てて、フェリテ王子の拳が握られる。沈黙の中にあってその音は妙に響いた気がした。顔を上げたフェリテ王子は男の顔をしていたように思う。霞がかった記憶から、俺はこの顔が出来る人の下でなら死んでも悔いは無いと彼らは思うのではないか、そんなことを思った。
「彼らをここで埋葬するか、連れて帰るかどちらが良いと思う?」
「全てを寝かせる余裕がありません。重ねるというのは不憫でしょう。幸い、この近くには遠征時に亡くなった兵士を埋葬する墓地もありますからそちらで眠ってもらいましょう」
多少往復することになりますが、と言われフェリテ王子は頷くしかない。自分が同行を断っていれば、彼らは死なずに済んだ……そんな風に思っているのかもしれない。お嬢様はどう声をかけるのがいいのか、迷いながらもまずは兵士の遺体を運ぶことを手伝うことにしたようだ。
本当なら、穢れがといった理由から女性が行うことではない役目だがお嬢様はあまりそういったことを気にしない。そのことがまた、噂を生み出すのだけどお嬢様にとっては役目に殉じた結果は褒められこそすれ、嫌うものではないという考えである。
念のために周囲を確認しながら、近くの倒れた兵士へと歩いていく。その時、近くの茂みから鳥が飛び立った。戦いとその気配に、隠れていたのだろうか? 思わずお嬢様もそちらを向き……。
「アレスト!」
空気を切り裂くようなフェリテ王子の叫び。それはまさしく油断。俺もお嬢様も、まさか自分たちが気配を感じられないような使い手がいると思っていなかった。あっと思い視線を戻した時には死んでいると思っていた兵士が起き上がり、お嬢様に向けて駆け寄るところだった。
俺も作業に邪魔だからと腰にくくられ、すぐには動けない。反射的に構えるお嬢様だがさすがのお嬢様の肉体も刃物は防げるものではないはずだった。そのまま一撃を覚悟した時、横合いから飛び込んできたのは他でもない、フェリテ王子だった。
「やらせん!」
「くっ!」
決死の一撃は見事に速さの乗った、今の王子に出来る最高の一撃だったと思う。だからこそ、相当な腕の差があるだろう中、兵士に扮していた相手の武器を見事にそらすことに成功する。邪魔をされたことに怒った相手の意識がお嬢様から逸れた時、それは決着の時だ。
「そこまでですわ!」
素早く抜き放たれた俺をお嬢様は突き出す。そのまま王子を巻き込まないよう、幅を狭くした俺が敵の体にぶつかり、吹き飛ばした。姿勢を整えて逃げようとする相手へと……お嬢様は躊躇なく俺を投げつける。その意をくみ取り、相手を封じるべく俺は自身の形を変化させて、追いついたらまずは相手の腕ごと挟み込む。そしてさらに逃げないよう、左右に伸びている部分を……倍に増やして十字とした。
「このさすまた、魔法の!」
それが襲撃者の最後の言葉だった。追いついてきたお嬢様が俺を握り、そばの大木へと相手を押し付けた。そのまま、森に落雷が起きたかのような音が響く。お嬢様の切り札、至近距離でしか使えないが問答無用の雷の魔法である。
「アレスト、無事か!」
「フェリテ様の御手を煩わせるとは……私の不徳の致すところです。申し訳ございません」
互いに無事だったからよかったものの、確かに問題になりそうな状況だった。だが、膝をついて頭を下げるお嬢様に対し、フェリテ王子はそのまだ小柄な体を寄せると、両手でお嬢様の肩を持ち上げようとした。残念ながら、まだ持ち上げるには至らないのだが、やりたいことは伝わったようだ。
「気にすることは無い。アレストは私が男を見せる場面を用意してくれた、それだけのことだ。なあ、皆!」
王子の叫びに、周囲の兵士達は皆、良い顔だった。本当ならば王子を危険にさらしたことを非難されても当然のことだというのにだ。男の子は、いつの間にか成長し、男になっていく。そんな良くある話を思い出す光景だった。まだやることは残っているのだろう?という問いかけにお嬢様も正気を取り戻し、埋葬や縛ってある襲撃者の確認などが行われた。
結局、第三の星が何を意味していて、落ちるのを防げたのかはわからずじまい。国内で第三とはいえ王子が謎の襲撃に遭遇するという事件が国中を駆け巡り、悪い評価も受けながらも戦い抜いたお嬢様の話も勢いを持って一緒に駆け巡るのだった。
王が、国内の治安改善に注力を始めたのは……それからすぐのことだった。
感想や評価、バナーからのランキング投票等いつでもお待ちしております。




