SO-025「歌う姫と誓うお嬢様・後」
お嬢様が好きだという始まりの勇者の物語は、いつの時代も子供に読み聞かせるようなよくあるお話だ。少年が努力し、試練と言える運命の流れを乗り越えて力をつけ、そして目的を成し遂げるという物だ。話により、敵がドラゴンだったり、軍勢であったりとさまざまであるが大体の流れは一緒だ。
「途中、勇者は自分という物に悩みを抱きますの。自分は勇者と呼ばれる存在足り得るだろうかと」
「お話の通りならば、立派に勇者だと思いますけれど……違うのですか?」
問いかけるフリーニア様の表情は輝いている。それもそのはず、よっぽどアレストお嬢様はこのお話が好きなのか、座っているだけでなく時に俺を掴んで勇者の劇をやるかのように身振り手振りを交えて解説していくのだ。
「一部の創作にはこの部分はほとんどないのですけれども、勇者様はある日、選択を迫られますの。勇者が向かえば無事に終わるだろう戦いと、勇者がいないと時間稼ぎしかできない戦いと、どちらに向かうのかを。勇者はその時、エインヘルという砦に滞在していて、ひどく悩んだそうですわ」
「ああ、それがエインヘルの選択問題なんですね。どちらの問題を先に解消した方が被害が少なくなるかという……」
俺はそこまで詳しくは知らないが、どうやらこの国の教育では必ず出てくる話らしい。聞いた限りでは、どちらも正解でどちらも間違い、状況によるが悩む暇があったらどちらかに向かえという結論になる気がする。
「ええ、そうですわね。お話では勇者様の想い人が無事に終わるだろう側……つまりは勇者様がいないと大変なことになるかもしれない、そんな側にいますの。周囲は2人を気遣って想い人の方に向かうように言いますが、勇者様は時間稼ぎしかできないほう……より困難な方を選ぶのです」
「まあ……そうすると想い人は……いえ、信じられたのですね?」
単純に考えると、片方は大事にならないかもしれないなら単純に被害の大きそうな方へと行った、想い人の方はなんとかなるだろうという判断に見える。が、そうではないというお話だ。きっと勇者も一人の男だ、相当悩んだに違いない……それでも選んだのには理由があるはずだ。
「お話では魔法の鏡であるとか、想い人がそちらに旅立つ前だったともありますが……共通しているのは想い人が勇者様を諭し、向かわせたということですわね。勇者様はこの時こうおっしゃったと伝えられています。自分という刃は戦いが終われば鞘に納める必要がある。その鞘を君に持っていてほしい、刃は届かないかもしれないが、君を守りたいという気持ちだけは鞘から届けたいから……と」
どこまで本当か、装飾されてるのかはわからないが、お嬢様がきりりとした表情でさすまたな俺を剣であるかのようにポーズを付けて演じると、フリーニア様はまるで想い人の女性であるかのように顔を赤らめた。横で聞いているディエラも似たような物だ。
「その後、勇者様は無事に両方の難事を解決されたそうですわ。勇者様は教えてくださいましたの。簡単なように見える世の中のお役目も、貫き通すというのはとても大変で、とても勇気がいるものだと。ですから私は、家の役目を継ごうと決心できましたの。男子のいない状況ですけれども……私がやれば問題は無いのだと」
「そうですか……」
話を聞きながら、俺は内心関心というか感動というか……もう何と言っていいかという感じだった。だってさ、お嬢様がお役目を目指したのは俺に出会う前だ。ということはまだ10歳にもなってないぐらいのはずだ。たぶんだけど、元々素質があったというか、そういうのが好きだったんだろうな、うん。
お茶のお代わりが注がれ、しばらくはのんびりとした時間が過ぎ……どこからか鐘が鳴る。
「こんな時間でしたのね。失礼いたしますわ」
「また……来てくださいますか?」
おずおずとしたフリーニア様の問いかけにお嬢様はどう答えたかは、その後の彼女の笑顔が物語っている。
荷物をまとめ、行きと同じように凛とした姿で歩き出すお嬢様。離れから王城中央へと入ったところで、少しお嬢様が俺を握る手に力が入った。
『けっ! いけ好かない顔だぜ』
向かいから歩いてくるのは、ジャスタ卿。お嬢様が今の境遇になってしまった原因の1人だ。奴が娘のわがままを止めていればあんなことも起きなかっただろうに。さらに、こいつは夜の警護をお嬢様1人に任せるのは危険だ、心変わりがあったらどうする、と事ある度に訴えているのだ。
そりゃ、俺だってお嬢様が夜更かししたり命の危機に陥らない生活が出来るのならそれ自体は否定しない。だが、だからといってお嬢様が貶められるのは別の問題だ。直接ではなく、そう思えるかもしれないという話を持ってくるから厄介なのだ。
俺が思うに、城内に時折出てくるお嬢様の黒い噂は……いや、憶測はやめておこう。いざという時に考えが曇るのはダメだ。
「今日も離れにご機嫌取りかね」
「宝は磨かねば光りませんが、お礼を期待して磨くわけではありませんの。それともジャスタ卿は見返りが無くては磨きませんか?」
聞きようによっては下世話に聞こえるジャスタ卿へと、これまた濃厚さ倍返しという感じで切り返したお嬢様。見事にジャスタ卿のお付きな男達が色めきだっている。ただまあ、王城内だしまさか剣を抜くわけにもいかず表情を変えるのみだ。
「私が宝と思うのは別の物なのでね……失礼する」
そう言い残してやや大股に、ジャスタ卿は離れとは別の方向へと歩いて行った。その先には練兵場がある。訓練の見学にでも行ったのだろうか? 近々、隣国との模擬戦があるという話もあるしな。
他の人にはわからない程度のため息1つ、お嬢様は歩き出す。ふと、俺はお嬢様の顔にいつもと違う表情が浮かんでいるのを見つけた。怒りとも、悲しみともつかない迷いのある表情だった。
『お嬢様?』
「? ああ、トライ……ごめんなさいね。あの時、多少怪我をする覚悟でもフリーニア様たちを抱えていればよかったのかしら……そう、考えても仕方のないことを少し……ね」
お嬢様はあの事件のことを気にしていない、なんてことはやはりなかったのだ。普段は表に出さないが、どこかで悩み続け、背負い続けているのだ。そう感じると、俺はさすまたである自分が悔しくなった。人間であれば、そうでなくても異形でも手足があれば、この少女を抱き留め、慰められるのにと。
しかし、それは叶わない。俺は……さすまたなのだ。
『頑張れ、お嬢様! 俺はどこまでも味方です! 俺しかいないなら、弱音を吐いたっていいじゃないですか!』
だから、こうして震えるぐらいしかできない。早くしたり、遅くしたり、全体を揺らして見たり。まるで駄々をこねる子供のようだけど……お嬢様には伝わったみたいだ。くすくすと、笑われた。
「ありがとう、トライ。これからもよろしく頼みますわよ」
『ええ、もちろん! 始まりの勇者が使ってたっていう伝説の武器にだって負けませんよ! 相手が何でも斬るなら何でも防ぐし、なんでも貫くっていうならその前にこのトゲで絡み取ってみせますよ!』
やる気満タン、と大きさを変えたり、とげのあれこれを変えて主張してみると今度は何故だかお嬢様の視線が少しばかり冷たい物になった。あれ、何か間違ったかな、俺。
「トライ、そんなにこの前の侵入者が女性なのが気になりますの? そんな……お下品ですわよ」
『え? あ、ち、違うっ! 違いますよお嬢様っ!』
俺はそう言われて、さっきまでの動きがこう、女性への拷問めいた行動に見えるということに気が付いた。どうしてお嬢様がそれに考えが至ったかといったことは置いておいて、弁明に必死になるがなにせ言葉として伝わらない。結局、誤解が解ける頃には日が暮れていたのだった。
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