【2】連鎖する厄災と、滲み出る亀裂
病院の匂いは、独特だ。
消毒液と、薬品のツンとした刺激臭。そこに混ざり込む、どこか生温かい人の血と汗の臭い。
ICUの前で崩れ落ちた母さんを、俺は半ば引っ張るようにしてタクシーに乗せ、自宅へと連れ帰った。
いつもなら「ただいま」と言えば、居間からテレビの音が聞こえ、キッチンから夕飯の匂いが漂ってくるはずの我が家。
だが、その夜の相羽家は、まるで誰も住んでいない廃屋のように静まり返っていた。
「……ひろと。お父さん、本当に……もう歩けないの?」
ダイニングテーブルにぽつんと座り、冷めきったお茶の入った湯呑みを両手で包み込みながら、母さんが掠れた声で呟いた。
その目は落ち窪み、たった数時間で数年分も老け込んでしまったように見えた。
「……お医者さんは、そう言ってた。でも、リハビリ次第で車椅子なら動かせるようになるって。命があっただけ、よかったんだよ」
俺は努めて明るい声を意識して答えた。だが、自分の声がどこか白々しく、薄っぺらく響くのを止められなかった。
現場監督として家族を支えてきた親父。休みの日には俺を連れて釣りに親しみ、豪快に笑っていたあの親父が、首から下を満足に動かせない体になった。これからの治療費、住宅ローン、生活費……17歳の俺の頭には、現実的な金の問題すら重くズシリと圧しかかってくる。
「そうよね……生きていてくれただけで……」
母さんはポロポロと涙をこぼし、再び顔を覆った。
俺は母さんの肩に手を置き、何とか慰めの言葉を探そうとした。
——その時だった。
「ねえ、ひろと。あのね」
静寂を切り裂いて、耳元で脳を直接揺さぶるような甘い声が聞こえた。
俺は跳ね起きるように振り返った。
リビングの天井付近。部屋の照明用のシェードの上に、ちょこんと正座するようにして少女が乗っかっていた。
ぶかぶかの黒いパーカーの裾から覗く華奢な足。その小さな足首が、揺れるたびに鈴のような微かな音を立てている気がした。常人には見えない漆黒の尾が、ご機嫌そうに円を描く。
母さんは気づかない。目の前で息子が立ち上がり、天井を睨みつけている理由すら分からず、ただ悲しみの淵で肩を震わせている。
「……部屋に戻るよ。母さんも、今日はもう休んで」
俺は母さんにそう言い残すと、足早に自分の部屋へと向かった。
階段を上る足音が、やけに重く響く。後ろを振り返らなくても分かっていた。少女が俺の背後を、空中を滑るようにしてついてきていることを。
バタン、と自分の部屋のドアを閉め、鍵をかけた。
暗闇の中、照明のスイッチを押す。蛍光灯の白い光が部屋を照らし出すと同時に、俺のベッドの真ん中に、少女がどっかりと腰を下ろした。
「勝手に人のベッドに座るな」
俺は低い声で威嚇した。
だが、少女は全く怯える様子もなく、むしろ「口をきいてくれた」ことに歓喜したように、真っ赤な目を爛々と輝かせた。
「ひろと! さっきのお部屋、すごかったね! お母さんの心から、黒くて美味しい煙がモクモク出てたの! あたし、お腹いっぱいになっちゃった!」
無邪気な笑顔。
悪意の欠片もない、純粋な喜びの表情。
それが、俺の神経を逆撫でした。
「……お前、自分が何をしたか分かってるのか?」
俺はベッドに近づき、少女を見下ろした。怒りで声が震える。
「俺の親父はな、一生歩けなくなったんだ。母さんは泣き崩れて、俺たちの家族の生活は無茶苦茶になった。お前が……お前がここにやってきたせいだ!」
「うん! あたしのせいだよ!」
少女は元気に返事をした。胸を張り、ドヤ顔すら浮かべている。
「あたしは悪魔だからね! 人間を不幸にするのがお仕事なんだもん! ひろとのお父さんも、あたしのパワーで不幸にしてあげたの! すごい?」
「……っ!」
思わず、右手が動いていた。
少女の小さな首を掴み、そのままベッドに押しつけようとした。
だが——俺の手は、少女の首を空しくすり抜け、シーツを固く掴むだけに終わった。
「あれ? なにしてるの?」
首を傾げる少女。俺の手は、彼女の影すら捕らえることができない。実体があるように見えて、彼女は俺の物理的な攻撃を一切受け付けないのだ。
「クソッ……! なんだよこれ……どうすればいいんだよ……!」
俺は頭を抱え、床に崩れ落ちた。
憎い。殺したい。今すぐにでもこの存在を消し去りたい。
だが、触れることすらできない。
さらに言えば——この少女は、俺を陥れようとして悪巧みをしたわけではない。
ただ「そこに存在するだけ」で、彼女の持つ絶対的な悪魔としての性質が、周囲の人間から幸福を奪い、凄惨な現実を引き起こしてしまうのだ。
「ねえ、ひろと」
少女がベッドからふわふわと降りてきて、床にしゃがみ込む俺の顔を覗き込んできた。
「ひろと、あたしのこと殺したい?」
真っ赤な瞳が、俺の目をまっすぐに見つめてくる。
そこにあるのは、死への恐怖ではなく、憧れのような奇妙な期待だった。
「……殺したいよ。今すぐにお前を灰にして消してやりたい」
「本当!? やったぁ!」
少女は手を叩いて喜んだ。
「お父さんが言ってたの。『人間に心から憎まれて、殺された時、悪魔の子供は本当の悪魔になれる』って! ひろとがあたしを殺してくれるなら、あたし、すっごく立派な悪魔になれるよ!」
「……狂ってる」
「狂ってないよ? これが、あたしたちの当たり前だもん。人間だって、ブタさんやニワトリさんを食べて大きくなるでしょ? あたしたちは、人間の悲しい気持ちを食べて大きくなるの。おんなじだよ?」
少女の言っていることは、論理的には筋が通っていた。
種族が違う。倫理観が違う。生きる本質が違うのだ。
人間が生きるために他の生命を奪うように、悪魔は生きるために人間の幸福を奪う。
そこには「悪意」など存在しない。ただの食料調達であり、ただの成長のプロセスなのだ。
だからこそ——絶望的に、話が通じない。
「だからね、ひろと。もっともっとあたしを憎んでね。もっとお友達や、大切なお友達を壊してあげるから、最後にあたしを殺してね?」
「断る……! これ以上、俺の周りの人間に手を出すな!」
「むりだよー。あたし、息をしてるだけで不幸になっちゃうんだもん。あたしを止めたかったら、あたしを殺すしかないんだよ?」
少女はにっこりと笑った。
その笑顔は、あまりにも可愛らしく、あまりにもおぞましかった。
「あ、そうだ! ひろと、あたしに名前ちょうだい!」
突然、少女が思いついたように言った。
「名前……?」
「そう! あたし、まだ子供だから名前がないの。大人の悪魔になったら自分で名乗るんだけど、今は『名無し』なの。ひろとが呼んでくれる名前がほしいな!」
「断るって言ったろ。名前なんてつけるか」
「えー、ケチ! じゃあ、ひろとが名前つけてくれるまで、ずーっとひろとの背中にくっついてるからね!」
そう言うと、少女は俺の背中に向かって飛びついてきた。
物理的な衝撃はない。だが、背中が氷のように冷たくなる感覚がした。少女の存在が、俺の魂に直接巻き付いているかのような、嫌な重圧。
俺は言葉を失い、ただ自室の天井を見上げるしかなかった。
親父の事故。壊れた家庭。そして、俺にしか見えず、触れることもできず、消すこともできない「無邪気な厄災」。
これから俺の人生は、一体どこへ向かっていくのだろうか。
翌朝。
俺は一睡も出来ないまま、重い足を前に進めて登校していた。
目の下には濃いクマができ、全身が鉛のように重い。
そして——俺の右肩の上には、昨日と変わらず、あの悪魔の少女が空中浮遊しながらついてきていた。
「ねえねえ、ひろとー! お腹すいたー! 朝ごはんの絶望は無いのー?」
「うるさい……黙ってろ……」
俺はボソボソと呟きながら歩く。通り過ぎるサラリーマンや小学生たちが、一瞬「ん?」という顔で俺を見るが、すぐに視線を外す。
彼らには、俺の肩の横でぶかぶかのパーカーを揺らし、黒い尾をパタパタと振っている少女の姿は見えていない。ただの「一人でブツブツ言っている怪しい高校生」にしか映っていないのだ。
(どうすればいい……? こいつを消す方法なんて、本当に存在するのか?)
『あたしを止めたかったら、あたしを殺すしかないんだよ?』
昨夜の少女の言葉が脳裏をよぎる。
触れることすらできない存在を、どうやって「殺す」というのか。
それに、仮に殺す方法があったとして——俺は、この小学一年生のような姿をした少女を、自分の手で殺すことができるのだろうか?
たとえ相手が悪魔であろうと。
たとえ親父の未来を奪った元凶であろうと。
罪の意識も悪意もない子供の姿をしたものを殺す決断が、普通の高校生である俺に下せるのか?
思考が堂々巡りを繰り返し、精神が削られていくのが分かった。
「おーい、相羽!」
校門をくぐったところで、後ろから声をかけられた。
振り返ると、親友の桐島が大股で走ってくるところだった。サッカー部特有の爽やかな笑顔。だが、俺の顔を見るなり、彼の表情が曇った。
「うわ、なんだその顔。めちゃくちゃ顔色悪いぞ? 大丈夫か?」
「……ああ、桐島。いや、ちょっと寝不足でさ」
「そりゃそうか……昨日の今日だもんな」
桐島は察したように声を落とし、俺の肩をぽんと叩いた。その手に込められた優しさが、今の俺には痛々しかった。
「担任から聞いたよ。おじさん、事故に遭ったんだろ? 大変だったな……俺にできることがあったら、何でも言えよ? 宿題写させるくらいなら、いつでも協力するからさ」
「……ありがとう、桐島」
持つべきものは友達だ。桐島の真っ直ぐな好意が、凍りついた俺の心にほんの少しだけ温もりを与えてくれた。
——そう、思った瞬間だった。
「ふーん……このお兄ちゃん、ひろとのお友達なんだ?」
俺の肩の横で、少女がぬっと顔を覗かせた。
彼女の真っ赤な瞳が、桐島に向かって固定される。
「ねえひろと、この人、すごく『綺麗な心』をしてるね! 友情とか、思いやりとか、とってもキラキラしてる!」
少女は桐島の顔の直前まで近づき、彼の匂いを嗅ぐように鼻をヒクヒクさせた。
当然、桐島には少女が見えていない。急に空気が冷たくなったのか、「うおっ、なんかゾクッとしたな……急に冷え込んできたか?」と言って自分の腕を摩っている。
「やめろ……桐島から離れろ……!」
俺は小さく歯ギシリしながら、声に出さずに口パクで少女に訴えた。
「えー? なんで? あたしね、知ってるよ! キラキラしてて綺麗な心ほど、壊れた時に『すっごく甘くて美味しい絶望』になるんだよ!」
少女の口角が、耳まで裂けそうなほどニタリと持ち上がった。
それは、これまで見せていた幼い笑顔とは一線を画す、捕食者としての邪悪な笑みだった。
「やめろ……そいつには手を出すな……お願いだから……!」
「ダメだよー! あたし、お腹空いてるんだもん! ひろとが名前もくれないし、あたしのこと殺してくれないから、もっとひろとを怒らせなきゃいけないんだよ?」
少女は桐島の頭の上に飛び乗ると、彼の頭をぽんぽんと踏みつけた。
「決まり! 次のご飯は、このお兄ちゃんにするね!」
(——なっ……!?)
背中に激痛のようなショックが走った。
桐島。
俺の唯一と言ってもいい、親友。
親父の次は、桐島をターゲットにするというのか!?
「相羽? どうしたんだよ、急に黙り込んで……本当に大丈夫か?」
心配そうに俺の顔を覗き込んでくる桐島。
その爽やかな笑顔の裏に、死の影……いや、「理不尽な破滅の影」が忍び寄っているのが見えた。
「桐島……今日、部活あるか?」
俺は震える声で尋ねた。
「え? ああ、あるけど。今日は他校との練習試合前だから、最終調整でちょっと遅くなるかな」
「……休めないか?」
「は? なんでだよ。俺、今度の練習試合でレギュラー狙ってんだぞ? 休めるわけないだろ」
桐島は笑い飛ばしたが、俺の目は笑えなかった。
桐島はサッカー部のレギュラーだ。運動神経が良く、将来はプロを目指して推薦で大学に進学しようとしている。彼にとって「サッカー」は、彼の人生そのものなのだ。
もしも、親父と同じように、桐島の身体に何かが起きたら——。
「おい、相羽……本当にどうしたんだよ? 怖いくらい真面目な顔してさ」
「……いや。何でもない。ただ、事故には気をつけろよ。マジで」
「なんだよそれ。俺は歩行者天国しか歩かないっつの」
桐島は笑いながら、俺の背中を軽く叩いて校舎へと歩き出した。
その桐島の背中にぴったりと張り付くようにして、悪魔の少女がこちらを振り返り、手を振っていた。
『ひろとー! 楽しみにしててねー!』
声は聞こえないはずなのに、脳内に直接彼女の無邪気な声が響いた。
その日の授業は、一秒たりとも頭に入らなかった。
ノートをとるフリをしながら、俺の頭の中はぐるぐると渦を巻いていた。
どうやって桐島を守ればいい?
事故を防ぐ? どうやって? 悪魔が起こす事故は、不可解なワイヤーの切断のように「物理法則すら無視した理不尽」だ。信号を守っていようが、注意深く歩いていようが、関係ない。
悪魔の少女——名前すらないあの化け物は、そこに存在するだけで運気を歪め、負の事態を引き寄せる。
(俺が……俺がなんとかするしかないんだ)
誰も信じてくれない。
「自分にしか見えない悪魔の子供が、友達を不幸にしようとしている」なんて言ったら、真っ先に精神病院に叩き込まれるだけだ。
俺だけが、この理不尽な状況を知っている。
俺だけが、桐島を救える可能性がある。
キーンコーンカーンコーン——。
放課後を告げるチャイムが学校中に響き渡った。
生徒たちが一斉に立ち上がり、部活動や下校の準備を始める。
俺は真っ先に立ち上がり、桐島の席へと向かった。
しかし、桐島の席は既に空だった。
「あれ? 桐島は?」
隣の席の女子生徒に尋ねると、彼女は振り返って答えた。
「桐島くん? さっきチャイムが鳴る直前に、部活の準備するからって走っていったよ。グラウンドに行くみたい」
「……っ! ありがと!」
俺はカバンも持たずに教室を飛び出した。
廊下を走り、階段を駆け下りる。
息が切れる。心臓が痛い。
グラウンドへ向かう勝手口を抜け、体育館の脇を通り抜けた時だった。
「……あ」
グラウンドの隅にある、高い防球ネットの前に、人だかりができていた。
「おい、救急車! 早く救急車呼べ!!」
「桐島! しっかりしろ! 桐島っ!?」
部員たちの悲鳴のような叫び声が、夕暮れのグラウンドに響き渡った。
俺の血が凍りついた。
人だかりを押し分け、中心へと割り込む。
そこに倒れていたのは——桐島だった。
彼の右足が、あり得ない方向……ひざの関節とは逆の方向へと折れ曲がり、皮膚を突き破った骨が白く露出していた。鮮血がグリーン上の人工芝を赤く染めていく。
「がっ……あぁぁぁっ……! 痛い……痛いよぉっ……!」
あの爽やかだった桐島が、地面の泥を舐めながら、涙と鼻水にまみれて絶叫していた。
その傍らには、古くなって錆びついていた金属製の大型サッカーゴールが、横倒しになって転がっていた。
「な……なんで……」
近くにいた部員が、震える声で状況を説明していた。
「いきなり……ゴールの支柱が折れたんだ……。今まで何年も使ってて、問題なんてなかったのに……桐島がボールを拾おうと近づいた瞬間、突然バキッて……! ゴールが桐島の脚の上に倒れて……!」
不可解な破損。
原因不明の事故。
親父の時と、全く同じだ。
桐島のプロへの夢。推薦。サッカーにかける青春。
その全てが、たった今、金属の塊によって叩き潰された。
「ひろと……助け……て……痛い……サッカー……俺の脚が……っ!」
桐島が血走った目で俺を見上げ、手を伸ばしてくる。
俺はその手を握り返すことすらできず、その場に立ち尽くしていた。
そして——。
倒れたサッカーゴールの頂上。
錆びた鉄パイプの上に、ちょこんと腰掛けた少女がいた。
彼女は、桐島の絶叫と、周りの部員たちのパニックと、俺の絶望が混ざり合った空間で、うっとりと目を細めていた。
「あはぁ……っ! すごい……! お父さんの時より、もっとフレッシュで、甘くて、心が引き裂かれそうな『かなしみ』だ……! 美味しい……とっても美味しいよ、ひろと……っ!」
少女の身体から、濃密な黒いモヤが溢れ出し、彼女の小さな体内に吸い込まれていく。
彼女の肌が、心なしか昨日よりもツヤを増し、背中の尾が太くなっているように見えた。人間の不幸を糧にして、彼女は確実に成長しているのだ。
少女はサッカーゴールから飛び降りると、立ち尽くす俺の目の前にやってきた。
そして、血と絶望に塗れた空間で、無邪気に俺の手をギュッと握ってきた。
冷たい。氷のように冷たい感触。
触れることができなかったはずの彼女の手が——今の俺には、ハッキリと感触として伝わっていた。
彼女が「負の感情」を食べて成長したことで、実体化の度合いが進んだのだ。
「ねえ、ひろと。あたし、少し大きくなったよ?」
少女は俺の顔を見上げ、満面の笑みを浮かべた。
「お友達の足、ぐちゃぐちゃになっちゃったね。もうサッカーできないね。悲しい? 悔しい? あたしのこと、もっと憎くなった?」
「……ぁ……」
声が出なかった。
怒りを超えて、憎しみを超えて、絶望が俺の全身を支配していた。
桐島の叫び声が耳から離れない。親父の引き攣った笑顔が脳裏から離れない。
この子は……この化け物は、これからも俺の周りの人間を壊し続ける。
俺が拒絶しようが、逃げようが、関係ない。
俺がこの子を「殺す」まで、彼女は俺の大切なものを順番に、無邪気に、笑顔で踏み潰していくのだ。
「ひろとが名前をくれないから、あたし、自分で考えたの!」
少女は俺の手を握ったまま、くるりと一回転して見せた。
「あたしのこと、『ルゥ』って呼んで? どう?可愛いでしょ!」
無邪気に笑う、悪魔の少女・ルゥ。
その手には、確かに俺の親友の未来を奪った血の匂いが、染み付いている気がした。
「さあ、ひろと。次は誰を壊してほしい? ひろとがあたしを殺してくれるまで、あたし、もっともっと頑張るね!」
夕闇の中、朱色に染まるグラウンドで。
俺は、初めて触れることができた悪魔の少女の手を、壊しそうなくらい強く握り返していた。
手に残る冷たさと、親友の絶叫。
俺の中で、人間としての何かが、音を立ててパリンと割れた。
(殺す……)
頭の中で、黒い感情が激しく渦巻く。
(殺してやる……! この化け物を……絶対に、俺の手で……!)
だが、目の前のルゥは、そんな俺の殺意を感じ取り、最高に幸せそうな笑顔を弾けさせるのだった。




