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スクリーム・オブ・フリークス (scream of freaks)  作者: TOKI-HIROHIKO
第2章 佑樹とジョージと瑛太の場合
8/9

アディクティブ(中毒性)

 すぐさま防弾ベストとアサルト・ライフルで武装した4名の自衛官たちが、人員輸送車から慌ただしく降りてきて、区画を警護していた2名の槍使いの自衛官たちをその後に従え、イヤーセットで司令室と連絡を取り合いながら旧山手通りを富ヶ谷方面へと走り出していった。

 すると行く手右側に見える2本目の路地の日陰から、四肢の長い3体の怪物たちが、大きな体を前傾姿勢に、人を探して周辺を見回しながらユラユラと歩き出してきた。顔に目の無い、全身に数10の目を持った例のフリークスである。

 自衛官たちが姿勢を整え、ライフルを構えた。そうして旧山手通りに出てきた怪物たちを狙ってライフルを連射した。銃弾が1体目の上体に的中して、怪物が身をひねって、まるで凍りついたかのようにその動きを止めた。

 瞬間、通りを走っていたピックアップトラック、ハイラックスが2体目の怪物を強く跳ね飛ばした。怪物は車のボンネットに巨体を乗り上げ、フロントウインドウに前頭を激突させて、ルーフの上で全身を2回転させ、荷台でバウンドして路上へと転がっていった。

 ハイラックスの運転手が驚いて、急ハンドルを切ると、車は中央の車線を飛び出したところでエアバッグが膨らんで急停車された。すぐさま後続してきたRX7が、路面に転がった怪物を轢いてその身に乗り上げ、路上に20メートルほど引きずって急停車した。

 ヘッドギアを着けた槍使いの自衛官たちが、身の動きを失った怪物の前へと我先にと走り出していった。そして気合いの声を発して、三角の歯を剥き出して静止している怪物の顔と頭を長槍で突き刺した。

 ちなみに槍使いの自衛官たちは、自衛官の中でもスピードと体力に長けている特別に勇敢な者たちで、怪物たちに接近戦を挑む危険な職務を全うしていて、死した場合には、家族に名誉と特別年金が付与されることになる。

 ジョージがそんな自衛官たちを見て、彼らを追って、旧山手通りの歩道へと出てきた。すると3体目の怪物が路上に駆け出し、頭を刺されて死した怪物のその脇を通り抜け、ライフルを構える自衛官たち目掛けて奇声を発して俊敏にジャンプした。慌てて自衛官たちがそれを狙ってライフルを連射して、中空高くに銃撃音が交錯した。

 すると次には、車に轢かれた怪物が泰然と起き上がり、後続してきて停車したエクストレイルを両手に掴み上げ、そんな自衛官たちがいる路上に向かってその手の車を力一杯に投げ付けた。

 エクストレイルが路上に激突して、2回、3回とバウンドして3名を蹴散らして、躱し切れなかった自衛官の1人を容赦なく弾き飛ばした。同時に、中空で被弾した怪物が瞬時に全身を凍り付かせて落下して、路面に前のめりに叩き付けられた。

 バウンドした車がジョージの近くにまで転がってきて、路上に横転してガソリンを撒き散らし、発火したのとほぼ同時に爆発炎上した。ジョージが爆風に吹き飛ばされて、路上へと転がった。

 慌てて立ち上がった槍使いの自衛官たちが、路上で動きを失った3体目の怪物のところへと走り出していって、怪物目掛けて長槍を構え、4回、5回とその頭を突き刺した。すると横道から通りへと、4体、5体、6体目の怪物たちが進み出してきた。

 ジョージは路面に両手を着いて、朦朧と感じる頭を振って、ぐらつく上体をしっかりと起こした。ところがその時、ビルの外壁を走り抜けてきた2体目の怪物が、ジョージに向かってジャンプした。気が付くと、怪物がチャリと鉤爪の音だけを発して、ジョージの前へと音もなく着地した。無気味に引き開かれた怪物のその口には、三角の白い歯が唾液に塗れて輝いてみえた。それから口の中には、濁ったピンクの粘膜のヒダが何層にも重なっていた。

 次の瞬間、ジョージが感知していたすべての世界が、ブラックアウトした。電子音の短いメロディと一緒に、中空には、「ゲームオーバー」の文字が数秒、明るく表示されていた。それからすぐに、世界が改めて真っ暗になった。


「何だよ?・・・」

 ジョージはそう思って、心が空洞になって、そんな空洞が漠然と広がって感じる空虚感を抱え、苦しくなってその場所へと座り込んだ。近くでクッションに座っていたセクサロイドのマリアちゃんがそんなジョージを見て、首を傾げて、「どうしたの?ジョージ。・・・何かあったの?」と尋ねた。

 ジョージは呆然となって、コントローラーを片手に、顔に着けていたVRゴーグルをゆっくりと外した。そうして室内の南側の壁が西日に黄色く染まり始めた現実世界へと戻ってきた。

 ゲームの中では、10分程度の出来事かと思っていた。ところが、どうやら現実では30分以上、いいや、40分以上が経っていたようだ。

 ジョージは、いつもと変わらない穏やかな世界をわずかに不可解に感じて、10数秒間、固く目を閉ざした。それから現実世界に無理なく馴染むように目を開けて、マリアちゃんに目をやって、「大丈夫。俺は何でもない。・・・ネットでゲームを楽しんでいるんだ。しばらく俺を1人にしておいてくれ」と話した。とは言え、マリアちゃんの誠実さと優しさが、荒んだ心に染み入って感じた。

 ジョージはローテーブルにある、氷が半分溶けてしまったカルピスをストローで軽くかき混ぜ、一口、二口とそれを飲んでみて、喉の渇きを潤した。氷が溶けて薄まったカルピスが、何もかもがちょっとだけ不具合な現実世界を確かなものとして感じさせてくれた。

 ジョージはそれでも、心にこびり付いた喪失感を拭い切れず、フロアのラグの上に横になって、もどかしそうに転がっては元に戻り、転がっては元に戻りを何度かくり返した。そうして冷静になって、頭がふたたび軽快に働くその時を待った。


 7分ほどが経って、ジョージは立ち上がって、VRゴーグルをその顔に着けた。それから両足のスタンスを慎重に修正して、コントローラーを手に構えた。ゴーグル内の暗闇にリセット・ボタンをタップした。それから、そんな空間にデジタル・マップを開いて、渋谷の駅前から道玄坂に沿ってマークを移動していって、その地図を拡大して、神泉の交差点の手前の歩道上にマークを留めた。続いて『コンテニュー(継続)』を選んで、コントローラーのオンをタップした。

 ジョージのアバターがハンドガンを片手に、旧山手通りから左折する分帰路の手前側へと現れ出してきた。すると、人員輸送車から出てきた4名の自衛官たちがアサルト・ライフルを手に構え、2名の槍使いの自衛官たちを後方に伴って、その道を旧山手通りへと走り出していった。

 一方、旧山手通りの2本目の右側の路地からは、恐怖に怯えて住宅街に逃げ惑った住民たちのその後を追って、3体の奇形の怪物たちが通りへと歩き出してきていた。そんな3体の怪物たちを目視して、4名の自衛官たちが路上に立ち止まって、ライフルを構えた。そしてすぐさま、怪物たちを狙ってライフルを連射した。

 一番手前側にいた怪物の1体が上体に被弾して、直後に全身の動きを鈍らせて、やがてはその動きを完全に止めた。

 そうかと思うと、通りを走り抜けていたピックアップトラックのハイラックスが2体目の怪物を跳ね飛ばし、ボンネットからルーフへと乗り上げてその身を2回転させて、荷台でバウンドして路上へと置き去りにした。ハイスラックスは急ハンドルを切って、通りの中央辺りで、タイヤから白煙を捲き散らして急停車した。すぐさま後続してきたRX7が路上に横たわった怪物を轢いて、それに乗り上げて、20メートルほど引きずって急停車した。

 射撃手たちの後方で身構えた槍使いの自衛官たちが、そんな怪物たちを見て走り出し、動作を止めた1体目の顔と頭を手にした長槍で串刺しにした。

 ジョージがハンドガンの安全装置を外し、旧山手通りで銃撃戦を始めた自衛官たちを追いかけて、通り沿いへと出てきた。すると3体目の怪物が路上に走り出し、死した1体目の脇を走り抜け、槍使いたちを強く払いのけ、自分を狙ってライフルを構えている自衛官たち目掛けて俊敏にジャンプした。そんな怪物の素早い動作に反応して、4名がライフルを中空に連射した。

 続けて、車に轢かれた怪物が起き上がってきた。そして、通りを走ってきた4WDのエクストレイルを両手で強引に掴み上げ、ライフルを連射している自衛官たちを目掛けてそれを力一杯に投げ付けた。それを目にして、ジョージは爆風に吹き飛ばされるのはゴメンだと、射撃手たちの後方へと全速力で走り出していった。

 エクストレイルが路上に落下して、2回、3回とバウンドして3名を蹴散らした。それから路上の車に激突して、躱し切れなかった自衛官の1人を容赦なく弾き飛ばした。同時に、中空で被弾した怪物が全身を氷のように凍らせて落下してきて、路面に前のめりに叩き付けられた。

 車が後方でバウンドして、路上に横転してガソリンを撒き散らし、発火してすぐに爆発炎上した。ジョージが後方で湧き起こった爆音に、全身をビクつかせた。

 慌てて立ち上がった槍使いの自衛官たちが、路上で動きを失った3体目の怪物を目指して駆け出していった。彼らは手にした長槍で、4回、5回とその頭を突き刺した。

 するとビルの外壁を走り抜けた2体目の怪物が、不意に壁面を駆け降りてきた。瞬間、怪物は姿勢を低くその腕を伸ばし、通りの歩道で咄嗟に身を屈めたジョージのその肩を鷲掴みに、彼の体を持ち去っていった。そして三角の歯を剥き出して大きくその口を引き開くと、ジョージの頭を丸齧りして、彼が感知しているすべての世界を真っ暗にした。

 電子音の短いメロディーと一緒に、暗黒の世界に「ゲーム・オーバー」が表示された。その時の短いメロディーが、脳のどこかに強くこびり付いて感じた。

 事態の変化は、アッという間に起きていた。次に起こり得る出来事を予測して、自分が行動を変えたことが原因で、怪物もそれに反応して、瞬時にその動きを変えたようだった。

 その時その時に自分が何を選択するかで、その度に運命は書き換えられ、自身の世界が形作られてゆく。ゲームであっても、そこにはそんな覆しようのない世界の現実があからさまに表わされていた。スマホばかりを見ていると、それを見ている時間の分だけ、現実世界との接点が確実に奪われてゆく。ゲームばかりしていると、それをしている時間の分だけ、現実世界との境界が刻々と失われてゆく。要はそう言うことなのだ。


 真っ赤な夕陽が、その街の西の地平にゆっくりと傾いていった。その時、川崎市の上麻生にある大きな家の2階の一室では、瑛太が注意を凝らして思案しながら、壁に掛かった大型テレビに向き合っていた。

 瑛太はコントローラーを手に、一考して、『スクリーム2』のサイド・バーに『装備』のウインドウを開いていた。ウインドウのその中は『スクリーム2』公設の武器庫となっていて、そこには『アーマー(防具)』、『シールド(盾)』、『ハンドガン(拳銃)』、『ショットガン』、『アサルトライフル』、『サブ・マシンガン』、『バレット(銃弾)』、『ソード(刀剣)』、『アザー・カトリー(その他の刃物)』に分類された白バックのラックが並んでいた。

 瑛太はゲームの参加者に無料で提供されているシグ・ザウエルP320用の9ミリ・パラベラム弾のマガジンを、まずは3本、買い求めた。それから、巨体のくせに俊敏な怪物との至近距離での戦闘を想定して、『アザー・カトリー』のラックの中を見て、そこにあった東南アジアが発祥の格闘用のカランビット・ナイフに関心を持った。

 これなら俺のケンカのやり方を活かすことが出来る。・・・瑛太はそう思って、そこに並んだ数種類の中から、刃が長めの1本を選んだ。このナイフは虎の爪のように湾曲した両刃を持ち、ハンドルエンドにあるフィンガーリングに人差し指を通して、逆手に握って使用するものだ。扱い方には技術が必要で、訓練された特殊部隊の兵士たちのみが有効に使用できる武器である。

 瑛太はVRゴーグルを顔に着け、コントローラーを両手に持って、リセット・ボタンをタップした。それから『プレイ』に『コンテニュー』を選択すると、ネットを通してゲームのシステムに構築されている、極めて精巧な『スクリーム2』のバーチャルワールドへと没入していった。

 渋谷駅の東口の風景は鮮やかな夕焼けに染まっていた。八幡通りや並木橋の周辺には幾筋もの黒煙が立ち上がっていて、何台もの事故車が路上で炎上して大気を燻らせ、明治通りをあちこちで堰き止めていた。それ以外の通りは今もまだ正常で、いち早く災厄から逃れて家族の元へと帰ろうとする車や、路線を急遽変更したバスや、食料品や飲料を運ぶ配送車などが絶えることなく行き交っていた。

 瑛太は異状に包まれた街の状態を見回して、静かに息を飲み込んだ。シグ・ザウエルを利き手の右手に、左手にカランビット・ナイフを持つことにした。そしてその目を鋭く、「殺ってやる。・・・殺ってやるぜ。皆殺しにしてやる。・・・」と呟いた。そうして武器を両手に身構え、隙なく渋谷署前の歩道橋を降りていった。

 瑛太は奇形の怪物の出現を求めて明治通りの車道を歩き、並木橋の交差点を目指して、放置された事故車の間を通り抜けていった。瑛太は人一倍に負けん気が強かった。運動能力もずば抜けている。相手が誰でも負ける気はしなかった。19才という若さの割には、重ねた冒険や挑戦のその数は半端じゃない。成功体験も豊富にあって、決して諦めることをしない。そして、その度に望んだ報酬を、必ず多くを手に入れてきた。瑛太は勝者の条件を備えている。ゲームとは言え、化け物などに殺られるつもりなど1ミリも無かった。

 西陽が傾き、ビル群へと隠れていって、周囲は少しずつ仄暗くなっていた。空はまだ青空のままだが、通りには刻一刻と夕闇が近付いていた。車道を堰き止める事故車を避けつつ、周辺に注意を向けながら明治通りを進んでゆく。すると路上のあちらこちらに、頭部や大腿を失った人間の遺体が無残に放置されていることが分かるようになった。中には、車のボンネットやルーフの上に横たわっている遺体もある。

 多くの怪物は、すでに近隣のどこかに寝場所を見付けて移動しているようだ。それでも瑛太は通りを用心深く進んでゆきながら、どこかそんなに遠くないところに漂う奇怪な殺意を感じ取っていた。

 瑛太は道路を遮って横転している冷蔵トラックのその近くにやって来て、歩道上へと上がっていった。すると、冷蔵トラックの向こう側から小さな物音が聞こえた。ガリッ、ゴリッ、と小さく音がして感じる。そこでは何かが静かに動いている様子だった。

 瑛太はそう思って、冷蔵トラックの裏側へと廻っていった。するとそこではザンバラ髪に緑灰色の怪物が路上に腰掛け、そこに半殺しにした幼い4人の子供たちを集めて、1人の女児のその頭を食いちぎっていた。

 瑛太はそれを見て、血の気が引いた。怪物が瑛太の方へと顔を向けたが、その顔には目が無かった。怪物はバリッ、ボリッと音を立て、少女の頭蓋骨を噛み砕いて、そこから漏れ出た新鮮でいて若々しい脳ミソを、ズルリと音を立て、美味しそうにすすった。それから、怪物の体や腕にあるその目が見開いて、車の傍らに愕然と立ち止まった瑛太のその姿を睨み付けた。そして満悦そうに薄ら笑った。・・・もう、じきに日が暮れる。夜の眠りを前にして、強く鍛えられた脳ミソを見付けた。これで気分良く、腹を満たして眠りに就けると、まるで感じたかのように。

 頭を失い、大腿を齧り取られて鮮血が滴った少女の遺体を片手に、怪物が瑛太に向き合って立ち上がってきた。そしてすぐさま下手投げに、少女の遺体を瑛太へと投げ付けた。

 瑛太がそれを払いのけた。その時、少女の鮮血が瑛太のその顔に飛び散った。同時に怪物が、一瞬ひるんだ瑛太へと飛び掛かった。瑛太が咄嗟に、右手のハンドガンの引き金を引いた。

 銃撃が頬に当たって、怪物が顔を反らせて、倒れないよう足を踏ん張って一瞬だけ全身のその動きを止めた。瑛太がそれを見て、不可解に思ってその首を傾げた。しかし、それはサブ・マシンガンで連射された時に生じる数秒の停止ではなく、ほんの1秒のことだった。すぐに怪物がその身を動かし、瑛太へと飛び掛かってきた。

 瑛太はふたたび銃撃した。怪物が胸に被弾して上体を捻って、ふたたび1秒その動きを止めた。それでもすぐに怪物は身の動きを取り戻し、唸り声を上げて瑛太へと襲い掛かっていった。

 瑛太がそれに反応して、今一度、銃撃した。怪物が首に被弾して頭をぐらつかせ、ふたたび身の動きを止めた。それを見て瑛太は、怪物には銃撃は効かないものの、その身の動きを留めるだけの一定の効果があるようだと理解した。

 すると怪物がすぐに身を動かし、鼻息を荒く、瑛太へと襲い掛かってきた。瑛太はそれを見て、怪物の頭と顔を狙って2発続けて銃撃し、左手のナイフで戦うべく、被弾して上体をぐらつかせ、身の動きを止めた巨体の懐めがけて勇気を持って素早く踏み込んだ。そうして距離を縮めて、ナイフで怪物の右の手首を斬りつけて、刃を返して左の腕の付け根を斬りつけた。

 すると、怪物が身の動きを取り戻して両腕をバタつかせ、瑛太の頭を鷲掴みにしようとした。瑛太が咄嗟に頭を沈めて、ハンドガンで怪物の腹を銃撃した。そうして怪物の身の動きをふたたび止めて、左手のナイフでその喉を掻き切って、刃を返して右の胸から左の胸へと3度、4度と逆手突きにした。すると怪物が何のダメージもなく動き出し、すぐさま左腕を内から外へと強く振り払った。その腕が瑛太の胸を捉えて、瑛太は路面に背中を打ちつけ、そのまま後方へと回転していって、勢い余って上体を起こした。

 瑛太は胸が痛かった。肋骨にヒビが入ったか、どこかを骨折したかも知れない。すると、左手側に見えるビルのエントランスの自動ドアが開き、もう1体いた怪物が不気味な気配を漂わせ、上体をユラリと揺らして歩道へと歩き出してきた。瑛太はそれを見て、気を取られて、「こいつはヤバイぜ」と口走った。相手が2体では勝ち目が無い。絶体絶命だ。

 次の瞬間、正面側にいた怪物が、その足を踏み込んで、瑛太が感知していた世界のすべてが真っ暗になった。・・・畜生。・・・ゲーム・オーバーだ。どうやら俺は、怪物に頭を喰われちまったようだ。・・・


 瑛太は心に出来た大きな空洞を感じ取りながら、現実世界へと戻ってきた。瑛太はワナワナと震えて片膝を落とし、VRゴーグルを外した。見ると表はすでに日が暮れ、室内は夕闇に包まれていた。瑛太はしばらく片手を着いて、項垂れながら肩で大きく息をしていた。そうしてゆっくりと呼吸を整えた。

 瑛太は意識をハッキリとさせるべく頭を振った。それから奮起して、意を決して、VRゴーグルを顔に着け、しっかりと立ち上がった。続けて、『プレイ』に『コンテニュー』を選択し、ネットを介して『スクリーム2』のバーチャルワールドへと没入していった。


 夕陽が西のビル群へと沈みきって、渋谷の街は紫に染まった夕闇に包まれていた。瑛太は、事故車で封鎖されている、黒煙が漂った山手通りを、注意を巡らせ、並木橋方面へと進んでいた。

 そして歩道へと上がっていって、路上に横転している冷蔵トラックのその横を歩き抜けようとした。すると冷蔵トラックの向こう側から、バリッ、ボリッという不可解な異音が小さく聞こえてきた。瑛太は右手にハンドガン、左手にカランビット・ナイフを備えて、気配を潜めてトラックの向こう側を覗いてみた。するとそこでは、灰緑色の巨体の怪物が路上に座って、自分の前に半殺しにした幼い4人の子供たちを並べて、1人の女児のその頭を食いちぎっていた。

 瑛太はそんな光景を目の当たりに、恐怖にその身を凍り付かせた。怪物が瑛太の方へと顔を向け、バリッ、ボリッと音を立てて少女の頭蓋骨を噛み砕いた。そして、そこから漏れ出た新鮮な脳ミソを、ズルリと音を立てて美味しそうにすすった。すると怪物の体や腕にあるいくつもの目が見開いて、車の傍らで愕然としている瑛太を睨み付けた。それから満悦そうに薄ら笑いを浮かべた。

 頭を失い、大腿を齧り取られて鮮血が滴った少女の遺体を片手に、怪物が瑛太に向き合って立ち上がってきた。そしてすぐさま下手投げに、少女の遺体を瑛太へと投げ付けた。

 瑛太が咄嗟にそれを払いのけ、鮮血が飛び散った。すると怪物が、一瞬ひるんだ瑛太へと向かって飛び掛かってきた。瑛太が咄嗟に右手のハンドガンを発砲した。

 瑛太はそうして怪物を銃撃して身の動きを止めて、怪物との距離を縮めた。そして、怪物の手首や腕を斬りつけて、喉を掻き切り、右から左へと何度かナイフでその胸を突き刺した。すると振り払った怪物のその腕が、瑛太の胸を捉えて、瑛太は術もなく後方へと弾き飛ばされた。

 近くビルのエントランスの自動ドアが開いた。するとそこからは、もう1体残っていた怪物が上体をユラリと揺らしながら歩道へと歩き出してきた。体を起こした瑛太が、それを横目に見ると、「やっぱり出てきやがった」と口走った。と同時に、正面側にいる怪物からも目を離さず、ハンドガンでその腹を撃ち抜くと、すぐさま立ち上がって、ダッシュして、ジャンプして怪物に飛びかかって、左手のナイフでその首を突き刺した。

 すると、歩道に出てきた怪物が、もう1体と果敢に戦っている人間の若い男を見て、「こいつは美味そうだ」と舌舐めずりして、前傾姿勢に、そんな瑛太と1体のところへと駆け出してきた。瑛太が突進してきたそんな1体に目をやると、動きを取り戻した目前の1体が右手の鉤爪を打ち付けて、瑛太は左の肩の肉を切り裂かれて、路上へと転がった。

 駆け出してきた1体が、「この男は自分のモノだ」と、もう1体へと飛び掛かって、その足で蹴り上げた。その蹴りを弾いたもう1体が、両手の鉤爪を振り抜いて、噛みついた。そうして2体での血で血を洗う凄まじい格闘が始まった。瑛太は路上に横たわったまま朦朧としていて、その場で頭だけを起こして、そんな2体の怪物の荒々しい激闘を呆然と見上げていた。

 すると1体が、もう1体の体を引き剥がして振り回し、その腰を足蹴りにして、不意に瑛太のところへと突進してきて、鋭い三角の歯が並んだその口を大きく引き開いた。

 次の瞬間、瑛太が感知しているすべての世界が真っ暗になった。電子音の短いメロディーと一緒に、暗黒の世界に、「ゲーム・オーバー」が点滅して表示された。その時、そんな短いメロディーが、脳の深くに強く突き刺さって感じた。


 一方、道玄坂を上り切ったところにある旧山手通りの周辺は、瑛太がさっきまでいた明治通りと時を同じく夕闇に包まれていた。あれからジョージは、偶然にその場所に居合わせたライフルで武装した自衛官たちと槍使いたちで構成された陸上自衛隊の第3小隊に同行して、車が横転炎上して黒煙が立ち昇って見えている旧山手通りを200メートルほど進んで、神泉駅入口の交差点を警戒しながら通り過ぎていた。

 自衛官たちは彼らに加えて、遅れて2台の人員輸送車が通りへと急行してきて、総勢40名ほどになっていた。そしてライフルを手に、通りの左右に整列しながら、東京屈指の高級住宅街である周辺地域を警護するべく全隊で松濤2丁目方面へと進んでいた。

 自衛隊の小隊と一緒にいては、怪物を狩ってポイントを稼ぐことなどまったく出来なかった。それでもジョージは博学でいて堅実で、そうしたことなど承知の上で『スクリーム2』の世界がどのように創られているのかをいくらかでも理解したいと考えて、あえてその夜は、自衛隊の小隊と行動を共にしていた。

 こうしていれば、身の安全はかなりの確率で保証されている。あのまま1人で街中を歩いて、怪物を相手に戦ったとしても、多分、ハンドガン一丁では、何度もくり返し奴らに殺されて現実世界に離脱させられ、不快な感覚に苦しめられていたはずだ。

 そうこうしていると隊列の先頭が松濤2丁目の交差点へと差し掛かって、右列の先頭を歩いていた加賀見3等陸曹が、松濤文化村ストリートに右折したすぐの路側に、こちら側を向いて茫然と立ち止まっている2体の怪物を見つけた。

 陸曹は後方に続く隊列に振り向いて、その手を開いて右腕を差し上げ、その腕の動作だけで小隊の全体に静止するよう指示を与えた。それから後方にいた陸士長と槍使いの2名に目をやって彼らを指差して、怪物がいるその場所を指さして、3名に一緒に来るようにと顎で促した。

 陸曹と陸士長が闇に包まれた周辺に注意を傾け、路側に立ち尽くしている怪物に狙いを定めてライフルを構えた。

 これで怪物たちが唐突に目覚めたとしても、銃撃してその動きを止めることが出来る。これなら自分たちが単身で近付いていっても、危険は最小限に抑えられている。・・・槍使いの2名がそう理解して、陸曹に頷いてみせた。そして足音を低く、気配を潜めて、怪物たちの後方へと進み出していった。

 2名はその顔を見合わせて、おもむろに長槍を構え、力を一点に集中して、一撃必殺、その槍でザンバラ髪の怪物の頭を貫いてその2体を殺害した。その時、1体は槍に頭を刺されたままゆっくりと倒れたが、もう1体は頭から槍先が抜けて、音を立てて路上へと倒れそうだった。

 それは恐怖の瞬間だった。・・・もしも近くに別の個体がいたなら、その音に目覚めて、いきなりそれらが襲いかかってくるかも知れなかった。・・・槍使いはそう思って、咄嗟にその巨体を腰に受け止めた。すると、巨体がしなだれかかり、それに反応して体にあるいくつもの目が見開いて、最期に槍使いのその顔をギョロリと睨み上げた。個体は音を静かに、路上に横たわって息絶えた。槍使いは怪物に睨まれて、瞬間、血の気が引いてゆくのを感じていた。体中には脂汗が浮かび上がっていた。

 陸曹と陸士長と2名の槍持ちが隊列へと戻ってきて、隊はゆっくりと富ヶ谷方面へと前進を始めた。そして、少しして隊列の最後尾が松濤2丁目の交差点へと差し掛かってゆくと、隊の最後列を歩いていた女自衛官が通りの片側に、骨格と三角の歯と鉤爪を残して泥と化している2体の怪物の亡き骸を見つけた。女自衛官はそれを見て薄笑いを浮かべた。それから自身の後に付いて歩いてくる、年若いジョージに声を小さく話して聞かせた。

「日が暮れて夜になると、怪物たちはどこかに潜んで、多くが外には出てこなくなる。奴らの動きは鈍くなるようだ。こうして通りや街中をパトロールしていても、怪物の姿はほとんど見掛けなくなる。・・・稀に通りで出会したとしても、それは意識を失っているかのように朦朧と立ち尽くしているだけだ。・・・しかし、夜であっても、まずは怪物には近付かないことだ。不用意に近付けば、生命を感知して怪物は襲いかかってくる。音や気配を立てて近寄らなければ、夜には怪物は攻撃してこない。・・・もしも怪物に出会した場合には、音を立てないように近付いて、銃などは使わずに、大型の刃物で頭を貫き、その頭を斬り落とすだけで良い。すると頭を割られて、頭を落とされた怪物たちはその場所で命尽き、数分すると、その肉体は泥で作られていたのかのように変化して、脆く、壊れやすく、まるで土塊のように崩れ去ってゆく」

 ジョージは女自衛官のそんな話を聞いていて、こいつは大きな収穫を得られたと感じた。女は女で、怪物たちの出現によって世界が唐突に悲惨な状況に陥って、終わりのない危険極まりない連日の任務に嫌気がさして、ジョージにそんな話を愚痴として聞かせただけだった。それでもそれは、ジョージにとってはとても良い学習になった。

 女は、極めて凶暴な、強靭でいて残虐な怪物たちのちょっとした特性を分かりやすく教えてくれた。それはいわゆる怪物の弱点だった。確かな保証などないと思うが、夜になると怪物たちのその動きは鈍くなるらしい。街で見かける怪物の数も、日中に比べて少なくなるようだ。それなら、夜になら怪物たちを狩りやすくなって、大きくポイントを稼げるのではないか。ジョージはそんな風に女の話を理解した。

 そうしてしばらくは、ジョージは自衛隊の隊列のその後に付いて、山手通りと井の頭通りが交差する富ヶ谷の交差点へと進んでいった。すると、どこか世界の遠くから、多分、現在ゲームで感知している世界のどこか遠くの下方から、誰かの、定かでないが、誰か女の言葉が聞こえたような気がした。

 その声はもう一度、聞こえてきた。それは、「ジョージ。ディナーが出来たわよ。下に降りていらっしゃい」という英語の言葉だった。どうやらそれは、夕食の時間を告げるジョージの母親のキャサリン・ママの言葉だったようだ。

 

 瑛太は『フリークス2』からの離脱に特有のいつもの得体の知れない喪失感と一緒に、ゲーム内で傷付いた左肩に電流が走り抜けたかのような激痛を感じていた。畳の上にうずくまって、ひどい震えを堪えていた。そうして左の肩の痛みと喪失感が和らぐまでの10分近くを、畳に額を擦り付けながら可能な限りに落ち着いて、静かにしていた。

 瑛太は反射神経が鋭敏で、格闘の能力に長けているからこそ、ゲームの中で怪物たちに術もなく頭を食われて命尽きてしまうことに激しい苛立ちを感じていた。加えて瑛太は、自分の備えにも何かが足りていないことをしっかりと理解した。自分の備えが、怪物の凶暴さと強靭さに対処でき得る体勢になっていないことを強く感じていた。

 このままではダメだ。ハンドガンとカランビット・ナイフでは全然ダメなんだ。もっと強力な、奴らの力を凌駕するだけのもっと強力な武器が必要だ。怪物たちを狩ってポイントを稼ぐためには、何かもっと怪物を圧倒するだけの武器が必要だ。そんな風に考えた。

 怪物は、心臓をナイフで突き刺しても死ななかった。首を刺し、喉を掻き切っても死ななかった。・・・頭をハンドガンで撃ってもダメだった。それなら、どこをどうすれば怪物は死ぬのか?一体どうやったら怪物を殺せるのか?・・・

 瑛太はふと思い付いた。コントローラーを片手に持って、胡座をかいて、テレビへと向かった。それからコントローラーにキーボードを開き、画面に開いたサイド・バーの検索エンジンに文字を書き込み、「フリークスはどうしたら死ぬのか?」と尋ねてみた。すると即座に、解答が出た。

 解答は、「フリークスを殺すには、頭部を割って脳を破壊するか、頭部を丸ごと切断するしか方法がありません。頭部を銃撃しても、銃弾は脳を貫通してしまうため、フリークスは死にません。なお、銃撃した場合、銃弾1発に対してフリークスをおおよそ1秒間、静止することが出来ます」とのことだった。

 瑛太はそれを読んで、少し考えた。それからVRゴーグルを顔に着け、バーチャル・ワールドにあるサイド・バーに、『装備』のウインドウ開いた。すると、ウインドウの中には白い、奥行きの深い空間が広がって、そこには『スクリーム2』専用の武器庫が用意されていた。そこには『アーマー(防具)』、『シールド(盾)』、『ハンドガン(拳銃)』、『ショットガン』、『アサルトライフル』、『サブ・マシンガン』、『バレット(銃弾)』、『ソード(刀剣)』、『アザー・カトリー(その他の刃物)』に分類された白亜の展示室が並んでいた。

 瑛太は迷いなく『サブ・マシンガン』の展示室を選んで進んだ。それから、そこに並んでいる各種のサブ・マシンガンの形状を見比べて、それらを手に取って、それぞれのマニュアル・ムービーを注視して、重量や使用する銃弾や携行性を比較してみて、それらの中からドイツのH&K社が開発したMP7を買うことにした。

 次に瑛太は、怪物の筋肉や骨の硬さに対処して、怪物の頭を叩き割って、頭を斬り落とし得るだけの、強靭でいて扱いやすい、切断力が強力な武器が必要だと考えて、『アザー・カトリー(その他の刃物)』の展示室へとやって来た。

 そしてその部屋で、ラックに並んだ数種のハッチェット(長鉈)と数種のアックス(手斧)を慎重に見比べた。瑛太はそれぞれを手に持って、怪物との格闘を想像しながら4回、5回と素振りした。それから、その中に用意された木材を試し切りして、通称を『腰鉈』と呼ばれる、少し重ためで、切れ味の鋭い、刃の長いハッチェットを手に入れた。


 コントローラーで開いた『プレイ』のウインドウに、『コンテニュー』をタップして、瑛太はさっきまでいた夜になった明治通りへと現れ出してきた。通りにはまばらに街灯が灯り、誰一人いなくなったビルの窓には、わずかながら所々に明かりが灯されていた。路面に並んだ飲食店などの店舗はどれもが営業しておらず、閉店時の照明をそのままにしたものや、明かりがひとつも無いものがあった。

 瑛太はサブ・マシンガンを左手に、長鉈を利き手の右手に持って身構えた。そうして並木橋に向かって左手側の歩道へと上がり、足音を低く、路上に横転している冷蔵トラックのその横を通り過ぎていった。

 すると、冷蔵トラックのバンボディの向こう側には、頭を無くした子供たちの遺体が4体、血に塗れて横たわっていた。瑛太はそれを目にして、怪物たちの残虐さにその顔を歪めた。近くには、他にも怪物に頭や太腿を食いちぎられて死した大人たちの遺体がそこかしこに散らばって、路上に血の海を作り出していた。

 ふと目をやると、少し離れた路上には奇妙な物体があった。それは緑に染まった泥の塊た。緑の泥が少し大きな、寝返りを打った人型に盛られている。瑛太はそんな泥の近くにやって来て、それは何なのかとマジマジと見つめた。すると、近くの路面や泥のその中や表面には、例の怪物のものと思われる骨格や、手足の鉤爪や三角の歯が落ちていた。

 ・・・こいつは、さっきの怪物同士の戦いで負けた、どちらか1体の亡き骸なのか?そうであれば、勝った方のもう1体は、近くにいるはずだ。・・・瑛太は奇怪な泥の山を見てそんな風に思い、仄明るい明治通りの周辺の様子を注意深く見回した。

 周囲からは物音ひとつ聞こえなかった。怪物たちは明かりのない建物のその中で、獲物を待ち伏せてして息を潜めているのか?・・・瑛太はそう思って、気配を潜めて、歩みを進め、車が路上で追突して今も燃上している並木橋の交差点へとやって来た。

 瑛太は四方の道路を注意深く見回した。それから意を固め、午後に爆発音が聞こえていたその場所まで行ってみようと、八幡通りを246方面へとゆっくりと歩き出した。

 明かりが少なく、道路には多くの車が放置されていた。捕まって怪物たちの餌食になったらしく、あちらこちらに頭や大腿を無くした遺体が横たわっている。車が狭い歩道を強引に走り抜けたのか、向かって左側の歩道の並木が、低い位置でへし折られ、ガードレールの所々が荒々しくひん曲がっていた。

 そんな通りをしばらく進むと、路上の暗がりに頭を傾げて、上体をユラユラと揺らしながら茫然と立ち尽くしているザンバラ髪の怪物の姿が見えた。少し先にも、2体の怪物が朦朧と項垂れて、上体をユラユラと揺らしながら向き合って立ち尽くしている。他にもその先に、背中を向けたもう1体がいるらしい。

 瑛太は通りの先にそれらを見つけて、上機嫌になった。右手の長鉈をくるりと回して、思わず笑いが込み上げてきた。それから隙なく、周辺に注意を巡らせて、気配を潜めて歩き出してゆくと、怪物たちがなぜか不思議だが、身動きひとつしないことが分かるようになった。なぜか理由は分からないのだが、凶暴だった怪物たちがまるで蝋人形のようだ。

 10メートル、8メートル、6メートル、5メートルと、一番手前の怪物の正面へと近付いていった。やがては3メートルにまで近寄った。瑛太は動きを忘れた怪物に目をやって、からかい半分に舌を出してみせた。それから右手の長鉈を大きく振りかぶり、足を踏み込み、「畜生、地獄に落ちやがれ!」と言って刃を振り下ろし、瞬間に目を覚ました怪物の頭を力一杯に叩き割った。出血は余りなく、ザクロのように割れた頭蓋骨からは髄液と壊れた脳ミソがボタボタと、まるでシチューの具材のように路面へとこぼれ落ちた。

 同時に瑛太が口走ったその声に反応して、他の3体が唐突に目覚め、次から次へと前傾姿勢に、瑛太に向かって駆け出してきた。

 それを目にした瑛太が咄嗟に、近くから2体で襲いかかってきた怪物たちを狙って左手のMP7を連射した。脳を破壊されて死した怪物が路面へと崩れ落ち、銃撃された2体の怪物がその身の動きを失って、前のめりに、続けざまに路上に倒れて転がった。

 そんな2体の後方から、別のもう1体が振り返って駆け出して、瑛太が続けてそんな1体を銃撃した。すると路面に転がった2体の内の1体がすぐさま立ち上がってきて、瑛太へと襲いかかってきた。瑛太は慌てて右手の長鉈を振り抜いて、その側頭をザックリと叩き割った。続けてもう1体が立ち上がってきて、瑛太がそれを狙ってMP7を連射した。

 怪物は胸と右肩を撃ち抜かれ、その身を捻って後方へと弾け飛んだ。すると、銃撃を受けて全身を硬直させた怪物と入れ替わって、3体目の怪物がその歯を剥き出し、間髪入れずに瑛太の右側から襲いかかってきた。瑛太が慌てて長鉈を振り抜いた。ところが振り抜いた刃の角度が中途半端だったらしく、刃が怪物のその腕に弾かれて、次の瞬間、怪物がその口を目一杯に引き開き、唐突に瑛太の感知している世界のすべてが真っ暗になった。少しして、ゲームオーバーを知らせる短いメロディが鳴った。

 とは言え、瑛太は早速、怪物の2体を殺害して4ポイントをゲットした。巨体で俊敏な怪物たちと近接戦を交え、複数を殺害することは、ビギナーズではなかなか出来ることではない。これこそが瑛太の反射神経の鋭さと運動能力の高さの表れで、日頃から物事を、無駄を省いて効率的に進め、常に現実的に対処してゆく彼の生き方に所以するところが多かった。

 瑛太は必ず進んで、面倒で厄介な事柄から先に手を着ける。加えて、物事に対処する時には、ほんの一瞬立ち止まって、それがどのように出来あがっていて、どのような構造を持っているのかを判断する。そうして、それらを確実に、手っ取り早く片付ける手順を理解して、ひとつひとつに着手してゆく。ほんの一瞬、立ち止まることによって、多くの無駄を省くことが出来、多くの時間を節約することが出来るのだ。彼はいわゆる利口な、実務型の人間だ。常に付帯する雑務を片付けながら、物事を進めることが出来る。脳の構造が立体的に作られているのだ。だからこそ彼には、若くして神奈川県一帯の暴走族を統治することが出来たのだ。佑樹が彼をチームに引き入れた理由は、おおよそそんなところにあった。佑樹は、彼にチームを常に前へと引っ張ってもらいたいと考えたのだ。


 佑樹はマンションの部屋のデスクに着いて、ノートパソコンに大学の授業の時間割を見ていた。そうして考えに集中したいと思い、いつものように少年ジャンプの人気マンガに目をやりながら、自分とジョージと瑛太の予定を賢く調整して、オフィスのファイルに気配り細かく時間割を作成していた。佑樹はしっかりと考えて、1日の時間を比較的自由に使えている瑛太にいくらか融通を利かせてもらって、『友情』、『努力』、『勝利』と言ったジャンプの三原則に則って、皆にとって無理のない、それでいて各々が協力し合って力を発揮できるよう、集中しやすい3名のスケジュールを作成した。


 その朝、佑樹は学校の用具やPCを入れたデイパックを肩に下げ、少し早めに家を出てきた出勤者たちに混じって、地下階にある桜新町の駅へと降りていった。改札を通って、プラットホームに降りてくると、佑樹はジョージとの約束通りに、先頭から3両目の車両の2番扉の乗り場へと並び、8時50分発の上り列車を待っていた。

 そしてホームに列車が入ると、佑樹はそれに乗り、2番扉の近くから通路を車両の真ん中あたりに移動していって、吊り革に掴まった。

 そして3分後に、列車が次の駅となる駒沢公園駅のプラットホームに到着すると、同じく3両目の2番扉から、デイパックを胸側に掛けたジョージが4人目にそれに乗り込んできた。

 ジョージはいつもの車両のいつもの辺りに佑樹を見つけて、ウインクして、混み合う人たちに迷惑にならないように注意をしながら佑樹の傍らへと移動していった。そして佑樹に、「おはよう」と挨拶した。

 佑樹が微笑んで、「おはよう、ジョージ」と言って挨拶を返した。近くの座席に座っていた女子高生の3人組が、長身でカッコいいハーフのジョージがニヒルでクールな佑樹の隣にやって来たのを見て、小声で何かを話し合って2人に目をやって、顔を見合わせてニヤついていた。

 佑樹がジョージの耳元にその顔を近付けて、声を小さく話した。

「おはよう、ジョージ。調子はどうよ?やっぱ、ハマるだろ」

「そうだね。昨日は10回、リセットした。それでようやく1体、狩ることが出来た」

「死が『存在』っていう大きなものを失うことだって痛感させられるよな。その分、リセットして再生する時には、言葉にならない高揚感に包まれる。『生命』ってエネルギーが全身にみなぎって、自分は何でも出来るんだって感じになるんだ」

「だけど、一旦、街に出てゆくと、上手く行かないんだよな。何たって怪物が強過ぎる。体が大きくて頑丈だし、動きは速くて鋭いし、プレッシャーが尋常じゃない。どこで、どの角度から襲ってくるのか、まったく次が読めないからね」

「そうだな。何もかもが突然襲いかかってくるって感じだ。大きな変化が不意にやって来る。そうなったら、こっちは必死になって、死に物狂いで戦うしかない」

 列車はそうして2人を乗せて、一路、渋谷方面へと向かっていた。シートの女子高生たちが時おりそんな2人に目をやって、ニヤニヤしながら互いに顔を見合わせていた。

 ところが佑樹とジョージは、『スクリーム・オブ・フリークス』の話をするだけで、脳にアドレナリンやノルアドレナリンの前駆体である、意欲と快感の神経伝達物質である『ドーパミン』がみなぎって、すでに凶暴で殺伐とした、困難なネット・ゲームの軽い中毒症状に陥っていた。

 元より2人は、街や学校で気がある素振りをしてみせる少女たちを見掛けると、何かからかわれていたり、悪口を言われているような気分になって、とにかくいつでも無視することに決めていた。なので、2人は自分たちだけの世界になるだけ没頭して、どれだけキュートでも、そんな少女たちの目線や仕草などには目もくれないように心掛けていた。中でも幼なじみや同級生などの比較的親しい女子たちには、自分たちがバカにされるのが嫌だからと、逆に自分たちからいくらか強めにからかうことが常になっていた。

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