タカラダ博士からの手紙
その週の金曜日、夜の20時21分過ぎ。佑樹はデスクのPCに向かって、まずはオフィスで作った1週間分のスケジュールをPDFにして、ジョージと瑛太のPCに送り、続いてジョージと瑛太をズームでつないで、3人でのネットでの話し合いを始めた。
佑樹がスケジュールの説明を終えると、2人へと話を向けた。
「どうたった?『スクリーム2』をやってみて、何かこれはと思うことはあったかい?何でも良いから聞かせてくれよ」それから瑛太に目をやって、「瑛太はもう5体、やっつけたんだって?」と尋ねた。
すると瑛太が、頷いて返した。
「まあね。・・・だけどまだ、たった5体だよ。大したことないよ」
「お前なら簡単にゲームの環境に慣れるだろうって思っていたけどさ。予想以上だったね。やっぱお前は凄いよな」
瑛太が照れくさそうに微笑んでみせた。それから思い立って、2人に提案した。
「これから3人で連携して戦ってゆくならさ。俺が思うに、武器は3人で同じものに揃えておいた方が良いと思うよ。銃のマガジンを共有できるしさ。ほら、弾切れした時なんかに3人で補い合えるだろ」
佑樹とジョージはそれを聞いて、なるほどと思った。瑛太がそんな2人を見て、続けた。
「俺からのお勧めは、サブ・マシンガンならMP7だな。使い勝手と故障しにくいところが何よりも良い。実際に使ってみたけど、使いやすいよ。それからハッチェットの012だ。こいつは頑丈で、切れ味が格段に優れている。素人にも使いやすいと思うよ。適度な重量があって、刃もしっかりとしていてさ。振り抜く力を刃に伝えやすいんだ。左右の手に持った武器の重量が絶妙でさ。2つは、かなり相性が良いと思う」
それを聞いて、ジョージと佑樹がペンを持って、紙片にMP7とハッチェットの012とメモした。そして佑樹が頷いて、「分かった。それじゃあ、すぐに買い換えておくよ。俺が手に入れた日本刀は、刃先がすでに欠けちゃっているしさ」と返した。それからジョージも納得して、「俺もすぐに手に入れておく」と続いた。
瑛太が、両手でジェスチャーをして見せながら続けた。
「サブ・マシンガンを利き手でない方の手に持って、連射して怪物を制止させたら、利き手に持ったハッチェットで思い切り斬りつけるんだ。そうしてそいつの頭を叩き割るか、丸ごと頭を斬り落とせば良い」
佑樹が賛同して、「俺もそれが一番だと思う。パルコで超絶美人の外人女と出会したんだけど、その女がそんな風に怪物と戦って、ゴッズ・ウォリアーズに昇進したよ。女は俺をデコイにしてポイントを稼ぎやがった。女の場合は手斧を使っていたけどさ」と話した。
瑛太がそれに納得して、「ゴッズ・ウォリアーズと会ったのかよ」と、微笑んで返した。そして、「手斧も悪くないと思うよ。マジで悪くない。だけど、試し切りをしてみたらさ。斧よりハッチェットの方が断然、安定して感じたんだ。ハッチェットのあの形状が、そんなバランスを生み出しているんだと思うよ」と続けた。
ジョージが小さく手を上げて、モニターの2人に目をやって話した。
「俺が興味深く思ったのは、自衛隊の小隊が、松濤なんかの高級住宅街の警護にあたっているってことだ」
瑛太が驚いて、「マジかよ。自衛隊が出ているのか」と返した。
佑樹がジョージに頷いて返した。
「俺も、246号を装甲車と人員輸送車が走り抜けてゆくのを見たよ。なるほどね。そう言うことだったのか。一部の街には自衛隊が出ているんだな」
ジョージが自衛隊に関して、ちょっとした考えを話した。
「あんなに狂った世界でも、金持ちたちは税金で守られているってことだよね。当然だけど、自衛隊の連中はしっかりとライフルで武装していた。彼らの中には槍使いって連中がいてさ。部隊がライフルで怪物たちの身の動きを止めると、間髪入れずに槍使いが1体ずつ頭を突き刺して、怪物たちを血祭りに上げていた。使いようによっては、部隊を俺たちの都合が良いように利用できるかも知れないよ」
瑛太がそれを聞いてニンマリと笑った。佑樹が、「なるほどね」と返事して、早速、どんな仕掛けなら、自分たちに都合良く自衛隊を利用できるだろうかと考えてみた。
するとジョージが、「すぐに彼らを利用しようって訳じゃないよ。部隊の存在を頭に入れておいたら、いつか窮地に陥った時とか、何か変化が必要な時に、彼らを利用できるんじゃないかなって思ってさ」と話した。
それを聞いて佑樹が安堵して、ニヤリと笑って、「それじゃあ、これからMP7とハッチェットの012を手に入れて、試しに3人で合流してみようか」と、2人へと促した。
「そうだな。それが良い」と返事した瑛太に連動して、ジョージが「そうだね。まずはやってみるしかないだろうな」と返した。それを見て、瑛太が佑樹に頷いてみせ、「何が出来るか楽しみだぜ」と続けた。
佑樹がラップトップに時計を見て、軽く思案して、ジョージと瑛太に、「うん。そうだな。それじゃあ、20時30分丁度に皆でゲームにログインして、シブヤのハチ公前で待ち合わせをしよう」と告げた。
ジョージと瑛太は、佑樹が言った時刻に合わせて、『スクリーム2』にログインして、コントローラーにプレイ・ボタンをタップした。すると、3名のそれぞれのメール・ボックスには、タカラダ博士という謎めいた人物からの1通のメールが届いていた。
3名は個々にメール・ボックスをタップして、その手紙を開いてみた。手紙はいわゆる動画だった。送信記録には2037年午前11時27分とある。動画は今(2023年)から14年も未来から送られてきたものだった。
動画がプレイされると、そこには無言の、老齢となった宝田祥一博士のその姿が映されてきた。
博士は無言のまま、2037年現在の、自分たちが置かれている特殊な現状を受信者たちに説明するかのように、等間隔に並んだ太くて頑丈な鉄材の四角い柱から柱へと歩き、無菌化された清潔なステンレス製の壁と強化ガラスで作られた、どこかの生化学研究室らしい広々とした室内を一回りした。そこでは、何名もの淡いブルーの制服姿の職員たちが働いていた。
それからデスクトップとカメラの正面の椅子に腰掛けて、しばらく深刻な顔付きになって、そしてこのように切り出した。
「ここは、つくばの学術都市にあるタカラダ生化学研究所のオフィスだ。そして私が当研究所の主任科学者、ドクター・宝田祥一だ。生体実験の失敗によって、世に言われるフリークスを誕生させてしまった悪名高きあの研究所の主だ。・・・」
佑樹たち3名は、こんな老人がフリークスの生みの親なのかと、シブヤの市街の各所にあるモニターに映った動画を見つめて愕然としていた。荒廃を続ける世界にあって、何とか無事に生き残っている人類の行く末を案じて、宝田が続けた。
「私たちは当初、ガンの撲滅を目的として、人体を遺伝子操作して生体実験を実践していた。そして不幸な事故が原因となって、少年の体内では免疫システムが暴走を始めた。それが今言うフリークスの原型となった。・・・フリークスは免疫機能が個体の備える容量を超えると、肉体を分裂させて増殖を果たし、日本を発して、世界を隈なく連結しているグローバリズムの経路を辿って、世界の各地へと広がっていった。そして37年現在、世界の各都市は破滅へと向かっている。・・・」
ガラスに貼った大型モニターにはデジタル・マップが映し出され、日本の北関東に位置する茨城県のつくば市から小さな1体の何者かが生じて、やがては増殖し、幹線道路と鉄道を経由して、それらが少しずつ関東の一帯へと広がってゆくその様が表されていた。そしてそれらは、空路や海路を使って、アジアや環太平洋の国々へと広まって、さらにはヨーロッパやアフリカ大陸へと分布していった。
宝田は両手を前に組み、気分が重たそうに大きく溜め息ついた。そして、こう続けた。
「AIの発達が急速に加速して、量子コンピュータと核融合炉が開発されて、ASI(人工超知能)が『超知性』へと進化してくれた。2032年に起きた『超知性』の出現と、それによって生じた『チェイン・オブ・ソート(論理的思考の連鎖)』がなければ、私たちはすでに滅びていた。・・・ASIがフリークスの侵攻を正確に予測して、私たちは現在、ASIとロボットによって建設された地下都市に生きている。そして地下へと移転した最新設備の研究所で、私たちは、私たちの手で生み出した災厄をこの手で滅ぼさなければならないと、フリークスを死滅させる方策を探している。・・・」
天井のその上の水路を通ったその水が、マイクロプラスチックや、ゴミや、薬品や、雑菌などを濾過して、沸騰されて冷まされて、地下に住む人々の喉を潤し、体の渇きを癒しては、プールやシャワーや風呂の湯に使われている。
ダクトを通ってきた空気が何層にも濾過されて、地上の排気ガスや、放射能や、マイクロプラスチックなどを完全に除去して、地下の人々のその肺を満たしている。
地球の自転とリンクしながら東から西へと移動してゆく、ビタミンDをふんだんに含んだ太陽光照明。各種の野菜が水耕栽培や室内栽培で作られている。数種の海水魚の養殖。大豆を由来とした人工肉の製造。研究室では、なぜか若い日のままの制服姿の永井満や水沢茂久、林香澄らが、遺伝子操作や品種改良の部署のリーダーとなって、各々の仕事を進めている。
宝田が薄ら笑いを浮かべて、その先を続けた。
「私たちは、エボリューショナリースケール社のリヴ博士らが開発した『ESM3』というタンパク質を設計する生成AIを使って、フリークスの遺伝子解析を試みている。ChatGPTが人類の記した文章を大量に学習して、望みに応じて新たな文章を生成するのと同じように、『ESM3』は自然界にある多様なタンパク質を大量に学習していて、天然には存在し得ないタンパク質を生成したり、解析したりする生成AIだ。・・・」
大型モニターでは、『ESM3』というタンパク質生成AIを使用して、フリークスの遺伝解析が刻々と進められている。
「それを使ってフリークスの遺伝子解析をした結果だが、フリークスの遺伝子は人類の遺伝子とたった1%しか違っていなかった。その上、その1%は、これまで地球上では実現していない進化系統の架空の枝の、そのまた先の異形だった。加えて、それが進化によって自然界で生じる場合を試算してみたのだが、それには最短でも3億年が必要なのだそうだ。・・・人類に最も近いチンパンジーでさえ98%の合致だ。それが99%の合致だ。これは人類の個々の違いと同等のレベルだよ。・・・元はと言えば、フリークスは遺伝子操作に端を発して誕生したものだ。なので、当然と言えば当然なのだが、フリークスは人類の一種であって、人類に最も近い存在であって、まったく異なる存在らしい。・・・」
宝田博士が二度三度と頷いて、一息ついてからその続きを話した。
「私たちは、強力にして凶暴なフリークスの頭数を減らすには、フリークス同士を争わせて、共食いさせるしかないと考えている。そのために私たちは、まずは彼らを窒素の砲弾で急速凍結して、生きたままの姿で彼らを捕らえ、彼らの脳に彼らが喪失した『アキラ』という名の母の記憶を移植して、再生しようと試みている。・・・小さな破片を拾い集めてガラスの器を作るかのようにだ。彼らに少年だった頃の思い出を、ひとつひとつ思い出してもらって、母の笑顔を探し求めて、そうして彼らに人間だった自身を取り戻してもらいたいと考えている。・・・」
画面には、地下都市の研究所のどこか奥深くに位置している冷凍監獄が映し出されてきた。そこには、凍結されて鎖につながれた1体のフリークが捕獲されていた。フリークは頭部にインプランタブル・デバイスを接続されていて、上手く行くかは定かでないが、クラウドに大量に保存されている、貧しくて質素だったが大変に優しかった母の『アキラ』のイメージが、光ファイバーとマイクロチップを介して、刻一刻とフリークの脳の記憶野へと読み込ませている。
地下の深くのフロアには、そんな冷凍監獄が10数個並んでいる。そこでは数体のフリークスが脳の海馬に電気刺激を受けて、凍結したその体を時おりかすかに痙攣させていた。
宝田が神経質そうに瞬きをくり返した。それから手の平で顔を擦って、大きく息をして落ち着いてこう続けた。
「フリークスを壊滅させるには、1人でも多くの『ゴッズ・ウォリアーズ(神の戦士たち)』が必要だ。残された人類は、社会を再構築しなければならない。人類には抑制を促すべきなのだ。・・・」
宝田博士のメッセージは、そこで突然ノイズによって乱れて、途切れて消え去ってしまった。博士は、他にも何かを彼らに言いたげであった。ともあれ、それは博士からの何らかの指示だった。
宝田博士は、世界が荒廃の一途を辿る中、2037年まで無事に生き延びていた。彼はフリークスに関しては誰より詳しく理解している科学者である。そんな博士が、混乱の最中でフリークスを相手に戦うゲームのプレイヤーたちにこの動画をしたためている。・・・多分、このメッセージには何か大きな意味があるはずだ。何か大きな仕掛けや企みが隠されているのかも知れない。
佑樹とジョージと瑛太は、利き手でない方にMP7サブ・マシンガンを、利き手にハッチェットの12番を持って、薄っすらと黒煙が漂って感じる夜のシブヤのハチ公前へと集まってきた。事故車や車がそのままに放置された、無気味に静かなスクランブル交差点の信号が、赤信号から青信号へと変わった。
3名はハチ公像を前にして、顔を見合わせ、頷き合った。瑛太がニヤリと笑って、声を潜めて2人へと話した。
「どうするよ。・・・どっちに向かおうか?」
佑樹が眉を上げ、小声で、「ちょっとこの目で見ておきたいものがあるんだ。だから東急本店方面に向かおう」と応えた。それにジョージが頷いてみせた。
3名は、「OK。それじゃあ、俺が先に行く」と言った瑛太を先頭に、ジョージ、佑樹の順番で、多くの車が放置されている車道へと歩き出し、隙なく、注意を周辺に向けながら109の脇を通って、文化村通りを東急本店の新館方面へと進んでいった。数台の車が横倒しにされた通りの路上や、歩道の所々には、頭部や大腿の肉を失った人間の遺体が血生臭く横たわっていた。
しばらく進むと、1体の怪物がゆらりゆらりと上体を揺らしながら、意識もなく朦朧と立ち止まっていた。瑛太がそれを見て、佑樹に顔を向けると、佑樹がその首を横に振ってみせた。瑛太は、怪物を殺したい衝動をグッと堪えた。そうして瑛太と続く2名は、足音を潜め、息を静かに気配を殺して、そんな怪物から2メートルほどの場所をとにかく静かに通り過ぎていった。
やがては通りのその先に、たとえ街が無人であろうと、夜でも煌々と明かりを灯して営業を続けているドンキホーテが見えてきた。通りを挟んだ東急本店は、建て替えのためにすでに閉館していて、シャッターを下ろしている。瑛太とジョージと佑樹の3名は、結界を示すかのように夜の街角に明るく浮かび上がった無人のドンキホーテのその前にやって来た。すると、そこからは佑樹が先頭に立って、瑛太が後方を守り、そのまま道なりに左折していって、文化村通りをその先へと進んでいった。
街灯が点々と灯った暗い通りの路上には、6体の怪物たちが朦朧と立ち止まって眠っていて、怪物たちの遺体であった大きな人型の土塊が、いくつもそのままに残されていた。
それから、ゆるやかな上り坂となった通りのその先の路側には、確かにジョージの言う通りに、公人や有名人や高級都民たちが多く住む『松濤』の街の入り口をさながら守るかのように、陸上自衛隊の人員輸送車が4台停められていた。
ライフルを手に持った数名の自衛官たちと槍使いたちが、交代制で通りの警護へとあたっている。佑樹が通りの先にそれらを見て、ジョージと瑛太に頷いて、顎で促してみせた。そして声を抑えて、2人へと話した。
「本当だな。自衛隊が一部の街だけを守っている。・・・」
路上に立って眠っている怪物たちの1体が、低く抑えた祐樹の声に反応して、わずかにだが薄っすらと目覚めようとしていた。佑樹がそう言って、ちょっと思案して、瑛太に目をやって話した。
「静かに怪物たちに近付いていって、せえので1体ずつ殺っちまおう。それから全力で自衛隊の方へと駆け出して、すぐに地面に伏せるんだ。そしたら奴らがライフルで怪物の動きを止めてくれるはずだ」
その声に反応して、怪物が今にもかすかに目覚めようとしていた。佑樹とジョージと瑛太は3名で頷き合い、利き手にハッチェットをしっかりと構えて、気配を潜めて、それぞれに路上にぼんやりと立ち止まっている怪物たちのところへと歩き出していった。
それからハッチェットの柄を強く握って、その顔を見合わせて、3、2、1と心の中で呟いて、同じタイミングでそれぞれに1体ずつ頭を叩き割って、その頭を斬り落とした。
すると他の3体の怪物たちが唐突に目覚め、音の方へとその体を向けた。3名の個々のカウンターに2ポイントが追加され、佑樹とジョージと瑛太の3名は、すぐさま自衛隊の部隊の方へとダッシュしていって、すぐさま路面にその身を伏せた。
警戒していた自衛官たちが咄嗟にその身にライフルを構え、唐突に動き出した路上の3体を銃撃して連射して、個々の身の動きを止めた。すると、佑樹と瑛太とジョージがすぐさま立ち上がって、利き手のハッチェットを振り抜いて、残る3体の怪物たちのその頭を跳ね飛ばした。
すると、通りの近くで眠っていた怪物たちがそんな銃声にその身を覚まして、次から次へと三角の歯を剥き出して、通りへと現れ出してきた。
鋭敏に突進してくる怪物たちを狙って、自衛官たちのライフルと祐樹たち3名のサブ・マシンガンが銃火を放って交錯した。
ゆるい上り坂の入り口にある人員輸送車の近くでは、槍使いの自衛官たちがすぐさま動き出し、手にした槍先で次から次へと怪物たちのその頭を貫いていった。佑樹たち3名もサブ・マシンガンで怪物たちの身の動きを止めて、1体ずつ確実にその頭を叩き割っていった。
2体、3体、4体、5体と怪物たちが脳を破壊されて殺害されてゆく。瞬間、ジョージが路上の土塊に足を滑らせて、危うく転倒しそうにはなったが、襲いかかってきた怪物を瑛太が咄嗟にサブ・マシンガンで銃撃して、その頭を跳ね飛ばしてくれた。
切断された怪物たちの頸動脈から赤い血が飛び散った。怪物たちの体内に巡るのは、人類とほとんど同じ赤い血であった。とは言え、人類のその血より白血球の割合が多いために、ほんのわずかに発光してピンク掛かって見えた。原因は、佑樹が出会った根津美術館の研究室にいる永井博士らが説明してくれていたが、怪物たちの体内では免疫システムが異常に過剰に活性化されていて、歯止めも効かなく暴走しているためのようだ。
騒動が起きていた数分の間に、瑛太は全部で5体を倒し、佑樹とジョージは4体ずつを倒すことが出来た。初めて試した3名での戦闘は、上々の出来だった。いつものことだが、佑樹のアイデアは個々に想像以上の成果を生み出してくれる。佑樹たち3名は、そうして当座の戦いを無事に終えると、大きく安堵してひと息をついた。それから3名でその顔を見合わせて、笑って頷き、今後さらに進化してゆくだろう3名でのチームによるゲームの戦略に、大きな可能性を感じ合っていた。
佑樹とジョージと瑛太の3名は、計画していた『スクリーム2』での3名でのチームワークが極めて有効に機能していたことを嬉しく思っていた。そして誰からともなくグループ・チャットを始めて、深夜の1時に例のロイヤルホストで待ち合わせすることにした。
佑樹は愛車のNISSAN・コクーンのハンドルを握り、環八通りにある長浜豚骨ラーメン店に寄って、手短に夜食を食べ終えると、その足で246号沿いにあるロイヤルホストの桜新町店へと向かった。
ジョージは両手をチノパンのポケットに入れて、散歩がてらに自宅がある駒沢2丁目から246号の歩道を歩いて、その店へと向かっていた。
佑樹がコクーンを運転して、環八通りから246へと左折してきた。そうしてその道を進んでゆくと、その先に、ジョージが246の歩道を歩いてきて、ロイヤルホストの敷地内へと入ってゆく姿がチラリと見えた。
コクーンが左折のウインカーを出して減速し、徐行して左折してロイヤルホストの駐車場へと入っていった。すると、ジョージがのんびりと店のドアへと向かってゆくのが左手に見えた。佑樹がそれを見て、小さくクラクションを鳴らした。
ジョージが振り返って、佑樹のコクーンに目をやって、ニヤリと笑って立ち止まった。それから、佑樹が駐車スペースにバックで入れているコクーンの正面へと歩き出していった。ジョージの笑顔が、フロントライトに浮かび上がってみえた。
時を同じく、第三京浜から降りてきた瑛太が駆ったカワサキ・シャイアンが、エンジン音を軽快に、環八通りを走り抜けてきて、246へと右折してきた。
一方、ロイヤルホストの駐車場では、車から降りてきた佑樹とジョージがその顔を見合わせて、ニンマリ笑ってグー・タッチした。ジョージがニンマリと笑って、「俺たち、やったね」と言うと、佑樹がそれに頷いて、「ああ。ほぼ完璧だ。素晴らしいチームだった。狙っていた通りにやり通せたよ」と言って、微笑んで返した。
すると瑛太のカワサキ・シャイアンが徐行して、左折してきて、エンジン音を軽く響かせ、そんな2人が談笑している駐車場へと入ってきた。
瑛太は上機嫌で、笑顔で戯けてみせる2人に向かって、「よう。気分良いね。本当に気持ちが良い夜だぜ」と投げかけて、佑樹のコクーンのその隣にシャイアンを停めた。
エンジンを切って、ヘルメットを外してバイクから降りてきた瑛太に向かって、ジョージが歩み寄ってきた。そして瑛太と陽気にハイタッチして、「瑛太。助けてくれて、ありがとね。何度も命拾いしたよ。君には世話になりっぱなしだった」と話した。すると瑛太が頭を横に振って、ケラケラ笑って、「なんてことないさ。俺はジョージのポジショニングに驚いたよ。怪物たちに一番に近付いていった。結構、大胆なことをしでかしていたよな」と返した。
するとジョージが唐突に何のことなのか、佑樹と瑛太にちょっとヘンテコな例え話をした。ジョージは知識をひけらかすつもりではないのだが、最新の科学によって解明されたいろんな事柄に関心があり過ぎて、時おりこうした奇妙な引用をする。
「人間の脳には、おおよそ1千億個のニューロンがあってさ。ニューロン単体ではフラッシュドライブと同じ程度の情報を保持することしか出来ないんだよ。だけど、ニューロンは相互に結合して、ネットワークを形成することが出来るんだ。まるで僕たちみたいにさ。それによって脳の記憶容量は飛躍的に増大する。結合の過程で生じる容量は膨大でさ。動画に換算すると、おおよそ3百万時間分に匹敵するんだよ」
佑樹と瑛太は悦に入ったジョージの顔付きを見て、「こいつはいきなり何を言い始めたんだ」と、困って互いのその顔を見合わせた。そんなことなど気にしないで、ジョージが続けた。
「それなのに、すべてを記憶できないのはなぜなのか分かるかい?」
ジョージはそう言って、2人のその顔を問うように見つめた。瑛太が真顔を作って、「何でなんだよ」と尋ねた。佑樹がそんな瑛太とジョージを見て、ニヤけた。
ジョージが瑛太の返しを聞いて、待っていましたと、その問いに答えた。
「一説には、脳は不要な情報を少しずつ消去していて、より関連の強い新しい情報で上書きしているらしい。記憶の取捨選択は脳が決めているんだけどさ。そんな働きのおかげで大切な記憶だけが残されて、未来に起きる出来事を蓄える容量が出来ているらしいんだ。俺たちもそんな風に生き残って、3人でゴッズ・ウォリアーズになれたら良いよな」
佑樹と瑛太は、話をし終えて満足したらしいジョージに目をやって、互いの顔を見合わせて、その目を丸くして、ケラケラと笑い合った。
この年から5年前。コロナが世界に蔓延する以前の2018年には、中国人による爆買いが派手さを極めて、東京を中心に、横浜や京都や大阪、札幌や博多など、地方都市や有名観光地のいくつもの業種が大きな利益に潤っていた。やがては中国の資本が街のあちこちに入り込んできて、欧米やオセアニア、韓国、台湾、発展している東南アジアからの観光客たちが増加するようになった。
ブラジルや中国、ベトナムなどの外国人労働者たちが地方の町を根城にし、不法滞在者たちが都市の暗部や異邦の町の片隅へと隠れ住むようになっていた。東京や近隣の街では、グローバリズムという世界からの侵略に比例するかのようにして、外国人による犯罪が激増していた。そしてその年、政府は増加する凶悪犯罪や組織犯罪に対抗するべく、特定の兵役経験者に限定して銃器の所持を特別許可した私立探偵を合法化していた。
2020年には口内ヘルペスの感染も始まって、人々はその愛を示したくても口と口とでキスすることが出来なくなっていた。人々は社会や人との関わりを強制的に抑制されて、孤立して、世界は根深いストレスに苛まれていた。道理で、ネットゲームが流行るわけである。
その場所は、2023年の真夜中過ぎの新宿、歌舞伎町である。歌舞伎町一番街の手前側に位置する靖国通りの路側には、1台の全塗装した黒のGMCのフルサイズ・バンのサバナが息を殺すかのように駐車していた。その車は4人乗りに改造されていて、車内後部には最高レベルにカスタマイズされた4台のコンピュータと、監視カメラ用の8機のモニターと盗聴用のチューナーなどが配備されていた。シートでは優秀なプログラマーである孫大誠がヘッドセットを着けて、それらのコンピュータ類に注意を細心に向かっていた。
すると、イヤーピースに男たちの中国語が聞こえてきた。大誠はその会話に耳を傾け、デジタル・マップにその場所を特定して、カメラを切り替え、モニターを注視した。じきに新宿のスネークヘッドのボスであるアンディ・マーと彼の部下の右腕で、武闘派の陳小虎が、有名ホステスクラブのエントランスから出てきた。
スネークヘッド(蛇頭)とは、中国福建省を拠点とする密入国を斡旋するブローカー犯罪組織、あるいはそうしたネットワークの総称だ。東京、歌舞伎町界隈には、そんな組織の日本支部があるとされている。
マーは、店の前に待たせていたシルバーのベントレーの後部座席に乗り込んで家路へと向かい、陳小虎は店の前に待たせておいた4名の部下たちと一緒に、花道通りへと歩き出していった。そんな様子をモニターに確認して、大誠がヘッドセットに報告した。
「TKO、リアナ。陳小虎が花道通りへと動き出した。4名の部下たちと一緒だ」
アパ・ホテルのエントランスの裏口側に隠れていた、ヘッドギアに防弾ベストのTKOが、「了解」と返事して、通りを見つめて大きく息をした。
続いて、近くのビルの屋上で待機している中国系のクォーターのリアナ・ショウが、一番街と二番街の継ぎ目に位置する歌舞伎町交番に目をやって、手にしたトールハンマー・アサルトライフルの安全装置を外して、「了解」と応えた。
花道通りを進む中、部下の1人が陳小虎に尋ねた。
「込み入った話をしていたみたいだが、一体、オヤジに何があったんだ?」
「マーのオヤジの弟が逮捕されちまったんだ。マーの弟は列記としたビジネスマンで、組織とはまったく関係ねえのによ。なのに、強制送還されちまうらしい。・・・あいつは若いが、貿易業で成功してきっちりと身を立てていたのに」
他の1人が、小虎に話した。
「それで俺らが警察に押し入ったら、今度は俺らがヤバいんじゃねえのか?」
小虎がスーツのジャケットのボタンを外し、腰に隠していたハンドガン、デザート・イーグルをズボンの腹側へと挿し込んで、ドスを効かせて低く話した。
「そいつは大丈夫だ。奴らを一気に皆殺しにしちまえば良い。そしたら、俺たちが殺ったことなど誰にも分からねえはずだ」
少しして、二番街をゆっくりと下ってきた黒の1台の大型バンのヴェルファイアが、音を静かに歌舞伎町交番の横道の路側へと駐車した。近くのビルの屋上に待機していたリアナが、そんな車を見下ろして、ヘッドセットに話した。
「TKO、大誠。大型バンが1台、横道にある居酒屋の前に駐車した」
大誠がイヤーピースにそれを聞き、交番近くの横道を映し出したモニターに目をやって、大型バンを見つけて、「車をモニターに確認した。シールドが貼られていて、車内の様子はまったく分からない」と返した。続いてTKOが、「了解。大誠。用心して、そいつを監視しておいてくれ」と指示した。
小虎と4名が花道通りを歩き抜け、やがては暗い、真っすぐなその道の遠くにモダンな歌舞伎町交番の明かりが見えてくるようになった。小虎と4名は個々にハンドガンを手に持って安全装置を外し、すれ違う通行人たちを気にして、ジャケットの脇腹へとハンドガンを隠した。
ビルの屋上から花道通りを監視していた黒のコーチ・ジャケットのリアナが、予備の暗視スコープを覗き、暗い通りのその先に同じスーツの5人を見つけて、「来たわよ。ドラゴンヘッドの兵士たちが5名、通りへと現れた。交番までのその距離は350フィート(107メートルほど)ってところね」と、ヘッドセットに報告した。
TKOがホテルの裏口の壁に背を付け、ふたたび大きく息をして、その手に持ち出したグロック18の安全装置を外した。
リアナはゆっくりと息を整え、アサルト・ライフルの暗視スコープを覗いて、花道通りを進んでくる5名の男たちをアップにして、その手にハンドガンがあるのを確認し、5名の中の先頭にいる陳小虎に標的を定めた。
明かりの灯った歌舞伎町交番が刻々と近付いてきた。花道通りを歩いてくる5名の男たちが一旦その足をゆるめ、1人が配ったパーティー用の陳腐な仮面をその顔に着けた。男たちの位置が乱れて、小虎がどの男なのかが分からなくなった。同じ黒スーツとマスクのせいである。リアナが困惑してスコープから目を外し、ヘッドセットに報告した。
「ごめん。5名が奇妙な仮面を顔に着けた。陳小虎を見失ったわ」
TKOは一瞬、眉を寄せたが、それには「ノー・プロブレム」と返答した。
大誠は、あらかじめ歌舞伎町交番の周辺に設置しておいた監視カメラの映像を、車内の8機のモニターに注意深く確認していた。やがては2番モニターに、花道通りを歩いてくる黒スーツにパーティー用の仮面の5人の男たちがはっきりと見えてきた。すると1人の若い制服警官が交番から出てきて、明かりの前に立って、腰のベルトを両手で掴んで周辺を見回した。
5人の中の1人がポケットからスマホを取り出して、誰かに電話をかけて何かを話している。大誠はそれをモニターに確認して、「ちょっと嫌な予感がする。車をそっちに移動させる」と、ヘッドセットを介してTKOとリアナに話し、急いで車内を運転席へと移動していった。
そして運転席に着くと、車載の4機のスマホにモニターの映像を共有して、サイレンは鳴らさずに回転灯だけを灯して、すぐさま発車して、一番街へと左折していった。黒のサバナはクラクションを鳴らして、通行人たちに道を開けさせ、その道を交番方面へと北上していった。
交番の横にある交差点の近くへと、5人の男たちが歩き出してきた。5人はどこかのパーティー帰りを装って、酒に酔ったフリをして、愉快そうにはしゃぎながら歩いてきた。リアナは屋上でトールハンマー・アサルトライフルをしっかりと構え、暗視スコープに先頭の男のその頭を捉えていた。
交番の前に立った制服警官が花道通りに、仮面を着けて、酔ってはしゃいでいる風体の5人の男たちに目をやった。そして「楽しそうだな。愉快な酒なら問題ない」と、微笑んでみせた。
1人目と2人目が顔を見合わせ、頷き合って、ジャケットの脇からハンドガンを抜き出した。瞬間、リアナが先頭の男を射撃した。
先頭の1人が頭頂に銃弾を受けて、電流を発光させてグラついた。わずかに遅れて、他の2人がハンドガンを発砲した。1発は建物側へと軌道が逸れたが、2人目が発砲した1発は、若い警官の頬から脳幹を的確に貫いた。
同時に、TKOがグロックを構えて、交番側へと進み出し、ハンドガンをジャケットの脇から抜き出した2人を続けて射撃した。続けてリアナも、もう1人を射撃した。後の1人は2人の反撃をいち早く躱して、素早く建物側へと移動していった。TKOとリアナが使用する銃弾は、『ライトニング』という高電圧のバッテリー弾で、銃弾に倒れた4名は弾け散った電流に包まれて路上に卒倒して、白目を剥いて、全身を激しく痙攣させていた。
交番の中は、表で唐突に始まった銃撃戦のその音を聞いて、勤務についていた警官たちが驚き慌てて、中には腰にあったリボルバーを手に構え、表に出ていって、交戦しようとする者たちがいた。すると最初の銃声を合図に、通りに停まっていた大型バンから、ハンドガンやショットガンを手に構えた黒スーツの男たちが次から次へと降り立ってきた。
それを車載のスマホのモニターに見た大誠が、一番街に車を走らせ、「通りに停まっていた大型バンから加勢の男たちが降りてきた!」と、ヘッドセットに伝えた。
建物側へと逃げた男がTKOを狙って銃撃し、TKOがそれに反撃した。リアナがイヤーピースに報告を聞いて、ライフルを連射に切り替えて、屋上を移動していって、バンから降りてきた男たちを2名続けて銃撃して倒した。着弾したバッテリー弾が炸裂して、四方八方に電流の光を躍らせて、車内にいた2人までをも感電させた。しかし、バンの車内には、まだもう1人いた。
次の瞬間、大誠が運転するグリルガードを付けた頑強な黒のサバナが、一番街から花道通りへと左折してきて、すぐに二番街へとテールを揺すって右折していって、路側に駐車している大型バンへと強烈に激突した。
表に出てきた2名の制服警官の内の1名が、腹を撃たれた。TKOは建物側にいた1名の側頭を銃撃し、続いて、ショットガンを手に、二番街から出てきた男のその胸を銃撃した。さらにはリアナが屋上から、大型バンからこぼれ落ちるように這い出てきた2人を連射した。
続いてTKOが前進してきて二番街にやって来て、ショットガンを手に大型バンから降りてきた最後の1人を銃撃した。ショットガンの銃弾が空高くで広がって、空からパラパラと落ちてきた。地上では着弾したバッテリー弾が高電圧の電流を発して、白く明るく煌めき躍っていた。
ビルの屋上にいるリアナが、地上の状態を見下ろして、路上に倒れている制服警官たちを確認して、ヘッドセットに報告した。
「警官が2名撃たれている!大誠、救急車を。救急車を呼んで!」
サバナの運転席からドキドキしながら周辺を見回していた大誠が、ヘッドセットにそれを聞いて、「分かった!至急、救急車を呼ぶ!」と応えた。
TKOがグロック18を構えて、路上で激しく痙攣して苦しみ悶えたり、気絶している黒スーツの男たちを確認しながら、花道通りを注意深く歩き出していった。すると路上に倒れて痙攣している陳小虎が、口から泡を噴き出して、震えるその手でマスクを外して、銃口を向けているTKOを強く睨みつけた。
TKOがそんな小虎を確認して、ニヤリと笑って、小さく頭を傾げてみせた。そして、「死んだら、あの世には何も持ってゆけないぜ。生きているすべての者たちは、体ひとつで死んでゆく。あの世では皆が平等だ。世界を我が物にしている億万長者だって無一文で死んでゆく。世にいう美男美女たちも死んだら骸骨になってしまうんだ」と話した。




