3本の矢(後編)
川崎市の上麻生という高級住宅街の一軒の家の前へと宅配便の配送車がやって来た。制服姿の女は笑顔で、立方体の白い段ボール箱を家にいた青年へと手渡した。青年は長い髪を簡単にポニーテールした瑛太だ。手にした箱は、『スクリーム・オブ・フリークス2専用機』のものだった。母親の翔子がリビングから出てきて、そんな瑛太の姿を遠目から眺めていた。
瑛太はその箱を手に、2階の自分の部屋へと上がってきた。早速、その箱を開けてみる。暴走族の総長を若くに引退した今の瑛太は、自民党の衆議院議員の秘書を務める父親の仕事を側面から援護したいと考えていた。そのために、コンピュータとインターネットを駆使する技術とアプローチを身に付けたいと思い、『サイバー・ハリウッド』というコンピュータの専門学校の通信教育を受けていた。授業は24時間、インターネットでいつでも好きなだけ受けられる。時間内ならチャットで指導を仰ぐことが出来、実技のテストに合格して単位を取れたら進級できるので、毎日の時間をかなり気ままに使えている。
だけどこれからは、佑樹たちのスケジュールに従う必要がある。佑樹の『スクリーム2』のチームに参加したいなら、学業もトップクラスに上げなければならない。誰にもなびかず我が道を進む瑛太にしてみれば、ちょっとした挑戦だが、結果としてコンピュータを自在に操れるようになれるなら、挑んでみて損をすることはない。それが出来れば、親父の助けになることも出来る。そんな風に考えていた。
瑛太は12畳の和室の壁掛け大型テレビのUSBポートに『スクリーム・オブ・フリークス2』のTVスティック・4Kを接続した。続けて、保証書に添付されているパスワードを使って『スクリーム・オブ・フリークス2』にログインした。すると数秒して、荒涼とした音楽と一緒に、テレビの画面には、「あなたは生存者たちの同志だ」、「あなたは特別な存在だ」、「あなたの命はこの世の何よりも大切だ」とするウェルカム動画が流された。
瑛太は画面の指示に従って、動画の後にテレビに表示されてきたQRコードを自身のスマホに読み込んでみた。そしてスマホにアプリがダウンロードされると、スマホをテレビの画面にあるTVスティック・4Kとリンクした。続けて、テレビの音響をサラウンドに設定した。
次には『スクリーム・オブ・フリークス2』のガイダンスに従って、スマホのカメラで自身の正面の顔写真と、左右の横顔の写真を撮影して、それらを画面の『スクリーム・オブ・フリークス2』に転送した。続けてユーザーネームを『ツナデ』に決めた。
それから画面の指示に従って、そこに作った自身のプロフィールに、自身の身長と体重と利き手を正確に記入した。続けて瑛太は、画面に表示されてきた衣服のラックからタンガリー・シャツと、ブーツカット・ジーンズにショートブーツを選んで、これからゲームで活動することになる、瑛太の分身となるアバターを完成した。
次に画面に表示されてきた「あなたはどの街で戦いますか?」と言う質問に、瑛太は佑樹から指定されている「トウキョウ、シブヤ」とスマホに書きこみ、返信した。ゲームがグーグル・マップとリンクして、ローディングされてゆく。そんな間に、遠くで緊張感を高める無気味な音楽が鳴り出した。
続いて、「それではVRゴーグルを顔に着け、その手にコントローラーを持ってください。それが出来たらオンをタップして、電源が入ったら、もう一度、オンをタップして、ゲームに思い切ってトリップしてください」とする指示に従って、瑛太はVRゴーグルを顔に着け、コントローラーを手に持って、コントローラーのオンをタップした。するとコントローラーとVRゴーグルに電源が入って、小さなブルーのランプが数回点滅した。
瑛太は心臓がドキドキして、愉快に思ってニヤついていた。そして「何が起きたって、所詮はゲームの中だけでのことだ。楽しめるだけ楽しんでやるぜ」と呟いて、自身に強く気合いを入れて、ふたたびオンをタップした。
次の瞬間、瑛太が着けたVRゴーグルの暗闇のその中に、瑛太の分身のアバターが現れた。続いて中空に、「ウェルカム・トゥ・アウア・マッドワールド」と表示され、起動を報せるタイマーの後に、極めてリアルに描かれた、仮想のシブヤのスクランブル交差点がアバターの目の前に遠大に広がった。
それはいつもと変わらない、人々で混み合った、午後のシブヤの風景だった。加えて有無を言わせず、アバターの利き手である右手に無料のシグ・ザウエルP320というハンドガンが握られた。瑛太は唐突に右手に握られたハンドガンに目をやって、驚き慌てて愕然とした。
スクランブル交差点の歩行者用の信号が青になった。瑛太は立ち止まって、動き始めた人波を見渡して少しの間を考えていた。どこの国からやって来ているのか、何ヶ国もの外国人たちが世界的に有名になったスクランブル交差点の珍しい光景を動画に残しておきたいと思い、スマホを手にして、やたらと騒いでいる。サラリーマンたちがバッグを片手に早足に交差点を渡ってゆく。ここら辺りは、モデルやアパレル系などのオシャレな美女たちが多い地域でもある。
瑛太はそんな交差点を見つめて顎を上げ、混雑を感じる人気の通りより、別の方面へと歩いてみようと、交差点に背を向けた。それから駅ビル構内を東へと向かって、白いワンピース姿の長身の美貌の女とすれ違って、新橋行きなどのバス・ターミナルが並んだシブヤ・スカイ方面へと出てきた。
それから渋谷署前の歩道橋へと上っていった。すると、交差点に面して建った渋谷署ビルの後方にあたる、進行方向左手側の遠いところで、唐突に二度、三度と続けて激突音が響いた。
けたたましい激突音を聞いて、テロかと思って、数名の刑事や制服警官たちが慌てて渋谷署のエントランスから出てきて、言葉を掛け合って周辺を見回していた。すると続けて同じ辺りで大きな爆発音がして、黒煙がその地のビルの上までモクモクと立ち昇ってみえた。
瑛太は行く手に黒煙を見つめて、「こいつはいきなり面白くなって来たぜ」と口走って、ニヤリと笑って、歩道橋を小走りに駆け抜けた。そして左手前方に注意しながら、明治通りの線路側の広い歩道を恵比寿方面へと進んだ。
黒煙が上がっている、246へと続く八幡通りの辺りで、小さな爆発音が続け様に起きていた。そしてやがては、大きな爆発音が続けて2発起き、またもや黒煙が高く立ち昇ってみえた。それだけで瑛太が進んでゆく明治通りには、しばらく何も起きていなかった。
瑛太が右手のハンドガンの安全装置を外し、通りでは何が起きているのだろうかと、八幡通りのその先に注意を傾けて、並木橋の交差点へと近付いていった。
同じ時、八幡通りの246側の途中では、通りを下ってきていた2台の車が歩道へと乗り上げて、他の数台が玉突き衝突して大破して、他の2台が通り沿いの建物の地上階に突っ込んで激しく炎上していた。そして、もう1台が上り車線側の建物の2階へと突っ込んで、ガス管を破損して、断続して爆発をくり返していた。
遅れて八幡通りを下ってきた1台のスズキ・ハスラーが、前方に数台の車が爆発炎上している異状を見て、驚いて、他にも奇怪な何かを路上の車の間に見付けて、急ハンドルを切った。そして車は植え込みの並木にボディの側面をぶつけながらも、猛スピードで上り車線側の歩道上を走り抜けてきた。目前に迫った災難から逃げ去る術は、その道を進むしか無かったようだ。
それは、建物の2階に突っ込んだ車のその下を通り抜ける直前のことだった。通りの途中に突如として姿を現した謎の怪物が、そんなハスラーのルーフへと飛び移ってきた。ハスラーはそんな怪物を振り落とそうと、ふたたび慌ててハンドルを切って、強引に下り車線へと戻ってきた。怪物は揺す振られ、一旦、車体の後部へと退いて、ふたたびルーフへと登ろうとしていた。
上り車線は、唐突に発生した大事故のせいで渋滞が始まっていた。思うや否や、奇怪な怪物をルーフに乗せたハスラーが猛スピードで、下り車線から並木橋の交差点へと走り抜けてきた。瑛太は車のルーフにいる、手足の長い、ザンバラ髪のクリチャーを初めて見て、慌ててハンドガンを両手で持って身構えた。
ハスラーの女ドライバーは、ルーフの怪物の長い手に頭を掴まれて、丸ごと頭を噛み千切られた。車はドライバーを失って、遺体がハンドルにもたれ掛かってバランスを崩し、車体を傾けて、片輪を浮かしながら交差点を斜めに突っ切っていった。そして恵比寿方面から明治通りを走り抜けてきた乗用車と接触して、スピードをそのままに歩道上に乗り上げ、鎌倉街道の橋の欄干へと激突して炎上した。
瑛太は反射神経と運動神経と動体視力に優れていた。ケンカとオートバイのレースで鍛え上げてきた。そんな瑛太が一瞬にして、怪物の姿を見失ってしまった。緑灰色の2メートル以上ある巨体だと言うのにだ。それだけ怪物は俊敏だった。
すると怪物は身を素早く、近くにあった建物の外壁を駆け上がっていって、すぐさま、大破した車を見つめて、怪物を見失って呆然となった歩道の瑛太を目掛けて飛び掛かっていった。
瑛太がただならない殺気と影が横切るのを頭上に感じて、咄嗟に体の向きを変え、同時にハンドガンを2発連射した。
「イーッ!」と聞こえる悲鳴と一緒に、怪物が身の動きを止めて、そのまま落下して、路面に目の無い横面と全身を強かに打ち付けた。その時、ドスン!グキッ!と聞こえる鈍い音がした。
瑛太は仰天して立ち上がって、醜悪にして毒気に満ち満ちたクリチャーを生まれて初めて目の前にした。やにわに吐き気が込み上げてきた。
偶然、通りを歩いていた数名や、渋滞した車の運転者たちが八幡通りから逃げ出してきた。そんな彼らを追って、他の2頭のクリチャーたちが続け様に走り出してきて、そんな人々を捕まえて、頭や太腿を食い千切っていった。
次の瞬間、胸に銃弾を撃ち込んで重傷を負わせたと思っていたクリチャーがだしぬけに立ち上がって、すぐさま強く足を踏み切って、瑛太に向かって飛び掛かってきた。
瑛太は咄嗟にハンドガンを向けたが、怪物の手の鉤爪に強くその手を弾かれて、次の瞬間、瑛太の感じるすべての世界が、突然、ブラックアウトした。続いて電子音の短いメロディと一緒に、闇の中空に「ゲームオーバー」と表示されて、すぐに真っ暗になった。
瑛太は朦朧としながら思わず後退りした。鉤爪に肉が切り裂かれた右腕がひどく痺れて感じていた。そして部屋の後方にあったベッドに尻餅をついて、そのままベッド上へと横たわった。それから大きく息をして、VRゴーグルをその顔から外した。
自身の傍らに、ゴーグルとコントローラーを置いた。頭を振って気持ちを確かにし、これまでに感じたことのない不可解な喪失感をその胸に噛み締めながら、しばらく天井を見上げていた。初めて目にした怪物の醜悪な姿を漠然と思い返していた。瑛太は奇妙な悲しみと高揚感に包まれて、いわゆる『ゲーム酔い』を感じていた。
瑛太は自分の身には何が起きたのかと、愕然としていた。しばらく経ってから上体を起こし、喉が渇いて、ベッドテーブルにあった湯呑みの冷めた緑茶を一息で飲み干した。それから、そこにあったクロレッツのボトルからガムを一粒取り出して、その口に入れた。なぜだか全身がワナワナと震えていた。
ガムを噛んでいると、ミントの味が口の中に広がって、唾液が湧き出て、自然と気持ちが落ち着くのを感じた。瑛太には、ゲームオーバーになった直前の一瞬の記憶が無く、どうして自分がゲームから一方的に離脱させられたのかが分からないでいた。不可解に思って、その目を強く閉じた。
それから眼光鋭く目を開けて、立ち上がって、壁掛け型の大型テレビへと向かった。瑛太は人並外れて負けん気が強かった。心の炎がメラメラと燃え上がって感じていた。そしてふたたびVRゴーグルを顔に着け、コントローラーを手に持った。
するとVRの暗闇に、「ふたたびプレイする場合には、リセット・ボタンをタップしてください。それからもう一度、オンをタップして、ゲームに思い切ってダイブしてください」との指示が出た。瑛太はその指示に従って、コントローラーのリセット・ボタンをタップした。すると、VRの暗闇にファイルをリロードするタイマーが点滅した。
瑛太は大きく息をして自身に気合を入れて、改めて決意した。それからもう一度、オンをタップする。次の瞬間、VRゴーグルの暗闇に、瑛太の分身のアバターが現れた。次には中空に「ウェルカム・トゥ・アウア・マッドワールド」と表示され、起動を報せるタイマーのその後に、極立ってリアルな、仮想のシブヤのスクランブル交差点の風景が彼の目の前に広がった。そこには、さっきと変わらない午後のシブヤの風景があった。次には有無を言わせず、アバターの右手にシグ・ザウエルが握られた。
いつもながらに、スクランブル交差点の周辺は雑多な人々で賑わっていた。瑛太はハンドガンを片手に気迫を漲らせて、さっきと同じに駅ビル構内を東口へと進んだ。途中、前回に見た白いワンピースの美形の女と目と目が合って、女がニコリと微笑んでみせた。2人はそのまますれ違っていった。そしてバス・ターミナルとシブヤ・スカイを左手に見ながら、渋谷署前の交差点の歩道橋へと上っていった。
瑛太は歩道橋の途中に立ち止まって、少し緊張して、きっとこの場所では同じ異状が起こるはずだと、渋谷署のビルの向こう側をジッと見つめていた。
するとしばらくして、八幡通りの下り車線にユラリと怪物が現れ出し、1台目の車がそれを見付けて、慌ててブレーキをかけ、停まりきれずにボンネットにそれを大きく弾き飛ばした。続けて、2台目と3台目、4台目の後続車が玉突き衝突して、その地からいくつかの激突音が聞こえてきた。
その後、もう1体の怪物が出てきて、驚いて急ハンドルを切った後続車がガードレールを壊して、歩道へと乗り上げ、通り沿いの建物へと突っ込んでいった。そして大きな爆発音が響き渡って、黒煙がビルのその上の高くへと立ち昇った。
反対車線の車が衝突して、いくつかの激突音がまた響いた。次には、路上に弾き飛ばされた怪物が起き上がってきて、怒りに煮えたぎって上り車線の乗用車のフェンダーを掴み、通り沿いの建物の2階部分へと車体を逆さまに投げ飛ばした。続けて、もう1体が停車した車のサイドボディを蹴り飛ばし、車を荒々しく横転させて建物へとめり込ませた。2発続けて爆発音が響き渡って、続け様に黒煙がそれらの上空へと立ち昇っていった。
瑛太は続けて起こった爆音を聞いて、背筋がゾクゾクして鳥肌が立った。そしてハンドガンの安全装置を外し、歩道橋を渡り切っていった。ハンドガンを右手に、ゲームオーバーになった並木橋の交差点を目指して、明治通りの歩道上へと駆け出していった。
途中、瑛太は明治通りを行き交う車中のドライバーたちに銃口を向けて、通行車両を無理やり停めさせて、明治通りを反対側の歩道上へと横断していった。
八幡通りの上り車線が渋滞を始めていた。車から降りてきた人々が、次から次へと3体の怪物たちに捕えられ、容赦なく頭を食い千切られていった。すると246側からスズキ・ハスラーが走り抜けてきて、前方で大事故が起きて黒煙に包まれているのを見て、さらには怪物が路上で待ち構えているのを知って、慌てて逃げ道を探して、反対車線の歩道上へとハンドルを切った。
ハスラーは車体の左側を歩道の植え込みの並木にぶつけなからも、歩道を猛スピードで走り抜けていった。すると、路上にいた怪物が俊敏に横っ飛びして、そんな車のルーフ上へと飛び乗ってきた。
やがてはその先に、建物の2階に逆さまに突っ込んで炎上している1台の車が見えてきた。ハスラーの女ドライバーはそんな車を見て、ルーフにいる怪物をそれに強打して叩き落とせないかと考えた。すると怪物は車体の後部に体を移動し、咄嗟に頭を低くして、頭上に突き出た車の車体をスレスレで躱し切った。女ドライバーはそれを知って、ルーフの怪物を振り落とそうと、すぐさま急ハンドルを切って、元の車線へと戻っていった。
瑛太はハンドガンを両手に構えて、明治通りの246側の歩道を走り抜け、並木橋の交差点の角の近くに立ち止まった。八幡通りの上り車線は渋滞を始めていて、人々が災難を逃れて、助けを求めて駆け出してきていた。
すると瑛太が予想していた通りに、八幡通りから、巨体の怪物をルーフに乗せたハスラーが信号無視して交差点へと突っ切ってきた。ルーフの怪物が車を運転している女の頭を鷲掴みにして、震え上がった女の頭をあらがう間もなく食いちぎった。そうして明治通りを走り抜けてきた4WD車と接触して、歩道に乗り上げ、鎌倉街道の橋の欄干へと激突して炎上した。
瞬間、怪物が車のルーフから近くのビルの外壁へと飛び移って、素早く外壁を駆け上がっていった。瑛太が通りの向こうにそれを見付けて、怪物を狙って続けてハンドガンを連射した。ところが通りを隔てたその距離と怪物の俊敏さが災いして、銃弾は1発も的中しなかった。
やにわに八幡通りから人々を追って、2体の怪物が走り出してきた。怪物たちは人を捕らえて頭を噛みちぎり、咄嗟にハンドガンを向けた瑛太へと向かってきた。瑛太は迫り来る怪物を狙って、慌ててハンドガンを連射した。そうして1体の身の動きを止めてはみたが、瑛太はすぐにハンドガンにあった弾丸すべてを使い切ってしまった。すると残るもう1体が、そんな瑛太の正面へとおもむろに歩き出してきた。
手足の長い、緑灰色の怪物の全身にはいくつもの目があった。そして顔には目が無く、両耳が尖っていて、鼻と口だけがあって、アゴ関節を外して大きく開いて裂けたその口には、唾液の糸を引いている、鋭く尖った三角の歯がサメみたいに3列に並んでいた。
次の瞬間、瑛太が感知していたすべての世界がブラックアウトした。電子音の短いメロディと一緒に、中空には「ゲームオーバー」の文字が表示された。その後、世界が改めて真っ暗になった。
瑛太は愕然として、いきなり腰が抜けてしまって、その場所に尻餅をついた。そして畳の上に仰向けになってVRゴーグルを外し、無性に可笑しくなって、声を上げ、腹を抱えてケラケラと笑い出した。瑛太は佑樹に誘われて始めたネット・ゲームの強烈な感覚と奥行きの深さに感心して、昂揚して、愉快で楽しくて堪らなくなった。
長い間、こんなに面白いものとは出会していなかった。こんな快感は、大人ぶった20代の半グレたちを片っ端から叩きのめして、17才で暴走族の総長になった時以来だ。大バカを相手にしたケンカや、簡単に股を開く女たちと遊ぶより、ずっとずっと面白い。そう思って、しばらく腹を抱えてのたうち回って、ケラケラと笑っていた。
新宿区早稲田の早田大学では、経済学の鬼才と呼ばれている佐伯貴弘教授の新一年生に向けた経済学の授業が始まっていた。すり鉢状の大教室には、いくつもの学部の学生たちが集まって満杯の状態だ。物理や生物学を目指そうが、英文学や仏文学を目指そうが、経済の成り立ちを理解しなければ、それらを身に付け、社会に出て個々の能力を実践することが出来ないからだ。そんな教室の中段やや前方の中央辺りのデスクでは、佑樹とジョージが肩を並べて、真剣な面持ちでノートにシャープペンを向けていた。
教壇に立ったストライプのワイシャツにニット・ベストの佐伯教授が、教室を埋め尽くした生徒たちに威風堂々と語った。
「今日は君たちの初めての経済学の授業だ。だから現在の日本で起きている現実を分かりやすく、簡単に話しておこう。これから私が話すことを理解できれば、きっと今後の私の授業が楽しくなるはずだ」
佐伯教授は頭が禿げ上がっているが、なかなかハンサムな壮年だ。形を整えたヒゲを蓄えている。そんな教授が蔑むように微笑んで続ける。
「今の日本はひどいインフレの最中にある。日本の政治家や官僚たちは『ようやくデフレから脱却できた』とか、『失われた30年から回復できた』とか言って、相槌を打ち合って、諸手を挙げて喜んでいる。しかし、私に言わせれば、彼らは愚かな白痴どもだ。まさに大バカだよ。生まれながらの低脳たちだ。彼らにそんな程度の理解力しかないから、日本はいつまで経っても復活できないんだよ。デジタル化に関して言えば、すでに世界から3周遅れの状態だ。・・・ちなみに説明しておくが、インフレとはインフレーション。一定期間にわたって物価の水準が上昇し続けることを言う。そしてデフレとはデフレーション。物価が持続して下落してゆく経済現象であって、モノに対して貨幣の価値が上がってゆく状態を言う。デフレの時には、どこかの牛丼の並盛りが300円みたいに、モノが安価で買えるという訳だ。・・・そして我が国、日本は、そんな愚劣な政治家たちに何も言えない『愚民たち』で成り立っている。それは一様に、国民の全体に正しい知識が欠けているからだ」
すると、デスクに出しておいた佑樹のスマホに、バイブ機能が働いた。メールが1通、届いたようだ。佑樹がモニターをタップすると、メッセージは瑛太からだった。
そしてそれには、「スクリーム2をプレイしたけど、めちゃくちゃ面白かった。作りが複雑で簡単じゃないけど、ズバ抜けてイケてるゲームだよ。本当にシビれるぜ。こいつはハマりそうだ」とあった。佑樹はそれを読んで、傍らのジョージに目をやって、メッセージを読むようにとアゴで促した。
ジョージがそれに頷いてみせ、佑樹のスマホにある瑛太のメッセージに目を通した。それから佑樹に目をやって、自分もすぐにでも『スクリーム2』をプレイしたいと思って、いくらか羨ましそうに微笑んでみせて、親指を立てた。
佐伯教授が続けた。
「現在、日本で起きているインフレは、いわゆる『悪いインフレ』だ。そう理解しておいて間違いはない。それでは、それは何故なのか?」
佐伯教授はそう言って、教室内にいる生徒たちの1人ひとりに目をやって、続けた。
「それは、iフォンやグーグルやチャットGPTのようなより良い製品やアイデアが日本で生み出され、それらが世界から求められ、大きな利益を生み出して、日本経済が好景気になって形成されているインフレではないからだ。トヨタ、ホンダ、ソニー、パナソニックなど、昭和の高度成長期にあったインフレは、これらの企業の優良な製品によって作られたものだった。日本の経済が好調であれば、企業の業績が上がって、それに伴って自然と労働者たちの賃金も上がって、国内の隅々でもあらゆる商品が売れて、中小企業や個人経営の会社など、裾野にまで広がって、日本国民の全体が満遍なく豊かになる。・・・これを『良いインフレ』と言う。しかし、今あるインフレは、経済が好調になったから始まったものではない。・・・今あるインフレの第一の原因は、2012年に始まった2期目の安倍政権が始めた『アベノミクス』の危険極まりない失策にある。2年で終えるはずだった財政出動と金融緩和を性懲りもなく10年もくり返し、『アベノミクス』は作為的に円安誘導を試みてきた。・・・次にある原因は、『コロナ禍』だ。コロナの感染が世界に一気に蔓延していって、世界をつないでいた原材料の調達から生産、加工、流通、販売といったサプライチェーンが分断されて、グローバリズムの最大の欠点が明らかにされた。・・・そしてもう一つは、ロシアのウクライナ侵攻だ。この不埒で不潔な戦争によって、食料やエネルギーなどの原材料の価格が高騰し続けて、世界のインフレを加速させている。・・・よって、食料やエネルギーのほとんどを輸入に頼っている日本への影響は甚大なものだ。そのため日本では、政府と結託している大企業を除いては、国民全体の賃金が上がらないでいる。それは何より日本の経済が成長していないからだ。景気はまったく良くなってはいない。今ある現状は、ただただ単にコストが上がって、物価が上がっているだけだ。・・・例えばグローバリズムは、先進諸国の奢りでしかない。労働力が安価だからと言って発展途上国に工場を開けば、それはその国が技術と販売網を学んで豊かになることを意味する。そうして開発途上だった各国が豊かになったら、今度はこれまで日本が必要としていた物品を彼らと市場で買い争うことになる。そして、『アベノミクス』が定着させた円安が災いして、日本はそれらを他国に買い負けている。世間ではインバウンド、インバウンドと言って歓喜している者たちも多いが、私はそんな日本人を乞食かと思うよ。・・・良いかね。インフレは達成すれば良いものではない。インフレを達成するには正しい筋道が必要だ。今回のインフレは、そんな正しい筋道を経ていないから、日本は一向に好景気にはならないんだよ。これを一般には『悪いインフレ』と言う。最悪の場合には、貨幣の価値が損なわれて『ハイパー・インフレ』を引き起こす可能性がある。・・・ちなみに、『アベノミクス』の異次元の金融緩和は、世界で初めての経済実験と例えられている。当然ながら、その際に買い上げられた国債は、君たち将来世代の借金となる訳だ」
瑛太は『スクリーム2』からログアウトすると、心に出来た喪失感を何とか紛らわせて気分転換しようと、ランニング用のショートパンツに履き替えた。そして、空になった湯呑みを手に、1階のキッチンへと降りてきた。その家は家長が国会議員の第一秘書という、いわゆる成功者の持ち家であることを表して、モダンでとても大きな家だった。
蛇口を捻って、水で湯呑みの底をすすいで、ウォーターディスペンサーから冷水をそれに半分ほど注いで、ぐいと一飲みした。リビングでは母親の梨花がソファに座って、大型テレビに午後の情報番組を観ていた。テレビでは、深夜、横浜市港北区の近辺の元地主だった老夫婦のお屋敷に強盗が入ったことをニュースとして報じていた。最近、首都近郊の住宅地域では、類似の事件が頻発していた。横浜市の港北区では2件目の事件だ。
3名の強盗犯たちは凶悪で、70代の老夫婦を容赦なく殴る蹴るして、家中にある金品の在り処を聞き出して、それらを洗いざらいに持ち去っていったと言うことだ。朝になって縁側の窓が割られていることが分かって、これまでの日本社会ではあまり見掛けることが無かった凶悪事件が発覚した。病院に運ばれた老夫婦は、骨折や脱臼などの重傷を負ってはいるものの、命に別状は無いらしい。夫婦が警察に話したところでは、強盗たちはマスクでその顔を隠していたが、どうやら20才前後の若者たちだったようだ。そしてその家や近所にあった防犯カメラの録画映像を公表して、神奈川県警は市民たちに3名の犯人たちの情報提供を広く呼びかけていた。
梨花が玄関へと向かってゆく瑛太に軽く目をやると、瑛太は、「ちょっと走ってくる」と言って、玄関から出ていった。梨花はニコリと笑って頷いて、何も考えずにテレビへと目を戻した。はたと気付いて、ソファから立ち上がって、リビングから玄関まで歩いていって、ドアの施錠をした。
テレビでは、著名な美人の女性心理学者で脳科学者である安西夏海が、司会者とコメンテーターたちに、今回の犯罪についてをこのように解説した。
「どのような経験をしても、脳は変化します。脳細胞間の接合部分であるシナプスを新たに獲得するか、あるいは失うかという変化です。これは神経可塑性という現象として知られていて、子供時代や思春期に脳が発達する仕組みになっています。脳の柔軟性は年齢を重ねるにつれて低下するものの、この神経可塑性があることで、私たちは大人になっても学習し、記憶を形成し続けることが出来ます。このプロセスは学習や記憶、そして脳全般の機能が問題なく働くために必要なものなんです。・・・しかし多くの経験はまた、脳に作用することで、あなたが維持したかった、あるいは維持する必要があった細胞やシナプスを失わせてしまいます。例えば、今回のコロナのパンデミックでほとんどの人たちが経験した過剰なストレスは、既存のシナプスを破壊するだけでなく、新しいシナプスの成長をも阻害することがあります。・・・」
梨花がリビングのソファへと戻ってきて、テーブルにあった梅塩キャンディをその口に入れた。テレビでは安西夏海がこのように続けていた。
「加えて、現代の若者たちにはスマホによる弊害があります。何と言っても、やめて欲しいのは、一日中スマホに触れている習慣です。・・・この20年ほどの間に、私たちを取り巻く環境は大きく変わりました。スマホ、パソコン、タブレットなどの電子機器が急速に発達して、今では日々の生活に不可欠な方たちも多いことでしょう。しかしそれらの長時間利用は、脳に大きなダメージを与え続けています。それは単なる印象ではなく、すべては科学的な実験によって見えてきた事実です。・・・私たちが実施した調査では、幼い頃からスマホやタブレットなどのマルチメディアの端末に触れる時間が多い若者たちは、大脳の約3分の1の領域と、神経繊維が集積する大脳白質の多くの領域で発達が停滞してしまっていることが分かりました。また、前頭前野の活動が低下して、情動の抑制が利かなくなってキレやすく、物事を深く考えることが出来なくなっています。・・・これらが夜に眠っても夢を見ることが出来なくなった現代の若者たち、『リキッド・ジェネレーション(液状世代)』の分かりやすい特徴です」
瑛太は淡々と住宅街の歩道を10キロほど走って、汗を流していた。それから近くの白山公園に立ち寄って、「空虚の塊よ、消え去ってくれ。空虚の塊よ、消え去ってくれ。空虚の塊よ、消え去ってくれ」と自身の心に言い聞かせ、1人で真剣にシャドーボクシングをくり返していた。
瑛太は心の奥底にしつこくこびりついて感じる、あえて言葉にするなら電磁波の後味が残った一種独特な喪失感に、拭いきれない奇妙な焦りと不可知な緊張を感じ取っていた。それだけに『スクリーム2』には、それらに反して、他のゲームでは感じられない強烈な悦楽と快感があった。
瑛太は佑樹やジョージとは違って、気軽に女たちとセックスを楽しんで、バイクを走らせ、ケンカをくり返して、現実生活を楽しんでいた。これまで瑛太は暇つぶしのためだけにゲームを楽しんできた。そんな瑛太であっても、殺れば最高、殺られれば最悪だ。瑛太は『スクリーム2』にログインして、その日から早速、そんな仮想の世界に渦巻いた感情の起伏の激しさに病みつきになってしまっていた。
佑樹とジョージは初日の授業を問題なく終えると、大学に通いながら『スクリーム2』を楽しむために すべてのクラブや同好会の勧誘を断って、2人して帰路へと着いた。
ジョージは家に帰って、「ただいま」と言って、まずは喉が渇いて、大好きなカルピスを作るためにキッチンにやって来た。すると、ディナーの調理を進めている母のキャサリンが、「お帰りなさい」と返して、「あなたに荷物が届いているわよ。部屋の前に置いてあるから」と話した。
ジョージはカルピスのグラスを片手に、胸をときめかせて2階の自室の前へとやって来た。すると、そこには白く高級そうに化粧されている立方体の段ボール箱が置かれていた。それにはツナミ社のマークと『スクリーム・オブ・フリークス2』のロゴが描かれ、内封されているVRゴーグルと、コントローラーと、TVスティック・4Kが、クールな線画としてプリントされている。
それを見てジョージは、ようやくお宝が自分の元にも届いたかと思って、嬉しくて堪らなくなった。大学生活の最初の1週間は、生徒たちが教授たちの授業に慣れるための準備期間のようなものだ。『スクリーム2』をプレイして、そこに展開されるバーチャルの世界に慣れて、怪物の存在を理解したいなら、今の時期を利用するしかないと考えていた。
ジョージは大学用のデイパックをデスクの椅子の上に置いて、カルピスを一口飲んでから、フロアのラグのクッションに座り込んで、その箱を開いた。すると近くのソファに座っていた『セクサロイド』のマリアちゃんが、ジョージの存在を室内に感知して、「おかえり、ジョージ」と話しかけてきた。ジョージがそれに、「ただいま、マリア」と返事した。
ジョージはまずは、部屋の大型テレビのUSBポートに、『スクリーム2』のTVスティック・4Kを接続した。それから保証書に添付されているパスワードを使って、『スクリーム2』にログインした。
すると数秒して、荒涼とした音楽が流れ、テレビの画面には、「あなたは生存者たちの同志だ」、「あなたは特別な存在だ」、「あなたの命はこの世の何よりも大切だ」とするウェルカム動画が流された。ジョージはそれを見て、身震いがした。ちょっと興奮して、「佑樹に瑛太、少しだけ待っていてくれ。すぐに君たちに追いついてみせるからさ」と言葉にした。
ジョージは画面の指示に従って、動画の後にテレビに表示されてきたQRコードを自身のスマホに読み込んだ。そしてスマホにアプリがダウンロードされると、スマホをテレビの画面にあるTVスティック・4Kとリンクした。それから表示に従って、テレビの音響をサラウンドにした。
加えて、『スクリーム2』のガイダンスに従って、スマホのカメラで自身の正面の顔写真と、左右の横顔の写真を撮影して、それらを画面の『スクリーム2』に転送した。それからユーザーネームを、佑樹に話しておいた通りに『オロチマル』にした。
次に、画面の指示に従って、そこに作ったゲームのプレイヤーとなる白川ジョージのプロフィールに、自身の正確な身長と体重と、利き手が左手だと記入した。それから画面に表示されてきた衣服のラックから白と紺色のボーダーの長袖のボートネックTシャツに、ダークブルーのジーンズとワークブーツを選んで、これからゲームに参加することになるアバターの容姿を完成した。
次に画面に表示されてきた、「あなたはどの街で戦いますか?」と言う質問に、ジョージは祐樹から指定されている「トウキョウ、シブヤ」とスマホに書きこみ、TVスティックに返信した。ゲームがグーグル・マップとリンクしてローディングされてゆく。そんな間に、遠くで不安感をかき立てる不気味な音楽が鳴り出した。
「それではVRゴーグルを顔に着け、その手にコントローラーを持ってください。それが出来たらオンをタップして、電源が入ったら、もう一度、オンをタップして、ゲームに思い切ってトリップしてください」そんな指示が出た。
ジョージはその指示に従って、VRゴーグルを顔に着け、コントローラーを手に持った。それからコントローラーのオンをタップした。するとコントローラーとVRゴーグルに電源が入って、小さなブルーのランプがくり返し点滅した。
ジョージは大きく息をして、まずは心を落ち着かせた。そして心と頭が冷静になって明瞭になったと感じるようになると、静かに一息して、ふたたびオンをタップした。
次の瞬間、ジョージが着けたVRゴーグルの暗闇のその中に、ジョージの分身となったアバターが現れた。続いて中空に、「ウェルカム・トゥ・アウア・マッドワールド」と表示され、起動を報せるタイマーのその後に、極めてリアルに描かれた、仮想のシブヤのスクランブル交差点が彼の眼前に遠大に広がった。
そこにあるのは大量の人々で賑わっている、いつもの夕刻前のシブヤの街だ。加えて、アバターの利き手である左手に無料のシグ・ザウエルP320というハンドガンが握られた。ジョージはしっかり冷静になっていた。ところが唐突に左手に握られたハンドガンを見て、急に緊張して全身が固まって、胸の鼓動が高鳴った。手の平や背筋や額が噴き出した汗でグッショリになった。
そうこうしていると、スクランブル交差点の信号が青信号になった。ハンドガンを左手に呆然となったジョージは、周囲の人の流れに押し流されるようにしながら、道玄坂方面へと交差点を渡った。多くの人たちは次の信号の手前で立ち止まって、109方面へと横断歩道を渡っていった。ところが、ジョージはなるだけ人目を避け、人波から逃れるようにして、歩行者が少なめの道玄坂の歩道を道なりに進んでいった。
シネコンの前を通り過ぎ、ヤマハ楽器店の跡地の方へと歩みを進めると、車は相も変わらず数珠つなぎに走っているものの、ここの地域は再開発の途中ということもあって、歩行者のその数は格段に少なくなった。その道は道玄坂と言うだけあって、長くてゆるい登り坂になっていた。
ショージはようやく心を落ち着かせることが出来た。そして左手にあるハンドガンを見て、まるで映画の主人公になったようだと意気揚々とした。良い気になって¬西部劇の主人公を真似して、ハンドガンを手の中で2回、3回と回して、鼻で笑ってみせた。それからその道を道なりに進んでいって、やがては旧山手通りにつながる分岐路の近くへと立ち止まった。
ジョージは学者みたいに博学な青年だ。ちょっと臆病で、よく言えばとても堅実で、たいした準備もなく理解不能な混乱に巻き込まれるのはゴメンだと、意図して混雑の少ない地域へと進んできた。もしも近くに例の怪物が現れた場合には、犠牲者たちや街の損害を最小限に抑えたいと考えたようだ。
とは言え、右折路の手前側には、近くに松濤という高級住宅街があるためなのか、地域を警護して陸上自衛隊の1台の人員輸送車が停められていた。行く手の前方に、旧山手通りと246が交差している神泉の大きな交差点を見つめた。それに反して、旧山手通りも246も大変な車の交通量だった。絶え間なく大量の車が通り過ぎてゆく。
すると唐突に、ジョージが歩いてきた道玄坂の右手側、かなり遠方から、憶測するに東急ハンズか東急本店の辺りからか、4回続けて爆音が響き、その後に3回続けて大きな爆発音が響き渡って聞こえた。
ジョージはその音にビクついた。爆音のたびに、背筋が震えて内臓がズシンと震動して感じた。ジョージは、「とうとうやって来たか」と思って、中空に表示されてきたハンドガンの安全装置の外し方を見て、それに倣って左手にあるハンドガンの安全装置を外した。そして、「殺るなら殺ってみろ。何度だってリセットして相手になってやるからな」と口走って、やがては直面するであろう、血で血を洗う生々しい戦いに挑む決心を固めた。




