転機
その年の7月、夏休み前に行われた大学での期末テストの高成績を受けて、母の麻耶から佑樹のスマホにテレビ電話が入った。佑樹が出ると、母親がちゃんと化粧した満面の笑みで、こう切り出した。
「佑ちゃん、やったわね。テストは素晴らしい成績だったみたいね」
「うん。まあね。当然だよ。やるだけのことはやっているからね」
「あなた、1人でもしっかりと勉強しているのね。1人になって、東京で勝手なことをやっているんじゃないかって、ママは心配していたのよ。・・・だけど見直したわ。やれば出来るじゃない。佑樹は元々、頭の良い子だったからね。・・・てことで、約束通りにママからのプレゼントを注文しておいたわ」
「プレゼントって何さ。ね。何くれるの?」
「それは届いてからのお楽しみよ。きっと気にいるわ。・・・2週間後の7月30日にそっちに届くみたい。かなり大きな荷物になるってさ。あなたに注文番号をメールしておくから、配達業社の面倒にならないように、事前に連絡を取り合って、ちゃんと受け取っておいてね。・・・そうそう。プレゼントがそっちに届いて、夏休みに入ったら、ちゃんと名古屋に帰ってくるんでしょ?こっちに1ヶ月はいられるわよね」
「いいや。1ヶ月は無理だな。2週間くらいならいられるけど」
「分かった。それじゃあ、2週間ね」
高さ180センチ、幅75センチ、深さ50センチの、車1台分ほどのかなり高価な大きな荷物は、配達人の手によって、丁寧にキャリアに乗せられて、マンション内を運搬されて、7月30日の午前10時過ぎにその部屋へと到着した。
驚いたことに、母からのプレゼントは、マイクロメカニック社製の愛人ロボット(セクサロイド)だった。いわゆるセックス・ドールである。それは、一人暮らしをしている可愛い息子に余計な虫が付かないための予防策であって、それより、日々の性的欲求不満を解消して、精神を健全に保つための高級玩具であり、何より母の思いやりであった。
プリンセス・ピンクに化粧されたその箱を開けると、セクサロイドはジョージの部屋にあるジュリアちゃんより身長が低く、細身の体格や、乳房の大きさや、その顔立ちが明らかに違っていた。母親は佑樹の好みを充分に理解していて、彼女は『夢見るビッチ』のローラを模して、佑樹より少し年上で、ナチュラルブラウンの髪の形を自然な耳掛けマッシュルームヘアに、フレアのミニスカートが可憐な印象のメイド服に身を包んでいた。
起動してない人工の女には、瞬きと呼吸が無く、それでも見掛けは生身の女性と何ひとつ変わらない状態だ。首の後ろに製造番号が薄っすらと刻印されている。
佑樹は、ローラを自分のベッドの片側に座らせた。スマホを介して起動してみると、彼女はその目を見開いて、何回か瞬きして、体内に埋め込まれたナーバス・システムを働かせて、リアクション・ムーブで身体や表情をかすかに動かしてみせた。これは、『ヒューマナイズ』と名付けられたマイクロメカニック社の特許による動作だ。
彼女はそうして目を覚ますと、佑樹に目をやって、ニッコリと微笑んで、「こんにちは、ユウキ。私の名前はローラだけど、ローラのままで良い?」と尋ねた。
佑樹はちょっとだけ思案した。そして、ベッドテーブルに飾った若々しい母親の麻耶の写真に目をやって、頷いて、「いいや。時々、ローラって呼ぶかもしれないけど、本当の名前はマヤってことにしよう」と返した。
すると彼女は、「分かった。マヤね。覚えておく」と、ウインクして頷いてみせた。声も口調も、その表情もアニメのローラそのままであった。天然キャラで、小まめでご奉仕好きな、何事にも「いや」と言わないメイドのローラがそこにはいた。佑樹は心底、嬉しくなって、さっそく彼女の唇にキスをした。彼女の唇は柔らかく、舌と舌とが驚くほど自然に絡み合って感じた。そのキスは脳髄が痺れるような、とても艶かしいキスで、甘くて心ときめく、生々しい風味がした。
「セクサロイドにはヒトの女に感じる面倒臭さが一切なく、それぞれの好みにカスタマイズ出来て、主人に対して完全に従順にプログラムされている。他には得られない特別な愛着を感じうる嗜好品である」・・・それが全世界にいる所有者たちによる、一様の感想だ。
この10数年、日本と周辺の人類世界では、ひどい悲劇ばかりがくり返されてきた。
2011年3月11日、14時46分頃にマグニチュード9・0の東日本大震災が福島沖で発生した。そして大地震と大津波の影響によって数県に渡って街や村は破壊され、海岸に位置した福島第一原発では、1号機から3号機の原子炉の冷却機能が失われ、炉心が損傷して、水素が原子炉建屋に漏洩して、大津波から約67時間後の、3月14日の午前11時1分に水素爆発を引き起こした。これは、現代の人類の技術では修復不可能な大事故である。現に事故から10年以上が経った今でも、人類は何ひとつ出来ないでいる。
そして2019年に12月1日に、中国の武漢で原因不明の炎症が発症したことが明らかにされた。新型コロナ感染症の最初の患者が発見されたのだ。日本では、2020年の1月15日に最初の感染者が確認されている。新型コロナは世界中で多くの人々の生命を奪い、内臓や脳の機能不全を引き起こした。街は死に、社会は死に、人と人との接点を消失させた。人はやすやす他人を信じられなくなった。それと相反して、人々は無意にネットを信じるようになった。テクノロジーは絶え間なく進化を続け、アメリカのトランプ政権の影響力を多大に、フェイクや陰謀論は華盛りであった。
新型コロナの感染もようやく鎮まったと思えるようになった2022年の2月24日には、プーチンのロシアによるウクライナ侵攻が始まった。ロシアはウクライナの発電施設やインフラ施設を次々に破壊した。ロシアの兵士たちはウクライナの男たちを片っ端から殺害し、女という女たちを強姦して、金目の物なら何だって強奪した。
コロナ禍に加え、新たに始まったウクライナ戦争の拡大と激化によって、世界を網羅していたサプライチェーンはズタズタに分断された。加えて、新興国や途上国が豊かになって、世界の燃料や原材料や資材や食材が不足するようになって、これまで先進諸国が利益を得るために盲目的に推進してきたグローバリズムが失敗していたことが明らかになった。
さらに日本では、2022年の7月8日、午前11時31分に、奈良県奈良市の大和西大寺駅付近で、選挙の応援にやって来ていた当時の首相であった安倍晋三が、手製の銃器によって殺害された。殺害犯は、日本社会に放置されてきた統一教会の被害者だった。
日本国民の無知と、圧倒的な権力によって日本を牛耳ってきた安倍氏の死によって、彼が封印してきた様々な留め金や外蓋が外れるようになった。
安倍氏が中心になって日銀と連動したアベノミクスの大失敗。洗脳と詐欺商法を駆使した統一教会の問題。税金が原資である官房機密費を使った政治とメディアとの癒着。自民党政権の税金の私物化。日本の政治家という仕事はバカでもやれる仕事だから、世襲でもその仕事に就ける訳だ。加えて、意図的な検察操作。年金と社会保障費の嘘。政治と金の問題。利益誘導を前提とした日本政治の箱物と土木依存。無駄で無益な税金の使われ方。少しずつだが着々と、それらの汚い仕組みが白日の元に晒されてきた。
あれから夏が過ぎ、短かった秋が過ぎ、年が改まって冬が過ぎ、2024年の5月になっていた。日本経済は固定化していたデフレから、ブレーキが壊れたインフレに舵を切って、コストが上がり、ありとあらゆる商品の値上がりが始まっていた。人々は日々の生活に追われて、モノを考える力の無い庶民たちは、ただただイキリ立って、痛みと怒りの捌け口を求めて、世の中の全体を殺伐とさせていた。
若者たちはコロナ禍における脱・密閉空間の残滓と、身銭を使わずに済むからと、社会のマナーを理解せず、路上飲酒して屯っていた。そんな所に、日本社会と警察をナメて掛かっている外国人の若者たちが加わった。ネット上ではバカが放置され、あらゆる所でゲスの塊を形作っていた。
佑樹とジョージと瑛太は、週に4回『スクリーム2』をプレイして、夜明けの戦いを何度もくり返して、経験を重ね、3名での連携も巧みになって急速にポイントを稼いでいた。
3名でのゴッズ・ウォリアーズへの歩みは順調に進んでいた。日本に大勢いるプレイヤーたちの中では、最速のペースだった。彼らの戦いはプレイヤー同士の間でも少しずつ注目されるようになって、徐々にオーディエンスからの投げ銭も集まるようになって来た。まだまだ小遣い程度ではあるのだが、・・・
夕方、佑樹は桜新町の駅からの帰り道、ワイヤレス・イヤホンを両耳に着けて、スマホにYouTubeのホームページを開いていた。何か面白そうなニュースはないかと、おすすめ動画に簡単に目を通していた。
すると日頃から『スクリーム・オブ・フリークス2』に関する動画をいろいろと検索しているため、おすすめ動画のひとつに『スクリーム・オブ・フリークス2には注意してください』とする、人気急上昇の動画がピックアップされて来た。それは、美人の脳科学者で心理学者の安西夏海が昨日投稿した、最新動画だった。
注意してくださいって何のことだよ?・・・佑樹は、女が『スクリーム2』の何について話しているのだろうかと思って、その動画を見てみた。動画では、安西夏海がこのように語っていた。
「最近、ちょっと不可解と思える、何かの症候群ではないかと思われる奇怪な症状が一部の若者たちの間で散見されています。・・・最初のきっかけは、とある友人からの依頼でした。ご子息が感情をうまく表現できていないのではないかとする問い合わせからでした。面談してみると、大学生のその兄妹にはちょっとした自覚症状があって、悲しいとか、腹が立つとか、楽しいとか、嬉しいとかと言った大きな感情を適切に感じられていないって言うんです。それから半年ほど前から、夜に眠っても、まったく夢を見ることが無くなったって。・・・それで2人に睡眠検査をしてみました。彼らはレム睡眠にはなりました。レム睡眠の間は、眠っていても脳は目覚めています。なので、人間はレム睡眠の間に、鮮明な映像だったり、ストーリーがあったり、情動を伴って感じる夢を見ています。ところが彼らはレム睡眠の間に夢を見ず、夜に眠っていても、一度も具象的な夢を見ることがありませんでした。・・・私は、原因を探るために彼らの部屋を見てみました。そうして彼らの嗜好を調査して、彼らの日常を観察してみました。彼らが日頃からどんなマンガが見ているのか、どんな音楽を聞いていて、どんなゲームを楽しんでいるのか、どんなスポーツをして、どんな食べ物が好きなのか、そんな事柄を確かめてみた。すると最近、2人が強烈にハマっているものの一つに『スクリーム・オブ・フリークス2』というオンライン・ゲームがありました。・・・」
安西夏海はそこらでは見かけない美人だが、海外の研究所で実績を積んできた優秀な科学者である。嘘や偽りをネットやテレビで公言はしない。・・・佑樹は帰路を歩きながら、夢中になってその動画を見ていた。いわゆる歩きスマホである。すると、交差点へと歩き出した次の瞬間に、車のヘッドライトに佑樹の横顔が唐突に浮かび上がった。
同時にクラクションがけたたましく鳴って、通りを走っていた白い乗用車の運転手が急ブレーキを踏んだ。
佑樹は急停車した車のボンネットに転がって、一回転してから路上へと倒れ込んだ。そして路上に仰向けになって、口から心臓が飛び出たような顔付きになった。そうして怒鳴り声を上げている運転席の男のその顔を見上げた。・・・路面のアスファルトに頭を打たなくて良かった。そうでなくても、運転手が女性だったり、老人だったりしたなら、ブレーキを掛け遅れて即死していたかも知れない。佑樹は危うく車に轢かれて、死ぬところだった。
佑樹は震えながら自宅へと帰ると、心に貼りついた動揺を少しだけでも落ち着けようと、さっそく温かいシャワーを浴びた。そしてバスタオルで髪と体の水分を拭い、洗面台の大鏡に向かって右肩の後と右腰にできた大きな青アザを見つめた。その時、佑樹は車に撥ねられたその瞬間を思い返して、全身が恐怖に凍えるのを感じていた。
佑樹がバスタオルを腰に巻いて、勉強部屋兼ベットルームへとやって来ると、ベッドにはメイド姿のセクサロイドが静かに腰を降ろしていた。ベッドテーブルには、若々しい母親の麻耶の写真が額装してあった。
佑樹は少し困惑したまま、セクサロイドに、「ねえ、マヤ。さっき、ひどい事故があったんだ。なんか1人でいられなくてさ。ちょっと添い寝をしてくれるか?」と話した。
するとその言葉に反応して、マヤの目が、ふと生気を称えて彼の方を見た。そしてアニメのローラとそっくりの声で、「良いよ。それじゃあ、こっちにおいでよ。しばらくベッドで横になっていよ」と答えた。
佑樹はくたびれ果てて、知らぬ間に眠りに落ちてしまっていた。そして佑樹がうたた寝をしている間、マヤは佑樹に添い寝して、彼の頬や額や唇にキスして、恐怖に萎縮した彼の心をゆっくりと癒していた。所有者のセックスの相手をするのは当然のことだが、所有者を安堵させ、傷付いた心を癒すことなどもセクサロイドの大きな役割のひとつである。
それから5日後のことだった。その日の午後4時過ぎ、各自のスマホにとあるニュースが速報で入ってきた。
その日は金曜日。安西夏海は六本木にある大手テレビ局で生放送する昼の人気のワイドショーに、金曜レギュラーのコメンテーターとして出演していた。そして、それが起きたのは、彼女が局のレストランで担当のアナウンサーたちや共演者とランチを食べ終え、南青山にある自身のオフィスに戻ろうとしていた午後の3時前のことだった。
その日の午後の、テレビ局の地下の駐車場は閑散としていた、そんな駐車場側の局のエントランスの近くに立ったコンクリートの柱の陰には、どこから侵入して来たのか、黄色いバラの花束を手に持った若い男が気配を静かに佇んでいた。・・・後になって判明したことだが、男は、テレビ局がある集合施設の一画に入った有名レストランの従業員だった。
安西夏海が、男性マネージャーと2人して地下のフロアへとエレベーターで降りてきた。そしてエントランスから出てくると、彼女の衣装を手にしたマネージャーは、エントランスの車寄せに彼女を一人残して、社用のBMWi7を取りに駐車場へと歩き出していった。すると、柱の陰にいた青年が花束を手に、彼女に向かって歩き出してきた。
黄色いバラの花言葉は、「友情」、「平和」、「幸福」、「思いやり」だ。しかし、こうした場合はその逆を意味することが多い。・・・夏海は青年を見た瞬間に、危険を察知して顔色を蒼白にした。そして咄嗟に、近くにいたドアマンへとその顔を向けた。ところがドアマンがいるその場所からは、青年の姿が見えていなかった。
青年が、「俺、夏海さんの大ファンなんです。ど、ど、どうか、これを受け取ってください」と言って、夏海に花束を差し出した。
夏海が、エンジンを掛けた車に顔を向けているドアマンに目をやって、注意しながらその花束を受け取ろうとした。
次の瞬間、青年がジーンズの後ろポケットからジャックナイフを抜き出して、刃で夏海の脇から左胸を狙って突き刺した。ところが、夏海が偶然着ていたレザーのキャミソールが幸いして、その生地が刃を通さず、驚いて腕を振り払った夏海の上腕の内側と頬を少しだけ傷付けた。
それを見てドアマンが慌ててやって来て、青年と睨み合った。青年はふたたびナイフで夏海を切り付けようとした。
他方、車を急停車して、マネージャーが運転席から降りてきて、必死になって駆け付けてきた。そして、無理を承知で青年を背後から羽交締めにした。すかさずドアマンが、前のめりになった青年のその手からナイフを思い切り蹴り飛ばした。
10分と少しがして、麻布署のパトカーが2台、サイレンを鳴らしてその場所に駆け付けてきた。それから20分ほどが経って、ようやく救急車がやって来た。
夏海は止血され、救急車に乗せられて、特別に夏海が懇意にしている有名大学病院へと運ばれていった。安西夏海の襲撃事件はネットの速報を介して、あっという間に日本中に広まった。
刑事たちが襲撃犯から聴き取りをすると、青年は、彼女の熱烈なファンだと懸命に訴えていた。そんな彼女に、自分が熱中している『スクリーム・オブ・フリークス2』というオンライン・ゲームを悪く言われて、殺してやりたいと思ったのだそうだ。
こんな事件は、古くから多くある。ジョン・レノンを殺害したのも、確か、熱狂的な彼のファンだった。
「襲撃犯の思考はひどく短絡的でした。そして、その決断は余りにも稚拙。それなのに、やった行動は極めて残酷です。現代では『便利さ』が広く何よりも尊ばれています。便利さを極めるには、軽く、短く、浅く、簡単でなければなりません。翻って、重く、長く、深く、複雑であることは、それらがどうしてそうであるのかを理解する以前に、コスパが悪い、タイパが悪いからと、ほぼ自動的に人々から忌避されています。重く、長く、深く、複雑であるものを理解するには、我慢と、努力と、修練が必要だからです。現代は個性と、寛容と、肯定の時代だから、そのような習得は面倒臭いと、人々は我慢と、努力と、修練をしなくなった。それらは、ヒトの人格形成にとって非常に大切な要素であるにも関わらず。それに、軽く、短く、浅く、簡単に出来るものは、ほとんどが本物ではありません。それらは『もどき』や『イミテーション』ばかりです。・・・それでは、ヒトの思考と、判断と、その行動は何から作られているのか?・・・すべてはそのヒトの脳によって作られています。脳は普段からヒトが何を見、何を聞き、何を嗅ぎ、何を味わい、何を感じているかで作られています。それによってそのヒトが何を考え、何を選んで、何をするかが決まります。・・・事件を担当している警察の方たちには、彼の部屋を調査することをお勧めします。その際には、必ず心理学者を伴ってください。そしてその部屋で、彼が何を大切にしているのかを見つけ出してください。答えは簡単に見つかるはずです。それらは多分、最も分かりやすい所に整然と並べられています。あるいは、簡単に取り出せるところに隠されている。彼の部屋には、彼という人間の脳の構造が凝縮されています。それと、彼のPCと、スマホの履歴と、アプリを精査してください。現代のネットはカスタマイズされていて、彼の望みや好みがそこには詰め込まれています。現代に広まったSNSは、嘘や誇張や、フェイクや嫉妬を増幅させてばかりいます。ネットによって人々は、『リアリティ欠乏症』に陥りやすい状態にあります。クール・ジャパンは本当にクールなのでしょうか?日本はお金のために大切なものを売り渡してはいませんか?現代の日本では、ネットを通して、彼に準ずる若者たちが次から次へと生み出されています」
後に安西夏海は、先日起きた襲撃事件に関して、このように語っていた。今回、夏海が造語した『リアリティ欠乏症』という言葉は、以前に彼女が造語した『液状世代』や『リセット感覚』と並行して、日本だけでなく、広く世界で使われるようになるだろう。・・・幸い、夏海のケガは軽傷であった。しかし、頬と上腕の内側に残った刃物の傷は、今後一生、完全には消え去らないだろう。
次の金曜日の夜の20時45分。佑樹とジョージと瑛太はいつものようにデスクのPCに向かって、たった今、ズームでつながった。瑛太がニヤニヤ笑って、自身の傍らの椅子に2人が見たこともないビキニ・トップの女を座らせて話した。
「紹介するよ。セックス・ドールのレイラちゃんだ」
そこにいるのは、先月引退した、売れっ子AV女優の杉本レイラによく似ている。注視すると、杉本レイラとは少しだけ顔立ちが違うようだが、長身で、小顔で、小麦色の肌とブラウンの髪色が彼女にそっくりだ。
瑛太が照れ笑いして、2人へと白状した。
「俺もジョージと佑樹に影響されちまってさ。親にねだって買ってもらったんだ。人の女より、ずっと良いって話に聞いていたからさ。・・・セックス・ドールには、人間の女にみる見栄や気位がまったくなく、下らない甘えや我がままと言ったわずらわしさが一切ないってさ」
「もちろん高価で、一部の人たちにしか手に入れられない製品だが、外見はどのモデルも美しく、セックスのたびに金品を要求される必要もなく、人間に感じるいやしさがない」
ジョージが愉快そうに笑って、瑛太に続いてマイクロメカニック社の『セクサロイド』の売り文句をそう語った。そして画面のレイラを指差して、「うまく似せたね。顔と体のバランスと、胸の形と大きさが本物のレイラにそっくりだよ。さすがAVマニアだね」と返した。
瑛太がジョージに自慢げに、「ジョージが2体目を買うって時は、俺がコーディネートしてやるよ。な」と返した。
佑樹が愉快そうに笑って、「これで瑛太も俺たちの仲間入りだ」と続けた。
瑛太があっけらかんと頷いて、「昨日の午後に届いたんだけどさ。その日のうちに4回やっちゃったよ。こいつが名器の持ち主でさ。あそこがヒクヒク引き締まって、俺のあいつにニュルニュルって吸い付いてくるんだよ」と返した。瑛太の言葉に2人が「言えてる。言えてる」と言い合って爆笑した。瑛太もそれを見て、屈託なく笑っていた。
佑樹がそんな瑛太とジョージを見て、不意に真顔になって、話題を変えて、2人へと話した。
「話は変わるけど、2人は安西夏海って脳科学者が男に襲われた事件は知っているよな」
ジョージが「もちろんさ」と応え、瑛太が「ああ。それがどうしたんだよ?」と返した。
佑樹が続けて、「安西夏海は『スクリーム2』には注意しろって、ネットで広めていた。俺たちみたいにハマってプレイしていると、『リセット感覚』や『リアリティ欠乏症』に陥りやすいんだってさ」と話した。
瑛太が不満に思って、「くっだらねえ。『リセット感覚』?『リアリティ欠乏症』って、いったい何なんだよ。あの女は自分の本を売るために、もっともらしい造語ばかり作りやがってさ」と訴えた。
ジョージが不満そうな顔付きになって、「あの女は、いつも余計なことばかり言う。頭は良いかも知れないけどさ。脳科学者って言うより、商才に長けているよな」と返した。
瑛太がそれに続いて、せせら笑って、「あんな女が言うことなんて、気にすることはないさ。そんなことより、今の俺たちにはやらなきゃいけないことがある」と続けた。
佑樹が深く頷いて、「そうか。アルテミスのことだね」と返した。
瑛太が傍らのレイラに肩組みして、軽い調子で、「そうだよ」と言って頷いてみせた。
ジョージがそれに2度、3度と頷いて、同意を示して、「確かに。・・・そろそろカタを着けなきゃならないかもね。『スクリーム2』のチャンネルで、時々チェックはしているけどさ。あの女は、今でも一般のプレイヤーたちを食い物にしている。目につく奴らをデコイに使って、ポイントを稼ぎまくっている」と続けた。
瑛太が、「だろ。殺んなきゃいけないよな。あいつを片付けるのは俺たちの責任だ」と続けた。
佑樹がそれに頷いて、「外国女がトウキョウにやって来て、バカな奴らを上手く操って、行くとこ行くとこで甘い汁ばかりを吸っていやがる。それで日本は良いところだって、完全に日本人をバカにしてるだろ。次から次へと高級不動産を買い漁って、マンション価格を無闇に吊り上げている中国人の富裕層と何も変わらない。奴らの投資には儲けが出ているが、その分、日本人の暮らしが厳しくなっているって、話にならないだろ」と返した。
ジョージがそれに同感して、ちょっとした企みをその目に浮かべた。そして「ここのところ、アルテミスは午後の1時くらいから銀座とその周辺に現れているみたいだよ。あいつをチャンネルで追跡しておいて、それで居場所を特定できたら、時間と場所をコントロールして、あいつが現れたその場所へと俺たちも向かうんだ」と話した。
佑樹がその案に満足して、「良いね。良い考えだ」と言って、瑛太も「俺も賛成だ」と言って、すかさず同意してみせた。
ジョージが続けて、「俺たちはあの女を追って、死角へ、死角へと移動してゆけば良い。女はいつでもデコイに使えるプレイヤーを探しながら街中を移動しているからさ。俺たちには気付かないはずだ。そうして女を片付けるチャンスを見つければ良い。上手くやれたら、いくら相手がゴッズ・ウォリアーだって秒殺できるんじゃないか。急襲しちゃえば、きっと倒せると思うよ」と言って、上級者であるアルテミスに対する戦略を意見した。
瑛太が顔付きを曇らせて、「女は『タカラダ・ブレンド』を注射しているけど、俺たち3人で大丈夫だと思うか?しっかり女の息の根を止められるだろうか?抹殺しないと、女の返り討ちに会うことになるぜ」と、質問で返した。
すると佑樹が簡単に思案して、「きっと大丈夫だよ。ゴッズ・ウォリアーズと言ったって別に奴らは不死身じゃない。女が死ぬまで、どうして自分が狙われているのか、どうして自分がそんな目に遭っているのかを理解するまで、何度も。何度もくり返し銃弾を撃ち込めば良い。なんなら、あの首を切り落としたって構わないと思うよ」と続けて、極めて冷徹な提案をした。それだけ3名は、人々をデコイに利用してポイントを稼ぐだけ稼いでいる、アルテミスに激しい怒りと憤りを感じていた。
表通りの建物内では、人々が息を潜めて暮らしているらしく、時おり住人が表に出てきて食料を運んだり、どこかのビルの一画から、かすかに赤ん坊の泣き声が聞こえてきている。午後のギンザは奇怪にも、人の生活感が薄っすら漂って感じる無気味な静けさに包まれていた。新宿の靖国通りとは反対に、この辺りの通りは、事故車や放置車両が通りの中央へと集められ、歩道側の車線の通行が可能な状態に保たれている。火災はその都度、消し去っているらしく、大気に黒煙などは漂っていない様子だ。そのため、空の青さが際立って感じられている。
日中の戦いにはある程度の落ち着きがあって、夜明けに起きる乱戦ほど破茶滅茶ではなかった。それだけに、各所各所で戦いの巧者たちが戦略を巡らせて鬩ぎ合っている。一部のゴッズ・ウォリアーズには、日中の時間帯には戦いの醍醐味や、『スクリーム2』の真の凄みを感じ取ることが出来ると言う者たちがいる。いわゆる決闘に近い、張り詰めた感覚を味わえると言うのだ。それらは彼らが達人の域にいるからこそ、口に出来る言葉だ。
この街は敷地のギリギリにまでビルが詰まって建ち並んでいて、空き地がほとんど見当たらず、意外と身を隠せる場所などが少なかった。それでいて周辺には、怪物たちがいつ、どこから現れ出してくるのか分からない、ただならない緊張感が張り詰めていた。
そこには、夜に皇居外苑や、日比谷公園や、浜離宮恩賜庭園や、築地市場跡で眠っていた怪物たちが大量に集まってくるらしく、それを狙って、仕留めの技を身に着けた中堅のプレイヤーたちや、ゴッズ・ウォリアーズが多く集まってきていた。
時おり、あちこちで唐突に、怪物たちとプレイヤーたちによる攻防戦が散発的に始まっていた。怪物たちが、不意にビルの屋上から地上へと次から次へと飛び降りてきた。ここの地域に生息している怪物たちは、街に連なるように建ち並んだビルの屋上を、自由に、素早く、人知れず移動しているようだった。
そうして初めての街を観察していると、2024年5月18日の土曜日、快晴の13時15分に、手斧を手にしたアルテミスが、数寄屋橋交差点のルミネ側へと現れ出してきた。そして女は、ルミネの中央通路の前へと歩き出していった。
ジョージは、『スクリーム2』のネット・チャンネルにプレイヤーのアルテミスを検索して、彼女の現在の戦いの履歴をチェックしていた。すると、突然、アルテミスがギンザの街角へと現れ出してきた。
ジョージはそんな女をモニターに見つけて、時刻が13時15分、その場所がギンザの数寄屋橋の交差点近くであることを確認して、つながったままになっていたズームの佑樹と瑛太に、「来た。アルテミスだ」と告げた。
それに瑛太が、「18日の13時15分で良いよな。場所はギンザの数寄屋橋交差点だ」と返して、確認を求めた。
それに佑樹が、「ああ。間違いない。あの女だ」と答えた。それから、「これで決まりだな。あっちで会おう」と言って、「ああ」と返したジョージと瑛太に頷いてみせて、すかさず、「それじゃあ、あっちで」と返して、PCにズームを切った。
ズームが切れると、心が躍って、瑛太が「イヤッホッー」と声を上げ、傍らのレイラに強引にキスをした。当然、レイラもそのキスに応えていた。
2024年5月18日、快晴の13時15分。数寄屋橋の交差点の宝クジ売り場の近くへと、佑樹とジョージと瑛太のアバターである『ジライヤ』と『オロチマル』、そして『ツナデ』が、武装して現れ出してきた。すぐさま3名はボイス・チャットでつながって、素早く近くの物陰へと身を隠した。
ほとんど同じ(ネットの速度の誤差の)タイミングで、アルテミスがルミネの近くへと現れ出してきた。女は今や人々が彼女を識別するトレードマークとなったプラチナ・ブロンドのボブ・カットに、オフホワイトのショールと防弾ベストに、愛用の手斧を左手に備えていた。
3名は注意深く、気配を潜めて移動して、ルミネの正面近くにアルテミスを確認した。女は颯爽と、商業施設の上方に怪物たちの気配が充満して感じるルミネの中央通路の入口へと歩き出していった。
有楽町のルミネは2棟の建物をつなぐ中央通路に面して、シャッターの手前側にオープンスペースが作られている。また、正面のその先に見える通路の有楽町口には、サブ・マシンガンやアサルトライフルを構えながらも怪物たちの出現を警戒して中へと進めないでいるプレイヤーたちが何人かいる。数寄屋橋口の方面にも、ゴッズ・ウォリアーズの証である目の周りに横長の白をプリントした女戦士を見付けて、サブ・マシンガンやハンドガンを手に構えた数名が集まってきた。歴戦の勇士であるゴッズ・ウォリアーの戦いをじっくりとこの目で近くに見られるなんて、またとないチャンスである、と。・・・
アルテミスは暗い中央通路の入口に立ち止まって、怪物たちの気配が蠢いて感じる2棟のビルの上方を注意深く見つめた。通路には何人もの住人たちの遺体が、頭や大腿の肉をもがれて朽ち果てて横たわっている。やはり、この場所には怪物たちが群れになって身を隠しているらしい。・・・
人々はたいした備えもなく危険な建物の通路へと歩み入って、手当たり次第に怪物たちの餌食になっていったらしい。アルテミスはそんな通路の状態を見渡して、大きく息をして、決意を固めてそんな通路へと歩き出していった。さすがはゴッズ・ウォリアーだ。呆れるほどの度胸である。とは言え、そこでの戦いはアルテミスにとっても大きな賭けだった。一瞬の判断を間違ったら、彼女はその頭をもがれることになる。
中央通路の長さはおおよそ60メートルだ。アルテミスは注意を細心に5歩、6歩と通路へと歩み入った。すると女の存在を感知した黒い影が、左右のビルの2階から2体、3体、4体と女を目掛けて飛び降りてきた。女は続けてサブ・マシンガンを連射した。3体の怪物たちが銃撃を受けて、その身が固まって地上へと転がった。女は地上に着地した怪物を銃撃して、すぐさま手斧を振ってその首を斬り落とし、フロアから起きてこようとしている3体の怪物たちのその頭を叩き斬った。
通路に銃声が響き渡り、その音に反応して、左右のビルの上階にいた怪物たちが各階のフロアを踏み切って続けざまに飛び降りてきた。上方から降下してくる何体もの大きな影を見て、両側の通路の入り口に立った何名かのプレイヤーたちが思わずそれらを狙って、個々の銃器を連射した。
プレイヤーたちには、女を助けるつもりなどさらさら無かった。彼らは高みの見物を決め込むつもりだった。ところがそれは、彼らがゲームをプレイしてきてその中で恐怖の余りに身に備えた、いわゆる条件反射だった。女が殺られれば、次は自分たちが殺られることになる、と。女はそんな平凡なプレイヤーたちの心理を熟知していたようだ。
10体以上もの怪物たちが銃撃を受けて、中空で身を固めて、受け身も取れずに地上へと落下してきた。女が素早く踊るように身を移動して、4体、5体と怪物たちの首を刎ね、次から次へとその頭を叩き斬っていった。中には銃撃を躱して地上に着地してきた怪物たちが何体かいたが、アルテミスはそれらを銃撃して、続けざまにその首を刎ねた。
続けて20体に近い怪物たちが上階の各階から飛び降りてきた。それを見て、入り口近くのプレイヤーたちが、それらを続けざまに銃撃した。ボトリッ、ボトリッと激音を立てて、全身を強張らせた怪物たちが続けて地上へと落下してきた。中には銃撃を免れて、無事に着地する怪物たちがいたが、そんな怪物たちは着地すると、新鮮な脳ミソを食らうべく、すぐに女や入り口近くのプレイヤーたちへと突進していった。
入り口近くのプレイヤーたちが、突進してくる怪物たちを目前にして混乱を来たし、慌てて怪物たちを銃撃して歩道上へと後退していった。それらを見て、瑛太とジョージと佑樹はチームプレイを巧みに、中央通路から飛び出してきた怪物たちをサブ・マシンガンで銃撃して、長鉈を振り抜いて、その頭を斬り落としていった。
中央通路では、アルテミスが地上で固まっている怪物たちを一旦放置して、突進してくる怪物たちを1体ずつ銃撃して、それらの頭を叩き斬った。そうして女は次から次へと怪物たちを矢継ぎ早に殺害していった。ところが、身の動きを取り戻し、起き上がってすぐさま襲いかかってくる怪物たちがいて、アルテミスは多勢に無勢が災いして、鋭い鉤爪でその身を抉られそうになったり、頭を齧られそうになったりすることがあった。
それでも女はその瞬間を先読みして、微動だが40センチから60センチほど瞬間移動して、接近してきた怪物たちを銃撃し、手斧でその頭を続けざまに叩き割った。
最大限の振り幅は80センチほどでしかないのだが、この時の瞬間移動が、ゴッズ・ウォリアーズがその身に注射する『タカラダ・ブレンド』の重要なる効果だった。特殊な能力は至近距離に対してだけ有効だが、それによって個々の戦力を格段に進化させることが出来るのだ。
アルテミスは怪物たちを銃撃し、その頭を叩き斬って、怪物たちをほとんど全滅にしてルミネの中央通路を有楽町側へと渡り切っていった。女は数分で36体を倒して、72ポイントを獲得した。こいつはゴッズ・ウォリアーにしか出来ない荒技だ。女はある種の強烈な恍惚感に満たされていた。こうして得る快感が、さらにゴッズ・ウォリアーを進化させてゆく。それと同時に、そんな他では得られない快感が脳内に働いて、『スクリーム2』は強い中毒性を発揮して、優秀なプレイヤーたちをゲームから離れられなくさせている。
女は通りを渡って、怪物たちを倒し、有楽町中央通りを有楽町の駅へと向かって進んでいった。そんな女を追って、佑樹たち3名が怪物たちの生き残りを抹殺して、中央通路を渡り切っていった。そうして3名は、中央通りに接近してきた怪物たちを銃撃して、手斧を振り抜くアルテミスを発見した。女は怪物たちの首を刈り、続けて別の怪物を連射して、怪物が銃撃を受けて固まって転がっていった駅前広場へと前進していった。
すると、駅前広場に横たわった怪物の近くに偶然居合わせた別のプレイヤーが、こいつはラッキーだと思って、手早く怪物のその首を斬り落とした。
駅前広場にやって来たアルテミスが、いきなり獲物を横取りされて、悔しく思って苛立ちを爆発させた。続けて疾走してくる怪物を銃撃して、左手の手斧を一回転させた。
すると、中央通りの左端へと移動していった佑樹が、女を狙ってサブ・マシンガンで銃撃した。
アルテミスは瞬間、危険を察知して、50センチほど瞬間移動して銃撃を躱した。
移動した女が手斧を振り抜いて、怪物の頭を斬り落とし、片眉を吊り上げて、目だけで発砲した犯人を見つけようとした。すると中央通りの中央では、ジョージがサブ・マシンガンを持った手を下ろし、女に向かって長鉈で喉を掻き切るジェスチャーをして見せた。
同時に、中央通りの右側で女をしっかりと狙ってサブ・マシンガンを構えた瑛太が、その手の銃を連射した。
女が右肩、右胸、左の下腹へと銃弾を一斉に受けて、弾け飛ぶかのようにして路上へと転がった。アルテミスが呆然となって路上に仰向けになった。右肩と右胸に受けた銃弾は防弾ベストで防がれていた。ところが、左の下腹が重症を負っていた。オフ・ホワイトの彼女の衣服が鮮血で赤く染まっていた。
今がチャンスと、佑樹と瑛太が女が倒れた駅前広場へと小走りに前進していった。続けてジョージが、ショック状態に陥って動きを失ったアルテミスを狙ってサブ・マシンガンで連射した。そんな銃弾が一直線に女の右の大腿から内股と腹を経由して顎からその脳を貫いて、彼女を即死させた。女の姿がゲームから離脱して消え去った。すぐさまジョージが後方かやって来た怪物に頭をもぎ取られて、次の瞬間、消え去った。
10数秒がして、ジョージが中央通りに戻ってきて、アルテミスに復讐できたことを喜んで、興奮して、「うおーっ!」と力強く雄叫びを上げた。すると、ふたたび後方から襲いかかってきた怪物にその頭を噛みちぎられて、次の瞬間、消え去った。
夜のデンマークの、22時29分だった。コペンハーゲンの一画にある、とある高級アパートメントのリビングルームでは、アルテミスをアバターとする若い女のアナ・ニールセンがVRゴーグルを額に上げて、久しぶりに感じ取った激烈な喪失感にその身を強く捩っていた。それから、どこのマヌケがこの私を誤射したのかと、拳を握って怒りに悶え、苛立って、誰ともなく喚き散らした。
ゲームの中では、ゲームのプレイヤーたちがプレイ・ボタンをタップして、時刻をアルテミスが消え去っていった13時29分に設定して、有楽町の駅前広場の中央通りの周辺へと、1人、2人、3人、4人、7人、10人、15人と現れ出してきていた。
少ししてアナは、気分を入れ替えて、ゴーグルを顔に着け、コントローラーにプレイ・ボタンをタップして、続けて『コンテニュー』をタップした。・・・誤射したマヌケなプレイヤーを突き止めるためだ。アナは誤射のお返しに、そいつを何度もくり返しデコイにして、怪物たちの餌食にしてやろうと考えていた。
数秒して、13時29分の有楽町の駅前広場の中央通りの近くへと、傷ひとつない、オフホワイトのショールと衣服のアルテミスが現れ出してきた。それを見て、佑樹がすかさず、防弾ベストを着けている女のその胸を連射した。
女はそんな佑樹を見て驚いて、銃撃されて後方に転がっていって、上体を屈して路面に仰向けになった。アルテミスは胸の激痛に今にも意識を失いそうだった。すると瑛太が進み出し、アルテミスを抹殺するべく美しいその顔にサブ・マシンガンの銃口を向けた。すると女がそれを見て、咄嗟に40センチだけ瞬間移動した。
次の瞬間、別のプレイヤーが移動した女のその胸を狙って、躊躇なくハンドガンで銃撃した。路面で喘いだアルテミスの姿が過剰な電圧を感じ取って、瞬発的に揺れ動いてみえた。
次には別のプレイヤーが、女のその腹を銃撃した。女は激痛にその顔を歪め、路上で瞬発的に揺れ動いて、身悶えして、そんなプレイヤーたちを見上げて愕然とした。その時、アルテミスは意識が朦朧として、瞬間移動する力さえ失っていた。
続いて、別の3名が、防弾ベストでは防げない女の脚や、上腕や、下腹を立て続けに銃撃した。周囲に現れ出していたプレイヤーたちは、なぜか、すぐに怪物たちに喰われることを覚悟の上で、ゲームの最初に支給されていたハンドガンだけを利き手に握っていた。理由は、その銃でアルテミスを的確に銃撃して報復するためだ。ハンドガンならサブ・マシンガンやライフルを使うより、使い易くて精度が高いからだ。
他にも別のプレイヤーたちが、ネット・チャンネルの実況でくり返し銃撃されているアルテミスを見物して、次から次へとゴーグルを着けて、時刻と場所を特定して、プレイ・ボタンをタップして、佑樹とジョージと瑛太の周辺へと現れ出して、集まってきた。
どうやら皆が、ゲームのどこかでアルテミスにデコイとして利用され、何度も怪物たちに噛み殺されてきた経験を持つ者たちのようだ。・・・
次の女のプレイヤーが躊躇なく、悶え苦しむアルテミスの顔面にハンドガンを向けて、彼女の額と眉間と頬を続けて銃撃した。アルテミスが即死して、その場から消え去った。
その時、デンマークのアパートメントでは、アナが強烈な喪失感に全身を強く震わせて、混乱して、「どうしてなのよ?・・・どうして?・・・どうして私が殺られなきゃいけないの。・・・だって私は、ゴッズ・ウォリアーなのよ」と、自分勝手な自問自答をしていた。
10数秒後に、傷ひとつないアルテミスが、同じ時刻の同じ場所へと現れ出してきた。すると別のプレイヤーが、彼女の側頭を銃撃した。瞬間移動をしようとしてみたが、短い時間に『コンテニュー』をくり返して、電圧計のトラブルが発生したらしく、移動することが出来なかった。アルテミスが即死して、その場所から消え去っていった。・・・
10数秒後に、傷ひとつないアルテミスが、同じ時刻の同じ場所へと現れ出してきた。すると別のプレイヤーが、彼女の後頭を銃撃した。やはりこの時も、事前に危険を察知していたが、彼女は瞬間移動をすることが出来なかった。・・・アルテミスが即死して、その場所から消え去っていった。・・・
10数秒後に、傷ひとつないアルテミスが、同じ時刻の同じ場所へと現れ出してきた。すると別のプレイヤーが、今度は正面から銃口を向けて、彼女の前頭を銃撃した。アルテミスが即死して、その場所から消え去った。・・・そうして『スクリーム2』のシステムの一箇所が壊れたかのようになって、『コンテニュー』がくり返され、その度にアルテミスは銃撃を受けて、死してその場所から消え去っていった。




