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第九話 受け継がれる想いと、三人の絆

 レンとマリーが、それぞれの目的を胸に首都ファルバの学校へ旅立つことが決定した直後のことだ。


 ある夜、ウィリアムとレベッカはレンをリビングに呼び出し、静かに語りかけた。


「レン。この半年間、お前は本当によくやってくれた」


 ウィリアムが優しく微笑む。


 続けてレベッカがやはり優しく語る。


「生まれてからずっと、パパの説教を聴き、私の働きを見て、そして何より、あの夜に自分の弱さを正直に告白してくれてから、毎日教会で私たちを手伝い、私たちの背中を見続けてくれたわね?」


「……はい」


 レンは居住まいを正し、二人の顔を見つめた。


「父さんと母さんが、いかに主に従い、また隣人を愛しているか……その姿は、僕の心に深く刻み込まれました」


「そうか」


 ウィリアムが満足げに頷く。


「ならば、私たちの生き方を見て、お前はこれからどうしたいと思う?」


 レンは少しの間、言葉を探した。


 完璧な答えなんてない。ただ、自分の正直な気持ちを伝えるだけだ。


「……主に従う父さんたちの姿は、僕にはとても眩しく、輝いて見えます。かっこいいと思うし、僕もそうなりたいと心から思います……でも、今の僕にそれができるのか、まだ自信がありません」


「そう。私たちのように主に従う者になりたいと、そう願っているのね?」


「……はい。なりたいです」


「なら、何も問題はない」


 ウィリアムは力強く断言した。


「レンはまだ六歳なのに、もうその願いを持っている。それは既に、主に従う生き方の第一歩を踏み出しているということだ。ただ、本当に自分が従えているのか、今はまだ自信が持てないだけだ」


「そしてそれは、クリスチャンには常について回る問題よ」


 レベッカが続ける。


「私たちだって完璧じゃないわ。自分のやっていることが本当に主の御心に適っているのか、独りよがりではないのか、いつも吟味し、悩みながら歩んでいるのよ」


「吟味する方法とは、常に祈り、神様が与えてくださった聖書を読むことだ」


 ウィリアムが聖書に手を置く。


「聖書には、一日ごとに『いつこれをしなさい』とは書いていない。しかし、一番大事な原則は書いてある。レン、覚えているか?」


 レンは頷き、暗唱した。


「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい』そして、『隣人を自分のように愛しなさい』……です」


「その通りだ。これがイエス様の示した一番大事な原則であり、クリスチャンが立つべき土台だ」


 ウィリアムの目が、厳しくも温かい光を帯びる。


「聖書には他にもたくさんの教えや戒め、勧めや励ましが書いてある。だが、もしレンが迷い、自信を失いそうになった時は、この二つの御言葉だけは常に心の中心に置いてほしい。これさえ見失わなければ、お前は道を踏み外さない」


 レベッカがレンの手を握りしめた。


「レン。私たちはあなたに主に従うことを教え、実際に私達がどういう風に主に従ってきたか見せて、愛情をかけて育てて、他者を愛することをしっかりと教えたわ。

 私たちは、レンがどんな過去を背負っていても、どんな運命が待っていても、この聖書の二つの大原則を守っていけると、そして神様によって成長させられると、私達の主に誓って信じているわ」


「レン。これはスタートラインだ」


 ウィリアムがレンの肩に手を置く。


「まず初めに、クリスチャンが立たねばならない場所だ。お前の人生は、おそらくまだまだ先が長い。その中で祈り続け、聖書を読み続け、神様と自分との関係を、少しずつ一歩一歩見つけていきなさい」


 レンの視界が滲んだ。


 自分は転生者だ。

 中身は三十路過ぎのおっさんで、地球での記憶という異物を抱えている。

 彼らにとって理解不能な事情を持つ、得体の知れない子供かもしれない。


 それなのに。


 彼らはここまで自分のことを愛し、信じ、クリスチャンとしての指針を与えてくれた。


「……ありがとう、父さん、母さん……!」


 レンは二人を見つめながら、声を上げて号泣した。


 それは、過去の自分への決別と、新しい自分への希望の涙だった。


 この日を境に、ウィリアムとレベッカは「毎日教会へ奉仕しに来て、自分たちの信仰生活を確認する必要はもうない」と告げた。


 レンは充分に学んだ。

 あとは学校へ行くまでの残り半年間、自分が必要だと思うことを自分で考えて行動しなさい、そう自立を促したのだ。


 レンは二、三日悩んだ末に、クロとシロと相談し、少し欲張りな決断をした。


 日数は減らすが、変わらず教会での奉仕と聖書の勉強は続ける。


 ウィリアムたちは「もう必要ない」と言ってくれたが、それでも、自分が「こうありたい」と願う二人の姿を、できる限り長く見ていたかったのだ。


 それ以外の日は、今までと変わらず冒険者稼業だ。


 自分たちの修行、学校の入学費用、教会の運営費への献金、そして両親への生活費を入れるため。

 レン、クロ、シロ、マリーのいつものパーティで森を駆け回った。


 「レベッカ式超スパルタ特訓」の成果は凄まじく、彼らが通った後は魔物がいなくなるんじゃないかという勢いで狩り続けた。

 結果、資金は充分すぎるほど貯まり、クロとシロも高栄養な魔物を食べてさらに成長した。


 そしてもう一つ。レンが大切にした時間があった。


 今まで親しくしていた教会の友達との交流だ。


 よく言えば人見知り、悪く言えばコミュ障のレンには、同年代の友達が少ない。

 特に異性の友達は皆無だ。


 そんな中で、転生者ゆえにちょっと変わっているレンと仲良くしてくれる、貴重な男友達が二人いた。


 フジワラ・キョウヤと、ライオンハート・ヨシュウだ。


 キョウヤは、レンより1歳年上の人間の男の子だ。

 ごく一般的なノンクリスチャン家庭で、親は冒険者ギルドの事務員をしている。

 公務員のような安定した家庭だ。

 カシウス家も魔石の換金でギルドを利用するため、フジワラ一家とは顔馴染みだった。


 キョウヤの家庭は中流階級だが、高価な「魔物の肉」を食べる機会はほとんどなかった。

 この世界で一番収入が高く、かつ直接魔物の肉を得られるのは、命懸けの冒険者だけだからだ。


 ある日、教会から漂ういい匂いにつられてやってきたキョウヤは、レベッカが炊き出しで作った魔物料理の虜になってしまった。

 以来、食事がなくてもちょくちょく教会に顔を出すようになり、レンとも親しくなった。


(……まあ、本当の理由はマリー姉さん目当てだと、俺は睨んでいるけどな)


 レンは半眼で思う。


 とはいえ、キョウヤはレンと同じように、ウィリアムとレベッカの生き方や説教に触れ、最近では真剣にクリスチャンになろうと学んでいる。素直でいい奴なのは間違いない。


 もう一人のヨシュウは、その名の通りライオン系獣人の子供だ。レンより一歳年上。


 イクスに獣人は珍しくないが、ヨシュウは一際目を引く。

 金色のたてがみと髪の毛に、凛々しい獣耳と尻尾。


 彼の両親は熱心なクリスチャンで、腕利きの鍛冶屋を経営している。

 カシウス夫妻の教会員でもあり、ウィリアムたちはギルドを通さず直接素材を売りに行くなど、家族ぐるみの付き合いがある。


 ヨシュウ自身も、親の教育のおかげか七歳半にしては非常にしっかりしており、大人びたクリスチャンだ。


 キョウヤとは単純に遊びの話や、マリーの話題で盛り上がり、ヨシュウにはクリスチャンとしての悩みや、獣人から見たビーストテイマーの在り方などを相談することが多かった。

 レンの中身は大人だが、ヨシュウの精神年齢もかなり高いため、話が合うのだ。


 そんな二人に、あと半年でイクスを離れ、ファルバの学校に行くと伝えた時のことだ。


「そっかー。寂しくなるな……」


 キョウヤがしょんぼりと肩を落とす。


「でも、カシウスさんたちはいるんだし、カレン様に聞けばお前の様子は分かるんだろ? ウィリアムさんにもレベッカさんにも……マリーさんにも、俺がカレン様に教えてもらえることは話すよ。子供同士の話もしたいしさ」


(……やっぱりマリー姉さんが気になるのか。なんだか複雑だ。思わず「お前にマリーはやらん!」とか言いそうになる自分がいる)


 レンは苦笑しつつ、爆弾を投下した。


「……いや、マリー姉さんも一緒に行くんだ。向こうで先生になるらしい」


「え……そうなの……?」


 キョウヤが目に見えてがっくりと項垂れた。


「学校か……やはり、クロとシロのためか?」


 腕を組み、大人びた口調で尋ねたのはヨシュウだ。


「ああ。ビーストテイマーとして二人を人間体にするのに、魔法陣の勉強とか色々必要みたいなんだ」


「……そうか」


 ヨシュウが短く頷く。


 彼が口数少ないのは、獣人だからビーストテイマーを嫌っているわけではない。

 むしろ、近年の「動物を道具扱いするビーストテイマー」のやり方に思うところがあるため、慎重になっているのだ。

 ニエフでは動物も人間体になれば救われる可能性があるのに、それを軽視する風潮が許せないのだろう。


 しかし、レンに対しては違った。


「親父とお袋に言って、お前専用の防具でも作ってもらうか。いい心当たりがある。格安にしとくぞ。素材も持ってきてくれれば尚更だ」


 ヨシュウが不意に提案してきた。


 これは彼なりの最大限のエールだ。レンがクロとシロを家族として大切に扱っていることを、ヨシュウは誰よりも認めているからだ。


「へえ、そりゃありがたいや! どんな素材がいいかな?」


「……ちょっと、向こうで話そう」


「え、二人ともどこ行くのさー???」


 キョウヤの声を背に、ヨシュウはレンを教会の裏手へと連れ出した。


 人気のない木陰で、ヨシュウは真剣な眼差しを向けた。


「……端的に聞くが。クロとシロは、普通の動物じゃないだろ?」


 レンは心臓が跳ねた。


 一応、クロとシロが魔力を使うことは隠していたはずだ。


(勘が鋭いにも程がある……いや、あの大きさを見れば察しはつくか?)


 クロは既に体重四十五キロを超え、シロは全長一メートル、翼開長は二メートルに達している。

 単なる大型犬やカラスの枠を完全に逸脱していた。


「……やっぱり分かる?」


「なんとなく嗅覚でな……強い『力』の匂いを感じる」


 見た目ではなく嗅覚だった。獣人の感覚恐るべし。


「んー……秘密にしてくれる?」


「もちろんだ。シロとは喋れんが、クロとはたまに話す。というか、あいつチラホラばらしてるぞ?」


「……は?」


 レンは固まった。


「あー……クロとシロと話せるビーストテイマーが身近にいなかったから、特に口止めしてなかった僕の責任か……」


 確かに、ライオン系獣人のヨシュウと犬のクロなら、ある程度の意思疎通は可能かもしれない。


「えーと、クロはなんて?」


「大体の場合はお前の話ばっかりだ。今日も撫でてもらって嬉しいとか、ブラッシングが気持ちいいとか……よく分からなかったが『モフってもらえて幸せ』とか。まったく、いい信頼関係だな。あとは飯の話が多いな。ブルが美味いだの、チキンバードは骨が多いだの」


(クロよ……信頼してくれてるのは嬉しいが、その次が食欲か……)


「……そっか。で、ばらしてることってのは何なのさ?」


「お前が隠してることだよ。クロがボンバーロックを火炎放射で吹っ飛ばしたとか、雷撃が上手く決まってフライングオーストリッチを一撃で仕留めたとか。シロは超スピードで飛ぶだけで魔物がバラバラになって凄い! とか、何か紅い綺麗な光が魔物を両断する! とかな」


(ほぼ全部じゃねーか!!!!)


 レンは頭を抱えた。


「……はぁ。つまり、二人が魔力を使えることはバレてるのね」


「ああ。もちろん口外するつもりはないぞ。俺の知る限り、他に知ってる奴もいなさそうだしな。

 何より、二人が魔力を使えるとなると、魔物との判別が曖昧になって、クロとシロを魔物だと勘違いして討伐しようとする輩が出てくるかもしれん。危険だ」


「あー、心配してくれてありがとう。クロにはよく言っとくよ。『ヨシュウはいいけど、他のあまり知らない人とお喋りしちゃいけません』って。

 ……それで、二人が魔力を使えることと、素材の話がどう関係するんだ?」


 ヨシュウの目が、職人のそれに変わった。


「二人は魔力を持っている。おそらく、俺が考えている以上のものを。だから二人の素材、つまりは抜け落ちた体毛や羽、切った爪なんかを使えば、かなりいい装備が作れると思う……あとは少し、二人とお前の血液が必要だな」


「素材に魔力が宿っているから高い効果があると……血液は何に使うんだ?」


「昔のビーストテイマーがやっていた手法らしいんだが、自分の動物の素材を使って防具を作り、かつお互いの血液を媒介として繋ぎ合わせると『動物との信頼性が反映される装備』が作れるらしい」


(……本当にこいつ七歳半か?)


 レンが若干疑いの眼差しを向けると、ヨシュウはフンと鼻を鳴らした。


「信用せんならそれでもいい。最近のビーストテイマーは信頼関係を軽視するから、ここ数十年以上、行われなくなった『失われつつある技術』だからな。

 ただ、クロとシロの特殊性、そしてお前たちの関係性を見ていると……もしかしたら、と。鍛冶屋の息子として純粋な興味があってな。気を悪くしたなら忘れてくれ」


「いやいや大丈夫!!! 信頼するよ!!! ぜひ試してみてほしい!!!」


 レンは食い気味に答えた。ロマンの塊だ。断る理由がない。


「……そうか。では素材が集まったら三人で店に来てくれ。カシウスさんたちも一緒でもいい。むしろ、レベッカさんとマリーさんには魔法で少しフォローしてもらうかもな。ちょっと特殊な製法になるから立会いが必要だ。親父とお袋にも話はしておく。俺も手伝う」


「おーーーい!!! 何の話してんだよーーー!!!! 仲間外れにすんなよーーー!!!」


 キョウヤの実に子供らしい声が響き、密談は終了した。



 こうして、レンはライオンハート家に装備を作ってもらうべく、素材集めに奔走した。


 ちょうど生え変わりの時期で大量に出たクロの黒毛、換羽期に抜けたシロの美しい白羽、二人の伸びた爪を集めた。


 家族にも説明すると「ライオンハートさんのところなら問題ないだろう」と快諾された。

 マリーは抜けた毛や羽で遊んでいたが。


 そんなこんなで三ヶ月。


 家族総出でライオンハート鍛冶店に入ると、店番をしていたヨシュウがすぐに気づいた。


「来たか。集まった素材を見せてもらえるか?」


 レンが箱を差し出すと、ヨシュウは中身を確認し、満足げに頷いた。


「ふむ、これだけあれば間違いなく足りるだろう。というか多すぎるぐらいだな……よし、お前の装備だが、戦闘スタイルから考えて構成を練ってみた」


 ヨシュウが提示したのは、以下の通りだ。


 まず金属製の装備。胸部を中心に守る小型のプレートメイル、手首足首から肘膝までを覆うガントレットとグリーヴ。


 その下に着る布製の装備として、大きなコート、シャツ、ズボン、靴など。


 全体的に動きやすさと急所の防御を重視した、バランスの良い構成だ。


「金属製の物は銀で統一してある。本当はミスリルやオリハルコンがベストだが、そこまでは流石に用意できん。銀も魔力の通り自体は悪くないから、今回使うには最適だ。少しだけチタンやクローム、鋼なんかを魔力の通りが悪くならない程度に配合して、強度は上げてある。

 服については、コートはシルクワームの絹糸を使ったもの。これも魔力の通りがいい。シャツとズボンは着心地優先でコットンプラントの木綿70%、絹30%。靴には、この辺りで採れる最上級の革であるマックスブルを使った」


 レンはあんぐりと口を開けた。


(……どう考えても、もうすぐ七歳の子供に用意するレベルのものじゃないだろ……そもそも、すぐサイズが合わなくなってしまうんじゃ……)


「ん? ああ、サイズのことを考えているなら問題ないぞ。これから行う方法が成功するなら、その装備はクロとシロの命を吹き込まれたものとなる。当然マスターであるお前とパスが繋がるから、お前の身体の成長に合わせてサイズも自動調整されると聞いている」


「いや……それにしても上質すぎるだろ!? 銀製だって高価だし、シルクワームにマックスブルって……しかも、これ全部お前が作ったのか?」


「ああ。親父とお袋に話したら『カシウスさんちのレン君のためだったら、友達なんだからお前が自分でやってみなさい』って言われてな。一応作ってるところは見てもらったし、出来上がった物も親父たちのOKは出てる。我ながらいい仕事したぜ」


「……友達って言ってくれるのはすごく嬉しいんだが……俺が友達ってだけで、お前をそこまでやる気にさせるのか?」


 レンが尋ねると、ヨシュウは珍しく照れたようにライオン耳をポリポリと掻いた。


「あのな。これから作ろうとする装備は、かなり以前から廃れた方法で作るんだ。親父も、爺ちゃんが若い頃にやってるのを少し見たことがある程度らしい。

 そこまではいいんだが……今回さらに特殊なのは、クロとシロが魔力を持っていることだ。こんなケースは、この方法でも前例がない。つまりは成功すれば大発見だ。

 俺は弱冠八歳で、鍛冶職人として人生最高のものすごい幸運な仕事に巡り会えたんだ。レンとクロとシロには感謝してるぐらいさ。これはお前たち三人がいなかったら実現し得ない『夢物語』だ。それを実現するためなら、これぐらい安いもんだ」


 夢物語を実現する。


 その言葉に、レンは地球での自分を重ねた。

 自分が実現しないと分かりつつも、常に夢物語を夢想していたあの日々。


 だからこそ、ヨシュウの情熱が痛いほど分かった。


「……そっか。なんか分かるような気がするよ……ヨシュウに作ってもらう装備、一生大事にするから」


「まーそうだな。さっきも言った通り、これから作る装備はクロとシロの命を分け与えられ、お前とパスで繋がって生きているものだ。でもだからこそ、クロとシロとの信頼関係は大切にしろよ? お前らが喧嘩したり、最悪の場合契約を切っちまったりしたら、この装備もおじゃんだからな」


 レンがクロとシロに説明すると、二人は即答した。


「ワンッ!(私がレンとの契約切るわけないわ!!!!)」


『……レン以外のマスターなんて、今は考えられない』


「ヨシュウ、俺もクロもシロも問題ない。やってくれ」


「よし! 親父とお袋、爺ちゃん呼んでくる!」


 ヨシュウが奥へ走ると、ウィリアムたちが微笑ましそうに言った。


「いい友達ができたな、レン」


「ものすごい情熱だったわねぇ。あれが職人魂ってものかしら? 若いのに凄いわ」


「……レンばっかりズルい」


 すぐにライオンハート一家が勢揃いした。


 父ガッシュ、母ソニア、そして祖父ゴードン。


「レン君!!! 今回はものすごい機会を与えてくれてありがとう!!! お礼に、出来合いで悪いけど今うちで一番上質の銀のショートソードも今回の作成に加えさせてもらうよ! あれだけ素材があれば武器も作れるはずだ!!!」


 ガッシュが興奮気味に尻尾を振る。


「私は装飾を担当させてもらいますね」


 ソニアも耳をピコピコさせている。


 そしてゴードンが、感慨深げに呟いた。


「まさかまたこの方法が使える日が来るとはのう……パートナーである動物を軽視する最近のビーストテイマーは気に入らんかったが、レン君はとてもいいビーストテイマーのようだね……若い頃を思い出すよ」


「じーちゃん、思い出に浸ってる場合じゃないって! 指示出し頼むよ!」

 

 ヨシュウが急かすと、ウィリアムが一歩前に出た。


「……あー、皆さん。中断させるようで悪いんですが、一つ提案してもいいですか?」


「なんだウィリアム? 早くこのおお仕事を始めたいんだが……?」


「その、ショートソードについてなんだが……ガッシュの店の最高のものを用意してもらえるのは嬉しい。しかし、今回は代わりにこれを使ってくれないだろうか」


 ウィリアムは腰に帯びている、普段は使っていないショートソードを取り出した。


「これは私が一人前になってレベッカと結婚したお祝いに、私の牧師先生から贈ってもらったものなんだ。中に十字架を模した木刀が入っている。素材は同じ銀だが、長年使ってきたし、木刀が入っている分、強度は落ちると思う。

 しかし、私はどうしてもこれをレンに贈りたいんだ。形としての十字架を持つことにあまり意味はないと思うが、レンがこれを持ち続けてイエス様を思い続けられるようにと思ってね。

 あと、私からも個人的に、父親として何かレンに贈りたくて……今回は魔法も鍛冶もできない私が、レンにしてあげられるのはこのぐらいしかないと思ってな……」


 ガッシュがニカっと笑った。


「なんだそんなことか! それなら全然問題ないぜ!!ウィリアムがずっと使ってきて、お前さんのしっかりとした信仰が染み込んでいる剣なら、レン君の強い力になるはずだ。

 むしろ、お前の願いと信仰を受け継いで、より良い剣となるはずだ。そうだろ、親父?」


「ああ、そうじゃな」


 ゴードンが深く頷く。


「この方法ではマスターであるビーストテイマーとパートナーである動物との深い絆が大切になる。しかし、元となる装備も重要じゃ。それがウィリアムさんの強い信仰とレン君を想う大切な気持ちが込めてあるものなら、これ以上ない核となるはずじゃ」


 ウィリアムはほっとした表情を浮かべた。


 自分の信仰と愛を込めた剣が、レンの力になる。それが嬉しかった。


「よし、他に質問のある方はおりませんかな?」


 ゴードンが全員を見渡す。皆の顔には覚悟と期待が満ちていた。


「なーに、やり方自体はあまり普通の鍛冶と変わらん。まずは全ての装備をそこに綺麗に並べて、素材をなるべく均等に上から振りかけるんじゃ」


 ガッシュ、ソニア、ヨシュウが迅速に準備を整える。


 銀の装備、布製のアンダーウェア、ウィリアムの剣。その上に、クロの黒毛とシロの白羽、爪が降り積もる。


「次はレベッカさんとマリーさん。この装備と素材に、複合魔法の時の『魔法が融合するイメージ』の魔力を放っていただけますかな?」


 二人の魔法使いが集中し、淡い光が店内を照らす。


「次にレン君、クロさん、シロさん。少しでいいので三人の血液を混ぜ合わせて、中心に垂らしてもらえますかな?」


 レンたちは太めの針で血を出し、容器で混ぜ合わせ、装備の中心へ滴らせた。


 瞬間。


 淡い光が、蒼と紅の光に変わり、複雑に混ざり合って強く輝き始めた。


「今じゃ!!!!! ヨシュウ!!!! ガッシュとソニアと共に、これらの力を装備に定着させるイメージで槌を振るうんじゃ!!!!」


 カーン! カーン! カーン!


 三人の職人が、力強く、しかし丁寧にハンマーを振るう。


 槌音が響くたびに、蒼と紅の光はゆっくりと装備に吸い込まれていく。


 その時。


 レンに奇妙な感覚が走った。


 黒く蒼く力強いイメージと、白く紅く軽やかな感覚が、自分の中に流れ込んでくる。


(何々? なんなのこれ? なんかあったかい感じと軽やかな感じがする??)


 突発的な事態に混乱するクロの声が、頭の中に直接響いた。


(暖かい……それに力がみなぎる……これは何……?)


 クールに分析しようとするシロの声も聞こえる。


「何落ち着いてんのよシロ! なにがどうなってるわけ?」


「……分からない……でも悪いものじゃないと思う……って、あれ? なんかクロが何言ってるか分かるような気がするけど、気のせい?」


「気のせいじゃないわよ! 私はちゃんとシロに喋って……って、私達会話できてる?」


 もしかして……。


「クロ、シロ。二人とも聞こえるか?」


 レンが話すと、二人は同時に頷いた。


 なぜかは分からないが、クロとシロが会話できるようになり、レンの言葉も二人に同時に届くようになったようだ。


 やがて、全ての素材と光が装備に吸収され、静寂が訪れた。


 ゴードンがにっこりと微笑んだ。


「成功のようですな。お三方にきちんとパスが繋がったようじゃ。ヨシュウ、調べなさい」


「はい、爺ちゃん『チェック』……って、これ凄いな!!」


 ヨシュウが感嘆の声を上げた。


 そこにあったのは、生まれ変わった装備だった。


 プレートメイルは、綺麗な黒と白のブロックチェックに染まっていた。その中心には、蒼い宝石が嵌め込まれている。


 ガントレットはメタリックブルー、グリーヴはメタリックレッド。


 コートは艶のある黒一色となり、インナーのシャツとズボンは純白の糸で編まれたかのように輝いている。


 そして、ウィリアムのショートソード。


 全体が半分ずつ黒と白に染め分けられ、中心には太極図を思わせる十字架の意匠が現れていた。黒地には白い丸、白地には黒い丸。そして中心を走る一本の木製の線。


 柄には、片面に蒼い宝石、もう片面に紅い宝石が埋め込まれている。


「おいレン、ちょっとその蒼い宝石、外の光にかざしてみろ」


 ヨシュウに言われるまま外光にかざすと、プレートメイルの中心に据えられた宝石の色が一瞬で紅く変色した。


「……これはアレキサンドライトだな。こんな鮮やかなのは見たことない。ショートソードの柄についている宝石はサファイアとルビーみたいだが……」


 ヨシュウによる鑑定結果は、驚くべきものだった。


 黒白のプレートメイルには、クロの防御力とシロのスピードが付加されている。


 蒼いガントレットにはクロの攻撃力と炎の魔力が込められ、ヒートナックルのような使い方が可能。


 紅いグリーヴにはシロのスピードと風の魔力が込められ、真空波を伴う蹴りが放てる。


 黒いコートはクロの毛皮のように変化しており、高い防刃・耐火・衝撃吸収能力を持つ。


 白いインナーはシロの羽が織り込まれ、身体を軽くし、気配を遮断する。


 そしてショートソード。


 刀身は強化ガラスのように透明なコーティングが施され、クロとシロの爪の切れ味と強度が加わった。

 宝石の力で炎と真空波を纏わせる魔法剣となる。


 さらにこの装備は成長する。

 レンたちが強くなれば、クロの電撃やシロの光魔法も使えるようになる可能性があるという。


 チートの権化のような装備だ。


 これはレン、クロ、シロの絆、ウィリアムの信仰、レベッカとマリーの魔力、そしてライオンハート家の情熱――全てが一つになった結晶だった。


「ゴードンさん、ありがとうございました。僕にはもったいないぐらいのものです……」


「いやいや。レン君がしっかりとクロさんシロさんと良い関係を築いているからできたことです」


「えーと、その関係についてなんですが……この儀式が終わってから、僕たち三人で相互会話ができるようになったみたいなんです」


「ほう! それは素晴らしい!」


 ゴードンが目を細める。


「それは『パス』が完全に構築された証拠です。この術は主人とパートナーとの信頼関係を元に行われます。今回のように動物種が違いすぎて言葉が通じない場合、深い絆があれば相互にパスが開通し、直接話ができるようになるのです」


 突発的なことだったが、これで人間体にさせずとも円滑なコミュニケーションが可能になった。


 クロとシロが「暖かい」「力がみなぎる」と言っていたのは、お互いの能力が相互に作用し、強化されたからだろう。


 レンは全員に向かって深く頭を下げた。


「本当にありがとうございました! クロとシロと話せるようになり、二人の絆も深まりました。この装備が僕たちの絆で成長するなら、一生大切にして使い続け、共に成長していこうと思います!

 ウィリアム父さん、大切な剣をくださってありがとうございます! レベッカ母さんとマリー姉さんも、手伝ってくれてありがとうございます!」


「いいってことよ。こっちが感謝するくらいだぜ」

 ヨシュウが笑う。


「俺たち夫婦も、こんなに美しく成功したのを見たのは初めてだ」

 ガッシュたち夫婦も喜んでいる。


 ウィリアムは、息子が自分の剣を受け継いでくれたことに目を潤ませ、レベッカは微笑んでいた。


 マリーだけは「……レンばっかりズルい」とまだ少し拗ねていたが。


 こうして、予想外のライオンハート家の助力により、レンとクロとシロは「言葉」という最強の武器と、「絆」による最強の装備を手に入れた。


 学校へ行く準備は、物理的にも精神的にも完全に整った。


 あと三ヶ月。


 レンは残り少ない両親との時間を、一日一日大切に過ごすことを心に誓ったのだった。

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