第十話 旅立ちの朝
ライオンハート家からの予想外の助力により、レン、クロ、シロの間に強固な「パス」が繋がり、素晴らしい装備品が完成してから三ヶ月が経過した。
その間、カシウス家には様々な変化があった。
レンが残り少ない両親との時間を大切にし、教会での奉仕や聖書の学びに励んだことは言うまでもない。
だが、それ以外にも色々と――主にマリー関連で、騒がしい日々が続いていたのだ。
ことの発端は、レンだけが特殊で強力な専用装備を作ってもらったことにある。
さらに、父ウィリアムからレンが愛剣を譲り受けたことが、マリーの姉としてのプライドと、少しばかりの嫉妬心に火をつけてしまったらしい。
「レンばっかりズルい! 私だって負けないんだから!」
そう宣言したマリーは、レンを巻き込んで通常の三倍増しで魔物討伐に明け暮れた。
目的はただ一つ。自分にふさわしい最強の装備を揃えるための資金稼ぎだ。
その結果、なんとマリーは全身ミスリル製の装備一式を購入してしまった。
信仰心の篤い者ほど力を引き出せる神聖金属――ミスリル。
マリーはファルバの学校で教師として働くことが決まっているため、それなりの装備を整える大義名分はあったのだが、それにしても全身ミスリルは凄すぎる。
レンの装備は主に銀製なので、単純な素材の値段だけで比べれば十倍以上の差があるだろう。
もちろん、レンの装備はライオンハート鍛冶店謹製であり、クロとシロの素材や特殊な製法を用いているため、性能面では決して引けを取らない。
だが、自力で資金を貯めてこれだけの装備を揃えたマリーの執念には、ただただ脱帽するしかない。
そして、その姿は圧巻だった。
高価なミスリルで全身を覆っていても、決して成金趣味な嫌らしさは感じさせない。
基本はレンと同じく、急所を守るプレートアーマーと、手足を覆うガントレットとグリーヴという構成だ。マリーの場合は腰の左右に可動式のアーマーが追加されている。
レベッカ似の明るいブロンドヘアと、白銀に輝くミスリルの甲冑。
美しい十字架の意匠が施された鞘に収められた、女性用にしてはやや太めのバスターソード。
そしてインナーは淡い桜色で統一されている。
その姿は、まさに「姫騎士」。
凛々しく、気高く、そして美しい。
(……ヤバい。地球で好きだった某姫騎士を思い出して、シスコンレベルが上がってしまう)
レンは内心で頭を抱えつつも、ご満悦な姉の姿に安堵していた。
装備が完成した直後、レンはカレンに対談所で報告を行った。
「え、それもうやっちゃったの?」
カレンは目を丸くしていた。
「うーん、いずれはその方法を教えて、ライオンハートさんの所で作ってもらうつもりではいたんだけどねぇ……まだクロちゃんと出会って2年、シロちゃんとは1年経ってないでしょ? だからもう少し先かなと思ってたんだけど」
カレンの懸念はもっともだった。
実際、最初のころ、レンは装備の性能に振り回されっぱなしだったからだ。
スピードをコントロールできずに派手にすっ転び、力の加減ができずに貴重な魔石ごと魔物を粉砕してしまい、マリーに激怒されたこともあった。
(「あんた! 売り物を粉々にしてどうすんのよ!」って怒られた時は、母さん譲りのブリザードが幻覚じゃなく本当に見えたな……怖かった)
攻撃魔法も、装備の能力をうまく引き出せず、クロとシロから共有された炎や風の魔法を制御するのに苦労した。
最初から上手くいったのは、ウィリアムから譲り受けたショートソードの扱いと、装備の防御性能くらいだった。
ウィリアムの剣は、まるでレンの手の一部のように馴染んだ。
これはウィリアムの祈りと愛情のおかげだろう。
防御に関しては、クロとシロが本能的にレンを守ろうとしてくれているおかげで、自動的に発動していた。
何から何まで、おんぶに抱っこの状態だったのだ。
しかし、カレンはこうも言った。
「まあ、遅かれ早かれ作らせるつもりの装備だったから、結果オーライかな。もうすぐ学校に行って、二人を人間体にするための勉強もするんだし……」
レンレン、今のうちにもう一度ライオンハートさんの所に行って、『クロちゃんとシロちゃんが人間体になった時のための装備』の話をしておきなさいな」
「人間体の時の装備?」
「そう。僕が前に言った『二人を強化する方法』ってやつのひとつは、人間体になった時に、今のレンレンと同じ『絆の装備』を作ることなんだ。今度はレンレンの素材、髪の毛や血も多めに入れてね。
そうすれば、より深くお互いの能力をシェアし合ったり、逆に三人のうち一人の能力を極限まで強化したりできるようになる。今レンレンが装備しているだけでも能力共有は少しできてるけど、お揃いの装備にすれば効果は倍増するから」
その助言を受け、レンはすぐにライオンハート鍛冶店へ走った。
事情を説明すると、ガッシュ、ソニア、ヨシュウの三人は声を揃えて叫んだ。
「「「またあれができるのか(のね)!!!」」」
ゴードンに至っては、嬉しさのあまり涙ぐんでいたほどだ。
まだ二人が人間体になった時の体格が分からないため作成はできないが、「全力で待っている」と熱い約束を交わした。
そんなこんなで、決して順風満帆なスタートではなかったが、3ヶ月間の実戦を経て、レンはどうにか装備の能力を使いこなせるようになった。
剣術七位、治癒魔法五位、補助魔法七位、攻撃魔法九位。
現在のレンは、六歳としては破格の強さを持っている。
だが、まだ父や姉には届かない。
攻撃魔法と剣術こそまだ伸び代があるが、六歳児とは思えない能力だ。
ちなみに、マリーの剣術は五位になり父ウィリアムに並び、攻撃魔法も四位となってあと一階位で母レベッカに届く位置にいる。
ニエフの成人は十五歳。今十二歳のマリーは、年齢という枠を完全に逸脱している。
もちろん、戦闘経験や技術、魔力運用の効率といった面では両親に及ばないが、後先考えない爆発力と殲滅力だけなら、既にカシウス家最強かもしれない。
そして、クロとシロにも変化があった。
レンの装備を介して構築された「パス」により、お互いの能力や弱点を補い合うようになったのだ。
クロは動きがより素早く機敏になり、シロの「風」の影響か、身のこなしがより軽やかになった。
黒い体色を活かした夜間の隠密性も向上し、持ち前の嗅覚にシロの視力が加わったような鋭い索敵能力を発揮している。
性格も少し落ち着いたようだ。
シロはパーティ内で一番打たれ弱かったが、クロの「剛」の影響を受け、翼や鱗、嘴の強度が格段に上がった。
全体的な攻撃力と防御力が向上し、以前よりも感情表現が豊かになった。
さらに、二人ともレンの治癒魔法の影響を受け、軽い自動回復能力を獲得した。
少々の傷なら五分もあれば塞がってしまう。
何より大きな変化は、二人の会話だ。
パスを通じて自由に話せるようになった二人は、いつも楽しそうにお喋りしている。
ストレートに感情をぶつけるクロが一方的に話しかけ、シロはクールに「……そう」「……ふふ」「わるくない」と言葉少なに返す。
だが、シロは言うべきことはハッキリ言うタイプなので、クロが諭される場面も多い。
食べ物の好みも似てきたらしく、クロは苦手だった野菜を食べるようになり、シロも最近はお肉の美味しさに目覚めたようだ。
パーティの連携も完成されつつある。
殲滅担当のマリーとクロ。
上空からの索敵と攪乱を担当するシロ。
そして補助と回復、遊撃を担うレン。
一年近く共に戦い、両親からの指導を受けた四人の連携は、冒険者パーティとしてもトップクラスと言えるだろう。
そして、いよいよ旅立ちの朝が来た。
ウィリアムとレベッカと過ごせる最後の3ヶ月を、家族として、クリスチャンとして濃密に過ごしたレン。
準備は万端だ。悔いはないはずだ。
それでも、玄関先に立ったレンの顔には、隠しきれない不安が浮かんでいた。
バシッ!
無言でマリーがレンの頭を引っぱたいた。
ペロリ。
クロが頬を舐めた。
トン。
シロが頭に着地した。
三者三様の「喝」と「慰め」。それがレンに勇気をくれた。
(……いつまでもウジウジしていられない!)
レンは覚悟を決め、両親の顔をしっかりと見つめた。
「父さん、母さん。今までありがとうございました……少しの間、離れることになりますが、行ってきます」
涙をこらえ、精一杯の強がりで告げる。
ウィリアムは穏やかに頷いた。
「うん、行ってきなさい、レン。ファルバに行ったら『セサミ・レイクウォーカー』さんという方が牧師をしている教会がある。そこに通うといい。
お前の冒険者としての能力は、同年代の子供たちに比べれば飛び抜けている。学校での基礎授業はある程度免除されるはずだ。
すぐに魔法陣や、クロとシロを変身させるための専門的な勉強に入れるだろう。自分のためにも、お前の大事なパートナー二人のためにも、頑張りなさい」
淡々と、しかし力強い父の言葉。それがレンの背骨を支えてくれる。
レベッカは、レンの前にしゃがみ込んだ。
「……グスッ……レン、元気でね? ちゃんとお休みには帰ってくるのよ? レイクさんの教会でも、しっかりと神様に祈って、聖書を読んで、クリスチャンの在り方を学ぶのよ? マリーとクロとシロと仲良くするのよ?」
ボロボロと涙を流しながら、母として当たり前の、けれど一番大切な助言をくれる。
レベッカは本当に必要な時は、必ず人のために涙を流せる人なのだ。
「……はい、父さん、母さん。僕はまだまだクリスチャンとしても、クロとシロのマスターとしても未熟ですが……父さんと母さんが教えてくれたことを忘れずに、神様に従っていきます」
レンはもう一度、深く頭を下げた。
ウィリアムは視線をマリーに移した。
「マリー、お前も頑張るんだぞ。お前の剣術と魔法の能力は、もう私たちとあまり変わらない。レンくらいの子供たちに教えるには充分な力と知識があるはずだ。
ただ、先生となるならば自分を自制しなければならないことも多くなる。我慢強く、辛抱強く、私たち人間の成長を見守ってくださるイエス様のように、クリスチャンとして働きなさい……レンのことも、私たちの代わりに頼む」
「マリー……本当に強くなってしまったのね……」
レベッカが娘を抱きしめる。
「私が言えることではないけれど、あなたは女の子なのだから、できれば冒険者として戦ってほしくはなかった……でも、あなたは強くなった。これから先生になることも、きっと神様が用意した計画なのでしょう。神様に従って歩んでいきなさい……レンと仲良くね」
マリーは両親の言葉を、真っ直ぐな瞳で受け止めた。
「大丈夫よ! 私は主に救われ、主に従う凄いクリスチャンのパパとママの娘、カシウス・マリーよ! クリスチャンじゃなくなることも、神様に従わなくなることも、あるわけないわ!
先生としてもバリバリ働くし、レンのことも任せて! レンはちょっとウジウジしたところがあるけど、レンだってパパとママの息子でしょ? ちゃんとクロもシロも育てているし、大丈夫よ。
これからは私が、パパとママの代わりにレンを助けていくわ!」
とても十二歳とは思えない、堂々とした信仰告白と決意。
ウィリアムは満面の笑みで、レベッカは涙ながらに微笑んで、自慢の娘の成長を喜んだ。
(……姉さんは凄いな)
レンは少しの劣等感と共に、両親と同じように姉も目標にしようと強く心に誓った。
最後に、ウィリアムは二人のパートナーに声をかけた。
「クロ、シロ。レンをよろしく頼む。助けてやってくれ」
レベッカも続く。
「クロ、シロ。しばらくお別れよ。元気でね。あなた達が人間体になって、お話ができるようになる日を楽しみに待ってるわ」
まだクロとシロには人間の言葉は分からないはずだ。
けれど、二匹はハッキリと返事をした。
「ワンッ!(任せて! 楽しみにしてて!)」
「……カー(……了解)」
レンにはその言葉が聞こえた。
クロとシロも、間違いなくカシウス家の家族なのだ。
朝日が昇る。
旅立ちの時だ。
「それじゃあ……行ってきます!」
「行ってきます!」
大きく手を振り、レンとマリーは歩き出した。その横を、黒い犬と白いカラスが寄り添うように進んでいく。
振り返れば、いつまでも手を振り続ける両親の姿があった。
こうして少年は、両親の祈りを背負って歩き出した。
第一章 終幕
これで一章は終了です。
二章より舞台がイクスから首都のファルバへと移り変わります。




