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第十一話 石の都ファルバと、洗礼

 レン、マリー、クロ、シロの一行が、生まれ育ったイクスの町を離れてから2週間。


 ガタゴトと揺れる馬車の窓から見える景色は、徐々に緑が減り、荒々しい岩肌と整備された街道へと変わっていった。


 そして、ついにその全貌が現れた。


 カレンシュタインの首都、ファルバ。


 巨大な城壁に囲まれたその都市の第一印象をレンの言葉で表すなら、「高く、硬く、冷たく、そして色鮮やか」だった。


 首都だから広いのは当然なのだが、イクスとは建物の造りが根本的に異なっていた。


 イクスは森に囲まれていたため、温かみのある木造建築が主体だった。


 対してファルバは、周囲を険しい山岳地帯や岩石地帯に囲まれている。豊富な石材や鉱物資源、そして地球のコンクリートに似た魔法建材で作られた建物が立ち並ぶ、まさしく「石の都」だ。


 素材が頑丈なため、3階建て以上の建物が当たり前のように聳え立っている。


 特に、これからレンたちが向かう冒険者ギルドや町役場、そしてファルバ町立学院といった主要施設は、5階建て以上の威容を誇り、その外壁は鉱物由来の染料や宝石で美しく装飾されていた。


 道路もまた、色とりどりのレンガや石畳で幾何学模様に舗装され、馬車の車輪も滑らかに回る。


 だが……。


(うーん、やっぱり僕はイクスの方が好きだなあ)


 レンは窓枠に肘をつき、ため息をついた。


 地球時代から、コンクリートジャングルやネオン輝く大都会よりも、自然豊かな田舎を好む性分だったのだ。石造りの街並みは立派だが、どこか冷たさを感じる。


 それに、気候の問題もある。


 ファルバはイクスよりも北方に位置し、山岳地帯からの吹き下ろしもあって肌寒い。地球では常夏の海外生活が長かったレンにとって、寒さは天敵だ。


 一方で、隣に座るマリーは対照的だった。

「わあ……! レン、見て! あの建物、屋根が青い宝石でできてるわ! すごーい!」


 2週間の馬車旅で退屈しきっていた反動か、初めて見る大都会の光景に目をキラキラさせている。


 やはり女の子は、きらびやかな都会に憧れるものなのだろうか。


(姉さんもこの町に染まって、都会派のギャルっぽくなっちゃったりするのかな……。いや、中身がゴリゴリの武闘派だから大丈夫か)


 レンはどうでもいい心配をしつつ、姉の横顔を眺めた。


 クロとシロにとっても、この環境は少し窮屈そうだった。


 森や湖といった自然がなく、どこを見ても石と人ばかり。


 しかし、商店街を通りかかった瞬間、二匹の態度は一変した。


 レベッカがイクスで作ってくれたことのないような、スパイシーな香辛料の香り。油が滴る巨大な魔物の丸焼き。見たこともない色の果物をふんだんに使ったタルトやケーキ。


 それらが並ぶ屋台を見た瞬間、


「ワンッ!(ここ天国!?)」


『……じゅるり』


 二匹は居心地の悪さなどどこ吹く風で、窓にへばりついて涎を垂らしていた。


 やはり、レンのパートナーたちは揃いも揃って食いしん坊である。


---


 四者四様の感想を抱きつつ、一行はまず「家探し」に向かった。


 学院には寮もあるのだが、レンにはクロ(超大型犬サイズ)とシロ(翼開長2メートル)という規格外のパートナーがいる。さらに、


「寮だとレンと別々に暮らすことになるじゃない! それじゃ私がついて来た意味がないわ!」


 という、マリーの強硬な主張があったためだ。


(クロとシロはいいけど、両親のいない状態でマリー姉さんと二人暮らし……。最近、第二次性徴期に入ってますます女性らしくなっている姉と同居して、果たして僕は自分のシスコン魂をコントロールできるだろうか……)


 そんなレンの悶々とした悩みなど露知らず、マリー姉さんは不動産屋でテキパキと物件を探し出した。


 学院から徒歩30分。広くてリーズナブルな一軒家だ。


 リーズナブルな理由はシンプル。「ボロい」から。


 だが、ファルバ中心部には珍しい庭付き一戸建てだ。庭には芝生が植えられ、小さいながらも木がある。これならクロも運動できるし、シロも木に止まって休める。


 建物自体は古いが、ファルバ特有の頑丈な石造りなので強度は問題ない。間取りも2LDKで、レンとマリーそれぞれの個室も確保できる。


(これなら、僕がおかしくならない限り大丈夫かな……。まあ、マリー姉さんは僕の中身を知らないし、ただの7歳の弟だと思ってるから、あっちから変な気を起こすことはないだろうし。……いや、だからこそ無防備な格好でウロウロされたら死ぬんだが)


 レンの煩悩がフル回転する中、契約はスムーズに完了した。


 とりあえず荷物を運び込み、クロとシロには新居での留守番を頼む。


「いい子にしててね。絶対に勝手に外に出ちゃダメだよ」


「ワン!」


『……分かった』


 二人(二匹)を残し、レンはマリーに手を引かれて「ファルバ町立学院」へと向かった。


 巨大な石造りの校門をくぐり、受付で書類を提出する。レンは学院生として、マリーは教師としての登録申請書だ。そして、ウィリアムとレベッカからの紹介状も添える。


 すると、受付の女性職員は書類を見るなり目を見開き、慌てた様子で事務所の奥へ引っ込んだ。


 数分後。

 職員が奥へ消えた後、ロビーには重厚な沈黙が流れた。  

 マリーは緊張からか、膝の上で拳をギュッと握りしめている。レンはそんなマリーをリラックスさせようと、ロビーの片隅に置かれた小さな書棚へと歩み寄った。

 そこで、一人の先客に気づく。

 毛先にゆるやかなウェーブの掛かった、透き通るような金髪の女性。  

 彼女は背筋をピンと伸ばして椅子に座り、一冊の本を熱心に読み耽っていた。その装丁は古びているが、どこか神聖な輝きを放っている。

(……あれ? あの文字、なんだろう……?地球でもニエフでも見たことない文字だな……?)

 地球時代の記憶にもない文字が書いてある本、それはレンの胸をざわつかせた。

 彼女が手にしているのは、レンやマリーが知る一般的な本やいつも読んでいる聖書とは明らかに違う。

 思わずじっと見つめてしまうと、彼女は音もなく顔を上げた。

 鮮やかな金色の瞳が、レンの視線を射抜く。

「……ふむ。妾の持っておる書が、そんなに気になるかの、少年?」

 鈴を転がすような、けれど悠久の時を思わせる不思議な声。

 廓言葉のような独特の口調に、レンは一瞬言葉に詰まった。

「あ、ごめんなさい。あまりに綺麗な本だったから……」

「ほう、綺麗な、か。……ふふ、お主、良い眼をしておるな。主の光を感じ取れる小童は、この都にもそうはおらぬぞ」

 彼女は不敵に、けれどどこか慈しむような笑みを浮かべ、そっと本を閉じた。

 表紙には、レンの知識では決して読み取れない文字だったのに、けれど脳裏に直接「ヨハネ」という響きを伝える文字が表紙に刻まれていた。

「お主のような瑞々しい魂を持つ者が、この硬い石の学び舎で何を成すか……。主の導きあらんことを。小さなクリスチャン」

 彼女は立ち上がり、マントを翻して悠然と歩き出した。

 レンの横を通り過ぎる瞬間、ふわりと甘い花のような香りが鼻をくすぐる。……いや、その奥に微かな、鉄のような香りが混じっていた気がした。

 彼女が校門へと消えていくのと入れ替わりに、慌てた様子の受付職員が戻ってきた。

 彼女は、一人の老婦人を連れて戻ってきた。


 褐色の肌に、深い知性を湛えた瞳。サリーのような民族衣装を纏った、60代くらいの優しそうなお婆さんだ。


「マリーさん、レンくん。ようこそファルバ町立学院へ。私は学院長のウルリア・ナーサスです」


 柔らかな声だった。だが、その身に纏う魔力の気配は、レベッカにも引けを取らないほど濃密で静謐だ。

「ウィリアムさんとレベッカさんから、お二人のことは手紙で詳しく伺っていますよ。若くして優秀な冒険者のマリーさん、そして稀有な才能を持つビーストテイマーのレンくん。あなた方を当学院にお迎えできること、心から嬉しく思います」


 いきなり学院長直々の挨拶だ。レンとマリーが恐縮して直立不動になっていると、ウルリア学院長はクスリと笑って説明してくれた。


「驚かせてごめんなさい。実は、ウィリアムさんとレベッカさんも当学院の卒業生なのです。私が今まで見てきた中で、1、2を争うほど優秀で、素晴らしい生徒でした」


 学院長は懐かしそうに目を細めた。


「お二人は剣士として、魔法使いとして、国中が取り合うほどの逸材でした。けれど、彼らは地位や名誉、高給を求めず、クリスチャンとして牧会の道を選びました。

 当学院は信仰を強制するわけではありませんが、聖書に基づいた教育方針を採っています。私自身も主を信じるクリスチャンとして、お二人の選択を深く尊敬しています。

 そのお子さんを預かれるなんて、教師冥利に尽きるというものです。微力ながら、あなた方の力になれるよう全力を尽くしますよ」


 ……知らなかった。


 そういえば、父さんと母さんの昔話はあまり聞いたことがない。物心ついた時には既に「最強の牧師夫婦」だったから、最初から完成された存在だと思っていた。


「ウルリア……先生。父さんと母さんは、なぜこの学院に入学したのですか? 僕は、二人は最初から強い冒険者の家系だと思っていたのですが……」


 レンが尋ねると、ウルリアは頷いた。


「そうですね……。ウィリアムさんは優秀な剣士の家系ではありましたが、クリスチャン家庭の出身ではありませんでした。彼は自分で主に従うことを選び、剣術よりも聖書と主を学ぶために、あえて軍学校ではなく当学院の門を叩いたのです。

 レベッカさんはクリスチャン家庭の出身でしたが、イクスよりもさらに田舎の寒村の出なんです。魔法の修練はもちろんですが、広い世界を見て見識を深めるためにファルバへ来たのでしょう。

 結果として、二人はここで出会い、共に学び、結ばれたのです」


(……そうだったのか)


 レンは胸が熱くなった。


 地球で、自分がダメなクリスチャンだったことを環境のせいにしていた自分が恥ずかしい。ウィリアムは、自らの意思で選び取ったのだ。


「……私も、全然知らなかったわ。パパとママ、いつも私たちのことと教会のことで精一杯だったから……」


 マリーも神妙な顔をしている。

「お二人は賢明ですからね。過去の栄光や苦労よりも、今、目の前の子供たちに『主に従うこと』を教えるのを優先したのでしょう」


 ウルリアの言葉に、レンは深く納得した。


「ウルリア先生、教えてくれてありがとうございます。僕も父さんのように、自分の意思で神様に従うことを選べるよう、ここで勉強させてください」


「ええ、もちろんですよレンくん」


 マリーが一歩前に出た。


「ウルリア先生、私は教師になるつもりで来ました。剣術と魔法に関しては、レンぐらいの子たちには教えられる自信があります。でも、私もまだ12歳です。まだまだ神様と聖書についての勉強は足りません。……特別に、聖書の授業を受けさせてもらえないでしょうか?」


「ふふっ、もちろんです」


 ウルリアは嬉しそうに微笑んだ。


「聖書の授業は誰でも受講できます。教師が受けることも珍しくありませんよ。その向上心、さすがカシウス夫妻の娘さんですね」


 和やかな空気の中、入学手続きの第一段階は終了した。


「さて、長話をしてしまいましたね。これからお二人には、形式上ですが実技試験を受けていただきます。レンくんはあちらの男性の先生に、マリーさんはあちらの女性の先生について行ってください」


 ウルリアが示した先には、対照的な二人の人物が立っていた。


「よう!!! お前がレンか! ウィリアムの息子の先生になるなんざ、思ってもみなかったなぁ!」


 元気よく声をかけてきたのは、短く刈り込んだ緑色の髪を持つ男性だ。尖った耳……エルフだ。だが、レンの知る神秘的なエルフ像とはかけ離れた、陽気な体育会系のノリだ。


「俺はゼン。グラハム・ゼンだ。一応ウィリアムの同級生で、剣術を教えてる。ま、ウィリアムより階位は低いから教えられることは少ないかもしれんが、よろしくな! さあ、試験に行こうぜ!」


 ゼンはスキップしそうな足取りでレンの肩を叩いた。


 一方、マリーの方に向かったのは……。

「あなたがマリーね……。ふふっ、その歳でかなり『やる』みたいじゃない」

 黒髪をきっちりと結い上げ、底の知れない黒い瞳を眼鏡の奥に光らせた女性。カンザキ・モモコ。

 彼女はマリーを値踏みするようにジロジロと見ている。

 だが、その瞳に宿っているのは純粋な好奇心ではない。

(……レベッカ。あんなにあっさりと「最強」の座を捨てて逃げたあなたの娘が、どの程度のものか見せてもらうわ)

 モモコは内心で毒を吐く。自分が死に物狂いで研鑽を積み、ようやく魔法階位4位に手をかけたというのに、目の前の少女の母親――レベッカは、信仰の「ついで」に自分の遥か上を通り過ぎていった。  自分は未だ独身を貫き、魔道に全てを捧げている。それなのに、あのアマは愛だの家庭だのと言いながら、全てを手にしている。

「ふふふ、どこまで『やっちゃって』いいのかしら?」

 その声には、冷たい刃物のような、そして煮え滾るような嫉妬の響きが含まれていた。

 レベッカと同じくらいの年齢に見えるが、レベッカのような温かさは皆無。ただただ、不気味で恐ろしい。マリーも、本能的に何かを感じ取ったのか、少し表情を硬くしている。


「こらこらモモコ。新しく入る同僚を怖がらせてはいけませんよ」


 ウルリアが窘めるが、モモコは表情を変えない。


「……分かりました、学院長。……それでは『試験』に向かいましょうか」


 ゼンに連れられたレンと、モモコに連れられたマリー。二人は別々の試験場へと向かった。


(姉さん、大丈夫かな……。いや、僕の方も集中しなきゃ)


 レンは不安を振り払い、ゼンの背中を追った。


---


 レンの試験は、拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。


 一つ予想外だったのは、自前の「絆の装備」が使用禁止で、備え付けの木刀と訓練着を使わされたことだ。


 ゼンと10分ほど木刀で打ち合い、


「おお! お前の歳にしてはすげえ強いな! 筋がいい!」


 そうベタ褒めされたが、レンとしては不完全燃焼だった。専用装備を使った時の「剣術7位」の動きには程遠く、ウィリアムの剣もないため、実力は上級の下といったところ。

 

 攻撃魔法の試験も同様で、装備の補正がないため中級レベルの魔法しか使えなかった。


(やっぱり、僕は装備とクロ・シロの力に頼りきりなんだな……)


 改めて自分の素の実力を痛感させられた。


 唯一、筆記試験だけは圧勝だった。

 内容は7歳児向け、つまり小学1年生レベルの読み書きと算術。精神年齢30オーバーのレンには簡単すぎる。制限時間30分のところを5分で終わらせてしまい、


「おいおいマジか! 100点じゃねーか! 天才かお前!」


 ゼンに驚愕された。こればかりは転生者の特権で申し訳ない気分になる。


 すべての試験を終え、レンはマリーとの待ち合わせ場所である受付ロビーに戻った。

 

しかし、日が暮れてもマリーは現れない。


「遅いな……」


 クロとシロも心配だ。レンは一度家に戻り、二人を連れて再び学院へ戻った。


 夜の学院は、昼間とは違って静まり返り、冷たい石造りの廊下が不気味さを増していた。

 受付に行くと――。


 レンの心臓が、凍りついた。


 マリーが、血だらけで床に倒れていた。

「姉さんッ!!!」

 レンは全速力で駆け寄り、スライディングするように姉の元へ滑り込んだ。

「姉さん! しっかりして! 『チェック』!」


 震える手で診断魔法をかける。


 出血量は多いが、致命傷はない。魔力枯渇による気絶と、全身の打撲、切り傷。


「『アクア・ウォッシュ』!『クイックエイド』! 『ヒール』!」


 ありったけの魔力を込めて治癒魔法をかける。傷口が塞がり、呼吸が安定していく。だが、ヒールのような初歩的な治癒魔法では失われた血液は補充できない。顔色は青白いままだ。


 一体、誰がこんなことを――。

 レンが顔を上げると、そこには冷たい視線があった。カンザキ・モモコ。

「……ふん。歳の割には、やはり強いわね。でも、まだまだよ」

 モモコは口元を歪め、恍惚とした表情を浮かべた。

 震える手でマリーを抱きかかえるレンを見つめ、彼女はレベッカへの積年の恨みを吐き出す。

「戦うことから逃げて、主だの愛だのと……ふふ。そんな安っぽい幸せに浸りきったレベッカ。——だから、その“代わり”に。娘は、私がちゃんと可愛がってあげたわ。努力もしないで『才能』だけで笑っていたあの女に……ね。少しだけ、借りを返せた気分よ……ふふ、ふふふ……」

 背筋が凍るような殺気。

 試験などではない。これは、自分を追い越していったかつての同級生への、歪んだ復讐劇だった。

 彼女は血のついていない木刀を手に、ゴミを見るような目で倒れたマリーを見下ろしていた。


 試験? これが?


 これは一方的な蹂躙だ。私怨によるリンチだ。


「……ッ!!」


 レンの中で、何かが弾けた。


 激しい怒りが全身を駆け巡る。


 それに呼応するように、背後のクロが全身から蒼い炎を噴き上げ、牙を剥き出しにして唸り声を上げた。


 シロもまた、紅い瞳を爛々と輝かせ、翼から鋭い風の刃のような紅い光を発した。


 三人の怒りと魔力が「パス」を通じて増幅し、ロビーの空気がビリビリと震える。


 その時。


 か細い声が、レンの頭に響いた。


『……レン……大丈夫……よ……』


 マリーだ。朦朧としているはずなのに、強い意志が伝わってくる。


『試験は……終わったわ……。私は……合格……したの……。

 これで……先生になれて……これからも……レンと一緒にいられる……。

 だから……安心……して……。一人には……しないわ……』


 それだけ伝えると、マリーの意識は完全に途切れた。


 こんな状態になっても、弟のことを心配しているのか。


 レンの目から涙が溢れた。


「……モモコ。明らかにやりすぎです」


 いつの間にか、ウルリア学院長が立っていた。その表情は能面のように無表情だが、声には隠しきれない怒りが込められている。


「試験の範疇を大幅に超えています。あなたには厳罰を命じます。よいですね」


 モモコは何も言わず、相変わらず気味の悪い笑みを浮かべたまま一礼し、闇の中へと消えていった。


 まるで、目的は果たしたと言わんばかりに。


「……レンくん。申し訳ありません。あなたのお姉さんを、私の監督不行き届きで……」


 ウルリアが謝罪しようとするのを、レンは遮った。


「……いえ。ウルリア先生は悪くありません」


 レンは静かに、けれど強い口調で言った。


「ごめんなさい。今は一刻も早く、姉さんを家で休ませてあげたいので。これで失礼します」


 レンはマリーを担ぎ上げ、クロの背中に乗せた。


 石のように冷たくなった姉の体が、痛々しい。


 家への帰り道、レンはクロに頼み続けた。


「クロ、頼む。炎の魔力で、姉さんを温め続けてくれ。決して火傷させないように、優しく……」


「ワン……(任せて、レン)」


 クロは青白い炎でマリーを包み込み、冷え切った体を温め続けた。


 夜道で目立つ行為だが、今のレンには人目などどうでもよかった。


 家に帰り着き、マリーをベッドに寝かせた後も、レンはずっと姉の手を握り続けた。


 枕元に止まったシロが、そっと呟く。


『……レン……私も手伝う』


 シロの体から、淡い紅色の光が放たれた。それは遠赤外線のように体の芯まで届く、温かな光だった。


 クロの蒼い炎と、シロの紅い光。


 二つの温もりに包まれて、マリーの呼吸は次第に深く、穏やかになっていった。


 マリーの体温が戻ってくる。


 深夜。

 安心したレンは、マリーのベッドに寄りかかったまま、深い眠りに落ちていった。


 ファルバでの初日。

 希望に満ちた旅立ちだったはずが、最後は最悪の形で幕を閉じた。

 石の都は冷たく、そして厳しい。


(……でも、負けない)


 眠りに落ちる寸前、レンは強く誓った。


(姉さんは僕が守る。クロとシロと一緒に、絶対にこの場所で生き抜いてみせる)


 カレンの言った通り、一筋縄ではいかない新生活が、今、始まった。

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