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第七話 もう一度、やり直すために

 カレンにシロの素性を教えてもらい、レンが転生した「本当の目的」を再確認させてもらってから、一ヶ月が経過した。


 マリー、クロ、新しく加わったシロ、そしてレンの四人パーティは、変わらず魔物討伐を続けていた。


 戦果は上々。シロの成長も著しく、パーティの連携は日に日に洗練されていく。


 しかし、その内情はかなり危なっかしいものとなっていた。


 理由は明白だ。

 パーティの一員であるレンが、カレンとの対話以来、静かに考え込むことが多くなったからだ。


 戦闘中もどこか上の空で、反応がワンテンポ遅れる。

 クロの防御がなければ被弾していた場面も一度や二度ではない。


「レン! ぼーっとしないの! 危ないでしょ!」


 マリーが叫び、クロが心配そうに鼻を鳴らし、シロが肩をつつく。


 みんなが注意するのだが、レンの上の空はなかなか改善されなかった。


 ウィリアムとレベッカも、息子が何事か深く悩み込んでいる様子を感じ取ってはいた。

 だが、あれこれ問い詰めるよりも、息子が自ら口を開くのを信じて待つことにしていた。

 彼らは知っているのだ。

 レンという子供が、見た目以上に思慮深く、そして繊細な魂を持っていることを。


『強くなるだけじゃだめなんだ……この世界でやり直す意味を、僕はもう一度選び直さないといけない』


 対談所でのやり取りから一ヶ月後の夜、レンはそう決意した。


 マリーが寝静まったリビングで、レンは両親に向き合った。


「父さん、母さん。大事な話があります……聞いていただけますか?」


 いつも家族の中心で笑っているレンが、珍しく険しい、悲壮な覚悟を漂わせた表情で切り出した。


 ウィリアムは読みかけの聖書を閉じ、いつもと変わらぬ柔和な笑顔を向けた。


「なんだい? 何でも言ってごらん。お前は私たちの息子だ。もちろん話は聞くさ。大事なことなら尚更ね」


 レベッカも心配そうにレンの顔を覗き込んだ。


「何かしてほしいことがあるの? それとも最近、私たちが教会の仕事で忙しすぎたから、何か不安になっているのかしら?」


 最強の魔法使いである母も、息子の前ではただのオロオロする母親になる。

 その姿に、レンの胸が締め付けられた。


 こんなに愛されているのに。いや、愛されているからこそ、怖い。


「……僕の、地球での人生についてです」


 レンは苦渋の決断をしたような顔で、重い口を開いた。


「父さんも母さんも、僕が地球でどのような家庭環境だったかは、カレン……想像主イマジネーターから少し聞いていますよね?」


「ああ。カレン様から聞く限りでは……お前の地球での両親はあまり褒められた人たちではなかったようだな……私たちも決して人のことを非難できるほど立派ではないが」


 ウィリアムが言葉を選びながら答える。


「いえ、父さんと母さんは最高の両親です」


 レンは即答した。


「その証拠に、僕はこの六年間、充分すぎるほど二人から愛情を頂きました。僕はそのことを誇りに思います……だからこそ、苦しいんです」


「……そう。そんな風に息子から直接言ってもらえるなんて、私たちは幸せ者だわ」


 レベッカが優しく微笑む。


「でも……私たちが愛情を注いでいると感じていても、まだ何か他に話があるのね?」


「はい。僕の……地球でのクリスチャンとしての態度のことです」


 レンは膝の上で拳を握りしめた。


「僕は地球で、イエス様を信じるまでに二十年以上かかりました。頑なで、ひねくれていて……自分の弱さにばかり目が向いて、聖書にある約束――『神様は必ずクリスチャンを成長させてくださる』ということを、信じきれない愚かなクリスチャンでした」


 ウィリアムがハッとした顔をした。


「……なるほど。お前はそういう経験をしていたのか。だからお前はいつも、私がパウロの書なんかを読んであげると、少し複雑そうな顔をしていたんだな。あれらには、聖霊によるクリスチャンの成長が多く記されているから……」


「はい……でも、この世界に来て、父さんと母さんの子供として生まれて、僕は変われたと思っていました。健康な体をもらい、ビーストテイマーとしての力を得て、クロやシロというパートナーにも恵まれた」


 レンは一度言葉を切り、震える声で続けた。


「……でも、最後の一つ。『クリスチャンとして成長すること』これだけは、僕自身の問題なんです。父さんと母さんは、主を恐れ敬い、十字架の恵みによって救われた者がどう生きるべきか、身をもって示してくれました……なのに僕は、この世界に来た本当の目的――『クリスチャンとしてもう一度やり直す』ということを、忘れてしまっていたんです」


 レンの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。


「毎日クロやマリー姉さん、最近はシロとも戦って、魔物を倒して……自分が強くなったと錯覚していました。力がつけば、地球の弱かった自分とは違うんだって、思い上がっていました。でも、カレンと話して気づかされたんです。僕の中身は、あの頃の弱いクリスチャンのまま、何も成長していないんじゃないかって。信仰の成長が止まったまま、ただ力だけを手に入れて……それが怖くて、最近はずっと上の空でした。ごめんなさい……!」


 六歳の子供の口から語られる、大人の苦悩。


 レンの精神年齢は、地球の記憶を合わせれば三十歳以上。

 今のウィリアムたちと変わらない。


 その事実に、ウィリアムは正直困惑していた。

 目の前の小さな我が子が、自分と同じような「大人の絶望」を抱えていることに、どう言葉をかければいいのか。


 だが、レベッカは違った。


 彼女は迷いなくレンの前に進み出ると、その小さな体を力強く抱きしめた。


「レン……馬鹿な子ね」


 その声は、驚くほど優しく、そして力強かった。


「確かに貴方は特別な子よ。普通の子供にはない記憶や、経験があるのね。大人の苦しみを知ってしまっているのね……でもね、それもすべて、神様が必ず『益』としてくださるわ」


「……母、さん?」


「あなたが今はそれを信じられなくても、いつか必ず神様があなたを変えてくださる。レン? 私たちの信じる神様に、できないことなんてあるかしら?」


 レベッカの青い瞳が、レンの濡れた瞳を真っ直ぐに見つめる。

 そこには一点の曇りもない、確信に満ちた光があった。


「……ありません。僕は、全知全能の主なる神様、十字架にかかって僕たちを贖ってくれたイエス様、僕たちを導いてくださる聖霊様は……何でもできるはずだと、信じて……信じたいです」


「そう。あなたの歳でそこまで分かっているなら、上出来よ」


 レベッカはニカっと笑った。それは「ブリザードの魔女」ではなく、頼もしい母親の顔だった。


「レンはやたらと地球でのことを気にするけど、忘れないで。今のあなたは、私とウィリアムの子として生まれてきた大切な子供、カシウス・レンなのよ?

地球のあなたがいくつだったのか知らないけれど、今のレンはまだたったの6歳なんだから!少しずつ、少しずつ聖霊様に変えられていきましょう?

まだまだ時間はあるし、それでもまだ自分の信仰の成長に自信が無いって言うなら……これから嫌って言うほど、私たちの語る聖書の言葉を聞かせてあげる。

信仰に裏打ちされた生き方を、これでもかってくらい見せつけてあげるわ!」


 レベッカはレンの頭をわしゃわしゃと撫で回した。


「もちろん、愛することもやめないし、戦う力もビシバシ鍛えてあげるわよ!レンを育てあげることはまだまだ始まったばかりよ?レンはまだまだ子供なんだから。覚悟しなさい!」


 レベッカの力強い宣言。

 そして、背中から伝わるウィリアムの大きく温かい手のひら。


「……ああ、そうだとも。レベッカの言う通りだ。お前が何歳だろうと、どんな過去を持っていようと、お前は私たちの自慢の息子だ。一緒に歩んでいこう、レン」


 レンの目から、今度は止めどなく涙が溢れ出した。


 悲しいからではない。嬉しいからでもない。


 ただただ、感謝の気持ちからだった。


 正直、レンはこの秘密を告白したら、ウィリアムとレベッカに気味悪がられ、見捨てられるのではないかと恐れていた。


 「中身はおっさん」の子供など、愛せるはずがないと思っていた。

 しかし結果は違った。


 彼らはレンの真実、弱さ、転生という異常性を知ってもなお、変わらず「親」として愛し、クリスチャンとしての道を示してくれるという。


 なんという大きな愛だろうか。


 この時初めて、レンは本当の意味で「親の愛情」が、人の魂を癒やし、育てる絶大な力を持っていることを知った。


 地球では得られなかったものが、今、ここにある。


「……ありがとう、父さん。ありがとう、母さん……!」


 レンは子供のように声を上げて泣いた。


 その泣き声は、寝室で聞き耳を立てていたマリーや、リビングの隅で心配そうに見ていたクロとシロをも安心させた。


 ウィリアムは、泣きじゃくる息子とそれを抱きしめる妻を見ながら、「相変わらずレベッカには敵わないな」と苦笑した。


 だが、その目尻には光るものがあった。


 レンの告白と、それを受け入れたカシウス夫妻。


 この夜、レンの「クリスチャンとしての成長の物語」は、本当の意味で大きな一歩を踏み出した。

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