第六話 新しい翼と、やり直しの意味
レンはこの白い子ガラスに「シロ」と名付けることにした。
名付けの理由は、概ねクロの時と同じ。
一つはレンのネーミングセンスが壊滅的であること。もう一つは、「名前に過度な意味を持たせたくない」という彼なりの信条ゆえである。
白いからシロ。
実にシンプルで、飾らない名前だ。
教会から帰宅したウィリアムとレベッカに、シロを引き取った経緯を説明すると、二人は満面の笑みでレンを抱きしめた。
「不吉だなんてとんでもない。この子は神様が巡り合わせてくれた新しい家族だ」
「ええ、よくやったわ、レン。弱いものを守る心こそ、主が最も喜ばれることよ」
二人はシロを温かく迎え入れ、その頭を優しく撫でてくれた。
シロは最初こそ怯えていたが、両親の掌から伝わる確かな愛情に、次第に緊張を解いていった。
さて、シロはクロとは違い、ある程度親鳥に育てられていたため、生命の危機に瀕しているわけではなかった。
そして今や、カシウス家には魔物ハンターの若き稼ぎ頭が3人もいる。
シロにも、好きなものを腹一杯食べさせてやれる力があるのだ。
レンがシロに好物を尋ねると、彼女はボソッと答えた。
『……野菜とか……木の実とか……』
どうやらシロはベジタリアンらしい。
肉を貪り食うクロとは、食の好みからして正反対だ。
そんなクロは、新入りのシロが気になって仕方がない様子だった。
尻尾を扇風機のようにブンブン振り回しながら、シロの周りをぐるぐると回り、興味深そうに匂いを嗅ごうとする。
シロからすれば、自分より何倍も巨大な黒い獣が周囲をうろついているのだ。
落ち着かないことこの上ない。
ちなみに、二人の間にはまだ「言葉の壁」がある。
同じ動物とはいえ、種族が違いすぎて意思疎通ができないのだ。
人間体になれば解消される問題だが、それにはクロであと1年、シロはもう少し時間がかかるだろう。
それまでは、ビーストテイマーであるレンが通訳を務めるしかない。
「クロ、お前シロが好きか?」
レンが尋ねると、クロは即答した。
(好き!! 真っ白で綺麗!! 私は真っ黒だから、憧れるなぁ!)
「よしよし。クロの艶のある黒い毛並みも、夜空みたいで素敵だよ」
(もー、レンったらー……へへへ)
さて、次はシロだ。
レンは肩に止まっている白い雛に顔を向けた。
「シロ、こいつはクロだ。僕の初めてのパートナーなんだ。お前のことも『白くて綺麗で好き』って言ってるぞ。ちょっとデカくて暑苦しいかもしれないけど、根はいい奴なんだ。仲良くしてやってくれ」
シロは小首をかしげ、信じられないといった様子でクロを見つめた。
『……私が、綺麗……? 好き……?』
その声には、深い戸惑いが滲んでいた。
『そんなこと……両親も言ってくれなかった。ただ私を守るのに必死で……泣いてばかりで……』
レンの胸が痛んだ。
祝福されないシロの出自と、自分が親に愛されなかったこと。
それを重ね合わせた。
彼女は生まれてからずっと、自分の存在を「不幸の象徴」として認識させられてきたのだ。
親鳥の愛は本物だったが、それは悲壮な愛だった。
「……僕も、綺麗だと思うぞ」
レンは努めて明るく、けれど真摯に語りかけた。
「それに、白いカラスっていうのは、僕の故郷では『神の使い』として神聖視されていたんだ……まあ、キリスト教の話じゃないんだけどね。
それにな、僕は昔からカラスをパートナーにすることに憧れてたんだ。カラスは頭もいいし、人間の最高の相棒になれる。でも、僕の故郷ではカラスは『ゴミを荒らす邪魔者』扱いされてて、飼うことなんてできなかった。それがずっと心残りだったんだ」
レンはシロの純白の翼を、指先でそっと撫でた。
「だから、お前がクロと一緒に僕のパートナーになってくれたら、すごく嬉しいよ。本当に」
シロは眼をキョロキョロさせ、困惑したように呟いた。
『……こういう時、どういう顔をすればいいの?』
「いや待て、何でお前がそのネタ知ってる?」
『……? 本当に分からないの』
「……顔云々はともかく、こういう時は喜ぶんだよ」
レンは苦笑した。
「お前を好きな奴がいて、お前が来てくれて喜んでる奴がいる。そういう時は、素直に喜んで、幸せそうな顔をするもんだ」
『……そう。分かったわ』
シロは、ぎこちなく翼を震わせた。
『レンとクロが、私を好き。私は、嬉しい……そういうものなのね?』
「『そういうものなのね』って……シロはクールだねぇ。その辺も感情全開のクロとは正反対だな。まあ、少しずつ慣れていけばいいさ。言葉は分からないかもしれないけど、うちは両親も姉さんも、すっごくいい人たちだから」
『……分かったわ。今はまだよく分からないけど、やってみる』
これが、シロとのファーストコンタクトだった。
不器用だが、確かな絆の第一歩。
さて、クロの前例を考えるに、シロも何がしかの「伝説上の魔物の先祖返り」である可能性は高い。日本神話の八咫烏か、あるいは他の伝承か。
カレンの理想が具現化したこの世界なら、何が飛び出してもおかしくない。
というわけで翌日、いつものパーティで少し趣向を変えた魔物討伐を行うことにした。
ターゲットは「植物系魔物」。
トレント、ウォーキングキャロット、スクリームラディッシュ、爆発コーン、ラフィングアップルなどなど。
クロは「お肉がない……」と少し不満げだったが、レンが「シロのためだぞ」と言うと、途端にやる気を見せ始めた。
(シロのためなら頑張る!)と、尻尾を振って森へ突撃していく。
マリーも「新入りの歓迎会ね! 任せなさい!」と張り切り、ロングソードを振り回して暴れまわった。
結果、二人が通った後には草一本残らない、壮絶な魔物ハントが繰り広げられた。
収穫は上々。
大量の植物性魔物が手に入った。
だが、別の意味でもレンにとっては「上々(?)」の結果となった。
二人が張り切りすぎてバーサーカー状態になり、かすり傷や打撲を負ってしまったのだ。
「姉さんは強いけど、あまり無茶しちゃだめだよ! 『クイックエイド』! 『ヒール』!」
レンは久しぶりに治癒魔法をフル稼働させた。
「僕の治癒魔法は上級なんだから。治せない怪我とかしたら、父さんと母さんに何て言われるか……」
「クロも同じだぞ! 俺は動物相手なら効果が高くなるけど、死んじゃったらそれまでなんだからな? 『クイックエイド』!『ヒール』!」
治療を終え、しょぼくれる一人と一匹を見て、レンは少しだけ優越感に浸ってしまった。
(……いや、このままだと『回復勇者』になりかねないな……でも、牧師の息子としてセカンドジョブでビショップやプリーストを目指すのもありかもな)
そんなことを考えている場合ではなかった。
早く帰って、腹を空かせたシロにご飯を食べさせなくては。
家に帰り着き、レンは今日の収穫物をズラリとシロの前に並べた。
バイキング形式だ。
シロは興味深そうに首をかしげ、一つひとつをついばんで味見をしていく。
その中でも、「トレントの種」と「ラフィングアップル」がお気に召したらしい。
それを忙しくついばんでいると――
カッ!
シロの全身が、まばゆい紅色の光に包まれた。
やはり、来た。
光が収まると、シロの体は一回り大きく成長していた。
雛鳥の頼りなさは消え、その羽毛はミスリルのように美しい輝きを放っている。
確認のため『チェック』をかけてみると、一気に多種類の魔物を食べた結果なのか、いきなり二属性の魔力を獲得していた。
「光属性」と「風属性」。
白く、空を舞う彼女にはぴったりの属性だ。
「シロ、身体におかしなところはないか? 大丈夫か?」
『……大丈夫。こんなに美味しいもの、食べたの初めて……それに、なんだか身体が熱い。力が溢れてくる不思議な感じがする』
「それは問題ないよ。クロもそうだったんだ。シロはすごく強い力を秘めてるんだよ」
『……私が、強い……?』
シロは自分の翼を見つめた。
『お父さんとお母さんは、そんなこと全然言ってくれなかった……ただ、私が心配だって、弱くて可哀想だって、そればかりで……』
「じゃあ今度、成長したシロをお父さんとお母さんに見せに行こうな。そしたら二人もきっと安心するよ」
『……ん。楽しみにしてる』
「あー、あと一応……面倒な奴にシロを紹介しなきゃならないんだけど……来てくれる?」
『……貴方は私のマスターなんでしょ? ……言うことは聞く』
「またどっかで聞いたことあるような台詞だな。でも、いくら僕がマスターでも、嫌なことは嫌って言っていいんだからな? 無理強いはしたくないから」
『……ん。大丈夫。今のところ、レンはとてもいいマスター。私を助けてくれて、美味しいご飯をいっぱい食べさせてくれて、強くもしてくれた。……むしろ、今度は私がレンを助けないと』
シロの瞳に、確かな意志の光が宿る。
「『今のところ』か。ふふっ、シロらしいなぁ。
まあ、そいつに会いに行くのは明日だ。これから夕飯を作らないとな。シロにはさっき生のまま食べてもらったけど、姉さんと母さんが料理するともっと美味しいぞ」
シロは何も言わなかったが、その嘴の端から涎が垂れているのが幻視できた。
(……どうやら、僕のパートナーたちは揃いも揃って食いしん坊らしい)
この後、帰宅したウィリアムとレベッカは、山のような魔物食材にあんぐりと口を開けた。
できる限り料理したが消費しきれず、余った食材と大量の魔石を売却して、カシウス家の財政はさらに潤った。
しかし、無茶をして怪我をして帰ってきたマリーとクロは、レンの注意とは比較にならない、レベッカによる「世にも恐ろしいお説教タイム(氷点下)」を食らう羽目になったのだった。
翌日。レンはクロとシロだけを連れて、対談所へ向かった。
両親は教会の仕事があり、マリーが「私も行く!」と騒いだが、「クロの時みたいに放置プレイになるかもよ?」とさりげなく告げると、しょんぼりと諦めて教会の手伝いに行った。
さて、レンにとっては一年ぶりの対談所だ。
はっきり言って、レンは非常に気が重い。
あんな奴の顔は見たくもないと思っている。
自己嫌悪ここに極まれりだ。
しかし、シロのことは紹介せねばなるまい。
それに、一応一年は会っていないし、たまには……まあ、いいか、とレンは諦めと覚悟を決めた。
「……レンレン! 一年も会いに来てくれないなんて、ひどくない!?」
開口一番、構ってもらえない彼女のような台詞を吐く、キモいガチムチ親父がそこにいた。
「クロ、シロ、帰ろう。あんなもの見ちゃいけない」
レンは即座に覚悟を返上して踵を返した。
「だーっ! 待って待って! 冗談だってば!」
カレンが慌てて呼び止める。
「で? その子が今回君がテイムした子? また魂の綺麗な美人さんを連れてきたねぇ」
「はぁ……着目するところがまず『可愛いかどうか』かよ。我ながら頭痛くなってきたわ。
えー、シロ。とりあえずアレがこの世界の想像主、カレンだ。でもロクな奴じゃないから気をつけろ。
そんでクロ、お前にもまだ説明してなかったよな? 簡潔に説明すると、あいつは『俺』だ」
シロは「ソウゾウシュ」という概念を知らずに首を傾げ、クロは説明が雑すぎて頭の上に「?」を浮かべている。
レンはため息をつきつつ、自分が転生者であること、カレンと自分との関係をざざっと説明した。
二人の感想は、見事にハモった。
『『あれが、完全なレン……?』』
「まあ、二人の感想はもっともだがな。あれが地球での俺の最終形態らしい。今の俺と見た目が全然違うのは、そもそも肉体的な親が違うからだ」
クロは(あれもレンで、これもレン……いや、でもアレはちょっと……)とブツブツ呟きながら後ずさる。
シロは、キッパリと言い切った。
『今のマスターがレンで良かった』
こんな所でも対照的な二人である。
というか、クロのドン引き具合が新鮮でちょっと可愛いと思ってしまう自分は、やはりカレンと同一人物なのだろうか。
「ねえクロちゃん、シロちゃん。僕ってそんなに……アレなの?」
カレンが悲しげに尋ねると、クロは相変わらず答えられずにもじもじしているが、シロはハッキリと首を縦に振った。
「はぁ……ショックだなぁ。見た目で判断されるなんて」
「「「いや、見た目だけじゃないと思う」」」
レン、シロ、そして今度はクロも、迷わずハッキリと告げた。
「はいはい、どーせ僕は適当な想像主ですよーだ。これでも色々頑張ってるつもりなんだけどなぁ。君たちは身内だからこうやって砕けた感じで喋ってるけど、対談所に来る他の人たちには、それなりにきちんと対応してるんだよ?」
まあ、この言葉は嘘ではないのだろう。イクスの対談所にはいくつかの部屋があり、その多くは大体使用中だ。
ニエフの住人たちは、カレンが全能の神ではないと知りつつも、良き助言者として慕っているのだ。
「なら、俺たちにもそういう風に対応すればいいじゃないか」
レンが正論を言うと、カレンは頬を膨らませた。
「えー、いっつも堅苦しい感じで喋ってるの疲れるんだもん。僕の正体が本当の意味で分かるのなんて、君たちぐらいでしょ? だから君たちの前でくらい、リラックスして喋りたいんだよ」
「「「リラックスの限度を大幅に超えていると思う」」」
再び、三人の心が一つになった。
「ぐすっ、はいはい、わかったよぅ。で、今日のお話はシロちゃんについてでしょ?」
カレンは瞬時に真面目な顔に戻った。
「やっと本題に入れたか……ああ、シロについて何か教えてもらえることはあるか?」
「あんまりないねぇ。レンレンも大体の見当はつけてるんでしょ?」
「ああ。クロと同じ、強力な先祖返りの動物で、魔力が使える。光属性と風属性があることは確かめた。おそらく、魔物を食べさせればもっと能力が伸びる可能性はあるんだろ?」
「大体、当たりかな」
カレンは頷いた。
「先祖は日本神話の『八咫烏』あたりか、あるいは他の太陽信仰にまつわる聖鳥だろうね。まあ、クロちゃんの先祖もギリシャ神話やケルト神話の魔獣から来てるけどさ」
「……しかし、この世界に日本神話の伝承が出てきていいのかよ」
「そこは僕の想像を上手いこと神様が具現化した世界だからね。地球にあった様々な伝説から、偶像崇拝的な要素を取り除いて、純粋な『生物としての魔物』として再構築されたんだ。強力な力を付加してね。まあ、それでも色々問題山積みなんだけど」
レンの目が鋭くなる。
「その『問題』とやらが、俺を転生させた本当の理由か?」
カレンは少しだけ目を逸らした。
「んー、それはまだ秘密。レンレンもこの一年でそれなりに強くはなったつもりだろうけど、シロちゃんも仲間になったばかりだし。今の君を僕の『本当の目的』に向かわせたら、あっという間に死んじゃって、ウィリアムさんたちに何言われるか分かんないよ」
「……どっちにしろ、いずれは死ぬ可能性のある目的に、俺を向かわせるのか」
レンの声が低くなる。
「いやいや、今はまだ無理ってことだよ!!」
カレンが慌てて手を振った。
「あと一年もすればクロちゃんも人間体に変身させられるし、シロちゃんもその後そう時間はかからないはずだよ。そうなれば君のパーティの戦力は倍増する。さらに、クロちゃんとシロちゃんを強化する方法もあるから!!」
「……クロとシロが強くなれることは分かった。じゃあ、俺の能力はどうなんだ? これ以上上がるのか?」
「そ、それは…今すぐは、無理です……で、でも、君には神様が与えた、想像主の加護って力があってね?それがあれば力が一割ぐらい上がるはずだよ?感じたことない?」
「一割か……ないよりは全然いいありがたい能力だが、俺はクロとシロのマスターなのに、二人に頼りきりで目的を達成しろってのか?」
なんとも頼りのない新しい能力にに、レンは顔をしかめた。
カレンは申し訳なさそうに頭をかいた。
「いや……その……何ていうか、君がこれからも鍛錬して強くなっていけば、想像主の加護と合わせて、冒険者としての力が伸びる可能性はあるよ?」
不安要素しかない説明だ。だが、カレンは続けて、今までになく真剣な表情で語りかけた。
「ごめんね。不安にさせておいて何だけど、まだ時間はあるんだ。僕の目的は、一年や二年で達成されるものじゃない。
それに、言ったでしょ? レンレンには、この世界で色々『やり直して』ほしいって。
最近は戦うことばかりに集中していたかもしれないけど、君をこの世界に転生させた目的は、僕のためだけじゃない。君がオタクライフを楽しむためだけでもない。
君自身が、愛情と信仰の溢れる家庭に生まれて、クリスチャンとして人生をやり直すことも含まれているんだから」
カレンの瞳には、レンへの確かな深い慈愛があった。
「そのために君を転生させたことは、決して嘘じゃない。そして君は、この世界ではまだ六歳でしかない。ニエフでの成人は十五歳だから、あと九年は戦うことばかりでなく、ウィリアムさんたちにしっかり育てられて、クリスチャンとしての自分を見つめ直してほしい。
成人してすぐじゃないと思うけど、僕は全力で君たちの力が僕の目的を達成できるかどうかを見極めてから、送り出すつもりだよ。それだけは、信じておくれ」
珍しく必死に語るカレンに、レンは驚いていた。
カレンの目的もあるのだろうが、それ以上に、レン自身の幸せを考えてくれていることが伝わってきた。
「……分かったよ、カレン様」
レンは小さく笑った。
「ひとまずゆっくり子供時代を堪能……というか、クリスチャンとして、人間としてのやり直しを、父さん母さんたちから受けることがまず俺にとって重要なんだな? それからでも、お前の目的を追いかけるのは遅くないんだな? 焦る必要はないと」
「そう!!! そうなんだよ!!! あー、良かった、分かってもらえて」
スキンヘッドで髭モジャの壮年親父は、似合わない満面の笑みを浮かべてそう言った。
シロのことを聞きに来たはずなのに、大したことは教えてもらえなかった。
しかし、俺が転生した本当の目的――「人生のやり直し」を、思い出させてもらった。
カレン。未来の俺。
そんなに捨てたもんじゃないなと思い、これからはもう少しまめにこの対談所に通い、自分の転生した目的を忘れないようにしよう。
レンはそう心に誓い、『主よ、導いてください』と祈りながら、二人のパートナーと共に家路についた。




