第五話 第二の出会い、白い翼
クロの特殊性が発覚し、彼女が強くなるためには「魔物の肉」が必要不可欠だと判明してから、1年が経過した。
この1年間、カシウス家は文字通りの「激動」の中にあった。
レンとクロは、両親による地獄の、もとい、愛に満ちたスパルタ特訓(その主犯は、笑顔でブリザードを背負うレベッカ)に耐え抜き、基礎体力の向上、魔力操作の習得、そして実戦形式の連携訓練を叩き込まれた。
さらに、ここに予期せぬ戦力が加わった。
五歳も年下の弟が魔物と戦い、家計を支えようとしている事実にプライドを刺激された長女マリーが、「私だって戦えるわよ! お姉ちゃんなんだから!」と参戦を表明したのである。
当初は危ぶんでいたウィリアムも、娘の天性の才能と気迫に押され、最終的には二人と一匹でのパーティ結成を許可した。
その結果。
現在、六歳のレン、十一歳のマリー、そして急成長したクロのトリオは、町周辺の森に出没する低級~中級の魔物を安定して狩れるようになっていた。
狩猟高は両親が兼業していた頃をも上回り、カシウス家の家計は潤い、ウィリアムとレベッカは安心して牧師業に専念できるようになった。
そして何より、クロは毎日たらふく魔物の肉を食べられ、その毛艶は黒曜石のように輝いている。
まさに「みんな幸せ」な状態である。
だが、そのパーティバランスは、いささか(というかかなり)偏っていた。
「やあぁぁぁっ! 覚悟しなさいっ!」
森に少女の裂帛の気合いが響く。
カシウス・マリー。
十一歳にして既に大人の女性顔負けの長身と美貌を持ち、その手には身の丈の半分ほどもあるロングソードが握られている。
彼女の戦闘スタイルは、一言で言えば「特攻」だ。
レベッカ譲りの攻撃的な性格と、天性の剣才、そして風と水の上級攻撃魔法を操り、魔物の群れに単身で突っ込んでいく。
さらに最近では、風と水を複合させた「氷系統」の魔法すら使いこなしつつある。
まさにうら若き戦乙女である。
「グルルル……ガアッ!!!」
そのマリーの側面を、蒼い閃光が駆け抜ける。
クロだ。
魔物の肉を常食したおかげで、今の彼女はレンの体重を軽く追い越し、体高はマリーの腰ほどもある。
約四十キログラムといったところか。
しかし太っているわけではなく、筋肉質だがスマートな肢体は、しなやかな豹を思わせる。
彼女の能力は、当初発現していた「蒼い炎」に加え、新たに「蒼い雷」を習得していた。
全身に蒼い稲妻を纏って敵の攻撃を弾き、そのままタックルで電撃を叩き込む攻防一体の戦法は、見ていて惚れ惚れするほどだ。
口からは火炎放射ならぬ「蒼炎放射」を吐き、中距離の敵を焼き払う。
そして、最後尾。
「……『レインフォース』! 『ファントムソルジャー』! 『ヒール』!」
必死に呪文を唱えながら走り回っているのが、レンである。
彼の役割は、暴走しがちな姉と愛犬のサポート。
剣術は中級(護身用レベル)、攻撃魔法は初級のみ。
その代わり、地球時代の知識を活かして習得した補助魔法と、ビーストテイマー特有の動物に特化した治癒魔法でパーティの生命線を支えている。
よく言えば司令塔兼ヒーラーだが、はっきり言えば「一番弱い」。
(……姉さんとクロが強すぎるんだよなぁ)
レンは汗を拭いながら、魔物の死骸から手際よく魔石を取り出す。
ちなみに、この世界での「上級」とは一人前になったことを示す。
一人前とは言っても、せいぜい軍隊で一兵士として戦えるぐらいの強さだ。
上級のさらに上には十段階の「階位」があり、数字が小さくなるほど強くなる。
父ウィリアムの剣術階位は五位。これは軍隊なら百人ほどの部隊を率いる隊長クラスの強さだ。
母レベッカに至っては、魔法の種類にもよるが魔法階位三位。これは宮廷魔導士に任命されてもおかしくないレベルである。
そんな超人たちが田舎で牧師をしているのは、ひとえに「地位や名誉よりも主のことを伝道したい」という敬虔な信仰心ゆえだ。
その血を引くマリーが強いのも頷ける。
だが、レンは腐っていなかった。
彼にはモチベーションがあった。
クロが強くなること。
両親に恩返しができること。そして何より――
(剣と魔法のファンタジー世界で冒険してる! 僕、今すっごく異世界してる!)
根っからのオタク魂が、彼を突き動かしていたのだ。
自分の弱さは、工夫と努力でカバーすればいい。
それがテンプレ俺TUEEEではない、泥臭い冒険者の醍醐味なのだから。
「レン! 次行くわよ! まだまだ狩り足りないわ!」
「ワンッ!(お肉! お肉!)」
「はいはい、分かったよ。でもあまり奥に行き過ぎないでね」
クロも最初は肉を見ると特攻してしまう悪癖があったが、レンがしっかりと躾け、「よし!」と言うまで我慢できるようになった。
ビーストテイマーとしての意思疎通能力のおかげで、地球時代よりも躾はスムーズだった。
こうして、今日の狩りも順調に終わり、三人は夕暮れの森を家路へと急いでいた。
その時だ。
前方の森の中から、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「……何か揉めてる?」
レンが足を止めると、マリーとクロも鼻を鳴らして警戒態勢に入る。
近づいてみると、そこには屈強な男たちが数人、切り倒された1本の巨大な倒木を囲んで、困り果てたように話し合っていた。
服装からして、木材ギルドの職人たちだろう。
好奇心旺盛で「とにかく突撃」がモットーのマリーは、躊躇なく彼らに歩み寄った。
「どうしたんですか? この木に何か問題でもあったんですか? すごく立派な木に見えますけど……これならいい家が建てられそうですね」
その声に、職人たちが一斉に振り返る。そして、数秒間、彼らの動きが止まった。
夕日に照らされたマリーの姿に見惚れたのだ。
十一歳とはいえ、両親譲りの長身と整った顔立ちは、既に大人の色香すら漂わせている。
さらに、地球時代にコミュ障だったレンとは違い、彼女には誰をも魅了する天性の明るい笑顔があった。
「あ、あー……いや、お嬢ちゃん。俺はこの伐採を仕切ってる木材ギルド所属のラバタってんだけどな」
親方らしき男が、頬を掻きながら事情を説明し始めた。
「かなり立派な木を見つけたんで伐採してたんだが、途中からカラスどもが邪魔してきてな。まあ、それぐらいはよくあることなんで追い払って木は切り倒したんだが……そのカラスが守ってた巣にいた雛が、ちょっとな」
「雛? どういう雛なんです?」
「それがな……真っ白なんだよ」
レンの眉がぴくりと動いた。
白いカラス。
地球で言うところのアルビノ個体だろうか。
珍しいが、それほど困ることなのだろうか?
「真っ白なカラスなんざ、BTギルドに持ってったって不気味なだけで嫌な顔されるだけだ。しかも、親ガラスがどうしても巣から離れようとしねえ。殺すのも寝覚めが悪いし、やはり白いカラスってのが不気味でな……どうしようか困ってるところなんだよ」
気味が悪い。
その言葉を聞いた瞬間、レンの脳裏に、あの日の保護施設の光景がフラッシュバックした。
誰にも顧みられず、ただ「黒い」というだけで疎まれた子犬。
そして今、ただ「白い」というだけで不吉だと忌避される雛鳥。
レンが足元のクロを見ると、彼女もまた、じっとレンを見上げていた。
(レン。あの子、私と一緒。助けてあげて)
言葉にしなくても、クロの思いは痛いほど伝わってきた。
そして、マリーとも目が合う。姉の瞳には、強い光が宿っていた。
「……ラバタさん」
マリーが凛とした声で言った。
「私の弟のレンは、ビーストテイマーです。親カラスと話をさせてやってくれませんか?」
「BT? そりゃあ渡りに船だが……坊主、あの白いカラスを見ても何とも思わねえのか?」
ラバタが怪訝そうにレンを見る。マリーはニカっと笑ってレンの背中を叩いた。
「うちの弟は少し変わってるんですよ。ほら、こんなに大きくて黒い犬もテイムしてますし。だから、同じ変わり者の白いカラスでも、全然へっちゃらです!」
そこへ、木陰からクロがぬっと姿を現す。
「うおっ!?」
職人たちがその巨体にぎょっとして後ずさる。だが、その堂々たる姿は、レンが優秀なビーストテイマーであることの何よりの証明になった。
(マリー姉さん……その紹介の仕方はちょっと誤解を招くけど、まあいいか)
レンは苦笑しながら、倒木へと近づいた。
そこには、二羽の親カラスが、巣の中の白い塊を守るように威嚇の声を上げていた。
『……カラスさん。驚かせてごめんなさい』
レンはビーストテイマーの基本スキルである「動物との意思疎通」を使い、語りかけた。
『あなたの巣がある木を切り倒してしまったこと、人間を代表して謝ります。でも、僕たち人間にも、生活のためにこの木が必要なんです……どうか、この場を収めるために、僕と話をしてもらえませんか?』
親カラスたちの動きが止まった。彼らはレンを凝視し、そして驚愕の声を上げた。
『おお……! 言葉が通じる人間! あなたは……ようやく現れてくれたのですね、この子の救い主!!!』
『……は? す、救い主?』
レンは面食らった。
『一体どういうことですか?』
『この子は、今回巣を作った中で唯一生き残った子なのです……しかし、この子の体の色を見てください。真っ白です。はっきり言って、このままではカラスの社会の中でも爪弾きにされ、生きてはいけません。私たちは、この子が助かるならば、この木はいくらでも差し上げます。
だから、どうか救い主よ! この不憫な子を、あなたのパートナーとして引き取り、一緒に生きてやってはくださいませんか!?』
『……あー、えーと。つまり、カラス社会で生きていけないこの子を託せる、理解あるビーストテイマーを待っていた、ということでしょうか?』
『そうです! あなたのような方こそ、この子の救い主なんです!』
なんだかやけに大袈裟に「救い主」と持ち上げられている気がするが、親鳥の必死な愛情は本物だった。
見た目だけで差別され、居場所のない命。
それを放っておくことなど、レンにはできなかった。
クロがそうであったように。
『分かりました、カラスさん。僕は救い主なんて大層なものじゃありませんが……ビーストテイマーとして、あなたたちの子供は、責任を持って面倒を見させてもらいます』
『ああ……ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます……!』
親カラスは涙声で感謝を告げた。
『厚かましいお願いですが……私たちはこれからもこの森で暮らしていきます。もしよろしければ、時々でいいので、その子が元気にしている姿を見せに来てはくれませんか? それと、周りの人間たちにも、騒がせた謝罪を伝えていただけますか?』
『お安い御用です……では、この子は確かにお預かりします』
レンはそっと巣に手を伸ばし、白い綿毛のような雛鳥を抱き上げた。
白い雛はまだ眠っているようだったが、レンの手のひらの温もりを感じたからなのか、安心したようにその軽すぎる体重を預けてきた。
『さようなら、我が娘。兄弟姉妹の分まで、元気でね』
親鳥たちは別れを告げると、今まで騒いでいたのが嘘のように、夕焼け空へと軽やかに飛び立っていった。
「……話はついたの?」
マリーが心配そうに覗き込む。
「うん。親御さんたちは、この子を僕に託してくれたよ。ラバタさん、もう大丈夫です。この子は僕が引き取ります」
レンの腕の中で眠る白いカラス。
その姿を見つめながら、クロが嬉しそうに鼻を鳴らした。
(仲間だね、レン)
(ああ。また賑やかになりそうだ)
こうして、カシウス・レンは、黒い犬に続く2人目のパートナー、「白いカラス」と、運命的な出会いを果たしたのだった。




