第五十三話 巨獣ベヒーモス
カレンに教えてもらったベヒーモスの生息地、サンライズキャニオンへとやってきたカシウスパーティ。
「ここもグランドキャニオンそのままだな。緑が多いところは違うけど」
「大きい川ねー。周りの絶壁もすごい高さだわ」
「ここならベヒーモスがいくら獲物を狩っても魔物が絶滅しない」
「南のほうに来ましたけどあんまり暖かくないですね?」
「今は春じゃからな。何十年の周期かはわからんので推測じゃがベヒーモスは冬になると北東のグランドレイクに移動するんじゃろう」
「冬に動物が移動することは多いけどなんで北上するんだ?普通なら暖かい地方へ南下するはずじゃないのか?」
「父上、これも推測なのじゃがベヒーモスは繁殖期に大量の獲物が必要になるのじゃろう。そしてグランドレイクはノリカ最大の湖なのじゃ。広大で肥沃なグランドレイク周辺の土地にはベヒーモスの求める獲物がサンライズキャニオンよりも大量に生息しておる」
「なるほどね。ベヒーモスが普段生息するにはサンライズキャニオンで充分だけど何十年かに一度しかない繁殖期には、寒さを我慢してでも大量の栄養を確保出来るグランドレイクに移動して弱い繁殖力を高める必要があるわけか」
「グランドレイクに移動してもベヒーモスはSランク魔物じゃから繁殖力が弱いのじゃし子を産めるとは限らんじゃろう。繁殖期は冬だけでなく、もしかしたら繁殖期になれば季節を問わず移動するかもしれませぬ」
「だとしたらいつ繁殖期になって移動するかわからないわけか。なるべく早く見つけ出さないとな。シロとニュートは上空から探してくれるか?クロは変わった魔物の匂いを探してほしい。俺とキリアは地道に走って探してみるよ日暮れ前までに見つからなかったらここに集合で。みんな、よろしく頼む」
「了解!!」「承った」「はいパパ」「ふふふ、父上と一緒じゃ」
「それじゃ各自散開!!」
レンの掛け声と共にシロとニュートが上空へ飛行し、クロは匂いを嗅ぎつつダッシュしていった。
「すまんなキリア、俺一人だと戦闘力が低すぎて危険だから一緒になってしまって。本当はニュートと一緒に行かせてやりたいんだが」
「父上、確かに夫と一緒に行動するのもいいものじゃが、愛する父親と一緒なのも嬉しいものじゃよ」
「そう言ってもらえると助かるよ。俺達も行こう」
「どこまでも父上にお供するのじゃ!!」
レンとキリアもそう言ってからサラブレッド並みの速力でサンライズキャニオンを爆走していった。
日暮れ前、五人はスタート地点に集合していた。
「Aランク魔物討伐中と同じようにどうでもいい魔物は出てくるんだけど本命が見つからないな」
「そうねぇ。初めて嗅ぐ匂いの魔物が多いからどれがベヒーモスの匂いなのか分からないわ」
「サンライズキャニオンが広すぎて目視では確認しきれない。土地の起伏も激しい。川の中までは確認できない。森が多いのも邪魔」
「そうですね。シロママの言うとおりですし、かなり高度をとって索敵してるので難しいです」
「いくらベヒーモスが巨大でも個体数が少ないのじゃからしょうがないじゃろ。それよりも狩った魔物でも食べて明日への英気を養うのじゃ」
「そうだな。カレンが別名帰らずの谷とか言ってたのは確かに事実みたいだ。動物系、植物系、鉱物系、魚系魔物が種類に関係なく強かったな。Aランクもうじゃうじゃいたし。どうなってんだこの峡谷は?」
「エウレアにもカリフにもどの大陸でも人の手の入っておらんサンライズキャニオンのような大自然はあるのじゃよ父上。Aランク魔物は危険で強力じゃがこのような大自然の中ではそもそも人間が住んでおらんから人助けという意味でも選ばなかったのじゃろう」
「なるほどね。それじゃ車まで戻ってちゃちゃっと料理しちゃいますか。みんな、一緒に料理しような」
「じゅるり……フェニックスもおいしかったけどAランクでも充分だわ……お肉もあるしAランクの魚は初めてだわ……それをレンが辛くしたり日本食にしたり……先に運んでおくわーーーー!!」
「ふむ、確かにカレンが植物系魔物のイメージがあまりないと言っていたからAランクの野菜や果物は初めて。ブル系や鳥系のAランク魔物からミルクと卵が採れたのも初めて。デザートの材料もたっぷり買ってある。レン、先に車まで運んでおく」
「どれもおいしそうですね!!クロママ、シロママ、待ってください!!」
レンのパートナー達はやはり食欲旺盛だ。日本食を覚えてしまった上、初めての各種Aランク食材があるので仕方ない。三人ともベヒーモスを探していた時よりもさらに爆速でありえない量の魔物を箱に詰め込み車まで消えていった。
「あー……キリア、たびたびすまんな」
「何、食欲旺盛なのは健康な証拠じゃよ。父上、妾たちも残りの魔物を……というてもほぼ全部三人で持っていったの。妾は料理があまり得意ではないゆえ父上から手取り足取り教えてもらえるの。ふふふ」
「いや、俺じゃなくてニュートから教わればいいじゃないか。クロもシロも料理は得意だぞ?キリアも別に下手ってわけじゃないし」
「ニュートも母上たちも料理は上手じゃがの。それでも父上の地球料理にはかなわんよ。さらに父上の日本という国がジャマングに似ておるからか繊細な出汁の作り方と各種ジャマング調味料の使い方はすごいものじゃ。なにより妾が父上から教わりたいのじゃよ。娘の頼みを聞いてたも?父上?」
恐ろしく妖艶な美貌と表情で唇を舐めつつレンにぴったりとくっついて要求するキリア。
「はいはい、わかったよキリア。俺のつたない料理でいいならいくらでも教えるから。でもただでさえ超美人なのを引き立てる言動はやめてくれ。娘とはいえ俺の理想みたいな存在がこんなことしてると妙な気分になっちまうよ」
「むう……業腹じゃがカレンと父上が同一人物で父上もカレンと同じ趣味嗜好をもっておる以上もしニュートがおらんかったら妾は父上に惚れて母上たちに殺されておったかもしれんのう」
「キリアが俺に惚れるとは思わないけど、その辺も神様のご計画なんじゃないのか?俺が特殊能力を持っていてもニュートが俺達の息子として与えられていなかったらキリアも家族になれないし仲間にもなっていないだろう」
「そうじゃな……ニュートがいたからこそ父上たちを両親として愛せるのじゃ。これ以上の幸せを求めるのは贅沢すぎて主に怒られてしまうの。でもいつものようにキスしてたも?」
「はいはい、その恐ろしく魅力的な言動をやめたらな。」
「父上の意地悪……これでよいか?」
「ん、いい子だ。ちゅっ。さて、残り少ない魔物を持って帰るか。三人が空腹と美味への欲求をお預けされて激怒してそうだ。行くぞキリア」
「はい~父上~どこまでもお供するのじゃ~」
「大丈夫か?」
「問題ありませぬ~」
キリアはふらふらしながらも多幸感を全力で力に変換しレンと共にあっという間に魔物を集め車まで戻っていった。
「「「遅い(わよ)(です)!!キリアとなにして(たの)(たんですか)!?」」」
食欲と未知の食材への欲求が爆発してレンとキリアの関係を疑う三人。
「いつもどおりキリアがかわいい娘だっただけだよ。遅くなったのは悪かった」
「すまんのクロ母上、シロ母上、少しばかり父上に甘えすぎてしもうた。ニュート、そんなに怒るでない。今晩は久しぶりに妾のほうがかわいがってやるとするかの?妾も母上たちから色々教わっておるぞ?ふふふ」
「キリア、それはやめとけ。ベヒーモス討伐まで我慢だ。車の中じゃ狭くてそんなことできん」
「ふむ、ならば外でするかの?忌まわしい風習じゃったが自由軍国にはそういう不埒なやり方をする連中もおった。夫婦なら問題ないじゃろ。人もおらんしの」
「キ・リ・ア?お父さん本気で怒りますよ?野外露出プレイなんていくら人がいなくてもクリスチャンがやっていいことじゃありません。自由軍国でのことはすべて忘れさせてくれるわ」
レンはレベッカによく似た怖い笑顔で全属性のオーラを纏いながらキリアの頭どころか体中を撫で回した。少しクリスチャンとして成長したためか常識的な判断がオタク願望を上回っているようだ。
「いはいれふ~ひひうえ~もうふぉんふぁふぉふぉいいまふぇふ~」
レンになでられまくって注意されたキリアは、反省しつつ自由軍国どころか今までの貴重な経験をすべて忘却されそうになっている。レンが手を離すとキリアはその場に倒れこんだ。顔が紅潮し呼吸が危険な状態である。
「ニュートからもきつくいってやれ。自由軍国での淫らな記憶が残るぐらいなら今までの長い経験をすべて消し去ってでも教育し直したほうがいい。ベヒーモス討伐よりそのほうが大事だ。俺たちはテントで寝るから」
相変わらずにっこりと怒りつつニュートにキリアの再教育を命令するレン。レベッカと同じぐらい怖いかもしれない。一応剣術はウィリアム以上、攻撃魔法もレベッカより1階位低いだけなので普通の人間から見れば恐ろしい存在だ。ベヒーモスはグランドレイクに移動したらまた追いかければいいだろう。
「は、はいパパ!!全力でキリアの悪い記憶を消し去ります!!」
直立不動で敬礼しつつサンライズキャニオン中に轟きそうな大声で返事するニュート。
「ああ、レン……たまらないわ……」
「レンが史上最高のギャップ萌えを……死にそう……」
レンの怒りで色々忘却している四人。四人が全く使い物にならないのでレンが料理したのだが、四人ともあまり味が分からずぼーっとしたり箸やフォーク、料理までぽろぽろと落としていた。
翌日。
「ちょっとやりすぎたかね?」
「そうですね……みんなすごい回復力あるはずなんですが目を覚ましません」
「回復能力は精神的負担に効果ないんだろう。ニュート、晩飯まだ残ってるから朝飯代わりに食べよう。夕べはなんかみんな変だったしな。食事も手につかなかったみたいだし。今のニュートならしっかり味わえるだろ」
「パパのせいですよ……自覚ないんですか……?」
「俺のせいなのか?キリアが悪いことしようとするからちょっと叱っただけだぞ?」
「あれでちょっとですか……パパは本当におばあちゃんの息子なんだとよく分かりました……おばあちゃんそっくりです……」
「母さんに似てるねぇ、あんまり自覚ないなぁ。母さんのほうが1億倍ぐらい怖いぞ?姉さんはさらに怖いしな」
「はぁ……パパも充分すぎるほど怖いですよ……僕達も疲れてますし、食事食べたら昼寝しましょう」
「そうするか。カレンには悪いけどもう少し待ってもらおう」
父子二人で食事をとりつつ、昨日忘れていた食材の保存をニュートにしてもらい、その日は一日休息に費やされた。女性陣は丸一日目を覚まさなかった。
「はー、お腹空いてたからレンの料理がなおさらおいしいわ。Aランク魔物の刺身もおいしいし。いつものお肉もすごく柔らかいわね?」
「すばらしい。レンに愛されて満たされた精神がレンの料理で肉体も満たされていく」
「味噌汁も貝類からすごい出汁がでておるのう。滋養強壮によさそうじゃ」
「昨日食べたのよりもっとおいしいですね?どういうことですかパパ?」
「肉は長いこと香辛料とヨーグルトとかに漬け込んだから柔らかくなってるんだよ。刺身は鮮度も大事だけど魚によっては少し時間が経つとおいしくなることがある。肉も同じだな。魔法で肉や魚の旨み成分を多くしてみたんだ。Aランク魔物の中にパイナップルみたいなのがいたからそれを漬け込んで柔らかくしたステーキも準備してある。ステーキ食うか?」
「「「「食べ(たいわ)(る)(たいです)(たいのじゃ)!!」」」」
「ほいほい、すぐできるから待ってろ」
レンが用意したのはスタンダードな和風ステーキ。Aランク魔物の肉汁と醤油、砂糖、酒、にんにく、水などを混ぜたソースが大根おろしと細切り大葉の上にかかっている。
ステーキの下にたまねぎ系Aランク魔物のスライスソテーがしいてある。付け合せはブル系Aランク魔物から採れたミルクを魔法で加工したクリームを使ったイモ系Aランク魔物のペーストだ。
「あー……幸せだわー……レンの奥さんでよかったわー……」
「すばらしくご飯にあう。添えてある野菜もすごく甘い」
「すごいですね……Aランク魔物の肉がこんなに柔らかく……」
「味もすごいのじゃ……物質を変換するのはものすごく高度な魔法なんじゃが……?」
「さすがに岩とかからミスリルを作り出す原子組み換えイメージよりは簡単だよ。柔らかくするのもおいしくするのもただたんぱく質をアミノ酸に分解するイメージだけで澄むからな」
「「「「原子、たんぱく質、アミノ酸?」」」」
「みんなにアンチマターとか教えた時にこの世界の物質は小さい粒で構成されてるって説明したろ?それが原子。たんぱく質は動物や植物の体を構成する成分のひとつ。そのままだとあんまり味がしないんだけど、たんぱく質を構成しているアミノ酸に分解すると色々な旨み成分に変わるんだ」
「相変わらずわけわからないけど地球はすごいのねぇ」
「興味深い。レン、詳しく教えて」
「そうですね、もっと教えてもらえればアンチマターの制御が精密になるかもしれません」
「改めてきくと地球はすごい世界じゃのう」
「前にも言ったけど地球には普通の人間しかいないし、魔法もないし、魔物もいない。おいしさなら魔物のほうがうまいしな。でもみんなたんぱく質の分解ぐらいは出来るんじゃないかな?お肉や魚の成分を分解するだけのイメージで充分だ」
「いや、レン、命を助けてもらってクリスチャンにもなれてさらに妻としてレンを愛せる上にこんなおいしいもの食べさせてもらえるのよ?充分どころの話じゃないわ……」
「同じく。レンはすばらしい夫。全力で恩返しをさせてもらう。心も体も……ふふふ」
「僕もママ達と同じです。全力でパパを守ります!!でもお肉とお魚がおいしくなる魔法は覚えたいですね」
「ふむ、いざという時のためホーリーミスリルウォールを習得しておいたほうがいいかもしれんの。父上、優しく教えてたも?」
「はいはい、話が長くなって悪かったよ。ベヒーモス倒したらゆっくり教えるから。冷める前に料理食っちまえ」
相変わらずベヒーモス討伐どころか完全聖書収集を忘れているんじゃないかと思わせる幸せオーラを放つ五人。
その後一週間ほどベヒーモスを探し続けたのだが、カレンの説明したような巣はまったく見当たらなかった。
「どうなってんだ?もしかして繁殖期になってグランドレイクに移動しちまったのか?」
「そうねぇ……レン、少し気になることがあるんだけど」
「私も。カレンから聞いた説明とは違うけれどうまく隠されている洞窟があった。二日ほど何も出入りしていなかったけど」
「シロママの見つけた洞窟が巣なんでしょうか?」
「クロ母上は何が気になるんじゃ?」
「気分転換にちょっと川に潜ってたのよ」
「あの激流を気分転換……クロ、あんまり危ないことするなよ……で?何かあったのか?」
「あれぐらいの流れなら平気よ。心配しないで。あ、水着見たかった?」
「見たいのは山々だが話が進まん。何があったんだ?」
「川の中に洞穴があったのよね。ベヒーモスでも通れそうなぐらい大きいやつ。ずっとは潜ってられないから何が出入りしてるのかはシロと同じで分からないけど」
「私が見つけた洞窟も大きかった。岩や土でかなり巧妙に隠されていたけど」
「ふむ、なにかベヒーモスにも異常事態が発生しておるのかもしれんの。地上にある洞窟から何も出入りしない上巧妙に隠されているということは川の洞穴から出入りして気づかれぬよう獲物を狩っているのかもしれん」
「シロ、地上にある洞窟は入れるのか?」
「隠されてはいるけど進入は可能。空から見ていた時は気がつかなくて、地上を歩いて探しているとき見つけた。大きすぎるから隠されていても近づけば分かるし充分人間が入れる大きさ」
「どういうことなんだろうな?とにかくシロの見つけた洞窟まで行って見るか。シロ、案内頼む」
「承った」
「みんな水着着て川の中に行っても……」
「あんな激流の中泳げるのはクロぐらいだよ。それに水着でベヒーモスと戦うなんて自殺行為だろ」
「そ、そうね……泳ぐの久しぶりだったからつい……」
「出発するぞ」
シロの案内でベヒーモスの隠れ家と思われる洞窟まで到着した五人。
「こりゃでかいな……でもよく見つけたな……相当うまく隠してあるぞこれ?」
「確かに大きいわね……岩や土どころか植物まで使ってるわ」
「視力のよさと観察力には自信がある」
「ふむ、かすかにベヒーモスの気配がするのう。じゃがシロ母上の言うようにしばらくここからは出入りしておらんようじゃ。気配が小さすぎる」
「中から威圧感を感じますね……でもなんか攻撃的な感じは受けませんね?どういうことでしょう?」
「とにかく入ってみよう『ウィンドウォール』風障壁でみんなを包んだから匂いも嗅ぎ取られないはずだ。クロ、みんなの匂い分かるか?」
「全然分からなくなったわ……相変わらずレンの防御魔法はすごいわね……」
「よし、なら気配遮断能力を全開にして侵入するぞ」
静かに慎重に巨大で長い洞窟を進む五人。
「あれがベヒーモスか……イノシシがでかくなった肉食獣みたいだな……でかい角も生えてる。でもなんかみんなおとなしい……というか黙っているのか?」
「なんだか悲しんでるみたいだけど……何かあったのかしら?」
「レン、あそこの小さいベヒーモスを全員で囲っている」
「ふむ、囲まれているのは幼体のようじゃな。最近繁殖期があったのかの?」
「パパ、どうしましょう?あれに奇襲するのは幸せそうだったフェニックス以上に気が引けるんですけど……」
「ふむ『ギガメンタルヒール』ベヒーモス、俺達に敵意はない。助けられることがあるなら手伝う。何かできることはあるか?」
気性の荒いベヒーモスと交渉しようとする無謀なのか勇敢なのか分からないレン。
『なんだこれは……悲しみが消えていく……人間……何をしにきた……我らはお前達など今はどうでもいい……とく去れ』
「そういうでない。ここには世界最高の魔法使いが揃っておるぞ。事情を説明せんか」
『貴様あの吸血鬼か……?ならば何故我らを殺そうとせぬ……?昔父が戦ったと聞いているが……?』
「お前の父じゃったのか。それはすまんかった。とにかく困っていることがあるなら説明するのじゃ」
『人間にしてはありえん力を感じる……助けがあるのならすがろう……治癒魔法が得意な人間はいるか……?』
「三人いるぞ。どいつか怪我か病気でもしたのか?」
『この子だ……50年ぶりに生まれた子なのだが……一人で巣を飛び出してしまって……他の魔物に襲われた……』
「何!?!?どいてくれ!!容態を見る!!」
レンはどうも子供という言葉に弱いようだ。自分達の子供があんなものだったし、ドラゴンの夫婦からニュートを預かって育て息子にしたため魔物だろうと子供なら関係ないようだ。
『あ、ああ……みんな、この人間にこの子を見せるんだ……』
ベヒーモスたちはレンの迫力に気圧されて道を開ける。
ベヒーモスの赤ちゃんは前足と後ろ足の半分を片方ずつ失っており、片目がつぶれ角も両方折れている。体中生傷で血だらけだ。
「これは……ひどいな『チェック』まずい!!おい、ベヒーモス、この子の息が止まってからどのくらいだ!?」
『やはり死んでしまったのか……その子が泣き声をあげなくなったのは半時ほど前だ……遅かったか……』
「まだ間に合う!!大丈夫だ!!なんとかしてやる!!キリア、俺とニュートの血を大量に飲むんだ!!ニュートもこっち来い!!三人でリバースリザレクションかけるぞ!!」
レンはキリアとニュートに叫びながら自分の手首を全く躊躇わずばっさり切り落とした。
「パ、パパそこまでしなくても……」
「ニュート、大丈夫じゃ、妾の再生力がある。お主も父上と同じようにするんじゃ。早ようせんと手遅れになってしまう」
「は、はいキリア!!」
ニュートも恐々と手首を切り落とし、キリアが二人から大量の血液をもらう。
「行くぞ二人とも!!時間を巻き戻すイメージで全ての高レベル治癒魔法同時使用だ!!」
「はいパパ」「了解じゃ父上」
「「「リバースリザレクション!!」」」
その瞬間治癒魔法ではありえない不思議な虹色の輝きが赤ちゃんベヒーモスの死体を包み込んだ。
「成功したか?『チェック』……よし、大丈夫だぞベヒーモス。この子は生きてる。今は眠っているだけだ。すべての傷が治った。クロ、シロ、この子に栄養つけさせたいから車にある食料ありったけ持ってきてくれ」
「了解!!すぐ戻ってくるわ!!」「承った。迅速に戻る」
『人間……本当にその子は蘇ったのか……?』
「ああ、確認してくれ。息もしてるしベヒーモスなら鼓動の音も聞こえるだろ?」
レンは片腕でベヒーモスの長に赤ちゃんを抱えて近づける。
『確かにこの子の息吹を感じる。鼓動も力強くなった。体も温かいな。失われた部分も全て元通りだ。人間よ、感謝する。我らも狩りに出かけてこの子の食事を用意しなければ』
「すぐにクロとシロが戻ってくる。お前達もここに篭りっきりでだいぶ体力を消耗しているだろう『リバイブ』後はクロとシロが持ってくる食材をお前達も食べて少し回復してから狩りにいくといい」
『信じられん治癒魔法だ。力が戻ってくる。人間、お前何者だ?』
「何者でもないよ。ただの人間だ。それよりこの子が回復したらお前さんに頼みがある」
『50年ぶりに生まれた愛する子を死から助けてくれたのだ。どんな願いでも聞こう』
「頼みの内容聞いたらお前さんは拒否するかもしれない。申し訳ないがその時は俺達と戦うことになる」
『こんな尋常ではない力を持つ人間と戦えば我らも唯ではすまん。それにベヒーモスは家族の命を救ってくれた恩人を殺す愚かな魔物ではない。お前の願いとはなんだ?』
「今伝えてもいいのか?最悪お前さんが怒り狂うかも知れないが?」
『どういうことだ?』
「昔お前さんのご先祖様が人間から捧げられたものがあるだろう?」
『あの不思議な力ある書物のことか?』
「それだな。俺たちは最初お前さんたちを殺してそれを取り戻すつもりだった」
『確かにあの書物は我に強い力をもたらす。しかし人間に捧げられたあの書物を持たない他のベヒーモス一族もこの地で生きている。我があの書物をお前に渡しても我が一族が生きていくことに問題はない。少し待ってくれ。吐き出してくるのでな』
「こんなにあっさりでいいのかね?」
「父上、それよりも切り落とした手首を繋げるのじゃ。ニュートも早ようせんか。自動再生能力があっても再生には少し時間がかかるからの。直接切り落とした部位をしばらく繋いでおけば元に戻るじゃろ。というか痛くないのかの?痛みまではなくならないはずなのじゃが?」
「そういえば……いってえええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「すごく痛いですキリア…………それになんだかふらふらします…………」
レンは色々暴走して一時的に痛覚が遮断されていたようだ。ニュートはずっと痛かったようだがレンの迫力に気圧されたため、赤ちゃんベヒーモスを蘇生するまで必死で我慢していたらしい。レンもニュートも大量の血液をキリアに与えたので貧血と激しい痛みで地面に片手と膝をついて四つんばいになっている。
「まったく、父子そろってしょうがないことじゃの『リバイブ』『ペインキラー』ほれ、妾が手首を繋げておく。しばしじっとしておるのじゃぞ?」
今は母親のように二人の手首を固定してくれるキリア。やはり超長命な吸血鬼だ。優しく強く二人を支えている。
「すまんキリア……ありがとう……だいぶ痛みが治まった……」
「キリアありがとうございます……キリアの治癒魔法はすごいです……」
「二人のおかげで妾のつたない治癒魔法が強化されておるからじゃよ。それに二人とも妾の愛する家族じゃからな。ふむ、『リジェネレイト』おお、やはり限界を超えた治癒魔法を使えばさらに早く治るの。どうじゃ?もう手首に違和感はないかの?」
「すごい……ニューラルリジェネレイト使っていないのに全く違和感がない……吸血鬼の再生能力は信じられない力だ……」
「あっという間に元通りです……キリアの治癒魔法と再生能力が与えられていて感謝です」
二人とも切り取ったはずの手首を握ったり開いたり指を一本一本動かしたりして元通りになっていることを確認して驚いている。
「しかし父上よ、手首を切り落とすのは再生能力あるとはいえやりすぎじゃよ。魔物のために人間が手首を切り落とす光景など妾の長い人生でも初めて見たのじゃ。妾もショックで死にそうになったぞ?」
「すまない、傷ついた赤ちゃんベヒーモス見たらついニュートの両親を思い出してしまって……我を忘れてしまった。ニュートにも無理やり手首を切り落とせなんて強要してすまない……父親失格だな」
地面に頭をおしつけながら土下座してキリアとニュートに謝罪するレン。
「い、いえ、パパ?僕もあんな状態の赤ちゃんベヒーモスを見て助けなければと思ったのはパパと一緒です。赤ちゃんを失って悲しんでいるベヒーモス達とも戦わず完全聖書を取り戻せましたし、最高の結果です。パパは間違ってません。立ち上がってください」
「そうじゃの。やり過ぎなのは否めんが、結果誰も死なず殺さず阿呆カレンの目的を達成できたのじゃ。父上、大丈夫じゃよ。こういう時のため主が妾を父上たちの家族にしてくれたのじゃろう。ほれ、ニュート、一緒に父上を立ち上がらせるんじゃ」
「はい、キリア。パパ、もうそんなに頭を下げないで下さい。よいしょっと」
「ふふ、父上を母上たちの代わりにニュートと共に支えられるのはある意味役得じゃな」
「すまない……二人とも……ありがとう……愛している」
二人に支えられて立ち上がったレンは泣きながら二人をきつく抱きしめ実の息子娘のように愛していると告げる。
「パパのイエス様のような優しい性格をママ達は好きになってパパを愛して妻になったんですね。パパ、僕も愛しています」
「うむ、クロ母上もシロ母上も間違いなく父上の限りない優しさに惚れて愛しておるのじゃ。父上、妾も愛しておるのじゃ」
「ありがどうふだりども……ずまないがごれがらもざざえでぐれ……なざげないがちょうでずまない……」
トライアードの時のように、いやさらに涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔と声で感謝と謝罪を告げるレン。
「ふふ、久しぶりに父上を年下と感じたのじゃ。ほれ父上、顔を拭くのでかがんでおくれ」
聖母のようなキリアに従い膝をついて子供のように顔を拭かれるレン。
『どうした人間?なにかあったのか?』
体内にあったとは思えないほどきれいな完全聖書を咥えてベヒーモスが戻ってきた。レンの情けない様子を見て心配している。
家族だけでなく魔物にまで心配されてしまうレン。どこまでいってもレンは周囲の人間どころか魔物にまで助けられる。その分ベヒーモスを殺さないどころか赤ちゃんベヒーモスも救っているので弱さと強さの等価交換は成り立っているのかもしれない。
「ベヒーモスの長よ、問題ないのじゃ。ただ少し無理をしすぎたのでな。父上にあまり無理をせんよう注意しただけじゃよ」
『そうか。確かに体を切り落としてまで我が子を助けてくれたのだ。大きな犠牲を払って我が子を救ってくれたことを感謝する。人間よ、名はなんというのだ?』
「僕のパパの名前はカシウス・レンです。世界最高に優しく優秀な治癒魔法使いです」
『カシウス・レンか。覚えておこう。いずれなにか力になれることがあれば必ず恩は返す』
「というかお主の子供じゃったのか?長ならばもう少し自分の子供をしっかり躾けねばならんぞ?」
『吸血鬼の言うとおりなのだがな。ベヒーモスはみな多少乱暴でやんちゃなのだ。子供でもかなりの力があるため一人で狩りに出ることもある。我が子は我に似てしまったのか優秀すぎる力を持つあまり一人で巣を飛び出してしまったのだ。しかし、これからはよく注意して言い聞かせよう』
「レン、持ってきたわ!!ってどうしたのレン!?」
「戻った。レン、手首がまだ痛い?」
「クロ母上、シロ母上、大丈夫じゃ。妾とニュートがベヒーモス達に食料を与えるので父上を抱きしめてあげてほしいのじゃ。たっぷりしっかり父上を慰めてたもれ。ニュート、ベヒーモス達に食料を与えるぞ。長よ、子供を起こしてくれ」
キリアに抱きしめろと言われた瞬間その後の言葉を聞かずに荷物を放り出してレンをきつく抱きしめるクロとシロ。
『我が子よ、起きるのだ。もうお前は大丈夫だ』
『父さん……?僕は死にかけたはずじゃ……?』
『そこで黒い獣人と白い獣人に抱きしめられている世界最高の治癒魔法使いカシウス・レンがお前を死から救ってくれたのだ。吸血鬼が食料をくれるぞ。たくさん食べなさい』
『確かに体が戻ってます……うわ、これおいしいですね?今まで食べたどんな魔物よりもおいしいです』
『ほう、これはすごいな。これが人間の食べ物か?』
「それも妾たちの父上カシウス・レンが料理したものじゃ。残りは料理してない生の魔物じゃがの」
『それでも充分な量がある。これだけ食べれば獲物を狩る体力は取り戻せる。カシウス・レン、どこまでも感謝する。』
「レンはすごいわね、ベヒーモスから感謝されちゃうなんて。よしよし、クロお姉さんがしっかり甘やかしてあげるからもう泣かないのよ?」
「レンは誰にでもベヒーモスにも優しい。シロお姉さんがそんなすごいレンをかわいがる。ふふふ。泣く暇など与えない」
クロとシロに抱きしめられ熱烈にキスされ涙や鼻水まで舐めとられようやく復活したレン。
「ベヒーモス、感謝するのはこちらのほうだ。お前達と戦わずお前達が完全聖書を譲ってくれた。誰も死なず殺さずすんだのはお前達のおかげだ。クロ、シロ、ありがとう……」
『仲のよい夫婦だな。カシウス・レン、早くこの書物を回収するのだ』
ベヒーモスはレンに完全聖書を早く受け取るよう促す。
「ああ、受け取るよ。ありがとうベヒーモスの長。あと少しだけお願いしてもいいか?」
『我が子を救ってくれたのだ。可能な限り願いは聞こう』
「ひとつは人間を襲わないでくれ。そして二つ目はなるべく人目につかないようサンライズキャニオンでもグランドレイクでもここみたいな洞窟の巣を今後作ってほしい。」
『少し手間だがそのぐらいなら問題ない。人間など小さいからな。栄養も魔力も足りん。極稀に我らに挑んでくる人間達がいるがその時は食わずに戦いを避けて逃げることにすればいいか?ここと同じ洞窟の巣を作る理由はなんだ?』
「お前さんたちには申し訳ないんだが、ノリカにはお前さんたちを神として崇める人間がいる。お前さんたちが人間を襲わなければベヒーモスの力を恐れて崇める連中も少なくなる。洞窟の巣に住んで人目にもつかなくなればさらに崇める連中は少なくなるだろう」
『そういえば父からそんなことを聞いたことがあるな。神とかいうのはよく分からなかったが。とにかく了解した。人間には我らの力と姿を極力見せないようにする』
「すまないな……ありがとう……食料は全部置いていくから足りないだろうが食べてくれ……それじゃあな……」
レンは知能が高くまるで人間のように自分の子供の死を悲しみその蘇生を喜ぶベヒーモス達が、人間でないためイエス様に救われないことが悲しいようだ。家族の四人にも何も言わずに洞窟を出て行く。
『さらばだカシウス・レン。お前のことは代々語り続ける。お前からの願いも必ず子孫に伝え続ける。お前が我が子を救ってくれたことは我が一族の伝説となるだろう』
ベヒーモスからの賞賛でますます複雑な思いを抱くレンは全速力で洞窟を離れ車まで戻った。他の四人もレンの心境を理解している。黙って走って全員レンを追いかけた。
かくして完全聖書は戦わずベヒーモスを殺すことなく家族も誰も死なずに取り戻すことが出来た。
しかしレンの心には知能の高い人間のような家族を持つ残りのリヴァイアサンやキマイラを倒すことにフェニックスの時以上の強い戸惑いを覚えてしまった。
ベヒーモスを助けその知能や家族の愛情を知ってしまったことはかなりの偶然だろう。
しかしその偶然がレンを苦しめている。
レンは、残り二体の完全聖書を持つ魔物を殺すことが出来るだろうか?




