第四十九話 優しさの弱点
マームからカレンシュタインへとワープさせられたレン、クロ、シロ、ニュート、キリア。
レンが気がつくと5人は大きな個室に横たわっていた。
「おはようレンレン。ワープが結構きつくてごめんね」
「いや、問題ない……ここはどこだ?カレンシュタインなのか?」
「ラッキーなことにここはファルバだよ」
「ファルバか……トライ先生にまた挨拶していくかな」
「トライアードさん、そうだね、トライアードさんがエルフで長命でももう百歳を超えている……会えるうちに会っておいたほうがいい……」
「そうだな、トライ先生の教えてくれた伝説の魔法がなければゼクルスもフェニックスも倒せなかったしな。お礼しにいくか。クロ、シロ、ニュート、キリアさん、起きてくれ」
「んー、レンがんばりすぎよぅ……」
「んー、まだまだ……」
「パパ……まだ眠いです……」
「ん……父上か?ここはどこじゃ?」
「キリアさんはさすがですね。ここはファルバです。トライ先生に挨拶に行こうと思ってるんですが、三人を起こすの手伝ってもらえませんか?」
「ほう?キスをしてニュートを目覚めさせればよいのじゃな?」
「いや、もうすぐ結婚できるから我慢してください」
「むう、意地悪な父上じゃな。ほれ、ニュート、起きんか」
「クロ、シロ、起きてくれ」
なんとか三人とも起こし、カレンにいつもの挨拶をしてから5人で学院へと向かった。
「カシウス・レンといいます。トライアード先生に面会できますでしょうか?」
「トライアード様ですか……面会は可能です。できればすぐに行ってあげてください」
「何かあったんですか?」
「トライアード様は最近重い病気を患いまして……もう先が長くないかもしれません」
レンはその言葉を聞き終わる前に全速力でトライアードの部屋に飛び込んだ。
「トライ先生!!大丈夫ですか!?!?」
「おお、レンくんか……また会えるとは思わなんだ……」
弱弱しくベッドに横たわるトライアードがか細い声でレンに答える。
「先生、失礼します『チェック』……くそ、分からない……」
「わしももう105歳じゃ……そろそろ主の元へ旅立つのじゃよ……」
「ふん、トライ坊やらしくもない台詞じゃな」
「あなたはまさか……キリア様ですかな……?相変わらずお美しい……」
「いかにもブラッドライン・キリアじゃ。若かったころのお主とはだいぶ変わったのう。あんなにやんちゃ坊主じゃったのにすっかり爺らしくなりおって。トライ坊や、口を開けい。父上、少し血をもらうぞ」
「はい、トライ先生をお願いします」
キリアはレンの血液を舐めると次に自分の指を傷つけて、血液をトライアードに飲ませた。
「おお、これは……体中が癒されるようじゃ。しかしキリア様はあまり治癒魔法が得意ではなかったはず。それに血を飲むだけで……これは一体?」
「吸血鬼の血液には他者を癒す力があるのじゃ。再生能力を分け与えているようなものじゃな。それが父上の治癒魔法で強化されておる」
「パパ、トライ先生大丈夫ですか!!」
「おお、ニュート、お主もトライ坊やに血を飲ませるのじゃ」
「はい?」
「いいから早く飲ませるんじゃ!!」
「は、はいキリアさん!!トライ先生、少し失礼します」
ニュートも指に傷をつけてトライアードに血を飲ませる。レンがすぐにクイックエイドとヒール、リジェネレイトでニュートの傷を塞ぐ。
「これも命があふれ出てくるようじゃ……キリア様、これは一体?」
「ドラゴンに再生能力はないが、その血を浴びたものは強靭な肉体を得るのじゃ。父上、もう一度チェックを頼む」
「はい、キリアさん『チェック』ダメですね……体力はだいぶ回復していますが、根本的な解決になっていません……」
「トライ先生!!」「トライアード、大丈夫?」
クロとシロが少し遅れてやってきた。
「まてよ……?シロ、これをマイクロウェーブで溶かしてくれ」
レンが取り出したのは緊急時のため保存していたフェニックスの長の肉だ。
「ん、理解した。『マイクロウェーブ』まだ生だけど大丈夫?」
「大丈夫だ。トライ先生、少し待っていてもらえますか?」
「何、今すぐ死んだりせんよ……キリア様とニュートくんのおかげでだいぶ楽になったわい……」
「すぐに戻ってきます」
レンは再びトライアードの部屋から飛び出し、学院の厨房を借りてフェニックスを調理した。
「トライ先生、これを食べてみてください」
レンが差し出したのは薄切りにした味噌味のフェニックス焼きである。
「これは、芳醇な香りじゃな……どれ……!!」
フェニックス焼きを食べた瞬間勢いよくベッドから立ち上がるトライアード。
「レンくん、これは一体なんじゃ?味もすばらしいが肉は一体何の魔物じゃ?普通の魔物ではありえん魔力と生命力を感じるが……?」
「それはフェニックスの肉です。再生能力が最も高い魔物なので効果的かと思いました。トライ先生、失礼します『チェック』さすがフェニックスですね。健康状態は完全に改善されました。トライ先生、残っている分も全部召し上がってください」
「こんな死にかけのじじいにフェニックスを……レンくん、すまんがありがたく頂戴するぞい」
全てのフェニックス焼きをたいらげるとトライアードは以前のように元気な状態を取り戻した。
「ふぅ、すごいものじゃなフェニックスとは……そしてレンくんたちがフェニックスを倒してしまうとはのう。あれはカリフ全土で崇められておる伝説の魔物じゃ。一体なぜそんな危険なことを?」
「カレン様からのお願いのひとつですね。こうしてフェニックスを倒してトライ先生を助けられたのも神様のご計画のうちなんだと思います。トライ先生……よかった……」
元気になったトライアードを見て、緊張が途切れたレンは泣きながらトライアードを抱きしめる。
「まさかこの年でまだ生きながらえるとはのう。わしは優しい生徒を持った最高に幸せな教師じゃ。レンくん、ありがとう。君にもらった残りの命、大切につかわせてもらう」
「死なないでくださいトライ先生……尊敬するクリスチャンの先生がいなくなるのはもう嫌です……」
地球時代レンは幼少期にとても尊敬していた牧師先生を癌で失っている。たとえ天国に行くことが分かっていてもレンは尊敬するクリスチャンが死ぬことに大きな恐怖を感じてしまうのだ。
「レンくん、人間はみないずれ死んでしまう。罪人じゃからな。主の元へ旅立つことが分かっていても愛するクリスチャンが死んでしまえば辛いことはよくわかるのじゃ。しかしレンくん、君はそれを乗り越えねばならん。今回は君が助けてくれたが、それも一時的に命を繋いだだけじゃ。たとえいつかわしの死を知っても主に絶望せず主に従い続けてほしい。じじいのわがままを聞いておくれ」
「嫌です……トライ先生が死んでしまうなんて……主に絶望したりはしません……でも嫌です……」
子供のようにトライアードに泣きすがるレン。ニエフに転生してからクリスチャンとしてすこしは成長していても、未だ愛する人を失うことはレンにとって大きな恐怖なのだ。
その恐怖が治癒魔法や防御魔法、補助魔法の限界を超えられた理由のひとつでもある。
レンは確かに優しくはあるが、それは愛するものを失いたくないという人間らしい弱さから来るものでもあるのだ。
「父上よ、妾も長い時を生きて多くの愛するクリスチャンの死を看取ってきた。確かに悲しいことじゃが、本当に主に救われたクリスチャンは皆主の平安に満たされて死んでいった。クリスチャンが主に従って人生を全うすることは最高の幸せのひとつなのじゃよ」
長い時をクリスチャンとして生きるキリアの言葉。これも確かに真実である。しかし精神年齢が現在50を超えていてもレンには未だ理解到達できない真実だ。
「トライアード様!!ホワイトレパードのボスを狩ってきました!!すぐに厨房で調理してもらいます!!」
「トライアード様!!お加減はお変わりありませんか!?!?」
フィルファとアイナスが部屋に飛び込んできた。二人ともぼろぼろである。トライアードのために必死だったのだろう。
「フィルファ、アイナス、落ち着くのじゃ。レンくんたちがわしを病から救ってくれたぞい。なんとフェニックスの肉でな」
「レンが?フェニックス?どういうことなんです?」
「確かにトライアード様のお加減はよさそうだけれど……レン、どういうことなの?」
「お主たちがトライ坊やのパートナーか。かなりの実力がありそうじゃな。父上が倒したフェニックスの肉をトライ坊やに与えて病を治したのじゃ」
未だトライアードに泣きすがっている子供のようなレンの代わりに説明するキリア。
「お前何者だ?」
「トライアード様、この女性は何者なのですか?」
「フィルファ、アイナス、落ち着きなさいと言ったじゃろ。この方はお前達にも話したことのあるブラッドライン・キリア様じゃ」
「この学院伝説の吸血鬼ブラッドライン・キリア?なぜこんなところにいるんです?」
「トライアード様からお聞きしてはいましたけれど……貴方様のような方が何故レンと共に?それにレンを父上?どういうことなんですか?」
「そういえばそうですな?キリア様、何故レンくんたちと共におられるのですか?レンくんを父上と呼ばれるのもどういった事情があるのでしょうか?」
「何、トギル島を観光していたときにたまたま父上たちを見かけての。強い気配を感じたのと父上から妙な既視感を抱いたのでな。妾も自分の正体を明かしたら父上が昔妾を見かけており、ドラゴンを獣人に出来る能力をもらっておるとか聞いての。そして妾は父上の息子、ニュートに惚れ、婚約したのじゃよ」
「そういうことでしたか。レンくんもつくづく強い存在に縁があるのう。レンくん、わしはとりあえず大丈夫なのじゃからもう泣き止みなさい。キリア様とニュートくんの結婚式があるならわしもイクスまで行こうかのう。仮病でもう少しぐらい休んでも大丈夫じゃろ、ふぉっふぉっふぉ。フィルファ、アイナスこっちへ来なさい」
「は、はい!!」
「わ、わかりましたわ……」
「よし、いつもどおりいい子達じゃ『クイックエイド』『ギガヒール』『リジェネレイト』どうじゃ?体に不調はもうないかの?」
「いや、俺は大丈夫なんですが……トライアード様も本当に大丈夫なんで?そんなに高レベルの治癒魔法を使ったら体に障るんじゃ……?」
「トライアード様?いくらレンたちがフェニックスの肉?で治してくれたとはいえ無理は禁物ですわ。私達よりも御自分を御自愛ください」
「トライ坊やもかわらんのう。相変わらず昔から自分のパートナーに助けられてばかりじゃな。今までもよい信頼関係を築いたパートナーばかりじゃったのに、独り立ちしたいといったらあっさり許可してしまうしの。今のパートナーたちとはいい信頼関係を築き続けておるようじゃが」
「いいのですよキリア様。パートナーにもパートナーの人生があります。わしができるのはなるべくパートナーがイエス様に救われるようお手伝いをすることだけですじゃ。フィルファ、アイナス、疲れているところ悪いが学院から大型の魔石車を借りられるよう手配してきてくれんかの?」
「いや、治癒魔法かけてもらったから疲れてはねえですし……手配してきます」
「トライアード様の治癒魔法をかけていただいたのですから体調は万全ですわ。フィルファじゃまともに手配できないでしょうから私が手配してきます」
「俺だって魔石車の手配ぐらいできらぁ!!馬鹿にすんなアイナス!!」
「馬鹿にしてるんじゃなくて事実馬鹿じゃない」
そんな初めて会ったときと同じようなやり取りをしながら部屋を出て行くフィルファとアイナス。
「すみませんトライ先生……子供のような醜態を晒して……ニュートとキリアさんの結婚式にも来て頂けて……ありがとうございます」
未だ目を充血させ涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で何とか謝罪と感謝を告げるレン。
「醜態だなんてとんでもないぞいレンくん。君が助けてくれんかったらわしは死んでおったのじゃし、キリア様とニュートくんの結婚式も見られんかったじゃろ。全部君のおかげじゃよ。なにより一番優秀な生徒とイクスまで旅するのが楽しみでしょうがないの。孫でもできた気分じゃ、ふぉっふぉっふぉ」
トライアードには家族がいない。両親は当然いたがかなり昔に亡くなっている。エルフも強力な種族のため両親に子供が出来にくかったので兄弟もいない。
クリスチャンで人間の妻がいたこともあるが、やはり子供を残せず先立ったため現在は独り身である。フィルファとアイナスがレン同様家族のような存在だ。
「レン。トライ先生が亡くなってしまえば私達全員悲しいわ。今回トライ先生を助けるのに私は役に立たなかったけど、妻としてレンを慰めるわ。最近レンにやられっぱなしだったから逆襲ね、ふふふ」
「ん、レンの優しい所は魅力的。でもその優しさに弱点があることを知った。クロと共に妻としてレンの弱点を慰め癒しフォローする。ふふふふ、レン、覚悟する」
レンをクロとシロがいつものように抱きしめつつレンを慰めこれからも助けると力強く宣言する。レンも助けられてばかりでなく三人お互い助け合い守りあういい関係になっているようだ。しかし愛し合う部分についてはちょっと怖い宣言が出ている。
「クロとシロが獣人になった時姉さんが俺をぼこぼこにした時とは別の怖さがあるな……俺ニュートとキリアさんの幸せな結婚生活見れるのかな……?キリアさん、俺がクロとシロに幸せで殺されたら四人を頼みます」
「腹上死はめったに起こらんが、愛する妻クロとシロに殺されるなら父上も本望じゃろ?くくくっ。しかし死にそうになったらトライ某やにした処置で父上を回復せなければな。ニュートとの新婚生活を父上にはしっかり見届けてもらわねばならん。ニュートも父上に妾たちの幸せな夫婦生活を見てほしいじゃろ?」
「あの……クロママもシロママもほどほどにしてあげて下さい……いや、パパにも弱いところがあってそれをママ達がフォローするのはいいんですけど……ゼクルス討伐直後の状態はあんまりでした……もちろんパパには生きてキリアさんとの結婚式を見届けてほしいので、僕もキリアさんと一緒の方法でパパが死にそうになったら回復させます」
「よい家族じゃのぉ。うらやましいわい。わしも昔を思い出しそうじゃ。ところでニュートくん、ゼクルスで偶像が消失したのは聞いておったのじゃがそれもレンくんたちがやったのかね?ゼクルスはどんな攻撃でもダメージを与えられない世界最強の軍事兵器だったはずなのじゃが?」
「はい、トライ先生の言うとおりゼクルスの耐久力は異常なほどで俺達の攻撃でも浅いダメージを与えるのが精一杯でした。でもパパがトライ先生から教わった究極魔法から着想を得て究極攻撃魔法アンチマターを教えてくれたので何とか破壊しました。ゼクルスの時パパは広い中庭全体にただの石や岩、普通の金属からミスリルの障壁を作りだしてアンチマターの爆発から町を守り、同時にアブソリュートウォールで僕達を守ってくれました」
「なんと、レンくんならアブソリュートウォールを使えると思っておったが……石や岩、普通の金属をミスリルに……?伝説の錬金術のようじゃな。それをアブソリュートウォールと同時に広範囲覆うミスリルの障壁とするとは……」
「トライアード様、魔石車の手配が済みました!!」
「フィルファが間違えそうになりましたけど、きちんと10人乗りの大型魔石車を手配してきましたわ」
「おお、フィルファ、アイナス、ご苦労じゃった。レンくん、もう出発しても大丈夫かね?」
「トライ先生、何から何までありがとうございます。でも俺の力はただ家族を守りたいという自分勝手で醜い力です。出発はいつでも大丈夫です。早くニュートとキリアさんの結婚式を父さんたちにしてほしいです」
「家族を守りたいと思うことを自分勝手とか醜いとか言ってはならんぞレンくん。イエス様はクリスチャン全員を家族として救うため十字架にかかってくださったんじゃ。レンくんはわかっておるじゃろうがの。さて、出発するかの。みんな行くぞい」
すっかり元気になったトライアードを先頭に魔石車まで進む8人。今回明らかになったレンの弱さとそれによる少し歪な強さ。
それを支えてくれる家族達。変わらず教え導いてくれるトライアード。
レンは本当に恵まれている。
イクスに行きニュートとキリアが結婚すればさらに恵まれた生活が待っているだろう。
二つの試練を乗り越えたカレンの戦士達にしばしの休息が訪れる。
強さとは、弱さを抱えたまま生きていくこと。
レンはまだ、その途中に立っている。




