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第三十三話 母親

 三人の結婚が生んだ“刈り取り”は、あまりにも残酷だった。


 レンは肉塊を焼き払ったあと、朝になってからイクスの町に戻ってきた。


 しかし、その姿は以前の凶戦士時代よりもひどかった。


 イクスに帰るまでに魔物に襲われたのだ。


 突発的に飛び出してきたため装備なし。魔力も使いきっているため魔法も使えない。体力も限界。


 そんな中必死で魔物から逃げ回ることしか出来ず、体力が尽きているため逃げ切ることも出来ず、体中魔物に噛み千切られ、毒を浴び、地面に叩きつけられ、血と泥にまみれていた。


 町の人たちは優秀な冒険者のレンがそんな姿になっているのをみて、何か恐ろしい魔物でも出現したのかと恐怖していた。


 何とか家までたどり着くと


「レ、レン!!どうしたの?『クイックエイド』『ギガヒール』『アンチドート』どう?大丈夫?自分でリバイブかけられる?」


 レベッカに心配された瞬間、レンの肩が、小さく震えた。


「ありがとうございます母さん……リバイブは……魔力が尽きてます」


 ギガヒールをかけても噛み千切られて失われた部分は元に戻らず、手術と魔法を併用することも魔物に食われてしまったので無理。


 不幸中の幸いか、四肢や指、感覚器官など生きるのに重要な部分の欠損はないようだ。


 それでも倒れなかったのは、強化された肉体と、冒険者としての頑強さゆえだろう。


 震えながら語る息子を見て、レベッカは何も言わず、ただ抱きしめた。


「今すぐ栄養のある料理を作るからまだ寝てるクロとシロのところへ行って寝なさい!!!」


「ダメなんです母さん……あんなものが俺たちから生まれて……未来が怖くて……今クロとシロを見たら……壊してしまいそうです……」


 そこまでレンが自分の恐怖を吐露すると


「レン、分かったわ。私がそばにいてあげる。確かにあんなものを見れば、辛いのは分かるわ。でもレン?あなたはまだ死んではいけない。クロとシロがいる。何より私があなたに死んでほしくない。久しぶりに一緒に寝ましょう?大丈夫よ。アレはもう魔力を使いきるぐらい焼き払ったんでしょう?」


 レベッカはレンを抱きしめて優しく慰める。


「母さん……ありがとう……こんなに大きくなったけど……昔みたいに甘えていいですか?」


「当たり前でしょう。母親にとって息子はどんなに大きくなってもかわいいものよ。それにこんなに心の傷ついている息子を甘やかさないと神様に怒られちゃうわ。ほら、手をつないでいくわよ」


 泣きながらレベッカに手を引かれるレン。


「はい、横になって」


 素直に自分の比較的小さなシングルベッドに横たわるレン。


「よいしょっと……二人で寝るとこのベッドはちょっと狭いわね。でもしっかりレンを抱きしめてあげられるからいいかしら。ふふ。よしよし」


 レンの部屋にあるベッドで二人横になる。レベッカは優しくレンを抱きしめ頭をなでている。


「あぁ……赤ん坊のころを思い出します…………母さんのぬくもりと優しい匂い……変わりませんね」


「あら、やっぱりあのころから覚えてるのね。さすがカレン様が転生させたレンね。でもあのころから20年近く経ってるのよ?もう体も冷えてくるし、匂いだっておばちゃんよ?」


「20年経っても母さんは何も変わりません……本当に僕の母親が母さんでよかった……」


「でも父さんが少し羨ましいです。こんなすばらしいクリスチャンのさらにきれいでやさしい母さんに選ばれて愛されてるんですから」


「あら、どこからそんな話聞いたの?確かに私のほうからパパにアプローチしたけれど」


「レイク先生から聞きました。学院時代母さんはすごく人気があって、いろんな人からアプローチされていたけどそんなこと気にせず自分ですばらしいクリスチャンの父さんを選んだって」


「ああ、レイク先生ならそういう事情知ってるわね。そうねぇ、確かにいろんな人から告白されたけど、クリスチャンの男性は少なかったし、クリスチャンでもパパほどの男性はいなかったのよねぇ」


「…………やっぱり母さんも父さんを選んだ理由は姉さんと一緒ですか?」


「そうよ?クリスチャンとして魅力的な男性だったからよ?それがどうかしたの?」


「その、今でもそうなんですが……僕は地球でクリスチャンとしての魅力や成長が足りないって理由で告白を断られたことがあるんです。今もクロとシロが僕を選んでくれているのは僕を助けるためだったし……」


「そうねぇ。確かにレンはちょっと信仰が弱いけれど、クリスチャン男性としての魅力がないとは思わないわ。レンはとても優しいじゃない。クロとシロを助けたときもクリスチャンとしての優しさがそうさせたのよ。二人はレンにクリスチャン男性としての魅力を感じているはずよ」


「母さんはそう思うんですね……」


「ふふ、そうよ。さて、母と息子の語らいはもう充分でしょう?隣にいてあげるからもう眠りなさい。よしよし」


「……おやすみなさい、母さん。ありがとう」


 そういうとレンは途端に熟睡してしまった。やはり相当疲労しているのだろう。


「ふふっ、大きくなっても素直なかわいい息子で嬉しいわ。いつまでも息子がかわいいというのは母親の最高の幸せね。ふぁーっ、私も疲れたし、寝ようかしら。レン、愛してるわよ」


 レベッカもそういうと途端に眠りに落ちていった。昨晩深夜まで助産婦としてがんばった上にあんな出来事があって精神的にも肉体的にも疲れているのだろう。


 寄り添いあい眠る母親と息子。クロとシロとは別の意味で本当の愛情が感じられる光景である。



 夕方前。


 現在レベッカとレンは絶賛大ピンチ中である。


「レン……?レベッカ母さんと一体何してるの……?レベッカ母さんに抱きしめられてすごく幸せそうな顔して寝てたけど……?」


「レン……まさか母親まで……私たちという妻がありながら……さすがにそこまでは許容不可能……制裁を下す」


 鬼のように怒っているクロとシロ。心底幸せそうに眠る二人を見れば無理もないか。


「ちっ、ちがっ!!こ、これはちょっと、じ、事情があってだな!!ねえ、母さん?」


「そ、そうなのよ!!決していやらしいことはしてないわ!!」


 やはりレベッカとレンもそっくりである。親子だから当然だが。


「ふーん……事情ねぇ……情事じゃなくて?どうしてそんなに慌てふためいているのかしらねぇ……」


「情状酌量の余地はない。私の魔法はいまやレベッカのそれを上回っている。プラズマがいい?トルネードがいい?」


 クロは珍しく落ち着いた声で静かに怒りつつ皮肉を言って指をバキバキと鳴らしすさまじいシャドーをしてパンチやキックで空気を切り裂いている。


 シロは余裕で死刑執行を言い渡す。死刑方法は選ばせてくれるようだが、すでに小さなプラズマとトルネードが部屋の中をゆらゆら動いている。


「ふぅ……落ち着きなさい二人とも。レン、もう何があったのか、そのせいでどうしてあなたが私と一緒に寝てたのか説明するしかないと思うわ。このままじゃ二人に殺されるわ」


「そうですね……母さんと一緒に寝てた理由を説明して死を回避するにはそれしかないかもしれません」


 クロとシロには真実を告げないつもりの二人だったが、いまやその二人から物理的魔法的に殺されないようにするためには事実を告げるしか方法はない。


「「一緒に寝た!?!?」」


 すさまじい怒声をあげるクロとシロ。


「二人とも!!落ち着きなさい!!レンがあなた達を助けてくれて、こうなったの!!説明を聞きなさい!!」


「二人とも、かなりショックな話しになる……なるべく心の準備をしてくれ……」


 レベッカの叱責とレンの悲しみに満ちた声と表情で少し怒りのゲージが下がるクロとシロ。


「そういえば私たちの子供が見当たりませんね……?どこにいるんです?ウィリアム父さんのところですか?」


「確かに……嫌な予感がする……」


 レンとレベッカはクロとシロが産んだものが人間の形をしていない不気味な肉の塊だったこと、おそらくはそれが三人の結婚という罪の刈り取りであること、それをレンが全力で焼き払ったためイクスに帰ってくるまで大怪我を負い、精神的ダメージの慰めをレベッカから受けていたことを説明した。


「そんな…………」


「妊娠していたときからおかしいとは思っていたし、出産になってもおかしかった。そういうこと…………」


「すまない二人とも……三人の力を合わせてもどうしようもない刈り取りが起こってしまった……俺がきちんとしていればこんなことには……」


「レン、何度も言うけれどあなたとクロ、シロが決断した罪の結果よ?残酷な結果だけれど、クロとシロの命が失われることだけはなかった。それはレンがあなた達を守ってくれたから。レン、あれはしっかり消し炭にしたのよね?」


「はい、怒りで我を忘れてプロミネンスであれどころか周囲をすべて焼き尽くしました……消し炭も残っていません。完全に蒸発させました……」


「プ、プロミネンス?最高レベル攻撃魔法のひとつじゃない?でもあんなものを見ればそのぐらいの魔法を使えるかもしれないわね……」


「その、レベッカ母さん……そんなにひどいものだったんですか?レンはプロミネンスは使えなかったのに……?」


「極まれにそういうものが産まれると聞いたことがある。けれど人間の形をとどめていないとは……」


「私もあまり説明したくないわ。思わず目を背けそうになったぐらいだったのよ?。レンが使えなかったプロミネンスをその場で習得するぐらいのおぞましい見た目としかいえないわ」


「そうだな……あまり詳しく説明してもクロとシロが絶望に落ちるだけだと思う……

カレンが何か知っているかもしれない。一応聞きにいくか?」


「そうね、カレン様が何か知っていて、今後わたし達が妊娠するたびそんなものが生まれてレンが苦しむなら……そういうことを避けたほうがいいかもしれないわ……」


「カレンに知ってることを洗いざらい吐かせて今後こういう事態が起こらないよう対策を練るべき」


「そうか……母さんはどうしますか?そろそろ父さんも心配しているかと思いますが」


「そうね、三人とも、一度うちによってから対談所へ一緒に行ってもいいかしら?パパにはあまり詳細は説明しないで難産の結果死産だったと伝えるだけにするから時間はかからないと思うわ」


「はい、母さんすみません。クロ、シロ、それでいいか?」


「大丈夫です。対談所はいつでもあいてますし」


「問題ない。ウィリアムにも結果は伝えなければならない。それからカレンを問い詰めても遅くない」


「三人とも、疲れてるだろうけど行くわよ」


 レベッカと連れ立って三人は重い足取りで実家へと向かっていった。


 結果を聞いたウィリアムは悲しみの表情を浮かべていた。


 対談所にて。


「カレン、お前クロとシロの子供が奇形だと最初から知っていただろう?なぜ教えなかった?」


「カレン様、事前に知っていたのですか?教えてもらえばレンがひどいもの見ることもなかったと思うんですけど……?」


「カレン、知ってることを全部話す。無理やりにでも聞きだす。どんな手を使ってでも」


「カレン様……あれはあんまりだと思います。たとえ罪の結果だとしても……知っておられたのですか?なぜ教えてくれなかったのです?」


 四人に質問攻めにされるカレン。しかし沈痛な顔で黙りこみ、何も答えない。


「答えてくれカレン。俺達三人が子供を作るたび罪の結果あんなものになるのか?俺達みたいに人間と獣人が子供を作るとああなるのか?」


「遺伝的なところは僕にも分からない……人間と獣人が子供を作ることは少し難しい。ウィリアムさんとレベッカさんもマリーさんを産むまで2年、レンレンを産むまで……本当は死産だった赤子にレンレンの魂を入れたんだけど……5年かかっている」


「そんなニエフの生物学的な話はいい。俺が無理やり誰かの人生を乗っ取ったってわけじゃないことは安心したが、今後俺達は子供を作らないほうがいいのか?どうなんだ?」


「カレン様……レンは死産だったのですか?そこにカレン様がレンの魂を?」


「神様との約束だったんだ。レンレンを転生させるのに誰かの魂を消してはならないって。その約束を満たしていたのがレベッカさんの二番目の子供の死産。死んで肉体から魂が離れた赤子に神様がレンレンの魂を定着させてくれたんだ。僕には出来ないから」


「ありがとうございます……というべきなのでしょうか……?」


「僕の都合でやったことだからレベッカさんがありがとうという必要はないよ」


「母さん、大事なことかもしれないけど、今は他に聞くことがある」


「そ、そうね……カレン様、クロとシロの妊娠についてどうして教えてくれなかったのですか?」


「どうしようもなかったからだよ…………」


「どういうことだ?奇形のことを教えてくれていればクロもシロも妊娠中あんなに苦しまずにすんだはずだ。妊娠初期に手術をしてあんなに大きくなる前に摘出すればよかったじゃないか」


「レンレン…………ニエフでは薬品や手術がないからめったに行われないけど、それは堕胎だ……たとえ奇形でもね……地球で堕胎が殺人かどうかの問題になっていたのは知っているだろう……堕胎は殺人で明確すぎる罪だ。それにレンレンがいくら手術を練習しても外科や産婦人科の医者ではないから胎児が成長していない小さい子宮から奇形を摘出するのは技術的に難しい」


「そ、それはそうだが……じゃああの奇形を焼き殺した俺は殺人を犯したのか?」


「いや……あそこまで人間の形をとどめていない奇形だと呼吸機能や循環機能が低すぎて母体からでて数分で死んでしまう……だからレンレンがしたのは火葬と一緒だよ」


「奇形のことを教えなかった理由は分かった。でも今後も子供ができる可能性はゼロじゃないんだろ?もしまたクロとシロが妊娠したら罪の結果として奇形が生まれるのか?」


「なぜレンレンたちの子供があんな奇形になったのか僕にも分からないんだ……ニエフには奇形を誘発するような外的要因は極少ない。だから、レンレンたちが推測しているように、罪の刈り取りの可能性は高い……でも今後のことはわからないんだ」


「結局今後子供がどうなるかは分からないってことか…………」


「そうだね……ただ、クロちゃんとシロちゃんには少し残念な可能性を教えるけど、さっきも言ったとおり別人種では子供が出来にくい上、レンレンもクロちゃんもシロちゃんもかなりの魔力と力があるから、妊娠する可能性はかなり低い。レンレンの子供は産めないかもしれない」


「レンの赤ちゃんを産めないのはちょっと悲しいですけど……でもレンとシロがいればそれでいいです。レン、もしまた妊娠して罪の結果で奇形?が生まれたらごめんね……」


「罪の刈り取りは覚悟していた。それでも三人で力を合わせれば乗り越えられると思っていた……しかし今回回避することが不可能な刈り取りが来た。それでもレンとクロと共に居る。レン、何があっても生きてほしい。死なないで」


「二人とも、すまん……二人とも、ありがとう、愛してる。次あんなことが起こってももう死ぬようなまねはしない」


 レンは力強く泣きながら宣言してクロとシロを強く抱きしめる。


「ふふ、本当にレンは変わらないわね。三人で耐えて乗り越えましょう。今回はレンが苦しい思いをしたから、次は私達の番かもしれないしね。大丈夫よレン」


「レンは変わらない。でもそれがいいところ。三人で耐える。子供ができにくいなら今までどおりでいいはず。問題ない」


「ああ、大丈夫だ。俺達三人一緒に罪を背負って生きよう。三人のうち誰かが辛くなったら守り慰めあおう。愛してる。クロ、シロ。絶対に離れないからな」


 しばし三人とも涙を流しつつ抱きしめあう。


「結婚する前から心配してたけど……やっぱり三人の愛は本物だね……刈り取りが来ても耐えられた。レンレン、クロちゃん、シロちゃん、これからも刈り取りは来るだろう。でも折れずに生きておくれ。無力な想像主からのお願いだ」


「「「大丈夫だ(です)。カレン(様)に頼まれるまでもない(です)」」」


「ふふ、カレン様?あんなことはもう起こってほしくないですが、久しぶりに息子のかわいいところが堪能できたので悪いことばかりでもなかったですよ?うふふ」


「レン、母親までそういう対象にしないでね……約束よ……?破ったら、どうなるか分かるわよね……?」


「レン、確かにレベッカは理想の母親……しかし私達以外の女性を愛したら誰であろうと焼き尽くす。レンが習得したプロミネンスで」


 シロだけでなくクロまでもヤンデレオーラを放っている。二人の深い愛が反転している。さっきまでの感動の抱擁はどこへ消えてしまったのか。しかし、レンが心から愛してくれている妻を持つ以上他の女性になどかけらも興味は示さないだろう。


「いや、その、母さんはだな……ク、クロもシロも母さんと一緒に寝れば分かるって!!すごく安心できるから!!」


「そうね、娘達と一緒に寝るのもいいかもしれないわね。マリーはクリスチャンとしても冒険者としても幼いころから強い子だったからあんまり甘えてくれなかったし。クロ、シロ、今晩一緒に寝る?」


「レベッカ母さんと……ぽっ、ママって呼んでもいいですか?」


「ふむ、一理ある。お風呂も悪くなかった。一緒に寝る。うちのベッドなら問題ないはず」


「ええ、クロ、是非ママって呼んで頂戴!!レンもシロもそうなさい!!息子娘三人のかわいいところを見れるなんて今日以上の最高の母親の幸せだわ!!それではカレン様、ありがとうございました。行くわよ三人とも!!楽しみだわー!!」


 絶叫しながらレン、クロ、シロとは別の幸せオーラを撒き散らしながら三人を引きずってダッシュで個室を出るレベッカ。剣士でもないのにどこからあんな筋力が発生しているのだろうか?


「よかったのかな……これが刈り取りの始まりなのかもう終わったのか……」


 いまだ不安の振り切れないカレン。自分の勧めた罪の結果だけに不安は尽きないようだ。レベッカに放置されても何の反応も見せない。


 一方その数時間後カシウス夫妻宅にて。


「レベッカが帰ってこない。こんなに家が広く感じるとは……いや、クロとシロ二人とも死産だったのだから何かフォローをしているんだろうが……久しぶりの一人は寂しいな」


 一人膝を抱えてベッドに横たわる哀れなウィリアムがいた。


 レン、クロ、シロはしっかりたっぷり昼間のレン以上にレベッカに甘やかされていた。四人とも抱きしめあいながら眠りにつき、哀れなウィリアムとは対照的に心底幸せそうな表情をしていた。


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