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第三十二話 罪の刈り取り

 久しぶりに親子の再会をした翌日。


 三人はカレンの本当の目的を聞きに対談所へとやってきた。


「さてはて、どこに向かわされるのかねぇ」


「そうねぇ、やっぱりレンが探してる米とか醤油のあるところがいいわよね」


「ふむ、確かノリカ大陸の食文化はエウレアと同じぐらいだからおいしいデザートが食べられるかも」


 そんなそれぞれの願望を言いつつ対談所の個室へ入る三人。


「よお、カレン、久しぶりってほどでもないけどやっぱりイクスの対談所は落ち着くな」


「カレン様、こんにちは」


「どうしたのカレン?なんか元気ない」


「あ、ああ……三人とも久しぶり……」


 カレンのホログラムが一段と生気を失ったように見える。口調も静かで、いつものおちゃらけた様子は形を潜めている。


「随分と元気ないな?どうかしたのか?」


「い、いや、なんでもないよ。用件はなんだい?」


「いや、もう充分Aランク討伐は経験したろ?お前の目的に向かうんじゃないのか?どこへ向かわされるのか聞きにきたんだが?」


「あ、ああ、それね…………ごめん、まだ準備が整ってない。もう少しだけイクスにいてほしいんだ……」


「準備中?何か問題でもあって調査してるのか?」


「そ、そんなところ……」


「ふむ、ようやくカレンに出世払いできるようになるかと思ってたんだが。まあお前の目的なんだし、俺たちが寿命で死ぬ前にはちゃんと向かわせてくれよ。ゆっくりできるのもありがたいしな。もう帰るけど大丈夫か?」


「う、うん……大丈夫だよ……またね」


「カレン様、さようなら」


「また今度」


「こういう結果になるとは……レンレン耐えられるかな……」


 静かに思い詰めた顔で独白するカレン。三人にいよいよ刈り取りが来ているのだろうか?


 カレンにイクスでしばらく暮らすよう言われてから2ヶ月。


 最近のクロとシロは明らかに様子がおかしい。


 二人とも食欲がなくなり、微熱が続くようになった。クロにいたっては乗り物に乗っているわけでもないのに吐いてしまうことがたびたびあった。二人とも朝ふらふらしてなかなか起き上がれず、日中もなんだかふらふらしている。


 レンはヒールをかけ続けているのだが、一週間経っても二人の症状が良くなる気配がない。レンは「もしかして」と思い、二人に聞いてみた。


「クロ、シロ、聞きづらいことなんだが、最後に生理がきたのいつか覚えてるか?」


「えー……よく覚えてないけど……イクスに帰ってきてからそういえばないような……」


「ん……確かに帰ってきてからきてない……」


 二人とも調子が悪いせいか返事がぼーっとしている。


「ふむ、ちょっとカレンのところいってくる。ミルクパン粥とハーブティーおいとくから、なるべく何か口に入れてくれ。二人ともおとなしくしてろよ」


「「いってらっしゃい……」」


 そんな弱弱しい返事をする二人。


 対談所にて。


「カレン、クロとシロ妊娠してるだろ?」


 レンがカレンに尋ねる理由はニエフに妊娠検査薬や産婦人科などの専門医学が発展しておらず、チェックで健康状態の良し悪しは分かっても、妊娠の詳細は分からないため、カレンに聞くのが一般的なのだ。妊娠鑑別能力もカレンが神様からもらった能力のひとつである。


「う、うん……そうだよ……二人とも妊娠してる……」


「やっぱりか。そういえば帰ってきてから様子がおかしかったのもしばらくイクスにいろといったのもそのためか?」


「うん……あの時妊娠一ヶ月弱ぐらいだったよ……」


「本当に……?俺達に子供ができたのか……?」


「う、うん……君たちの子供だよ……」


「すごく嬉しい……!!だけど、俺達は……旅の途中だ。迷惑になるかもしれないがその間は父さんと母さんに預かってもらうしかないか……」


「そう、だね……ウィリアムさんたちに任せるしかないと思う」


「すまんな、お前の目的の邪魔になってしまって。でもニエフには避妊具とかないしな」


「い、いや、かまわないよ……急がなくてもいいんだし……」


「相変わらずやけに元気ないな?そりゃ今二人が妊娠三ヶ月ってことはこれから七ヶ月はイクスに居続けなければいけないからお前は困るんだろうが?」


「そ、それも別に構わないよ……わかっていたことだし……」


「そうか。とりあえず父さんと母さんに話をしてくる。教えてくれてありがとうな」


 レンは対談所の個室を出ていった。


「はぁ……本当のこといったほうがいいのかなぁ……でもそうすれば……どうすればいいんだ、こんなことニエフでほとんどないはずなのに……神様、これが三人の罪の刈り取りなのですか?」


 カレンは神様から与えてもらった能力でクロとシロに何か罪の刈り取りとして悪いことがおきていると知っているようだ。


 カシウス家にて。


「父さん、母さん、お願いがあります」


 深く頭を下げて両親にお願いするレン。


「どうした?なにかあったのか?」


「最近クロとシロの調子が悪そうだったけど、もしかして……?」


「はい、母さんの予想どおりです。二人ともここ一週間ほど調子が悪く、ヒールをかけても治らないため、カレン様に確認してもらったら今二人とも妊娠三ヶ月ほどらしいです」


「よかったじゃないかレン!!」


「あなた、レンたちはこれから旅に出ないといけないのよ……孫が出来るのは嬉しいのだけど……その子たちを私たちに育ててほしいとお願いしに来たのねレン?」


「はい……申し訳ありませんが、お願いできますか?」


「別に構わないぞ?」


「はぁ、あなた?レンたちは結婚していることを秘密にしているのよ?三人に似た子供を預かれば町の人たちに知られてしまう。でも大丈夫よレン、しっかり育てるわ」


「父さん、母さん、申し訳ありません。俺が二人のうちどちらかを妻としてきちんと選べていればこういうことにもならなかったと思うのですが……」


「三人で結婚することを決断したのはクロとシロよ?そしてあなたが正常な状態でも二人のうちどちらかを選べなかっただろうことは今のあなた達を見ていて分かるからいまさらよ。出産はレンの治癒魔法と私の経験で何とかするしかないわね」


「すまんレベッカ……力になれなくて」


「いいのよあなた、男性には男性の、女性には女性の役割がそれぞれあるもの。それにマリーも今妊娠5ヶ月らしいし、ついでに面倒見てくるわ。レン、魔石車を運転してもらえる?」


「姉さんも妊娠してるんですか?」


「ええ、アルーゼはちょっと遠いから連絡が遅れて、一ヶ月前ぐらい前に知ったのよ」


「母さん、すぐ教えてくれれば魔石車ぐらいいつでも運転して母さんをアルーゼまで送り迎えしたのに」


「レン、そんなに心配しないの。マリーは私に似たのかクロやシロみたいになっていないらしいわ。それにアルーゼの女性教会員の方たちも手伝ってくださってたから大丈夫なのよ」


「わかりました。アルーゼへはいつ出発しますか?」


「そうね、魔石車なら半日もあれば往復できるでしょう。まだ朝早いし、今からでもいいかしら?マリーに体の異常はあまりないから、激しい運動をやめるよう注意するだけですむわ。それよりも私とレンしか面倒を見れないクロとシロを助けてあげないと。あなた、ちょっと行ってきます」


「あ、ああ。マリーによく注意しておいてくれ」


「母さん、行きましょう。父さん、行ってきます」


 そういって二人はアルーゼへと出かけていった。


 レベッカが半日かかるといった距離をレンがシロ並みの運転技術を発揮し、数時間で往復してしまった。レベッカはしっかりとマリーに妊娠中の過剰な運動は流産につながると言い聞かせ、マリーは渋い顔をしたものの、一時剣術の授業は臨時の先生に任せることとなった。レンはマリーの妊娠を心から祝福した。


 それから5ヶ月。


 レン、レベッカ、ウィリアムの三人はマリーが産んだ子供を見るためまた早朝から全速力でアルーゼへと向かっていた。


「あら、パパ、ママ、レン、早かったわね?クロとシロはどうしたの?」


 とても子供を産んだとは思えない元気なマリー。しっかりと赤ちゃんをその腕に抱いている。


「ふふっ、レンがどうしてもマリーの赤ちゃんを見たくてすごい運転技術でここまでつれてきてくれたのよ。クロとシロは体調がかなり悪くて、レンの治癒魔法でだいぶ良くなったのだけれど安静にしてたほうがいいから家で休んでいるわ」


 クロとシロについての説明は嘘ではない。妊娠期間が進めば進むほど二人の体調は悪化した。レベッカが必死に栄養のある料理を作ったり身の回りの世話をしたり、レンが何度もギガヒールをかけたり、しまいにはリバイブまで使って何とか安静にしていれば大丈夫な状態になった。


 レンはマリーの赤ちゃんをみてすごく嬉しいのだが、どう考えても普通の妊娠状態ではないクロとシロのことが心配でたまらなかった。何度もカレンにどうして二人がそんな状態になっているのか聞きに行ったが、カレンは沈痛そうな顔で「僕にも分からない」と真実を隠し続けた。


「ウィリアム先生、レベッカさん、レン、来てくれてありがとうございます。ウィリアム先生、この子の名付け親になっていただけませんか?カレン様からは特に指定されませんでしたので」


 もうすぐ20歳になるキョウヤは若くともしっかりと父親の風格を漂わせている。


「二人が名前を決めなくてもいいのか?」


「はい、マリーとよく話し合って、ウィリアム先生に名前をつけてもらうのがいいと決めました」


「そうか、そうだな……というか、女の子か?男の子か?どっちだ?」


「女の子です。マリーに良く似たかわいい子でしょう」


「ふむ、女の子か。グレイスなんてどうだろうか?イエス様の十字架の恵みにかけてみたんだが。ちょっとありふれた名前すぎるかね?」


「グレイスですか、いいと思います。マリーはどう思う?」


「ネーミングセンスのないパパにしてはいいと思うわ」


「マリー、あんまりウィリアム先生のこと悪く言うんじゃない。自分の親は敬いなさいと聖書に書いてあるだろう。マリーも良く分かっているはずなのに。謝りなさい」


「わかったわキョウヤ……パパ、ごめんなさい。この子に素敵な名前、グレイスを送ってくれてありがとう。レン、あなたの姪っ子はグレイスよ。抱っこしてみる?まだ首がすわってないから気をつけてね」


「あ、ああ、ねえさん、気をつけるよ」


 そういってしっかりとグレイスを抱くレン。


「グレイス、小さいな……でも暖かくて優しい匂いがする。目の色はマリー姉さんそっくりで髪の色はキョウヤそっくりだな……顔立ちも二人に良く似てる。俺の子供も……」


「ほめてくれるのは嬉しいけど、レンが子供もつなんて10年早いわ」


「ははっ、そうだね…………」


「ご、ごほん、さっきも言ったがクロとシロの体調がよくないので、短くてすまないが、これで失礼させてもらう。二人とも、子育てしながら教会と学校をやっていくのは大変だろうが、がんばるんだぞ」


「そうね、短くて悪いけどこれで失礼するわ。子育ても仕事もがんばってね」


「姉さん、グレイスを抱いてあげて。キョウヤ、姉さんとグレイスよろしくな。父さん、母さん、帰りましょう」


「パパ、ママ、レン、ありがとう。キョウヤとしっかり育てるわ。またね」


「ウィリアム先生、レベッカさん、レン、ありがとう。しっかりとマリーとグレイスを守ります」


 二人からの感謝の言葉を聞き終わると、三人はそそくさと部屋から出て行った。


 再び鬼気迫る表情ですさまじい運転技術を駆使してイクスまで戻ってきたレン。


 全速力でイクスの町を駆け抜け、家に戻るとクロとシロがうめき声を上げていた。


「クロ、シロ、どうした!?どこか痛いのか!?」


「あぁ……レン……苦しいよ……痛いよ……」


「ぐぅ、これは……たぶん、陣痛……」


 そう痛みを訴える二人のベッドは破水したのかびしょぬれになっている。


「くそ、なんでだ!?まだ妊娠八ヶ月だろ?とにかく母さん呼んでくる!!『ペインキラー』二人ともちょっとだけ待っててくれ!!」


 あまり陣痛の痛みをとってはいけないことすら忘れて痛み止めの治癒魔法をかけてしまうレン。抱えられて少し悲鳴を上げるレベッカを無視して家までフルスピードで帰り、二人の状態を見せた。


「なっ!!もう陣痛が!?早すぎるわ!!クロ、シロ、辛いだろうけどゆっくり息を吐きなさい!!レン、今すぐはさみと糸をお酒で消毒して持ってきて!!あと大きい入れ物にお湯!!清潔なタオルも!!」


 レベッカが慌てるのも無理はない。ニエフではなぜか妊娠期間がだいたい10ヶ月で固定されており、早産でも九ヵ月半といったところだからだ。


「はい!!」


 レンは出産のために準備していた各種の道具を揃え、木製の大きいたらいにお湯をため、タオルを煮沸して消毒し、すべてをクロとシロの元に持ってきた。


「クロ、シロ、大丈夫か!!」


「さっきより……平気よ……」


「少し……治まった……」


「陣痛の波ね。でも二人ともこのあとまた痛くなるでしょうから、なるべくゆっくり呼吸するのよ。痛いときは大声を出してもいいわ。あとレン、二人を横向きに寝かせてあげて。二人が痛がったら腰のあたりをゆっくりマッサージしてあげるのよ」


「はい、母さん!!」


 レンは即座にレベッカの指示に従った。


 その後二人は痛がったり治まったりをずっと繰り返していた。痛がるたびにレンは必死にマッサージをするのだが、痛みが強すぎるせいかあまり効果は見られない。


 そんな状態が十数時間続き、深夜になった。


「ここまで難産だと二人の命が危ないわね……」


 レベッカも疲労しているが、クロとシロはもはや言葉を発せないほどぐったりとして動かない。レンもギガヒールをかけつづけているのだが、出産の疲労がひどすぎるのか効果はあまりない。


「……母さん、少しきつい場面を見ることになると思いますが、手術を手伝っていただけますか?」


 レンは帝王切開をしようとしている。地球でそのような手術は練習したこともないし、レンがしていた手術の練習相手は動物。人間の体を帝王切開できるだろうか?


「ここまで来るともう他の手段がない……レンに任せるわ。手伝えることは全部するから」


「ありがとうございます。すみませんがシロを隣の部屋へ運んでいただけますか?俺はクロを運びます」


 レンとレベッカが隣の部屋へ入ると、金属製のテーブルが二台並んでいた。


「母さん、そっちのほうへシロを。俺はこっちへクロを」


 レンの指示に従い、シロをテーブルに寝かせるレベッカ。先ほど用意した清潔なタオルを二人の腹部にかけ、切開部位をはさみで切り取り、まずはクロの手術を始めた。


 幸いというかなんと言うか、妊娠中の子宮はレンでもはっきりと分かるほど膨らんでいるため、レベッカにナイフやはさみ、特注の刃のない先端が平たいはさみなどを渡してもらい、子宮を切開できた。


 その瞬間おぞましいものが現われた。


 地球で言うところの奇形というやつだろうか。本来あるはずの形を成しておらず、これを命と呼ぶにはあまりに歪だった。


「レ、レン……これは一体……」


 レベッカは何とか吐き気をこらえてたずねる。


「……そうか、これが……」


 レンは一言ポツリと発し、その後機械のように奇形を摘出し、床に置いた。


「母さん、傷を縫合するので手伝ってください」


 冷徹に指示を出すレン。無言で従うレベッカ。子宮も皮膚も魔法と手術両方使っているので完璧に塞ぐことが出来た。


 レベッカは今にも倒れそうなのだが、レンはまったくそれに気づかず、その冷たい迫力に半ば操られるようにレンの指示に従い、シロの帝王切開も行った。


 でてきたものはクロとまったく同じ。グロテスクでめちゃくちゃな肉の塊である。


 またレベッカは吐き気を催すのだが、レンが無視して手術を続けるため、必死で補助をするレベッカ。


 二人の手術が終わり、レベッカと二人で眠るクロとシロを寝室へと運ぶレン。


「母さん、申し訳ないんですが、今夜は二人と一緒に寝ていただけませんか?」


 機械的なまったく感情のこもっていない声で告げるレン。


「え、ええ……そのぐらいなら大丈夫よ……」


 つかれきっていた上にあんなものを見て顔が真っ白になっているレベッカ。


「クロとシロには死産だったと伝えてください。俺はあれをいまから焼き尽くしてきます」


「わ、わかったわ……あんなものを産んだと知ったら二人もひどいことになるでしょう……」


「よろしくお願いします」


 レンは手術室へ戻り、二つの肉塊を布で包み、足の筋肉がちぎれるほどの速度でイクスから離れ、草原の中で無意識のうちに、光と炎を融合させ、周囲を広範囲に全魔力で焼き払った。


「これが……三人で結婚した……罪の刈り取りなのか…………?」


 そんなことをつぶやきつつ、祈ることも出来ずに草原に倒れこんで空を見上げるレン。


 レンもクロもシロも死んではいない。ウィリアムもレベッカもマリーもキョウヤも誰も失われていない。しかし新しい命はレン、クロ、シロには与えられなかった。


 三人の力を合わせても乗り越えるどころか強制的に突きつけられる刈り取り。果たしてこの罪の刈り取りがまだ小さいものなのか、これからさらに大きな刈り取りが待っているのか。


 レンの脳裏には未来への恐怖が大きく渦巻いている。

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