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第二十八話 穏やかな日々、その先へ

 カレンから普通の職業を勧められてから3日後。


 三人とも無事カレンの提案した職業に就くことが出来た。


 というか、引っ張りだこだった。


 三ヶ月という短い期間にもかかわらず、レンは冒険者としてイクスで名が通っているため、情報係と換金所を掛け持ちするようお願いされていた。レンは自分の経験からギルドに来る冒険者にしっかりと適切なレベルの魔物の生息地と攻略法を教え、魔石や素材の換金も今までの経験から特に教えられずとも適正金額をきちんと支払った。冒険者達は自分たちに適切な魔物と攻略法を詳しく教えてもらい、より多くの魔物を狩ってきた。


 クロはイクス中の人にすさまじい筋力を持っていることを知られているため、木材ギルドの人たちは泣いて喜んでいた。仕事もかなりの魔法が使えるため、あまり得意ではない風魔法でも大木を伐採でき、それを数本抱えて軽々と町まで運んで行く姿にレンと同様驚かれつつも重宝されていた。


 シロも普段から超スピードで飛行しているところを見られているため、郵便局の人たちは大喜びし、イクスだけでなくこれからマリーの行くアルーゼまでの郵便配達をお願いされ、馬車で三日かかるところを2,3時間で往復し、やはり驚かれつつ重宝されていた。


 そんな三人だったが、冒険者時代に比べればゆっくりと生活できていた。三人ともだいたい9時から18時ぐらいまで仕事をしている。冒険者は狩り場と町を往復するため、どうしても移動時間が長くなる。それでも魔石や素材は必需品であるため、普通の仕事に比べれば日給は高いのだが。


 三人の収入も冒険者時代からは少なくなったとはいえ、三人合わせて約200万ルン。これはすさまじい金額である。それも三人がそれぞれ優秀な職員だからであり、それぞれの職長はカレンに何度も三人が仕事を続けてくれるよう頼み続けた。カレンは困った顔をしながら


「一応三人の本職は冒険者だからね。今は三人ともちょっと事情があって臨時職員をしているんだ。その事情が解決されるのに3ヶ月かかるから、事情が解決してしまったら三人は冒険者に戻ると思う。ごめんね」


 それぞれの職長が来るたびに同じ説明をして事情を話していた。何度きても同じ説明しかしないカレンにがっくりしていた職長達だったが、現在進行形で三人がそれぞれの職場で素晴らしい利益を生み出しているので、臨時ボーナスでももらったことにしておくか、と諦めたのだった。


 そんなやり取りがあったのだが、三人はゆっくりとした生活を満喫していた。


「ふぅー……やっぱり風呂は日本人の心だよなぁ」


「はぁー……お湯につかるのってこんなに気持ちいいのねぇ」


「すばらしい。しかし風呂め、私たちの裸体よりレンの心をつかんでいる。でも気持ちいい……」


 三人は職長達がカレンに抗議していることも露知らず新調したでかい檜風呂のような湯船につかってまったりしている。お湯はレンが火と水の複合全体攻撃魔法ヒートウォーターストームで沸かしたものである。


 シロはちょっと文句を言っているが、レンが二人の裸体よりも風呂に夢中になるわけが無い。しっかりと二人を抱きしめながらお湯につかっており、半ば無意識にクロの胸を触ったり、シロの足をなでたりしている。


 クロなら恥ずかしがりそうなものだし、シロもよだれをたらしそうな状況なのだが、むしろ二人のほうが風呂に夢中になっておりレンに何をされているのか気づいていない。初めての風呂だからなおさらその気持ちよさに心奪われているようだ。


「えー、クロさんや、シロさんや、ちょっとお願いしてもいいかね?」


 15分ほどして風呂から上がり、クロとシロにまた何か変態的要求をしようとするレン。


「ほへー……なあにれん……」


「レン……シロがなんでもお願いきいてあげる……」


 クロもシロもぼけーとしていてレンが変態的要求をしていることに気づかない。いや、シロは気づいているのかもしれないが、返事が完全に上の空である。


「ふっふっふっ、日本の夫婦は風呂に入った後、互いをマッサージするんだ」


「マッサージ?それなあに?クロ知りたいわ……」


「クロ、マッサージはレンが私達を気持ちよくしようとする行為に違いない……」


「あー、大丈夫か二人とも?お湯がちょっと熱かったか?かなり顔赤いぞ?」


 ようやく自分の要求よりも二人の様子がおかしいことに気づいたレン。


「気持ちよく……?レン、クロお姉さんにそれ教えなさい……」


「私達だけでなく……レンお兄ちゃんも気持ちいいはず……」


 クロも気持ちよくなることにあまり抵抗は無いようだ。今は判断力が低下しているからか、それが顕著に現われている。シロも判断力が低下しているようだが、それでもしっかりとレンの要求内容を理解しているようだ。


「あー、二人とも、その前にちょっと頭冷やそうな、『アクアウィンドウォール』」


 絶妙なコントロールでダメージを与えないよう風と水の複合防御魔法を放つレン。風呂の温度を調節できること同様、攻撃魔法全般が苦手で威力があまり出せないからこそ出来ることなのかも知れない。


「つめたっ、さむっ!!」


「ん、ちょうどいい冷たさといい風」


「大丈夫か二人とも。正常な判断力は戻ったか?」


「ふう……気持ちいい魔法ね、ええ、もう大丈夫よレン、マッサージって何?」


「ん、悪くない。レン、シロが命じます。マッサージを教えて」


「シロはなんとなく分かってるみたいだが……クロ、ちょっと手を出して」


「ん、はい、レン」


 健気に手を出すクロ。その手を優しくもみほぐすレン。


「むぅ、クロばっかりずるい。私も」


「はいはい、シロはだいたい何か分かっているだろうに。ほれ」


 シロの手ももみほぐすレン。


「へぇ、手をもみほぐすとこんなに気持ちいいのね?」


「ふふふふふ、予想通り。レン、ナイスチョイス」


 ニエフではマッサージが一般的ではない。理由は治癒魔法が万能すぎるからだ。


「クロ、マッサージを背中や足腰にしても気持ちいいんだ……ってシロ!!急に俺の背中をさわるな!?びっくりするだろ!!」


「ふふふふふ、レンの出身世界はすばらしいものであふれてる。活用しないはずがない。うりうり、ごしごし」


「うっ、くっ、痛気持ちいい…………」


「ご、ごくり……すごい効果ね……えいっ!!ふふっ、どう?レン気持ちいい?」


 シロがレンの背中をマッサージすると、クロがレンの前に回り込み、足をマッサージした。


「ぐっ、さすがクロは力が強いな……だがいい力加減だよ。気持ちよかった。後はベッドに移動して続きをやろう」


 自分の提案で妻二人にマッサージされるレン。風呂場を出て寝室へと向かう。


「さて、二人同時にマッサージは難しいな……」


「レン、クロからマッサージして」


 シロから提案された。


「シロ、いいの?」


「クロは私よりお姉さん。だから妹はお姉さんを優先させる」


「そう、私頭が良くない姉だけど……優先してくれてありがとう」


「姉妹の仲に頭の良さは関係ない」


 レンは微笑ましい姉妹のやり取りを眺めて幸せそうだった。


「ほい、クロからね。おお、お嬢さん腰が凝ってますね~~」


 グリグリとクロの腰をマッサージするレン。クロは力仕事をしていたため、腰回りがひどく凝っているようだ。


「うぅっ、痛いけど……気持ちいいわ。疲れが溶けていくようね……」


「ここもか。足もかなり張ってるな」


「ふあぁ……レン、足気持ちいいわ……」


「よし、力強めでいくが大丈夫か?」


「全然ばっちりよ……」


 トロンとしたクロ。


 その後レンがマッサージを続けていると


「レン…………私も」


 シロが上目遣いをしながら、パジャマの裾を少し引っ張ってレンにマッサージをおねだりしてきた。


「よし、じゃあ交代だな、シロ、おいで」


「ん、よろしく」


「次はシロな。おや、お嬢さんも凝ってますね~~」


 優しくシロの背中をマッサージするレン。シロは毎日町中を飛び回っているため、翼の付け根、肩甲骨のあたりが凝っているようだ。


「ぐぅっ、痛い……でもいい気持ち。翼の付け根が特に良い」


「ここな。やっぱりかなり張ってる。毎日あれだけ飛んでたら無理もないか」


「ん……レン、そこもう少し強め」


「了解。無理ならすぐ言えよ?」


「ん……大丈夫。レンの手、安心する」


 シロの体からふっと力が抜けていく。

 普段は冷静で隙の少ない彼女が、今は完全に身を預けていた。


「ふふ……シロ、とろけてるわね」


「クロだって同じ顔してた」


「うっ……そ、それは言わない約束でしょう?」


 三人でくすりと笑う。

 穏やかで、静かな時間だった。


 やがてレンは手を止め、軽く肩を叩いた。


「よし、こんなもんかな。少しは楽になったか?」


「ん……すごく軽い。翼を動かすのが楽」


「私も腰がだいぶ楽よ。こんなに違うのね……」


 二人は体を起こし、感心したようにレンを見た。


 そして――

 顔を見合わせる。


「……レン」


「ん?」


「今度は俺か?」


 クロとシロが同時にうなずいた。


「私たちだけ楽になるのは不公平だもの」


「ん。レンも働いている。だから私たちがやる」


「いや、俺は別に――」


「だめ」


 即答だった。


「夫婦は支え合うものよ、レン」


「ん。命令。そこ座って」


「命令って……」


 苦笑しながらも、レンは素直にベッドの端に座った。

 二人はその後ろに回る。


「私は腰と足をやるわ」


「私は背中と腕」


 次の瞬間、二人の手が同時にレンに触れた。


「おっ……」


 思わず声が漏れる。


 クロの手は温かく大きく、しっかりと筋肉を捉える。

 シロの手は細いが的確で、凝った部分を正確に押してくる。


「どう?」


「……上手いな二人とも」


「ふふ、レンにしてもらったマッサージを真似してるだけよ」


「ん。あの体験は非常に参考になる」


 腰の緊張がほぐれ、背中の張りがゆっくりとほどけていく。

 戦いでも訓練でもない、ただの穏やかな疲労。


 それが静かに溶けていった。


「レン、いつもありがとう」


 クロが小さく呟く。


「ん?」


「働いてくれて、守ってくれて……こうして、私たちを気遣ってくれて」


「クロ……」


「だから今は、私たちがレンを楽にする番」


 シロも続く。


「ん。レンが倒れると困る。私たちが困る」


「理由がずいぶん正直だな」


「事実」


 三人でまた笑った。


 マッサージはしばらく続いた。

 やがてレンの体から完全に力が抜ける。


「……ああ、だめだ」


「ん?」


「眠くなってきた……」


「ふふ、効いてる証拠ね」


「ん、成功」


 レンはそのままベッドに横になり、目を閉じた。

 クロとシロも左右から静かに寄り添う。


「今日も一日、平和だったわね」


「ん。いい一日」


「……ああ」


 半分眠りながら、レンが答える。


「こういう毎日が続けばいいな」


 二人は顔を見合わせ、柔らかく微笑んだ。


「続くわよ」


「ん。三人なら」


 灯りを落とし、

 三人はそのまま静かな眠りへと落ちていった。


 レンは眠りに落ちる直前、ふと考えた。

  ――俺達の力で、どこまで行けるのだろうか。

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