第二十三話 祝福できない理由
レンとクロ、シロが洗礼を受け、学校を卒業し、なぜかマリーも教師を退職してイクスへと帰ることとなった。
今回もいつものように馬車に乗ってイクスを目指している四人なのだが、一人だけ心ここにあらずな人物がいる。
いわずもがな、レンである。
レンはマリーがどうしても退職してまでイクスに帰る理由を教えてくれないことから疑問、猜疑心、不安が常に心の中で渦巻いており、普段馬車に乗るときレンは馬の世話を熱心にしたり、一緒に同乗している人たちに休憩中魔物を狩っておいしい料理を作ったりしているのだが、今は移動中も休憩中も馬車の中に閉じこもっていた。
そんなレンにマリーはあきれていた。まったく、精神年齢は現在40歳以上だろうか。それなのに本当に15歳の子供どころかそれ以上に幼稚な状態になっている。姉萌えシスコン体質はこの15年で精神的致死性の病に重症化してしまったようだ。
そんなレンをクロとシロはアイナスの言いつけ、体の接触を避ける、を破ってまで体の接触を図って元気付けようとしたのだが、マリーが何を隠しているのかーーその不安が、レンの感覚を完全に閉ざしている。
「サンキュー……」
そんな二人の存在を認識しているのかどうか怪しいような返事しか返ってこなかった。
そのような状態が1週間ほど続いたとき
「いつまでうじうじしてるの!!!」
マリーが雄たけびをあげた。
ズガン
金属で岩を殴ったような音が発生した。いや、確かに殴っているのは金属。マリーが新しいサイズで新調したミスリル製のガントレットだ。殴られた岩はレンの頭。
しかしレンは涙ぐむだけで悲鳴も上げない。涙を目にためてマリーに顔を向け事情を話してくれるよう無言で訴えるだけである。姉萌えシスコンには相当な痛覚遮断機能もあるようだ。
「あと一週間で分かるわよ!!いつもみたいにちゃんとしなさい!!」
そうマリーに命じられる以上、レンは奴隷のような幽鬼のような状態で馬の世話をしたり魔物狩りをして料理を作った。だが、やはりふらふらとしており、道中、魔物狩りをしていてもしょっちゅうダメージをくらってクロとシロをおろおろさせ、作った料理もみんなが口に入れた瞬間吐き出すようなまずさだった。魔物の食料を使ってまずい料理を作れるのはある意味天才である。
「パパ、ママ、ただいま」
「あ、ああ、おかえりマリー、どうしたんだい?仕事は?」
「辞めてきたわ」
「え、教師を気に入っていたんじゃないのか?」
「あらあら、お帰りマリー。幸せになるのよ」
「しかし、レンはひどい怪我をしているな……?道中何かあったのか?」
頭にでかいたんこぶを負っているレンに気づいたカシウス夫妻。
「パパ、ママ、大丈夫よ。ちょっと根性叩きなおしてあげただけ。」
「いや、ちょっとか?」
大きすぎるたんこぶに疑問を持つウィリアム。
「ギガヒール」
すかさず治癒魔法を唱えてレンを癒すレベッカ。3人への心配も今は吹っ飛んでしまっているようだ。
「マリー、どうして弟にこんなことするんだい?」
ウィリアムは静かに怒っているようだ。
「レンがあまりにも情けなかったからよ。」
「マリー、それにしたってこれはひどいと思うわ」
「ふん、私からの説明だけじゃわからないならクロとシロからも説明してもらえばいいわ。レンが馬車に乗っている間どんなに情けなかったか。クロ、シロ、説明なさい」
「「はい、マリーお姉さま!!」」
元気よく衛兵のような敬礼をして返事するクロとシロ。クロは割りといつもこんな感じだが、シロがマリーをお姉さまなんて呼ぶのははじめてである。
クロとシロがレンがどのような状態だったのか事細かに説明した。
「帰ってくる理由ぐらい教えてあげればいいじゃないか。こんな大きな傷をつける理由が何かあるのかい?」
「私は聞いているけれど、でもそれがこんなに弟を傷つけていい理由にはならないと思うわよ、マリー」
「母さん、姉さんが帰ってきた理由、知ってるの……?」
そこでようやく正常な意識を取り戻し、レベッカに問いかけるレン。
「ママ、教えちゃダメよ。レンを甘やかさないで。」
「いや、ここまでくると甘やかすとかのレベルじゃないような気がするわ」
「ふん、こんな情けない状態になって、姉離れできないようじゃ困るわ。最初ファルバに行くときにパパとママと別れたときよりも100倍ぐらいひどい状態なのはクロとシロから聞いて分かったでしょ」
「いや、それは二人の説明を聞いて分かっているんだが、マリー、レベッカ、理由は何なんだい?」
「あなたも結構鈍いわねぇ、レン、明日には説明してもらえるわ。マリー、明日でもいいかしら?」
「別に今すぐだっていいけど、レンがそんな状態じゃ事態を飲み込めないでしょうから、明日にするわ」
「母さん、ありがとうございます……」
それだけ発言すると、レンは旅の疲れと傷を負ったためか、すぐに自室のベッドに倒れ込んだ。
翌日、レンが目を覚ますと久しぶりにクロとシロに添い寝をされていた。
「ん……ここはイクスの家か。ってうお!!クロ、シロ、なんでいるんだ?」
「レンがあまりにつらそうだったから……いいでしょ?」
「マリーは一体何を隠してる?今日説明してくれるけど」
レンは結構長いこと眠っていたらしく、もう昼間だった。リビングに入るとウィリアムとレベッカがレンを抱きしめた。
「レン、大丈夫か?もう痛くはないか?」
「レン、傷はちゃんと治ったかしら?ギガヒールをかけたから大丈夫だと思うのだけど?」
「ああ、久しぶりに父さんと母さんに抱きしめてもらった……はい、父さん、もう大丈夫です。母さんが治してくれたんですね、ありがとうございます。もう大丈夫です」
久方ぶりの親子の抱擁に感動するレン。体は問題ないことを伝えることができた。
「レン、マリーは今ちょっと出かけている。マリーがお前にしたことは褒められることじゃない、レベッカ、その件に関してはマリーにきちんと言ってくれたのか?」
「ええ、出来る限り言い聞かせたんだけど、なかなか自分の否を認めなかったわ。誰に似たのかしら?」
「もうマリーも20歳なんだからもう少し忍耐強くてもいいと思うんだが。先生もちゃんとやれていたのか心配になってきたな。いきなり辞めてしまうし、学院側も困ってなければいいんだが……」
「その、父さん、姉さんは教師としてとても優秀でしたよ?最終的な給料もたしか100万ルンだったはずです。退職した経緯は聞いていないので分かりませんけど」
「そうか。マリーはちゃんと先生できていたんだな。レンが見てきたことなら確かだろう。レンも問題ないみたいだな。レベッカ、念のためチェックを頼む」
「はいあなた。『チェック』すごいわね、いくらギガヒールをかけたとはいえ一晩で完治しているわ。若いっていいわねぇ」
「母さんの魔法だからですよ。トライ先生が治癒魔法は家族相手だと効果が高くなるって言ってました」
「そ、そうだったわね……久しぶりに治癒魔法使ったから忘れてたわ。ふふ、レンはいい息子ね」
(母さんの照れてるところ、かわいいなぁ)
そんなマザコン的な感想を抱くレン。
「ふむ、あとはマリーが帰ってくるのを待つだけか。一体どんな理由で教師を辞めてイクスに帰ってきたんだろうな?相当の理由なんだろうが」
「あなた、すぐ分かるから大丈夫よ。それにしてもレンはあなたによく似てるわねぇ。女性の機微に疎いところとか。まあ見た目もレンはパパにそっくりだものね。ふふふ」
そんな和やかな親子の会話をしていると、勢いよくカシウス家の玄関が開けられた。
「パパ、ママ、レン、事情を説明するわ。入ってきてキョウヤ」
マリーにつれられてカシウス家に入ってきたのはレンの友達、フジワラ・キョウヤだった。
「ウィリアム先生、レベッカさん、失礼します。久しぶりだなレン。クロとシロも久しぶり。元気だったか?」
「こんにちはキョウヤくん。マリーの話に君が関係してるのかい?」
「こんにちは、キョウヤ。マリーと仲がよさそうで何よりだわ。でもうまくコントロールしてね?」
「久しぶりキョウヤ……姉さん、キョウヤが何か帰ってきた理由と関係あるの?」
「キョウヤ久しぶりー!!!!またちょっと大きくなったんじゃない?」
「お久しぶりキョウヤ……」
「ママにはもう話してるけど、キョウヤと結婚して隣町のアルーゼで二人で教会をしながら私は小さい学校を開こうと思うの。アルーゼには教会も学校もないからね」
「「はい!?!?」」
ウィリアムとレンがシンクロして変な声を上げている。レンが転生者でもやはりレベッカの言うように息子は父親に似るものらしい。
「そうねぇ、キョウヤが牧師をやるには少し若すぎるような気もするけど、でもちゃんと信仰告白もして洗礼を受けてしっかりとパパから一年間勉強してきたものね。でもマリー、キョウヤの奥さんになる以上、きちんとキョウヤを夫として立ててあげるのよ?先生も続けるならしっかりね」
しっかりしたアドバイスをしているレベッカ。
「いやいやいやいやいつの間にそんなことに!?!?」」
再びシンクロしているウィリアムとレン。
「2年ぐらい前かしら。そのころにキョウヤを好きになって。告白したら昔からあこがれてました、ずっと好きでしたって言われたから。両思いなら何の問題もないでしょう?」
「マリーが結婚……」
「姉さんがキョウヤと……」
三度シンクロして固まっているカシウス家男性二人。
「あなた、キョウヤが熱心に神様と聖書のことを学んでいたのはよく知ってるでしょう?あなた自身が牧師になるための学びをしていたんだから。そうよねキョウヤ?」
「レベッカさん、その、僕が最初に教会にきたのはレベッカさんのおいしい料理が食べたかったからです。でも、お二人の働きを見ているうちに、主に従いたいと思うようになりました。そんな時、マリーさんは僕のことを、クリスチャンとして魅力的だから好きといってもらえました」
「最初の動機はそういうことでもいいと思うわ。あなた、ファルバに行く前マリーにはいいクリスチャン男性と結ばれてほしいって言ってたじゃない。キョウヤはそれにぴったりだと思うわ」
「マリー、2年前からそういうことがあったならもう少し事前に話をしてくれてもよかったんじゃないか?」
「イヤよ。恥ずかしいじゃない。それに何も言わなくてもママは分かってたわ。女心に疎くて私とキョウヤの関係を見抜く観察力のないパパとレンが悪いわ」
はじめからレンはキョウヤがマリーを好きだと気づいていたのだが、まさかマリーのほうがキョウヤを好きになるとは予想していなかった。
「レン、あなたがとても愛している姉がキョウヤと結婚してさらに新しい教会と学校を始めるのよ?レンも祝福してあげて?」
レンはしばしなにもいえなかった。
「レ、レン、何か言ってあげないと……」
「レン、姉の幸せを喜ぶべき……」
クロとシロにそういわれ、ようやく
「姉さん……キョウヤ……幸せになって……」
(祝福したい。なのに、胸の奥だけが「奪われた」と叫んでいる)
(姉さんが遠くなる。それが、こんなにも怖い)
「ありがとうレン。もう一緒には戦えなくなるけど、レンにはクロとシロがいるから大丈夫よ。アルーゼは馬車で3日ぐらいだから会おうと思えばいつでも合えるわ。それと結婚式は一ヵ月後ぐらいにしたいわ。いいかしら、パパ、ママ?」
「ああ、問題ない。一ヶ月もあれば準備できるだろう。レン、結婚式に少しお金が必要だろうから、マリーのためにクロとシロと三人で魔物を狩ってきてもらえるか?」
「マリー、ちゃんとキョウヤと相談して決めたの?レン、私からもお願いするわ。クロとシロと力を合わせて魔物を狩ってきて頂戴。3人とも家族としてマリーを、私たちを助けてくれないかしら?」
「レベッカさん、一ヵ月後というのはちゃんと相談して決めました。レン、クロ、シロ、僕は三人みたいに冒険者としての力はないから、申し訳ないけどお願いしてもいいかな?」
「ああ……了解した……クロ、シロ、手伝ってくれるか?」
ものすごく暗く低い声で了解の意志をキョウヤに伝え、クロとシロに確認を取るレン。
「だ、大丈夫、ばっちりやるわ。イクス周辺にはアイスランサーみたいなのもいないし……安全に狩れると思うわ」
「レンがやるなら、全力で手伝う……」
普段のレンがまったくみせない絶望に満ちた表情をみて、さらにレンの心の状態がひどすぎるせいか、パスを通してレンの心が傷ついていることを感じてしまうクロとシロは悲しみ戸惑いながらも肯定の意志を告げた。
そんなレンの様子に気づかないキョウヤとマリー、ウィリアム、レベッカ。
「「ありがとうレン」」
そうマリーとキョウヤに同時に言われ、
「じゃあ今から行って来る。早いほうがいいだろうから。クロ、シロ、装備を整えて出かけるぞ」
「レン、昨日怪我したばかりじゃない、いくら治っているとはいえ無茶しすぎよ」
「レン、一日ぐらい休んでからでもいいぞ」
「いえ、姉さんの結婚式ですからなるべくよいものにしたいので……すぐにいってきます」
そういってレンは装備の置いてある部屋まで行った。慌ててクロとシロがついていき、3人はすぐに家を飛び出した。マリーの結婚式をよくしたいという言葉は嘘ではないのだが、それ以上にキョウヤと幸せそうにしているマリーをこれ以上見ていられなかったのだ。
それから一ヶ月間、レンは狂ったように魔物を狩り続けた。これはキョウヤと共に実家にいるマリーを見ないためだった。また、マリーと距離を置くために3人の家を買うためでもあった。
戦い方もひどいものだった。マリーがいなくなっても攻撃担当のクロ、索敵と遠距離攻撃担当のシロ、遊撃担当のレンというバランスのいいパーティなのに、レンは二人との連携をまったく無視して常に防御無視で攻撃し続けた。いくらイクス周辺の魔物が一番強くてもCランクとはいえ、そんな戦い方をすればレンとて傷ついていく。そのたびに治癒魔法をかけてはいるのだが、失った血液は戻らないし、傷痕も消えない。
クロとシロはなんとかレンを守ろうとするのだが、いまやレンはマリー以上の特攻をしている。いや、特攻どころではなく血に飢えた凶戦士そのものだ。いまやウィリアムのバスターソード並に成長したインヤンクロスをめちゃくちゃに振り回し、動物系、植物系、鉱物系魔物に関係なくすべて真っ二つにしていった。
結果稼いだお金1000万ルン。しかし、レンのリビングアウトフィットはぼろぼろになり、自動修復するとはいえ相当の時間がかかるだろう。レン自身の体も数多の戦場を潜り抜けた歴戦の兵士のように体中に傷痕が刻まれている。肌の色は血液を大量に失っているため青白い。
毎日お金をカシウス家に届けていたのはクロとシロなので、ウィリアムたちは直接レンの傷ついた姿は見ていないが、毎日届けられる異常な金額と結婚式の2,3日前から受け取った魔物食材の量と種類が多すぎることから、ウィリアムたちもレンがかなりの無茶をしていることは勘づいていた。
しかし、おかげで料理も装飾も、イクスでは見ないほど豪華になった。レンは、クロとシロと共に鬼気迫る表情で料理をしていた。
姉のため必死にがんばっているようレンに対して、カシウス夫妻は何もいえなかった。
結婚式当日。
レンはなんとかクロとシロに助けられて教会までやってきた。家族なので事前に控え室に行くのだが、美しい衣装を着たマリーとキョウヤの幸せそうな表情を見て、ここ数日何も食べていないのに吐き気を催してしまい、クロとシロに頼んで外に連れ出してもらった。
式が始まってから、身内にもかかわらず教会の最後列の一番端の席に座り、結婚する二人を見ていられないのかレンはクロとシロにはさまれて常にうつむいていた。
流れてくる賛美歌、マリーとキョウヤがそれぞれ入場するときの音楽、ウィリアムが二人に告げる誓約の言葉、二人の返答、終わってからの参加者の盛大な拍手もすべてレンの耳には届かなかった。
二人が退場する時に一瞬だけ目を動かして確認したが、ものすごく幸せそうなマリーを見て、どうして自分がマリーをあのようにすることができないのか、初めて肉親にうまれてしまったことを後悔した。
「ごめん……クロ、シロ……もう姉さんを見ていられない。この後食事だから、二人は楽しんでくれ、俺は帰る……」
「馬鹿いわないでレン!!今のレンを一人で帰らせるなんてできないわ……レンが一緒じゃないとどんなにおいしい料理食べても意味ないじゃない……わたしが抱えてでもつれて帰るわ!!」
「レン、あんまりふざけたこと言わないで。今までの魔物狩りもそうだったけど、わたし達を無視しないで。3人一緒に帰る。拒否権などありはしない」
「二人ともすまない……この一ヶ月悪かった、一緒に帰ってくれるのは嬉しい……姉さんには申し訳ないけど、二人に甘えてもいいか?」
「当たり前じゃない!!」
「当たり前のこと聞かないで」
「すまない……よろしく頼む」
クロが超特急でウィリアムに事情を話し、クロとシロに支えられてレンは自宅まで帰り、力尽きたようにベッドに倒れこんだ。クロとシロがアイナスの言いつけ、肉体的接触を避ける、を再び破ってレンに寄り添って寝ている。
深く深く愛していた姉を失ったレン。そのレンをみて悲しむクロとシロ。
帰省したイクスでレンクロシロが経験した最初の出来事がマリーの結婚式であった。




