第十九話 祝福と嫉妬のあいだ
店先でアイナスへ、これまでの指導に対する謝罪と感謝を改めて告げ、彼女と別れた。
マリーとも道中で別れ、レンはクロとシロを連れて対談所へと向かった。
装備の準備が一部完了したことを、想像主に報告するためである。
三人が対談所の扉を潜ると、そこには彼らの報告を待つカレンの姿があった。
「死ね!!爆発しろ!! 砕け散れ!! 今すぐドラゴンにでも殺されて来い!!」
対談所の扉を開けた瞬間、鼓膜を震わせたのは、想像主カレンの阿鼻叫喚な罵倒だった。
「この超越スーパーリアオタ充が!! 2日連続でそんな美少女を連れてくるんじゃない!! しかもなんだその黄金率の絶対領域は!!2人に女子高生みたいな格好をさせて!! 君の精神年齢は三十歳オーバーだろうが!!それなのに、10代の、それも犬耳・カラス翼美少女を侍らせるなんて、もはや援助交際みたいなもんだ!! 僕は絶対、君を許さないぞ!!」
カレンは、両目から血の涙を流し、全身から燃え盛る嫉妬の炎を幻影として纏いながら怒鳴り散らしていた。
さすがは一生をオタクとして捧げ、こじらせたまま生涯を終えた独身男だ。
知識の深さも、その業の深さも、レンを遥かに凌駕している。
そして彼がこれほどまでに激昂している理由は、あまりにも明白だった。
かつて自分が抱き続けた理想、幻想、空想、妄想。それらを現在進行形で完璧に叶えているレンが、憎くて、羨ましくて、たまらないのだ。
レンの趣味は、すなわちカレンの趣味だ。
カレンが最も愛した「二次元の美」が、三次元を超えて目の前に顕現している。
しかも、自分には実体験することが許されない。
その絶望が、彼を破壊神のごとき形相へと変えていた。
「あ、あ、あわわわわわわわわ……か、カレン様、やはり、私たちの見た目に何か問題でも……?」
クロは、そのあまりの勢いに震え上がり、膝を折るように身を縮めた。自分の服装が神をも恐れぬ不敬に当たったのかと、不安げに上目遣いでカレンを見上げる。
一方、シロは冷静だった。どこか突き放したような冷たい視線でカレンを観察し、小さく口端を上げる。
「ふふ……羨ましい? 醜い嫉妬。でも、ちょっと可愛い。カレンとレンが同一人物だって、初めて実感したかも。……ねえ、レン? カレンが言うように、精神年齢が三十歳以上なら、いつでも私たちを好きにしていい。いつでもウェルカム」
「……あー、カレン、悪い。俺の趣味、つまりはお前の理想を詰め込んだ格好をさせた2人を連れて現れてすまない。でも、いつまでも初期装備のワンピース一着ってわけにはいかなかったんだ」
レンは項垂れながら、分身であるカレンに謝罪した。
「服装のチョイスは、俺が暴走して二人に押し付けた結果だ。だから、二人は責めないでやってくれ。悪いのは俺だ。……あと、クロ。お前の見た目には一点の曇りもない、完璧だ。昨日よりもずっと、もっと良くなってる。鏡を買ってやったんだから、帰ったらしっかり自分の目で確認しなさい。カレンが怒り狂っているのは、お前が彼の理想通りに、いやそれ以上に綺麗だからなんだ」
レンはクロの不安を宥めると、今度はシロに向き直って居住まいを正した。
「そしてシロ……クリスチャンにとって、婚前交渉は固く禁じられている。俺は今、このニエフでの肉体はまだ七歳だ。結婚なんてできないし、肉体的にも未成熟だ。つまり、物理的にも論理的にも不可能だ……いいか、あんまり俺の自制心を揺さぶらないでくれ」
レンの言葉には悲壮感さえ漂っていた。
「二人とも、あまりにも美人になりすぎたんだ。地球の時から女性に免疫のない俺にとって、その姿を見ているだけでも限界ギリギリなんだよ。俺の本質は、煩悩と性欲の権化みたいなもんだ。本気で誘惑されたら、一発でアウトだ。……クリスチャンになりたいんだろ? だったら、そういう言動は慎みなさい。たとえ相手が俺であっても、いや、俺だからこそだ」
レンの必死の説得に、クロは納得したように頷き、シロは「つまらない」と言いたげに肩をすくめる。
「シロ、カレンも俺の一部なんだから、もう少しカレンに優しくしてやってくれ。人に慈しみを持って接するのも、神様から与えられたクリスチャンの性質だろ?」
「カレン様とレンの趣味が、一緒……。レンが気に入る服を私にくれて……だからカレン様は怒ってる。それは、カレン様が私たちと一緒にいられないから。……カレン様とレンは一緒だから、つまりレンは、今の私たちといて嬉しい……?」
クロは自分の中でパズルのピースを繋ぎ合わせるように呟いた。
「あー、まあ、大体合ってる。今のクロとシロと一緒にいられるのは、心底嬉しい。だからこそ、孤独なカレンが発狂してるんだ」
「ふん、レンのヘタレ。好きな女ぐらい抱きなさい」
シロが毒を吐く。
「へたれは認める。だが、それとこれとは話が別だ! そもそも地球でまともに交際したこともない俺に、獣人とはいえ人間と同じ体になった二人をどう扱えばいいのか分かるわけないだろ。つーか『抱く』なんて言葉、どこから覚えてきたんだよ」
レンが頭を抱えると、シロが淡々と告げた。
「はぁ……分かった、今は諦める。クリスチャンになりたいのも、レンと同じ道を歩みたいのも嘘じゃない。最大限、我慢してあげる……セックスのことや性教育なら、クロと一緒にアイナスから受けたから大丈夫。ね、クロ」
「えっ!? あ、ああ、なんか色々教わった気がするね……」
「アイナスめ……余計なことを。いや、体が成長しきっている以上は必要だが、早すぎるだろ!」
レンは天を仰いだ。この世界の「女性」の強さに、眩暈を覚える。
「……すまんな、シロ。将来のことは約束できないが、今の俺の全力で、お前たちを幸せにする。それは誓うよ」
「今もレンがいるだけで幸せだけど……もっと幸せになれるの?」
「その誓いを破ったら許さない。地の果てまで追いかけて、無理やりにでもレンと一緒にいる」
シロの瞳の奥に宿る、暗いまでの執着。
レンは背筋に走る戦慄を誤魔化すように、努めて明るく振る舞った。
「……シロ、お前は母さんや姉さんとは別のベクトルで怖いな。女性ってのは、本当に強い。……あとクロ。イエス様と聖書の勉強が始まったら、もっと幸せになれる。俺と一緒にいることより、ずっと確かな幸せだ。前にも言っただろ、俺がいなくてもイエス様がいれば大丈夫だって」
「レンがいなくなるなんて、私、絶対に嫌よ!!」
クロが悲鳴のような声を上げた。
「まだイエス様のことは詳しく知らないけれど……だからこそ、レンがいない世界なんて想像できない。怖いよ……レン、お願い。アイスランサーの時みたいな無茶はしないって、もう一度約束して?」
「……ああ、努力するよ。自分を大切にしないと、愛してくれる人を不幸にする。それはカレンにも言われたからな」
「絶対じゃなくて努力なのね……わかった、もしレンに何かあったら、私が全力で守るわ。命を懸けて」
「それはダメだ、クロ。もしお前たちが傷ついたら、俺が不幸になる。俺たちは、三人で守り合うんだ。主が共にいてくださるように、俺たちもお互いから離れない。いいな?」
三人の間に流れる、密やかで濃密な空気。それを切り裂いたのは、放置され続けたカレンの力ない声だった。
「あのー……放置された挙句、目の前でスーパーラブラブ極上甘々オーラを浴びせられたせいで、頭が冷えてきたんだけど……怒りや嫉妬よりも、さめざめとした寂しさが襲ってきてさ……そろそろ三人の固有結界を解いてもらっていいかな? おじいさん、今にも孤独死しそうだよ?」
「あー、悪かったな、カレン。でもお前、死なないんだろ? 神様に作り替えられたんだから」
「気分だよ、気分。精神衛生上の問題だ」
「カレン様、ごめんなさい」
「……釈然としないけれど、ごめんなさい」
クロとシロが謝罪すると、カレンは力なく手を振った。
「はいはい、いいよ。それで、今日の用件は何だい?」
「お? 珍しく知らないんだな。全知全能じゃないのか」
「え、ああ。ちょっと別件――ニエフのあちこちの観測で忙しくてね。君たちのショッピングは見ていなかったんだよ」
「その割には、対談所に入った瞬間の罵倒が的確すぎた気がするんだが……」
「入ってくれば自然と分かるように設計されてるんだよ、ここは。で、要件は?」
レンは気を取り直して、本題を切り出した。
「今クロとシロが着ているこの服を、リビングアウトフィットのアンダーウェアにしたい。ヨシュウたちに伝えてくれないか。一級品の魔物素材で、魔力伝導率も高いらしいんだ」
「……レンレン。君、女子高生とともに戦うことに憧れてたっけ?」
「……バトルヒロインは、オタクの普遍的なロマンだろう」
「あー、まあそうだね。僕がニエフの女性を強く想像したのも、半分はそういう趣味の反映かもね」
同一人物同士、隠し事など不可能だった。
「あと俺、地球では海外生活が長くて制服文化に縁がなかったからさ。日本の可愛い制服、特にブレザーとプリーツスカートには、抗いがたい憧れがあったんだ」
「分かる、分かるよ。僕もブレザー派だねぇ。セーラーもいいけど、ブレザーの機能美とスカートの黄金比は芸術だよね」
「お前、本当に天国へ行った俺なんだよな? 救われた後でも、煩悩の解像度が全く変わってないんだが」
「神様との正しい関係が結ばれるってのは、個性が失われるってことじゃないからね。趣味嗜好は天国でも健在だよ」
カレンは誇らしげに胸を張った。
「とりあえず、ライオンハートの家には伝えておくよ。レンレンが趣味全開の衣装を用意したから、それに合わせて金属装備を調整してくれ、って」
「……いや、魔力の通りが良いアンダーウェアを用意した、とだけ伝えてくれ」
「いいじゃない、嘘じゃないんだし。それに、クリスチャンだからってミニスカを拒絶するほどライオンハート家は堅物じゃないよ。下品にならないギリギリの長さを攻めるのは、美を愛でるクリスチャンの正しい姿勢だ」
カレンはニヤリと笑い、さらに付け加えた。
「でもさ、シロちゃんは飛行するし、クロちゃんは派手な蹴り技を出すだろ? スカートの中……見えちゃうよね?」
「……うっ。……クロ、シロ。今からでも、別のを探すか?」
「「これがいい」」
二人は即座に、かつ断固として拒否した。
「……なら、スパッツでも買うか。クロ、シロ、それでいいか?」
「スパッツって何?」
「クロ、さっき店にあった。体にフィットするズボンみたいな下着……つまり、レンが私たちの体のラインをじっくり見たいから選ぶ。ふふふ、そうでしょ?」
「……ごめんなさい、欲望に流されました。二人のスパッツ姿、大好きです」
「レンが喜ぶなら、問題ないわ。それに……下着を隠すためのものなんでしょ?」
「ふふふ、レン。そういう隙を見せると、私たちに付け込まれる。 自制、頑張って」
「善処します……」
「これでレンレンは、正式にスパッツマン襲名だね」
「嫌な称号だ……。だが、ブルマよりはスパッツだ。あのスポーティな機能美こそが、現代オタクの至宝なんだよ」
二人の意見が一致し、装備の方向性は決まった。
「じゃあ、報告は済んだな。カレン、一応聞くが……お前、二人の他のコスプレ衣装も見たいか?」
「……見たいのは山々だけど、遠慮しておくよ」
カレンは意外にも、寂しげに首を振った。
「クロちゃんもシロちゃんも、レンレン以外には見せたくないって言ってるでしょ? 対談所には更衣室もないし、無理やり覗き見るような真似をしたら、神様にここの機能をシャットダウンされちゃうからね。それに何より……」
「何より?」
「……君たちのそんな眩しい幸せを、これ以上見せつけられたら、本当に僕の心が砕け散ってしまう。虚しすぎて、また死ね爆発しろって怒鳴っちゃうからさ。見ないのが、僕の最後のプライドだよ」
「……分かった。わがことながら、その悲哀、痛いほど理解できるよ。じゃあな、ヨシュウたちによろしく頼む」
「さようなら、カレン様」
「……また今度」
三人は、嫉妬と祝福の入り混じった対談所を後にした。
静まり返った室内で、カレンは深い溜息をついた。
「ふぃー……驚きの連続だね。シロちゃんはもう、明確にレンを異性として狙ってる。クロちゃんも無意識に、だが着実に距離を詰めている……レンレンは、いつかどちらかを選ばなきゃいけない。あるいは……主よ、どうか彼を導いてください」
カレンの独白と祈りは、静かに虚空へと溶けていった。
レンの未来がどのような形を結ぶのか。
それは、この世界を創った想像主にさえ、まだ見えていなかった。




