第十六話 黒と白の女神
その日の夕暮れ時。
レン、クロ、シロ、トライアードとフィルファ、アイナス、そしてなぜかマリーがそろっていた。
マリーいわく
「クロとシロが人間体になって本当の意味で私達の家族になる瞬間なんでしょ?ある意味赤ちゃんが生まれるときのようなものじゃない。それに家族が立ち会うのは当然でしょ」
とのことだった。
とにかく日が暮れてしまう前にやらなければいけないのでレンが魔法陣を敷こうとすると、
「あー、レンくん、ちょっとあっちの部屋の近くで魔法陣を敷いてくれんかね?」
よく判らないことを言うトライアード。別に場所は屋上ならどこでも関係ないので疑問に思いつつ従って屋上にある小さな部屋の近くに魔法陣を敷いた。その上にクロが乗り、いざ呪文を唱えようとすると、
「レン。これをクロの上にかけてあげなさい」
アイナスから言われて渡されたのはクロがすっぽりと覆い隠せる少しクロには大き過ぎる布だった。
(???)
疑問符が浮かび上がりまくるレン。なにやらアイナスが何かのつまったかばんを持っているのだが、レンには意味が分からなかった。
「レンくん、もう大丈夫じゃ。しっかりとクロ君を人間体にするイメージを固めて呪文を唱えなさい」
疑問があふれまくるレンだったが、信頼するトライアードの言葉に従ってクロに言い聞かせてから布をかけ、集中してイメージを固め、魔力をこめて呪文を唱えた。
「我、主の下僕として主の力を借り受け汝の魂を変換す。その変換をもって汝の身体を人間となす。我とともに主の下僕となり得る真の姿を顕現せよ」
教えられたとおりに唱えると、クロの蒼い魔力が布越しでも光り輝いて見え、だんだんと高さが増していった。やがて輝きは治まり、レンよりもかなり背の高い布の塊が出来た。
「成功したようじゃな。アイナス、あとはよろしく頼むぞい」
トライアードがそう命じるとアイナスは小声で人間体となったクロ(布で覆われてよく分からないが)に話しかけ、布にくるんだまま部屋へ連れて行った。
「さて、クロ君に関しては成功じゃな。体が変身したことで少し混乱するじゃろうから、今晩は責任持ってわしが預からせてもらう。レンくんもかなり魔力を消耗したじゃろうから、明日の朝シロ君を変身させるための魔力を回復するためにも今晩はゆっくり休むのじゃ。安心して帰りなさい」
「はぁ……そうですか?」
トライアードにそういわれ、よく分からないがクロを預けて帰った。魔力はまだ大丈夫だから問題ないのだが、いずれにしろシロを変身させるのは明日の夜明け。
どっちにしても一度帰る必要があった。クロを一人にするのは少し不安だったし寂しかったが、信頼しているトライアードが預かるのだし、少しぐらい寂しいのは我慢せねばならないだろう。そうしてレンはもやもやしながら、夜寝つけずにいた。
「レン?まだ寝てないの?」
マリーがレンの寝室をのぞいてきた。
「うん。トライ先生が預かってくれてるからクロのことは心配ないと思うんだけど、それでも心配で……あと寂しくて」
「そう。じゃあ一緒に寝てあげるわ。まったくレンはまだまだ子供ねぇ。まあ7歳だからしょうがないけど」
マリーがいきなりベッドに入り込んできた。それを見ていたシロも負けじと体をねじ込んでくる。
シロは別にいいのだ。まだ体は鳥だし。
しかし、重度の姉萌えシスコン体質であるレンにとってマリーとの添い寝は拷問のような楽園のようなすごく葛藤に満ち溢れる状況だった。
それでもマリーが優しくレンの頭を胸に抱きながらなでていると不思議と安心感が満ち溢れてきて、同時に睡魔が突然襲ってきて煩悩と理性の戦いは直ぐに幕を下ろした。
レンは眠ってしまって聞こえていなかったが、
「レンの姉萌えシスコン……」
どこからその言葉を覚えたのか、マリーに対して闘志を燃やしているシロがいた。
翌日早朝。
レンは再び学院の屋上へ来た。
そしておおむねクロのときと同じ指示をされ、部屋の近くに魔法陣を敷き、やはりシロにはかなり大きすぎる布をかけて、集中してイメージを固め、魔力をこめて呪文を唱えた。
「我、主の下僕として主の力を借り受け汝の魂を変換す。その変換をもって汝の身体を人間となす。我とともに主の下僕となり得る真の姿を顕現せよ。」
と唱えるとシロの紅い魔力の光が布を貫かんばかりに輝き、発光が治まるとクロのときより少し小さい布の塊となった。
「よし、成功じゃな。アイナス、悪いがまた頼むぞい」
そうトライアードがアイナスに命じた。
「まただなんていわないでくださいトライアード様。レディーの務めとして当然のことですわ」
二人はレンには意味不明な会話をしてシロを昨日と同じように部屋へと連れて行った。
「さて、レンくん。君のパートナークロ君シロ君の人間体への変身は無事終わったぞい。ただ、昨日クロ君にした対処をシロ君にもする必要があるからの。そうじゃな、昼ごろには二人に会えるじゃろう。お昼になったらわしの部屋へ来るのじゃ。すまんがあと数時間、辛抱するんじゃ」
「はぁ……わかりました」
レンはクロにもシロにもあえないこの状況に完全に肩をがっくりとしていた。そしたらマリーにいつものようにひっぱたかれた。
「まったく、あいかわらずうじうじしたところが治らないんだから!!寂しいのは分かるけど、レンはマスターなんだからしっかりしなさい!!二人だって寂しいだろうに、レンがそんなんでどうするのよ。いい機会だわ!!久しぶりに私がレンを徹底的にしごいてあげる!!この半年私も教師としてがんばってきたからね。教え方はうまくなってるわよ?嬉しいでしょ、優しいお姉さんからみっちり指導してもらえるなんてね。うふふふふ」
(怖い。もうすでに寂しさも吹っ飛んだ。確かに姉さんの指導はうまいし、評判もいい。しかし、同時に授業を受けた生徒が特攻隊質に影響されてバーサーカーのようになってしまってもいる。理性的な状況判断能力やちゃんとした自分の身の守り方もしっかり教えているから結果的に受講生はみんなすごく強くなっているんだけど)
絶望と恐怖の表情を浮かべるレンを、マリーは嬉々として屋上から修練場まで連れて行った。ずるずると引きずって。それを見ていたトライアード達の脳裏には市場にドナドナされる家畜の姿が連想されていた。
壮絶な指導(学院では基本的に禁止されている真剣勝負。完全専用装備使用)を終えて昼になったとき、もはやレンにはトライアードの部屋へ行くどころか立ち上がることも出来ないほどぼろぼろだった。
魔力も完全に底を尽いているためトライアードから学んだ高レベル治癒魔法を自分にかけることすら出来ない。マリーは「そろそろ時間ね」といって修練場に来たときと同じようにレンをずるずると引きずってトライアードの部屋へと向かった。
マリーに引きずられてなんとかトライアードの部屋へ到着するころにはレンも自分で立ち上がれるぐらいには回復し、なんとか精神状態も持ち直したようだ。しかしそうなると今度は不安と期待がぐちゃぐちゃになったような気分が襲ってくる。
変身は成功した。
それでもレンは、扉の前で足がすくんだ。
――もし、二人が獣人になり、変わってしまっていたら。もし、拒絶されたら。
そんな不安が、胸の奥にこびりついて離れない。
パッーーーーン
小気味いい音がレンの頭から発生した。発生させたのはもちろんマリーの張り手。
レンは涙目でマリーを見上げるが、強い眼差しで見守っているマリーを見上げて、ようやく覚悟を決めてトライアードの部屋のドアをノックした。
「カシウス・レンです。入室してもよろしいでしょうか」
がちがちに緊張して入室の許可を求めるレン。
「よいぞー。思ったより遅かったのう」
実にあっさりとしたトライアードの声が聞こえてきた。
それでもぶるぶると震えながらレンはドアを開け、部屋へと入った。
その瞬間レンの瞳に美しい黒と白の女神が見えた。
数瞬黒い女神と白い女神はレンのことを見つめると、レンよりも大きい体で飛びつき、抱きついてきた。
「レンーー!!会いたかったよーー!!」
泣きながら叫ぶ黒い女神はクロだ。
「やっとこうすることができる……」
静かにつぶやく白い女神はやはりシロだ。
「クロなのか?シロなのか?」
当たり前のことを確認するレン。
「そうだよ!!クロだよ!!レンが助けてくれた黒くて弱い犬だった私だよ!!」
「当たり前のこと聞かないで……私はレンに助けられ力を与えられた白いカラスのシロ」
「クロ……シロ……本当に、人間の体に、魂になれたんだな……」
レンは二人を思い切り抱きしめることしか出来ない。自然と涙が流れてくる。
そうして三人は抱き合ったまま、しばらく静かに涙を流していた。
三人の心は喜びで満たされていた。
「ふぉっふぉっふぉ。久しぶりにいいものを見させてもらったわい。こんなに強い絆で結ばれたビーストテイマーと変身した獣人を見るのは久方ぶりじゃ。普通はもうちょっと変身したことに人間も動物も互いに戸惑いや違和感を感じるものなんじゃが、そんなことは君たち三人の前では小さなことだったようじゃな」
そうトライアードに声をかけられて三人ははっとしたように抱擁を解いた。三人とも涙を流したせいで目が充血し、抱き合っていたところをトライアードたち三人とマリーに見られて恥ずかしいのか赤面している。
「さて、感動の再会場面を見るのもいいのじゃが。クロ君、シロ君、ちょっとこっちに立って自分の獣人としての姿をもう一度しっかりとレンくんに見せてあげなさい」
クロとシロはレンから少し離れ、トライアードの机の前に立った。
「……きれいだ……」
レンからは極めてシンプルな言葉しか出てこなかった。
クロは身長が175cmほどになっている。美しい長い黒髪をマリー姉さんと同じようにポニーテールにしている。スタイルも抜群だ。女性として完成された容姿と子供っぽい雰囲気が永遠の美しさを生み出している。髪が黒いので大和撫子のような印象を受ける。クロは少し胸元の広い蒼いワンピースを身に着けており、よく似合っている。
シロは身長150cmほど。クロと同様美しい長い白髪だが、そのままストレートにしている。スタイルはクロとは別の意味で抜群だ。スレンダーで女性と少女の両方の美しさを完璧に兼ね備えている。クールな雰囲気と少し幼さを残す容姿があいまってえもいわれぬ妖艶な魅力を生み出している。髪が白いので雪の妖精のようだ。シロは背中を大きく開けた紅いワンピースを身につけており、やはりよく似合っている。
獣人としての特徴はクロに犬耳と犬尻尾が生えていること、あとちょっと長い犬歯が見える。
シロは耳が人間と同じ、尻尾は生えていない。背中に白く大きな翼が生えている。
二人とも変わっていないのは、動物時代の体色が髪の色に反映されていることと、それぞれの蒼と紅のきれいな瞳の色である。
そして二人ともレンより背が高い。今のレンの身長は130cmほど。同年代の子供と比べれば高いほうだが、それでもシロより小さいし、クロは見上げなければいけないほどだ。
レンはいきなり姉が二人増えたような気分だった。二人の実年齢はクロが2歳半、シロがたぶん1歳半ぐらい。
年下幼馴染属性も持つレンがもし二人におにいちゃんとかよばれたら鼻血で出血死かもしれない。見た目は姉で、実年齢は下で、レンの好きな姉属性と年下幼馴染属性を兼ね備えている。今の二人は破壊力がありすぎる。
そんなふうに二人を見て二人の美しさで煩悩や妄想に振り回されて百面相していたレンだったが、ふと気になることをトライアードに聞いてみた。
「あのトライ先生、二人を変身させるときにどうして布をかけたり部屋を近くにしたりしたんですか?」
「なんじゃ、まったく気づいておらんかったのか?教えたはずじゃと思うんじゃが、変身した動物は最初全裸なんじゃよ。あと預かっておったのはアイナスから二人に人間の女性の体の仕組みや特徴を教えるためじゃ。女性として知っておかねばならんこともあるしの」
そういえばそうだ。動物は服を着ないから変身したとき全裸なんだ。おそらくトライアードが気を使ってくれなかったらレンはやはり鼻血で出血死していただろう。
(確かに女性は生理とか大変だしな……獣人になれば体の機能は人間と変わらないから動物時代と違って毎月生理がある。それに二人とも少しだけ化粧をしている。お化粧は女性のたしなみだ。先生の言う知っておかねばならないこととはそのあたりのことかな……)
「レンのエッチ」
「みてほしかった」
クロとシロからいろいろな意味でダメージのある言葉をかけられた。
「さて、存分に二人の獣人の体は検分したかの?レンくん、これで君はビーストテイマーとしての術は全部学んだ。これからは獣人となった二人にクリスチャンの君は教えていかねばならんことがあるじゃろう?」
(そうだった。二人の美しさに見蕩れてて一番大事なこと忘れてた……)
「その顔をみればきちんと覚えてはいるようじゃな。ビーストテイマーとしてではなく、二人の家族として、君はまだ幼いがそれでもクリスチャンの先輩として二人に主と聖書について教えてほしいとわしは願っておる。まあできん部分はマリー君や君のお父さんお母さんに手伝ってもらえばよい」
「はい。僕の全力を尽くしてイエス様のことを二人に伝えます。マリー姉さんも手伝ってください。お願いします」
「……へっ?」
マリーは変な声を上げた。
「いや、僕だけじゃ力不足だから二人にイエス様のことと聖書のこと教えてあげるの手伝ってくださいってお願いしたんだけど、聞こえなかった……?」
「あ、ああ、そ、そうよね、ちゃ、ちゃんとおおおおお教えてあげないとね!?」
なにやらマリーもてんぱっているらしい。
当然か。マリーは現在160cm弱。シロよりは背が高いが、クロはもっと背が高い。しかも超美人。マリーも美人だが、二人とはきれいさの種類が違うし、なにより二人は動物時代に成体になっていたから今の状態で体は大人の女性と同じ。
マリーは大人びて見えるとはいえ12歳だ。いきなりクロとシロが自分の成長を追い越してしまったように見えればびっくりもするだろう。
「レン、その……これからもよろしくね。大丈夫よね……?私もイエス様のこと分かるようになったんだよね?」
「レンの大事な人。神様?イエス様?分かるようになったはずだからきちんと教えて。私もレンみたいになりたい」
「ああ、もちろん大丈夫だ。二人はちゃんとイエス様のことが分かるようになった。イエス様のことを二人に祈りながら伝えるよ。絶対三人一緒にクリスチャンになってイエス様を見上げて生きていこう。トライ先生、フィルファさん、アイナスさん、姉さん、神様を愛し従うことを二人に伝えたいです。お願いします」
「ほっほっほっ。わしも完璧というわけではないからの。クロ君もシロ君も今まで君をみてきてずっと主を知りたいと願っていたようじゃしな。主のことを知りたいと願うものに努力は惜しまんよ。わしの全力で祈り、知っている限りのことを二人に教えよう」
「俺はあんまり頭よくねえからどこまで力になれるかわかんねぇけど、最初に二人に会ったときの約束は必ず守るぜ」
「もちろんよ。トライアード様とともに私の全力を尽くすわ。二人の言葉がもうイエス様を知りたいといっているんだもの。同じ獣人としてクロとシロには救われるように祈り、教えるわ」
「ありがとうございます。これからよろしくおねがいします」
「その、わたしもあまり頭よくないから……出来るかどうか自信ないんですけど、お願いします!!イエス様のこと教えてください!!レンと一緒にクリスチャンになりたいです!!」
「イエス様がどんな人なのか、教えて。私はレンと同じ道を歩いて生きたい」
「うむ、スタート地点としては充分すぎるくらいじゃ。クリスチャンになる最初の一歩とは主を知りたいと願うことじゃからな。この学院にはマスターであるレンくん始め、主のこと教えてくれる人たちは充分におる。主を知りたいと願っておるものを神様は拒絶したりせんよ。安心してゆっくりと学んでいきなさい」
「ありがとうございますトライアード先生。よろしくお願いします」
「よ、よろしくおねがいしまふっ!!」
「何も知らないものですが、なにとぞご教示お願いします」
「ほっほっほっ。大丈夫じゃ。君たちならきっと三人一緒に主の用意した道を歩んで行ける。ただその道はけっして平坦ではない。つらく苦しいこともある。しかし、主を信じイエス・キリストの十字架による救いを受け、主に従うならばどんなときでも喜びと平安に満たされるようになる。そうすればおのずと主が用意してくださる結果が待っておる。そしてそれはかならずよいものじゃ」
「「「はい、トライ先生、ありがとうございます」」」
レン、クロ、シロは三人同時に感謝を告げた。
この場の皆が笑顔だった。
「クロが……シロが……教えなくちゃ、でもどうすれば……私よりも、あんなに大きく……あーーわけがわかんないわーー!!」
一人絶叫しながら今だテンパっているマリーがそこにいた。
これがレン、クロ、シロの本当の始まり。ここから三人は本当のクリスチャンとしての人生を始める。




