第十五話 十字架と魔法陣
ファルバ初日は、問題続きだった。解決して、カレンに説教されて――それでも、レイクウォーカー牧師の教会に通えるようになった。
そんないいことも悪いこともあったファルバ生活のスタートから半年後。
レンはようやくビーストテイマーとしてクロとシロを変身させられる方法を学んだ。
入学試験でゼンにほぼすべての知識や技能が1年生としては充分すぎることを教えられたとおり、またウィリアムが言っていたとおり、レンはかなり基本的な授業を免除され、ビーストテイマーとしての授業に直ぐに入ることが出来た。
先生の名前はハイアット・トライアード。エルフの凄腕老翁ビーストテイマーだ。生徒からはトライアードと呼ばれ親しまれている。トライアードも敬虔なクリスチャンで、そのためかゴードンと同じように最近のビーストテイマーが動物を軽視し、自分の付属品、装備品のように扱うことを嫌っている。
その反動か学院でもよい牧師夫妻として有名なカシウス夫妻の子供であること、クロとシロとよい信頼関係を築けていることからレンをとても気に入ってくれ、親身に魔方陣の書き方や呪文、適切な時間帯なんかを教えてくれた。
またトライアードはレンのエルフのイメージ通りで、魔法も得意だ。治癒魔法がもうひとつの専門であり、治癒魔法の階位はなんと2位。
レンの姉萌えシスコン製謎パワーを使わずともこれらの治癒魔法を使えるトライアードを見ていて自分の力はなんと邪でいびつな力なんだ、とがっくり来てしまったが、トライアードにマリーを治したときの経緯を姉萌えシスコン製謎パワーのところだけ伏せてレンは悩みを相談した。
「魔法全般を扱うにはイメージ力が大事なのじゃよレンくん。それは知っておるじゃろ?では治癒魔法に必要なイメージとは何か。それは他者を思いやり、治してあげたいというイメージじゃ。レンくんがその年で治癒魔法5位の実力を持っておるのは君が他者をいたわる優しい心を持っているからなんじゃよ」
あの時の奇跡は、謎の姉萌えシスコンだけじゃない。マリーを想うレンの心が、たしかに魔法になったのだと確信できた。
また他者をいたわれる優しい心を持っていると言われ、ちょっと照れつつも自信がついた。レンが他者をいたわる心を得られたのはウィリアムとレベッカのおかげ、そして少し複雑だがカレンのおかげなので感謝せねばなるまい。
レンと一緒にトライアードの治癒魔法授業を受ける生徒は多い。治癒魔法が戦いにおいて重要だからだ。しかし他者をいたわるイメージが治癒魔法に必要なので、高レベルの治癒魔法を習得できる生徒は極少ない。
その理由はこの学院での最高学年が9年生、つまり最年長でも15歳で、まだ血気盛んだからだろう。
レンが治癒魔法をうまく使えるのは彼の精神年齢が30歳オーバーであり、若干精神的に枯れていることも理由のひとつなのかもしれない。
トライアードの専門であるビーストテイマーの授業、単純に動物学と呼ばれているが、とても面白かった。魔方陣や呪文だけではなく、いろいろな動物の生態や特徴についても教えてもらえるからだ。レンが地球時代に興味があっても詳しくなかった動物のことや、あんまり興味を示さなかった動物なんかのこともトライアードは詳しく、特にカラスであるシロのことを詳しく知ることが出来たのは大きい。レンはカラスを飼うことにあこがれてはいたものの、あまり詳しくなかったからだ。
魔方陣についてはそんなに難しくはなかった。地球のファンタジー作品でもよくあったような円や四角、三角などの陣形の中に幾何学模様を書き入れるだけ。結構個人によってやり方に差異があるらしく、方法はあまり厳密に決まっていない。
一番基本的なのは円の中に四大属性である火、風、土、水と特殊な属性である光、闇を結び合わせた六芒星を描く方法だ。これを基本にあとは動物のイメージにあわせて陣形の形とそこにさらに書き入れる形状とその頂点に置く属性を決める。
ルールは単純なのに、奥が深い。――魔方陣は、そんな類の技術だった。
呪文も割りとシンプルだった。これは誰でも大体同じものを使うらしく、以下のような文言である。
「我、汝の魂を変換す。その変換をもって汝の身体を人間となす。我が下僕の真の姿を顕現せよ」
そんななんか偉そうな高慢ちきにも聞こえる呪文だった。これではビーストテイマーが動物を人間体にしても人間扱いしないのがうなずける気がする。
ただ、魔方陣にも呪文にも個人的な差異はあるので、トライアードはお勧めの方法を教えてくれた。
「レンくん、君はカシウス夫妻に育てられた。君自身もクリスチャンとして主を信じ、主に救われ、主に従うと自分の信仰を告白できるかの?」
「……神様は信じています、救っていただいたことは確信していて感謝しています。しかし、いつもレンが神様に正しく従えるかどうかは……自信がありません。むしろ僕は神様には悪と見えることを行うほうがずっと多いと思います。」
「ならばよし。むしろクリスチャンが自信満々で『私はいつも主の前に正しいことを行っています』なんて言う事はある意味傲慢にしかならんからの。では基本を教えたところで、そこにクリスチャンとして加えるいいアレンジを教えてあげよう。まず魔方陣には中心に十字架を加えるといいの。呪文は次の通りにアレンジするといいぞい」
「我、主の下僕として主の力を借り受け汝の魂を変換す。その変換をもって汝の身体を人間となす。我とともに主の下僕となり得る真の姿を顕現せよ」
「これがクリスチャンのビーストテイマーが一般的に使う呪文じゃな。レンくんはきちんとしたクリスチャンじゃからぴったりじゃろう。もちろんこれからもクリスチャンとして主の力と導きによって成長させてもらわねばならんがね。それはわしも同じじゃ。もう長く生きてきて、老い先も短いがまだまだクリスチャンとしての成長の終わりは見えんからのう」
そういってなんだか今度は晴れ晴れとした気分になる呪文を教えてくれたトライアードは当年85歳。年齢よりも遥かに若々しく見えるが、その理由はファンタジー世界の例に漏れずエルフが比較的長命な種族だからだ。
「トライ先生、ありがとうございます。なんだか気持ちのいいというか、ちゃんと自分のパートナーをイエス様に導けそうな気がする呪文を教えていただいて嬉しいです。僕はまだクリスチャンとしてとても未熟ですが、先生に教えてもらった魔方陣の描き方と呪文を使って二人にイエス様を知ってもらって、僕と一緒に従ってくれるよう、全力を尽くします」
レンはちょっと涙ぐみながらそういった。
「うむうむ、よいよい。まだ若いのだからそう気張らずにいろいろ悩み祈りつつ聖書を読み解きながら少しずつ主に従っていく道を模索しなさい。さて、あとは術をおこなう時間帯じゃが、これはクロくんとシロくんにそれぞれの好きな時間を聞いてみなさい。彼女らが好きな時間帯に行うのが一番いい」
「分かりました。二人に聞いてみます。トライ先生、何から何までありがとうございました。こんなマンツーマンの個人授業みたいに丁寧に教えていただきありがとうございます」
「いやいやかまわんよ。ビーストテイマーとして動物学をとる生徒はそんなに多いわけではないのじゃし、なにより君は近年まれに見る動物をきちんとあつかうしかもクリスチャンのビーストテイマーじゃ。ちょっとぐらいひいきしたって神様も怒らんじゃろう。ほっほっほ」
そういってトライアードは朗らかに笑いながら授業が終わった。
家に帰ってから、クロとシロにそれぞれ好きな時間帯を聞いてみると
「私は夕暮れ時かなぁ……ファルバはちょっと違うけど、イクスでゆっくり暗くなっていくときだんだん家に光がともっていく感じが好きだったわ」
「朝日を浴びているときが一番気持ちいい……特にイクスでの自然に包まれた朝の雰囲気はよかった」
とこれまた正反対なのか、似ているのか判別に困る答えが返ってきた。
とにかく、時間帯は分かった。呪文も気に入っている。あとは魔方陣をどうするか。
いろいろと悩んだ結果、クロは円形の中にブラックトルマリン、サファイア、ルビー、イエローダイヤモンドで四角形をつくり、中心に木製の十字架をおき、さらに十字架の周りを基本の六芒星で囲んだ。色はブラックトルマリンとサファイアがクロの体色、目と魔力の色、ルビーとイエローダイヤモンドで炎属性と電撃を表してみた。
シロは三角に真珠、ルビー、エメラルド、透明のダイヤモンドで四角形をつくり中心に木製の十字架をおき、さらに十字架の周りを基本の六芒星で囲んだ。色の選定理由はクロと同様だ。
使っている一番外側の形はクロとシロのイメージ。クロはもふもふなことやほんわかした性格からなんとなく丸っこい感じ、シロはくちばしやつめ、そしていつもクールでズバッという性格から三角を選んだ。
しかし、全体的には同じ構成にしたつもりだ。基本の六芒星に囲まれた十字架とさらにそれを囲むそれぞれの宝石の配置は四角形。そしてルビーとダイヤモンドを共通させることで二人の正反対だけど互いに影響し合い、少しずつ似てきている性格を表してみた。
結構値段のする魔方陣になってしまったが、それをみた二人は
「はぁー……きれいねぇ」
「ん、悪くない」
それぞれ言葉少なながら気に入っていただけたようだ。
作った魔法陣をトライアードに検分してもらいに行くと
「ふむ、よく出来ておる。二人のイメージカラーに合っておるし、宝石も魔力の通りがよさそうじゃ。宝石の色も二人の魔力にきちんと合わせてあるし、基本を抑えさらに十字架が木製というのもいい」
トライアードに魔法陣をほめてもらえたのは嬉しかったレンだったが
「あー、その、先生?一体いつ二人が魔力を使えると知ったんですか?」
「ん?最初から知っておったよ?」
(先生は超能力者だったのか!?エスパーなのか!?)
トライアードの突然のレンにとっては埒外な告白に激しく動揺する。
「そう驚くことでもないじゃろ。二人のような大きな個体は珍しいし、何より」
「何より……?」
「レンくんファルバに来たその日にマリーさんを助けるためにクロ君の魔力を使っておったじゃろ。それにその次の日にも魔物討伐に使っておったのがうわさになっておるよ。あとちょっとカレン様にきいたんじゃ。それにわしのパートナーにも二人ほど魔力の使えるものがおってな。フィルファ、アイナス、出てきて三人に挨拶しなさい」
トライアードがそういうと二人の獣人が出てきた。
「よう、俺はフィルファ。猿人系の獣人で、トライアード様に仕えてる。炎の魔法が得意だ。教えを受けて、イエス様を信じるクリスチャンにもなったぜ」
「私はアイナス。熊人系の獣人で、同じくトライアード様にお仕えしているわ。風の魔法が得意なの。トライアード様に教えを受け主を知り、救われて従う者になったわ」
フィルファは2メートルはある巨漢だった。真っ赤な髪と尻尾、そして屈強な筋肉が特徴的だった。印象としては日本猿っぽい。西遊記の孫悟空みたいな感じだ。
アイナスは170cmほどだろうか。女性としては背が高い。トライアードとはまたちょっと違うすこし淡い緑色の髪と熊耳、丸い熊尻尾、そしてなによりものすごい巨乳。
そんな風に二人に驚いているレンに対して
「レンくん、この二人にはクロ君とシロ君がそれぞれ人間体になったら魔力を魔法として使う方法の教育をさせようと思っておる。ちょうどフィルファの属性は炎、アイナスは風でそれぞれクロ君シロ君と一緒じゃし、フィルファとアイナスも同じ能力をもつ仲間を見つけられて上機嫌のようじゃからの」
「いや、トライアード様、そればらさねぇでくださいよ……そりゃ魔力をもつ動物の仲間はかなりまれだし、さらにクリスチャンのマスターを持つ動物に出会えたのは嬉しいんですがね……」
「トライアード様、いくら主人といえどもレディーの心のうちを暴くのは感心しませんわ」
「おー、すまんすまん、ほっほっほ。ついお前達がいい子だから本音が漏れてしもうての」
「まったく、普段はいいご主人様なんだが……お茶目すぎるところがあるんだよなぁ」
「いくら言っても聞いてくださらないんだから。困ったものだわ」
突然クロとシロが魔力を持っていることを知っていると告白され、さらにはトライアードもそういうパートナーがいると告白され、そのパートナーが突然出てきて驚き、クロとシロの戦闘指導をしてくれるという
そんないろいろな事実にレンが固まっていると
「ワンワン!!」
「……カー」
クロとシロがそれぞれ嬉しそうにフィルファとアイナスに近寄った。クロはフィルファの手をぺろぺろとなめており、シロはアイナスの肩に止まってじっとしている。
「おお、クロ君とシロ君もフィルファとアイナスのことを気に入ってくれたようじゃな」
「よろしくなクロ。魔力を魔法に変換するイメージ、しっかりばっちり教えてやるぜ。お前とは戦い方も似てそうだからそこも任せてくれ。俺は馬鹿だから教えられることは少ないかも知れねぇが、出来る限りやるぜ」
「シロはいいこね。ちゃんと私がレンくんの力になれるよう教育してあげるわ。すばらしい私達の救い主であるイエス様のこともね。私は馬鹿じゃないからしっかり教えるわ」
「馬鹿なのは自覚してんだからこれ以上指摘すんなよアイナス!!」
「事実は事実じゃない」
「本当のことでも言っていいことと悪いことがあるだろ!!」
そんな風に言い合う二人をほっぽってトライアードは
「さて、これですべての準備は整ったのう。時間はいつにするんじゃ?」
そう問いかけるのだが、かなり状況が飲み込めず置いてけぼりだったレンはボーっとしたままで答えられなかった。するとクロがレンの元に戻ってきて二本足で立ち上がり、顔をべろべろなめながら
『レン!!レン!!私早くフィルファやアイナスみたいに人間体になってレンのちゃんとしたパートナーになりたいわ!!もう準備できてるんでしょ?早く早く!!」
またシロもレンの元に戻ってきたのだが、珍しく頭に着地するときに爪をつきたてられ、
『レンのスケベ、エッチ、変態……早く私も人間体にして。そしたら他の女なんか……ブツブツブツ』
すっかりアイナスに見とれていたスケベ心を見抜かれており、さらにはなんか恐ろしいことをぶつぶつつぶやいている。
「は、はい!!トライ先生!!クロは夕方でありましてシロは夜明けでございまする!!」
口調がおかしくなっているレン。でもきちんと時間は伝えられたので、
「ふむ、夕方と夜明けじゃな。二人には時間も重要じゃが情景も大切なのかも知れんのう。それなら学院の屋上がいいかの。ではクロ君はこれから夕暮れ時に、シロ君は明日の朝一に行うとしよう。急いでおるようじゃしの。準備はしっかり出来ておる。二人とも動物としてはきちんとした成体じゃ。直ぐに行っても問題ないじゃろ。しかし愛されとるのぉ。少しばかり心配じゃ」
そんな少し心配そうな顔をしながら場所も決定してくれたトライアードだった。
いよいよ――最初の変身の時が来た。




