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第十四話 ファルバの日曜日

 ファルバに来てから四日目。

 リジェネレイトの効果で、マリーが完全回復どころか、さらに美しくなってから二日目の朝だった。

 今日は日曜――安息日である。


 レンたち一行は、父ウィリアムから紹介された「セサミ・レイクウォーカー」牧師の教会へ向かう準備を整えていた。


 玄関先で、レンは少し迷いを見せていた。

 クロとシロを連れて行くべきかどうか。


 ここは都会だ。田舎のイクスとは違い、巨大な黒犬と白いカラスを連れて歩くのは目立ちすぎるし、教会の人々を怖がらせてしまうのではないかという懸念があった。


「……二人は留守番の方がいいかな」


 レンが小さく呟くと、クロとシロはあからさまに落胆した様子を見せた。


「クゥ……(私、教会行っちゃダメなの……? 教会の人たちはみんな優しいから、新しい教会も行ってみたいな……子供たちとも遊びたいし……)」


 クロが上目遣いで訴えかける。


『……教会で聞く話は、私がまだ人間体になっていないからよく分からないけれど……雰囲気は好き。静かで落ち着いていて……でも人の温かい感じもする。ウィリアムの勧める教会なら、間違いないはずだから行きたい』


 シロもレンの肩に止まり、静かに主張した。


 二匹の気持ちは痛いほど分かった。だが、まだ踏ん切りがつかない。


 そんなレンの背後から、鋭い衝撃が走った。


 バシッ!


「痛っ!」


 マリーのチョップである。


「何でクロとシロを連れて行かないのよ! 二人は私たちの大切な家族でしょ!?」


 マリーは腰に手を当てて仁王立ちになった。


「それに、いずれ人間体になって必ずクリスチャンになってもらうんだから! 二人がイエス様に救われないなんて嫌よ!」


 姉の力強い言葉に、レンの迷いは霧散した。

 そうだ。人の目など関係ない。何より大切なのは、二人のことなのだ。


「……ごめん、姉さん。その通りだね」


 レンは二匹に向き直った。


「不安にさせてごめん。二人が教会を良く思ってくれているのはすごく嬉しい。

 もちろん、必ず勉強して二人を人間体にするから。そしたらもっともっと教会が好きになるはずだし、イエス様と聖書のことも理解できるようになる。

 今からでも、二人が分かる範囲で教会やイエス様、聖書のことを知るために……一緒に行こう」


「ワンッ!(やったー!)」


『……カー(嬉しい)』


 クロは千切れんばかりに尻尾を振り、シロは翼をファサファサと羽ばたかせた。


 こうして、カシウス家の一行は揃って出発した。


 辿り着いた「ファルバ中央教会」は、イクスの教会とは随分と印象が異なっていた。


 まず、建物が石造りである。

 ファルバの建築様式に漏れず、装飾の少ない質実剛健なレンガと石材で造られていた。雰囲気としては、先日訪れた対談所の建物に少し似ている。


 そして巨大だ。二階建ての構造で、イクスの教会の三倍はあろうかという広さを誇っていた。


 何より異なるのは、そこに集う人々の熱量と多様性だ。


 礼拝堂に入った瞬間、レンはその光景に圧倒された。


 広い一階席はもちろん、吹き抜けになっている二階席まで、人で埋め尽くされている。優に100人は超えているだろう。


 人種も様々だ。

 イクスでは人間と獣人が7対3程度であったが、ここはまさに「人種の坩堝るつぼ」であった。人間、獣人、エルフ、ドワーフ、魔族、混血と思しき人々もいる。


 年齢層も若い。

 赤ん坊を抱えた若い夫婦、レンと同じくらいの子供たち、マリーと同世代の若者、そして働き盛りの大人たち。イクスは高齢者が比較的多かったが、ここは都市部に職を求めて集まった若い世代とその家族が中心のようだった。


 だが、第一印象こそ違えど、流れる空気は共通していた。

 子供たちは人種の区別なく走り回って遊び、大人たちも親しげに談笑している。


 そして礼拝が始まると、全員が静まり返り、牧師の説教に耳を傾ける。

 その真剣な眼差しは、イクスの教会で見たものと何ら変わりはなかった。


 説教壇に立ったのは、セサミ・レイクウォーカー牧師。

 彼の説教は、ウィリアムのそれと似ているが、より噛み砕かれていて分かりやすい。


 ウィリアムの説教は神学的で深遠な解釈が中心だったが、レイクウォーカー牧師は日常的な例えを交え、子供でも理解しやすい構成で語っていた。けれど、聖書の重要なポイントは決して外さない。


 新鮮で、温かな説教であった。


 礼拝が終わり、人々が歓談を始める中、レンたちはようやく手が空いたレイクウォーカー牧師の元へ挨拶に向かった。


 いや、向かおうとしたその瞬間。


「初めまして! セサミ・レイクウォーカー先生!」


 マリーが勢いよく声をかけた。


「私はウィリアムとレベッカの長女、マリーといいます!

 こちらのちょっと頼りなさそうに見えるのは私の弟、長男のレンです。

 こちらの黒い大きい犬と白い大きなカラスは、レンがビーストテイマーとして契約したクロとシロです。賢い動物なので、とても従順で大人しく、しっかりと人間を助けてくれます。

 いずれは人間体となってクリスチャンとなるよう教えていくつもりですので、その際には先生にもご助力をお願いできますでしょうか!?」


 マシンガントークで全てを説明しきった。


 丁寧で完璧な自己紹介ではあるが、初対面の先生にクロとシロの将来までお願いしてしまうのは、いささか早すぎるのではないかとレンはオロオロした。


 しかし、レイクウォーカー牧師は破顔一笑した。


「おー、君たちがウィリアムさんとレベッカさんの娘さんと息子さんかい? いやあ、二人によく似ているねぇ! 二人の学院生時代を思い出すよ」


 レイクウォーカー牧師は、気さくに手を差し出した。


「ああ、ごめんごめん。初めまして。僕はセサミ・レイクウォーカー。まだまだ経験不足だけど、この教会を任されている牧師だよ。

 ウィリアムさんとレベッカさんの学院時代の後輩なんだ。名前が長いんで、みんなには『レイク先生』と呼ばれているよ。クロさん、シロさんもよろしくね」


 レンは、レイクウォーカー牧師を見てハッとした。

 見た目も性格も、地球での生活でお世話になった牧師先生によく似ていたのだ。


 外見こそ違うが、少し薄くなった頭頂部、豊かにつなげられた髭、平均より少し低い身長と、ぽっちゃりとした体型。

 そして何より、人を上から諭すのではなく、同じ目線で語りかけ、神の愛を感じさせるような温かな人柄。


 懐かしさに、レンは思わず呆然としてしまった。


「やだなあ、四人ともそんなに見つめないでくれよ。照れるじゃないかー」


 レイクウォーカー牧師は頭を掻いて笑った。


「しかしマリーさんは、本当にレベッカさんによく似ているねぇ。

 レベッカさんは凄い魔法使いだったから国同士の争奪戦もあったんだけど、凄い美人でもあったから、もの凄い恋の争奪戦も繰り広げられていたんだよ。本人は全く気にしてなくて、あっさりと自分でウィリアムさんを選んで結婚しちゃったんだけどね。

 マリーさんもその辺、気をつけてね」


「えっ、ママがそんなに……?」


 マリーが目を丸くする。


 そしてレイクウォーカー牧師は少し声を潜めた。


「あと、心配なのは……カンザキ・モモコという先生が、今学院にいるはずなんだが……出会ったら少し注意しなさい。

 彼女はレベッカさんに個人的な……かなり根深い執着と恨みを持っているはずだから。何か厄介なことになるかもしれない」


 レンは内心で(その忠告、入学前に聞きたかったです、先生!)と叫んだ。

 カレンよりも具体的で有益なアドバイスである。


「レンくんは……まだ幼いが、ウィリアムさんの面影がしっかりある。

 二人と同じ綺麗な薄い青い瞳や、ウィリアムさん譲りのダークブロンドの髪。7歳にしては背も高いし、体幹もしっかりしているね。二人の息子なら、信仰も剣術も魔法も、しっかり教育されているはずだ。頼もしいよ」


 レイク先生はレンの肩をポンと叩いた。


「引き続き、信仰は私の教会で、剣術と魔法は学校でしっかりと学びなさい。

 クロさんとシロさんを人間体にする勉強もね。二人がどんな人間体になって、どんなクリスチャンになるのか、今から楽しみだよ」


 褒められ、激励され、パートナーたちの未来まで祝福され、レンは感極まってモジモジと俯いてしまった。


 すると。


 バシッ。

 ペロリ。

 トン。


 マリーに叩かれ、クロに舐められ、シロに乗られる。


 いつもの「気合入れの儀式」が執り行われた。

 三人に背中を押され、レンは顔を上げた。


「……はい! 未熟者ですが、よろしくお願いします!」


 ようやく大きな声で言えた。

 言えたのだが――。


「おーい、レイク先生ー! 何やってんだー?」


 野太い声が割り込んだ。


「先生、ちょっと面倒なことが起きちまったんだ。先生も来てくれないか?」


 慌てた様子の男性が駆け寄ってきた。


「ん? 何だか分からんが、問題があるなら行かないとね」


 レイクウォーカーは瞬時に牧師の顔になった。


「四人とも、短い挨拶ですまないが、これからもよろしく。この教会は君たちを歓迎するよ!」


 そう言い残すと、レイクウォーカーは去っていった。


「ていうか、呼びに来た人、僕に全く気づいてなかったな……」


 マリーや二匹の背後に隠れる形となったレンの影の薄さは、ここでも健在であった。


 その後、教会のご婦人方に「今日は初めてなんだから」と優しく追い返され、レンたちは昼過ぎに帰宅した。


 リビングで遅めの昼食を取りながら、感想会が始まった。


「んーー、うちの教会以外に行くの初めてだったからちょっと緊張したけど、いいところだったわね。レイク先生も教会員の人たちもみんないい人だったわ」


 マリーがパンを齧りながら言う。


(姉さんあれでも緊張していたのか……)


 レンは意外に思った。


 クロは尻尾をパタパタさせた。


「レイクさん、なんだか父さんと似た匂いがしたわ! 安心する匂い。あと、子供がいっぱいで嬉しい!」


 シロも満足げであった。


『……広くて綺麗な教会……良かった……。おじいさんおばあさんはちょっと少ないけど、でもみんな親切。ここなら通いたい』


 それぞれの視点は違うが、新しい教会を「良い場所」だと感じたことは共通しているようだった。もちろん、レンも同じである。


 地球での懐かしさを感じる牧師先生と、活気ある教会。

 ここなら、これからも問題なく通い続けられそうだ。


 あと3日で、学院の授業も始まる。

 本当の意味で、ファルバでの生活が始まろうとしていた。

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