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第十三話 命を軽く見るな

 ファルバでの二日目。

 マリーを助けるために全力を尽くしたレンは、心地よい疲労感と共に山を下りていた。


 予想外の強敵「ホワイトレパード」との死闘を制し、大量のレバーとその他の部位、そして魔石を確保したレンとクロ。

 二人はまず、冒険者ギルドへと向かった。


 まだ日は高く、ギルド内は多くの冒険者たちで賑わっていた。

 酒を酌み交わす者、依頼掲示板を眺める者、戦果を報告する者。


 そんな喧騒の中へ、7歳の少年と巨大な黒犬が入ってきたのだ。

 ザワッ……。

 一瞬にして、ギルド内の空気が変わった。


 ニエフでは、子供がギルドに出入りすること自体は珍しくない。両親が冒険者であれば、生きる術として幼い頃からギルドの空気に触れさせるのは一般的だ。


 だが、それでも獲物を狩って売りに来るのは、早くても10歳から12歳くらい。

 レンはまだ7歳。明らかに幼すぎる。

 しかも、引き摺っている獲物が尋常ではない。


「おい、あれ見ろよ……」


「ホワイトレパードじゃねえか? しかも、あのデカさ……まさか『アイスランサー』か?」


「嘘だろ、あんなガキが?」


 レンは周囲の視線など気にも留めていなかった。

 彼の頭の中は、「一刻も早く換金して、マリー姉さんに栄養満点の料理を作る」というミッションで埋め尽くされていたからだ。


 普段は人見知りでオドオドしているレンだが、家族のためとなると周りが見えなくなる。

 一直線に換金所のカウンターへ向かうと、ドン! と獲物を置いた。


「これ、換金お願いします」


「は、はい……って、ええええっ!?」


 受付の女性職員は、まず大量の魔石に目を丸くし、次に巨大なホワイトレパードの死体を見て卒倒しそうになった。


 ホワイトレパード。

 ファルバ周辺の山岳地帯における生態系の頂点に君臨する魔物。特にこの個体は「アイスランサー(氷槍の串刺し公)」という通り名を持つほど強力で、ベテラン冒険者パーティですら手を焼く存在だ。

 それを、こんな小さな子供と犬が?


 女性職員はパニックになり、慌てて奥から壮年の男性職員を引っ張ってきた。

 ベテランらしいその男性も、獲物を見て一瞬息を呑んだが、すぐにプロの顔に戻った。


「……いい獲物だ。処理も的確だな」


 彼はレンの顔をじっと見たが、入手経路や倒し方については何も聞かなかった。


 冒険者ギルドは、情報を与え、獲物を買い取る場所。

 そこには「詮索無用」という暗黙の了解がある。


 正規の手続きで持ち込まれた獲物である以上、それを狩った者が誰であれ、正当な対価を支払うのがギルドの流儀だ。

 男性職員の態度は、レンを一人前の冒険者として認めた証でもあった。


 査定の結果、渡された金額は破格だった。

 500万ルン。


 日本円にして約500万円。

 ホワイトレパードの素材価値に加え、高純度の魔石、そして「地域の脅威を排除した」という特別報酬も含まれているのだろう。


 ちなみにニエフの通貨「ルン」は、概ね日本円と同じ感覚だ。


 銅貨(1000ルン)、銀貨(5000ルン)、金貨(1万ルン)など。


 さらに上にはミスリル貨(10万ルン)、アダマンチウム貨(100万ルン)、オリハルコン貨(1000万ルン)などが存在するが、一般市民には縁のない代物だ。


 レンは金貨が詰まった重い袋を受け取っても、表情一つ変えなかった。

「ありがとうございました」

 

 短く礼を言い、クロに跨って風のように去っていった。

 残された冒険者たちは、呆然とその背中を見送るしかなかった。


---


 その後、レンは市場を疾走した。

 ニラやほうれん草に似た植物系魔物食材、主食のパン、調味料、そして最新式の魔石コンロや調理器具。

 

 マリーの回復に必要なものを次々と買い込み、超特急で家に戻った。


「ただいま!」

 家に着くと、まずマリーの容態を確認。変化なし。シロに留守中の異変がないか聞くと、特に何もなかったとのこと。


 レンは安堵し、すぐにキッチンに立った。

 買ってきたばかりの魔石コンロに火を入れる。

 真剣な眼差しは、さながら戦場に立つ戦士のようだ。


 1時間後。

 食卓には、レンの愛情と栄養学の知識が詰まった料理が並んだ。


 主食は雑穀パン。

 ニエフでは白パンが好まれ、雑穀パンは貧困層の食べ物というイメージが強い。だが、ビタミンやミネラルが豊富なのは断然こちらだ。富裕層が白パンばかり食べて栄養失調になる皮肉な現象が起きるほどだ。


 メインは二品。

 新鮮なロックシープのレバーと、ニラ似の野菜を炒めた「レバニラ炒め」。

 そして、特製スパイスで下味をつけた「レバカツ」。

 スープは、魔物の骨で出汁を取り、鉄分豊富なほうれん草似の野菜をたっぷり入れたものだ。


 マリーは雑穀パンを見て少し顔をしかめたが、レンの気持ちを汲んで一口食べた。

 そして、レバカツを口に運び――目を見開いた。


「うわっ!!! 何この揚げ物!!! すっごい美味しいわね!!!!」

 サクサクの衣と、臭みのない濃厚なレバーの旨味。特製スパイスが食欲をそそる。ソースなしでも絶品だ。


「炒め物も美味しいわねぇ……。ちょっと雑な男料理って感じもするけど、ふふっ、元気が湧いてくる味よ」


 マリーはクスクス笑いながら、レベッカによく似た優しい笑顔で完食してくれた。


 四人で囲む食卓。

 みんな、満足そうな顔をしている。

 特にマリーの顔色は目に見えて良くなり、唇にも赤みが戻っていた。食事療法の効果はてきめんだ。


 あとは、あの痛々しい傷跡をどうするか。

 やはり、カレンに相談するしかない。


「姉さん、元気になったみたいで安心したよ。

 ちょっと日も暮れてきたけど、カレン様に聞きたいことがあるから対談所に行ってくるね。

 クロもお疲れ様。本当にありがとう。対談所はすぐそこだし、疲れただろうから休んでて。シロも姉さんの看病ありがとう。じゃあ、ちょっと行ってきます」


 レンが立ち上がると、マリーが微笑んだ。

「いってらっしゃい。遅くならないうちに帰ってくるのよ?」

 その声音は、まるで新婚の妻か、あるいは母親のようだった。


 重度のシスコンに加え、カシウス家で育ってマザコン気質も併発しているレンは、顔が赤くなるのを悟られないよう、無言で背を向けて家を飛び出した。


---


 ファルバの対談所。

 デカい。

 ファルバの建物はどれも巨大だが、ここは一際大きい。10階建て相当の高さがあるだろう。


 ただ、周囲のきらびやかな建物とは異なり、地味なレンガと石材で作られた質実剛健な造りだ。レンと同じで、カレンの「キンキラキンは苦手」という趣味が反映されているのかもしれない。


 中に入ると、まだ多くの相談者で賑わっていた。さすが首都だ。

 空いている個室を見つけ、レンが待っていると――。

 カレンが、憮然とした表情で現れた。


「…………何やってんの、君?」

 開口一番、お説教モードだ。

 ガチムチ髭モジャのスキンヘッドおじさんが本気で怒っている図は、正直かなり怖い。


「……何って。……姉さんを助けるために……」

「…………この、姉萌えシスコン野郎」


 ひどい!!!

 仮にも想像主イマジネーターの台詞じゃない!


「いや、それはあんまりだろ!!! お前だって、昨日姉さんがモモコに何されたか知ってるんだろ!? 姉さんが重傷を負ったのも知ってるはずだ!」

「……知ってるさ。見てたからね」


 カレンはため息をつき、表情を少し和らげた。

「……モモコの件は悪かった。いきなりあいつがマリーに会うとは……さらにまさか試験官になってあんなことをするとは……。いや、二人が会ったらそうなるだろうと予想はしていたんだが、まさか初日にあんな暴挙に出るとは思っていなかった。

 僕の監督不行き届きだ。君たちに注意を促しておくべきだった。そこは謝る」


「……全部お前のミスだとは思ってないよ。でも、結果大怪我を負った姉さんを、頑張って元気にしようとした俺に、なんでシスコン野郎なんて言うんだよ……」

「それは、君がマリーさんのことを想うあまりに、命を軽視するような無茶苦茶なことをしたからだよ」

「……無茶苦茶……ホワイトレパードのことか?」


 カレンの目が、鋭くレンを射抜く。

「確かにあのアイスランサーのこともある。あいつはかなり強力な魔物で、ウィリアムさんとレベッカさんのコンビだって手を焼く相手だろう。

 それを君が今回たまたま、しかもパーティが半減したクロちゃんと二人で倒せたのは、ものすごい偶然と幸運に恵まれていたからだ。僕も君があいつに遭遇したところを見ていたけど、その瞬間『終わった』と思ったね」


「……結果、倒して俺は生きている。……ならいいじゃないか」

 レンが反論すると、カレンは悲しげに首を横に振った。


「良くないね。

 最終的に君がクロちゃんに攻撃のチャンスを作ったヒートナックルの特攻……あれだって、アイスランサーの氷魔法を見て、憎いモモコと傷ついたマリーさんを連想して、我を忘れて突っ込んだんだろう? 自分の命を全く顧みずに。

 レン、いや香取錬。覚えておいてくれ。

 君がマリーさんの心配をしたように、この世界には君を失ったら悲しむ人たちが、ちゃんといるんだよ?」


 カレンの言葉が、レンの胸に突き刺さる。

「ウィリアムさん、レベッカさん、マリーさんだけじゃない。キョウヤやヨシュウも悲しむだろう。ライオンハート家の人たちだって。クロちゃんやシロちゃんに至っては、後を追うかもしれない。

 人はいつか必ず死ぬ。……僕らは罪人で完全じゃないからね。しかし、神様に与えられた命を無駄にしては絶対にいけない。

 もし君が今回死んでいたとしたら……マリーさんは罪悪感、責任感、喪失感に、一生苛まれるだろう。そんな結果になっても良かったのかい?」


「……そんなのは、嫌だ……」

 レンは俯いた。

「俺のせいで姉さんが苦しむなんて……絶対に嫌だ……」


「それにもう一つ、言わせてもらうことがある」

 カレンは言葉を続ける。

「説教くさくなるけど……今回の魔物討伐、君はマリーさんのためを思ってのことだったが、必要な部位と魔石だけを取って、残りの死体はそのまま放置しただろう? ホワイトレパード以外は」


 レンはハッとした。

 確かに、レバー欲しさに狩りまくり、換金価値の低い魔物はそのまま打ち捨てていた。


「神様はアダムとイブを創造された時から、人間を世界の『管理者』として任命した。管理者というのは、何をしてもいいってわけじゃない。正しく世界にあるものを扱い、治めないといけないんだ。それは動物でも植物でも、被造物なら何でも同じだ。

 魔物だって同じだ。魔物は僕が手を加えた生物だけど、それだって神様の被造物だ。

 特に魔物は、このニエフでは必要不可欠なエネルギー源であり、食料であり、生活や戦いに必要な道具を生み出す素材を提供してくれる、大切な『糧』だ。

 それを今回みたいに、使える部分を捨て置くことは良くない。

 ニエフには、この神様からの命令を守らず、お金のことだけ考えて魔物の高価な部位だけを収集する冒険者もいるけど……君にはそうなってほしくない。

 魔物の命を、神様からの糧としていただいて生きる以上、その失われ、君の力となる命には感謝と敬意を持つべきだ。

 それは、地球でも同じだったろう?」


「……そうだな……」

 レンは地球での自分を思い出した。

 人間に都合よく扱われたり、品種改良されたりして、使い捨てにされる動物たちが好きじゃなかった。命を奪って糧を得ているという事実から目を背ける人間たちも、好きじゃなかった。

 それなのに、自分も同じことをしていた。


「ごめんなさい、カレン……様。これからは魔物の命の大切さをきちんと理解して、その命を奪って糧を得ていることを忘れずに、感謝します」

「二人で話す時は『様』はいいって」

 カレンは苦笑して、レンの肩に手を置いた。


「まあ、少しヒヤッとしたけど、今回のことは僕も君を強くは非難できない。

 僕たちは地球で生きていた時から、誰かを守るために命を張って戦える物語の主人公たちに、強く憧れていたじゃないか。

 それは人間の想像した物語だったけど……イエス様は実際に、僕らの罪の許しのために、十字架の上で戦ってくださったんだ」


 カレンの目が遠くを見つめる。

「僕らが考える戦いとはだいぶ違うけれど、確かにイエス様は、僕たちが言葉でも想像でも表せないような苦しい戦いをした。

 実の父であり、この世で唯一完全な愛の関係を持つ主なる神様からも捨てられるという、最も苦しい戦いを……僕たちを救うためにしてくださったんだ。

 僕たちが好きだった物語の主人公たちは、それに遠く及ばないけれど、全く関係ないってわけでもない。

 誰かを守りたいと思うことは、決して間違いじゃないよ。

 けれど、自分を大切にすることも忘れないでくれ。自分を大切にできない人は、他人を本当に愛することなんかできないし、結果的に愛する人を苦しめることになるからね」


「……お前は、結構ちゃんと考えてるんだな……」

 レンは素直に感心した。

「俺があのまま生きていたら、お前みたいにもっと神様のことを理解できていたのかな……」


「そーれーはー?」

「禁則事項、だろ?」

「うん、よく分かってるじゃない。人間には未来のことなんか分からないんだから、神様に与えられた力の範囲内で出来ることを、いつも全力でやるしかないんだよ。もちろん、クリスチャンなら神様に従いながらね」


 レンは大きく息を吐いた。

「ふう……。今回のお説教は骨身に染みるな……。自分自身の言葉だと思うとなおさらだ。とにかく、注意された点はこれから直していこうと思う。完璧にはできないだろうけど」

「ん、分かってくれたならそれで良し! で、ここに来た目的はマリーさんの傷を治す方法だろう?」

「あ、ああ……よく分かるな……」

「ちゃんと見てたって言ったじゃない。マリーさんが大変な目に遭ってるのを見るのは、僕だって悔しいし悲しいさ」


 カレンは真面目な顔に戻った。

「で、具体的に治す方法だけど……君、移植を魔法で行おうかと思っていたね?」

「ああ。自分の皮膚を使って……」

「それだと君が全身生皮剥がれちゃうじゃないか。

 一応君も医療関係の技術を学んでいたから、細胞がもともとは万能性を持っていて、色んな機能を持つ細胞に変化できることは分かるでしょ?」

「万能性幹細胞とか、受精卵が一つの細胞から全身に成長したりする話か……?」


「それそれ。そして君が生きていた時代には、特定の機能を持った細胞を万能性に戻したり、それを使った再生医療が実現されかけてたでしょ?

 そのイメージを治癒魔法……『リジェネレイト』って言うんだけど、それに込めながら使えば治せる可能性はあるよ」


「リジェネレイト……」

「女の子に傷が残るなんて、たとえ戦いの多いニエフでも良くないからね。

 ただ、これはかなり難しい高レベルの魔法だ。細胞という概念そのものを知らないニエフの人たちにはイメージするのが難しいし、魔力も相当消費する。リジェネレイトが使える治癒魔法使いはかなり少ない。

 でも、君の姉萌えシスコンパワーと、地球での知識による具体的イメージがあれば……できるはずさ☆」


「……教えてくれたのはありがたいが、自分でもシスコン患ってる自覚はあるから、もうそれ以上指摘しないでくれ……」

 レンはガックリと膝をついた。


 だが、マリーを元に戻せると聞いて、再び力が湧いてきた。

「よし。色々指摘してもらって、また少し何か分かった気がするよ。

 俺を愛してくれてる人たちがいるから自分の命を大切にすること。

 神様に作られた被造物をちゃんと大切にすること。

 イエス様がしたように誰かを守ろうとすることは間違いじゃないこと。

 この三つは理解できた」


「ん、それだけ分かってれば十分だ。当年7歳のカシウス・レンくん。

 あとは君の姉萌えシスコンパワーと転生者チート知識を存分に活用してマリーさんを治し、学校に備えなさい☆

 でも、お姉ちゃんの裸あんまり見ちゃいけないぞ☆」

「……いいこと言ってるのに、いちいち人の感動をぶち壊してくる奴だな、お前は……」

「えー、君が僕の立場だったら同じこと言うと思うよ?」

「……ぐっ、否定できん……。

 とにかく、もう遅いし早くマリー姉さんを治してあげたいから、そろそろ帰るな。そんじゃ、またな」


「Hasta la vista, Baby☆(地獄で会おうぜ、ベイビー☆)」

 やたらと良い発音で、死亡フラグ満載の別れの挨拶をするカレンだった。


---


 対談所の外に出ると、もう真っ暗だった。

 魔石街灯がポツポツと道を照らしているので、イクスよりは明るく歩きやすい。

 レンは早足で家に帰った。


 帰宅後、レンはマリーに(地球のことは伏せつつ)カレンに教わった新しい治癒魔法のことを話し、すぐに試すことにした。


 ……で、現在。

 レンは、下着姿のマリーと対峙している。

 顔は真っ赤だ。沸騰しそうだ。


 マリーが「イメージが大事なのね? なら、直接私の傷を見ながらしたほうがいいと思うわ」と、自分から服を脱いで提案したのだ。

 確かに、患部を直接視認できた方がいいとは思うが……。


『お姉ちゃんの裸あんまり見ちゃいけないぞ☆』

『姉萌えシスコンパワー☆』

 カレンの性悪な笑顔と言葉が脳内を駆け巡り、目の前の扇情的な光景と相まって、集中力が削がれまくる。

(体は7歳だから生理的反応はないけど……精神が持たない!)


 そこへ、クロとシロからの叱咤激励が飛んできた。

(もう!!!! 何赤くなってんのよ!!!! 早くマリー姉さんの傷治して、元の綺麗な肌にしてあげてよ!)

(……レン。確かにマリーは綺麗だけど、見惚れている場合じゃないと思う。それに、マリーも少し恥ずかしそうだし、早くやるべき)


 二人の声で、レンはハッと我に返った。

 見れば、マリーはじっと目を閉じているが、頬はほんのりと赤く染まっている。レンが黙っているのを、集中しているのだと信じて待ってくれているのだ。

(……集中、集中……!)


 レンは深呼吸をし、姉の傷ついた肌を見つめた。

 細胞の一つ一つをイメージする。

 傷ついた組織が時間を巻き戻すように、あるいは万能性を取り戻して再構成されるように。

 美しい肌が蘇るイメージを、強く、強く構築する。

 専門的な生物学的システムは分からなくても、この世界では「イメージ」が魔力を導き魔法になる。

 自分の煩悩……いや、愛情と知識を信じて!


「……『リジェネレイト』!」


 レンが唱えると、柔らかな緑色の光がマリーの全身を包み込んだ。

 じわじわと光が浸透していく。

(うぐっ……すっげー魔力消費量……!)

 治癒魔法5位のレンでも、魔力がごっそり持っていかれる感覚がある。コントロールがきつい。

(えええええい!! ままよ!! この際、姉萌えシスコンパワーだろうと何だろうと利用してやる!!)

 レンが開き直り、全魔力を注ぎ込んだ瞬間。

 治療のスピードが爆発的に上がった。


 1分後。光が収まると、そこには奇跡が起きていた。

 モモコにつけられた無数の傷跡は、完全に消滅していた。

 それどころか――。

 冒険者として活動する中でできた古傷や、小さなシミ、痣までもが綺麗さっぱり消えている。

 まるで生まれたてのような、白く、張りがあり、内側から輝くような美肌がそこにあった。


「えーと……姉さん。とりあえず成功して、傷は見当たらなくなったんだけど……どこかおかしいところないか、自分で確認してくれない?」

 レンがおずおずと尋ねると、マリーはパッチリと目を開け、自分の腕や足を見た。

「え……なにこれ……」

 マリーは絶句した。

「傷が治ってるだけじゃない……気にしてたシミとか……昔怪我した痕とか、ちょっとした切り傷も全部治ってる……?」


 マリーは下着姿のまま鏡のあるシャワー室へと駆け込んだ。

(いや、あの格好で走るのは……まあいいか)

 とりあえず成功したようだ。レンはクロとシロに頼んで、マリーの寝巻きをシャワー室に運んでもらった。


 30分後。

 ここ二日シャワーを浴びれなかったため、ついでに体を洗ってきたマリーが出てきた。

 湯上がりで上気した頬。濡れた明るいプラチナブロンドの髪。

 そして、発光しているかのような美肌。

 すっっっっっっごく、綺麗だった。


 レンが呆然と見惚れていると、マリーは興奮気味に言った。

「レン……凄い魔法をカレン様から教えてもらったのね……! 今回の傷跡どころか、昔の傷も消えてるし、背中のシミとかも消えてるわ……!

 肌のハリやツヤもいいし……髪も爪も、なんだか凄く綺麗になってる……!

 これ、女性にとっては夢のような魔法よ……!」


 どうやらリジェネレイトは、レンが「皮膚の再生」を強くイメージしすぎた結果、皮膚、髪、爪といった関連部位をすべてベストコンディションに再構築してしまったらしい。


「すっごい魔法ねー……。レン、ビーストテイマーやりながらこの魔法使って、女の人を綺麗にする仕事でもしたら? ファルバにはネイルサロンとかいう店もあるらしいし。

 とにかく女性はみんな綺麗でいたいから……私も含めてだけど……凄く繁盛すると思うわ!」


(……いや、この魔法が成功したのは、謎のパワーが「自分が姉萌えシスコン野郎だ」とはっきり認めてからだから、姉さん以外には恐らくここまでの効果はないと思う……)


「あー……その……姉さん。もともと僕は傷だけを治すつもりで、新しい治癒魔法リジェネレイトを使ったんだけど……。

 その、かなり魔力消費とかコントロールとか難しくて……ちょっとキツイと思ってたところで、『愛する姉さんのためだ!』って覚悟を決めたら、あっさり上手くいっちゃったんだ……。

 だから……その……これが使えるのは……僕が深く愛している人だけなんだと思う」


 レンが顔を背けて言うと、マリーはポッと頬を染めた。

「そ、そう……私だったから……愛してるから……相手が限定されるのね……?」

「た、たぶん……」

「ま、まあいいじゃない!! あ、愛の力の魔法なんてなんかカッコいいし、愛で人を癒せるなんてまるでイエス様みたいじゃない!!」


(……ごめんなさい姉さん。僕のこの力はイエス様のような無償の愛から来るものじゃなくて、ただの煩悩に満ちた個人的な姉萌えシスコンパワーから来るものです……)

 とは、口が裂けても言えないレンだった。


 そんなやり取りを見ていたパートナーたちは。

「いいわねぇー、愛の治癒魔法かぁ……。私も治してもらえるかな? 綺麗とかよく分かんないけど」

 クロは美容には無関心だが、愛の魔法には興味津々だ。

「…………マリー……愛されてて羨ましい……。綺麗になったのも……絶対、私にも成功させて……」

 シロは美容に関してかなり敏感らしく、また強い愛情(ちょっと底が見えない感じの)を求めているようだ。


 ファルバに来て二日目の夜。

 マリーは完全復活どころか、美しさを増して戦闘民族のようにパワーアップしてしまった。

 レンはカレンから説教され、命の重みを学び、そして自分がどうしようもないシスコンだと自覚し、それに凄い力があることを知ってしまった。

 クロとシロはレンのことを愛してくれているが、その方向性はちょっと(かなり)違うようだった。


 それぞれが違うことを経験し、違う想いを抱きながら。

 それでも、一つの屋根の下で温かい夜は更けていった。

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