第漆拾参話 復帰
翌日、運び屋の協会に居心地が悪そうに周囲をキョロキョロと見渡す望海の姿があった。
彼女の心の中はネガティブな物で一杯になり自身の責任と立場が重くのし掛かる。
それと同じく、皆から自分は必要とされているという社会的や役割。喜びを感じていた。
しかし、心は未だ迷子でこれからどうするべきか?
とりあえず、知り合いに会ったら一礼の後。
謝罪の言葉を口にするべきだと段取りを組んでいた。
「あ、あの!この度はご迷惑をお掛けしました!今まで以上に沢山の依頼をこなして参りますので、宜しくお願いします!」
「...は?」
鴇色の花尾が結ばれた下駄を見て、ふと光莉の存在を思い出し親近感を抱いた彼女は反射的にそんな言葉を口にした。
しかし、相手は戸惑い双方を落ち着かせようと「大丈夫だから」と同じ文言を連呼する。
どういう巡り合わせか?目の前に居る人物の正体は朱鷺田だった。
早朝にも関わらず、美麗なその姿は変わらない。
自分であれば気が抜けてしまうだろうと想像を膨らませる。
寧ろ、一番コンディションが良いのでは無いか?と望海は勝手に思っていた。
「そうか、今日から復帰か。まぁ、一番驚いたのは夢野さんや児玉さん達だと思うが。各関係者にも話は届いてるよ。色んな噂話もな。もう大祭も終了に近い。全ての儀式が終わったその時は、仮面を元の場所に返さないとな」
「そうですね。楽器類も寺社の方へ戻す事になると思います。その時は阿闍梨さんにお願いする事になるかと」
世間話というより、業務連絡に近いだろう。
そのあと、少しの沈黙が流れ。
双方、顔を合わせるが何も発するような事はしなかった。
望海が彼の動きを制するようにじっと彼を見つめ、観察と思考を巡らせる。
それに彼は嫌悪感を抱きながらも、寛容に見守る事にしたようだ。
似た瞳を彼は知っている。もっと相手の事を知りたい。
理解したいと言う動作であると認知出来ているからであろう。
大人の対応をするべきだと朱鷺田は思ったようだ。
「の、望海。俺にまだ何か話したい事でも?」
「あぁ、すみません。ジロジロ見てしまって。貴方って良く“変わられる方”だなと感じまして。羨ましいと言いますか、フットワークが軽いんだなと」
意外と言うよりも的外れな単語を並べられ朱鷺田は躊躇する。
そんな風に考えた事はなかったが改めて自己紹介のようなものが二人の間で始まった。
「自分がというより、周囲に変わり者が多いからそう言う風に見えてるだけだと思うぞ。俺自身は箱入り息子だと思うし、井の中の蛙らしく狭い居心地の良い世界で生きてるよ」
「そう言う逆説的な言い方もあるんですね。勉強になります。私、昨日落ち込むと言うか。自分が分からなくなってしまって。自分の心も体も地に足が付かないまま此処に来てしまったんです。もう少し休んでた方が良かったでしょうか?」
「望海は努力家だからな。色んな人を見てると自分の立ち位置も自ずと分かるんだ。旭や隼は天才肌で周囲が設置した基準を当たり前のように突破してしまう。でも、それはお前の強さでは無い。基準の中でベストを尽くす秀才型だと俺は思う。だから尚更自分が分からなくなるんじゃないか?」
その言葉の後に「周囲に翻弄され、自分の基準が見えなくなるから」と憶測だが彼女は付け加えた状態で会話を進行した。
それよりも先に朱鷺田はまるで天才とも言えそうな文言を言うが、その本質自分と似たような考えだと彼女は思い至る。
「結果や答えなんて最初から分かりきってるんだ。その中でベストを尽くせば一位になる事も知ってる。でもそこに幸福か不幸か?なんて言うのは入っていない。自分が本当に大事にしたい物なんてのも入ってない。それは自分で考えないといけないんだ」
「良く言いますよね。本当に大事な物はそう簡単に表に出て来ないって。見つからない。でも、貴方は家族という大事な物を見つけた。それはどうしてなんですか?」
すると朱鷺田は頬を赤らめて、口をモゴモゴと動かし照れくさそうにしている。
一瞬「言わせないでくれ」と踠くが視点を変えて幼少期の話から順を追って説明する事にしたようだ。
「正直、幼い頃の俺は母親を幸せにしたい。楽にしてあげたいと思っても自分にそれをする事が出来なかったんだ。不器用だよな、それ以外は出来てた。上手くやってると思ったのに。ただ、自分の本心と行動にズレが生じたときに世界が歪になった。多分、望海と同じ理由でだ」
「世間体や社会から自分がどう見られるか?を気にするようになったからですか?」
「それ自体は決して悪い事じゃない。誰だってそう言う経過を辿る。それで手に入れられる物もあるだろう。...正直、無理だと思った。男同士でなんて。周囲から認めてもらえる筈が無い。俺は政治家の息子で、後継者を求められてる。分かってる、だからそれに従って行動した」
「でも、その行動に心が追いつかなくなった。限界が来た。だから、貴方は素直に諦める事が出来たんですね」
「人間って割と簡単に諦めがつくんだよな。続けるのは難しいがその逆は容易い。あっさり別の道を見つけて歩き出せる。そして案外、どうにでもなってしまう。社会は道を最初から用意してる訳じゃない。人がそう思い込んで勝手に歩いてるだけだ。そしたら後に続く者が現れたというシンプルな構造だ」
そのあと「済まない、説教臭くなったな」と謝罪の言葉を入れられる。
そこから話を変えて物事の本質的な部分に触れる事になった。
「人は皆、主人公だ。自分なんて何処にも無いと俺も思った事は多々ある。誰かに操られてる。両親の思い通りにして来た自分がいるって事も知ってる。でも、それ以上にあの時の母親の涙。それを“解釈した自分”は必ず存在するんだ。苦しい、悲しい、寂しい、裏切られた。そのあとに母親を慰めようと思った自分。これは確かに自分だと今なら言える」
「あ、あの。心中をお察しします。要するにそれをひっくるめて全部自分という事ですね。人は自分の鏡だと聞いた事があります。そう言う意味で私は鏡に映る自分を理解しようと思った事はないのかも」
「ただ、人気者という称号だけは自分でもどうにもならないな。こんな話を聞いた事はあるか?一番好かれている人は一番嫌われてる人でもあるらしい。望海はどうなりたい?皆から嫌われてまで好かれたいと思うか?」
珍しく真面目な雰囲気を放つ彼から出た悪態を突くような態度に彼女は苦笑いを浮かべた。
これこそが彼の本来の性格であり、本質なのだと思い至った。
「ノーコメントで。朱鷺田は良くそれで旭さんの相方出来てますね。見限られたりとかしないんですか?性格が悪い方が幸せになれるんですかね?」
「極端を恐れていたら旭に見初めてもらえないからな。俺に欠点が無ければ気を引く事も出来ない。長所もまた然り。済まない、依頼がこの後あるんだ。これで失礼させてもらうよ」




