第漆拾参話 目覚め
圭太の大声に目を覚ましたのか?
望海はビクリと肩を震わせて、寝込んでいた布団から起き上がる仕草をする。
自分でも原因は良く分かっていなかった、感覚的に言うなら何も考えられないという思考停止。
手をピクリと動かすだけで起こる謎の違和感。
まるで自分が自分では無いと言う意識がそこにはあった。
胸の中が空っぽになり、その分緊張感はなくなったが。
虚無感は彼女の心の面積を多く占めていた。
髪が乱れている。いつもなら朝支度と同じく、服と髪を整えるのだが首を傾げたまま動けずにいた。
じっとしているのが苦手だった彼女だが、今日は様子が可笑しい。
その時ふと気づいたのだ、自分は己と向き合うのを恐れて予定を詰め忙殺していたのではないか?と。
何も違和感に思わない。思えない程、自分の事を避けて今まで過ごしていたのでは無いのか?と。
そのあと、体育座りのように蹲り。
布団に顔を伏せ、ボソリと呟いた。
「...私のせいだ。もっと早くに自分と向き合っていればこんな問題にはならなかった。自分の事を理解していないせいで周りに迷惑をかけて。どうして私はいつも」
そんな時だった、彼女の無線機が鳴る。
相手は翼のようで、望海の身を案じているようだ。
しかし、その親切が今は鬱陶しい。
応答が無ければそのうち音が消える。
それは分かっている。
しかし、その待っている時間が彼女には長く感じた。
「セカンド、起きてるか?連絡に出なくて良いのか?」
チラリと空いた襖からティムが此方を覗く姿を見た望海は彼を手招きし、一言「アレを止めて」と指示を出した。
自分でも思う。まるで我儘を言う子供のようだと。
そのあと静寂が訪れると、居心地の悪い空間と静寂が生まれてしまった。
「あの、ティムさんって自分の事。どのくらい理解というか把握されてますか?私、今まで無頓着で何も考えて来ませんでした。自分の事に精一杯で、周囲に気を配る事ばかり考えてましたし」
「さあな、そんなの俺でも知らない。深海のように光の届かない所まで行けば、誰にも分からないし知ろうとも思わないだろう。痛みも伴うからな」
「時折思うんです。私はこの家の長女として圭太の姉として自分の役割を演じてただけなんじゃ無いかって。まるで仮面を被るように。だからここまでやって来れたとも言えるんですが、限界が来てしまったのかも知れません」
その時、彼女はふと神楽舞で使用されているお面達を思い出した。
皆、そうだ。仮面の下にある本性を隠して、理想の自分やなりたい自分を作っているのだろう。
彼女もまた、家内や外の常識に沿って生きて来た。
周囲に求められる事に応じて来た苦労を周囲に話した事もある。それによって新たな使命を与えてもらった。
しかし、本質はどうだろうか?
新しい仮面を貰っただけで、本来の顔はちっとも表に出て来ない。
寧ろ、張り付いて離れず。剥がせば本体ごと仮面に持って行かれそうだと望海は恐怖した。
そうだ、残った自分には何も無いという感情が彼女を震え上がらせたのだ。
「セカンド、あまり自分を思い詰めるなよ。人生なんて、今ここで何をしたか?何が出来たか?だけを考えておけば良いんだ。昼飯が美味しかったでも良い。過去や未来を考えていたらキリがない」
「で、でも。過去を辿れば同じ過ちをしないように意識する事が出来ます。未来に行けば事前に失敗を防ぐ事が出来るのでは?」
そのあと、ティムは答えは出たと指を鳴らし彼女を指差した。「お前も気づいているんだろう」と言いたげな仕草をして。
「じゃあ、お前の人生は失敗ばかりなんだな。過去も、今も、未来も。上手く行ってる奴が過去を振り返る必要なんてないからな。今が上手く行かない奴程、過去の栄光に縋りたがる。問題はそこじゃないのに」
「うっ!確かに貴方の言う通り。だったら自分を変えないと。答えは分かりました。でも、身体がいう事を聞いてくれないんです。どうしたら良いでしょうか?」
「今はゆっくり休め。失敗だって体力を消耗しない訳じゃない。結果は良くも悪くも付いて回る物だ。自分を変えるのも楽な仕事じゃない。体力を温存しておけ」
「あ、ありがとうございます。でも、これだけはやっておかないと。今日中に翼に連絡を入れておきます。怒って無いと良いけど」




