第漆拾弐話 紫の蝶
「ティム、姉貴の部屋に絶対入ったらダメだよ。ただでさえ、体調を崩してるんだから」
「分かってるって。許可も無くレディの私室に入る奴なんていないだろう?」
場所は弐区の東邸、何の説得力無い頷きを圭太は姉の部屋の前で行っているようだ。
手には先程まで看病をしていたのだろう、桶とその中に手拭いが浮かんでいた。
「にしても、倒れるなんてよっぽどだな。そんなに雪に弱い奴だとは思わなかった」
「こればかりは違うでしょ。耐性の有無はあるだろうけど、それが根本的な原因とは思えない。姉貴の中には三つの力の源があって、その一つが抜け出たからバランスを崩した」
しかし、納得のいかない文言を並べられたからなのか?
ティムは首を傾げる仕草をする。
「じゃあ、何だ?これまでのセカンドが偽物だって言いたいのか?正確に自身の能力を操れていなかったとでも?」
「そこまでは言って無いよ。どちらかと言うと憑き物が取れたって言った方が正しいかな。僕も姉貴もそれに囚われて今まで生きてきた、これで少しは楽になるんじゃないかな?」
「憑き物」という言葉にティムは瞬時にゴースト、亡霊という単語を思い浮かべた。
そのあと歩を進める廊下を右往左往見渡し、幽霊屋敷のようだと興奮と歓喜と恐怖の入り混じった感情が心の中で渦巻くのを自覚した。
そんな中で彼は、富士宮家に関する疑問を一つ投げかける。
「そう言えば、マムの実家には双子が生まれる割合が多いんだろう?東とセカンドもそうだし、先祖さえそうなってるみたいだしな。これは何かの宿命なんじゃないか?」
「僕の考えとしては事例はもっと多いかも知れないね、家系図に載ってる名前よりも。貴人を輩出する家だし、影武者がいてもおかしくない。瓜二つの双子ならそれをやり切れるしね」
それを聞くとティムの中では「都合が良い」というワードが頭の中に浮かんできた。
まさかとは思うが、血統や遺伝子操作を意図的に引き落としたのではないか?という疑問と家の繁栄にそれが直結しているのではないか?という思いがありそれを素直に伝えた。
「じゃあ、まさか神のように自分達の家族でさえも駒のように扱っていたと言う事か?いくら何でも無慈悲どころの騒ぎじゃない。生命に対する冒涜だ」
「そこまでは言ってないでしょう?多分、最初は偶然だったと思うし。完全にその環境を作り出す事は難しい。絶対的な条件も無いしね。ただ、それを利用する事は出来たはずなんだ。影武者でも身代わりでも、家の存続にしてもそう。そう言う人が生き残って子孫が産まれれば、自ずとそうなって行くっていう話」
中々に富士宮家という存在は特殊なようだ。
男性は短命で女性が多く、その上双子や三つ子の事例が多い。
その上、運び屋としての能力も備わっている。
神の寵愛を受けなければ成し得ない偉業を代々受け継いでいると言う事にもなるだろう。
そのあと、縁側に向かい庭先で洗濯をする母親の様子を圭太は眺めていた。
いつものように絶え間なく動き続けているなという呆れと違和感をふと覚えた。
何故なら、何かを忘れたいと思うように彼女が動いている可能性を僅かながらに察したからだ。
それを考えると周辺の景色がグニャリと歪み、別の景色に思えてくる。
視覚的に変化したのではない。
彼の心情が別の解釈を生んだと言った方が正しいだろう。
今まで過ごして来た我が家に対する認知が書き換わったのだ。それに背筋を凍らせた。
「...母さん。少し休もう、疲れたでしょう?」
自分でも珍しく労りの言葉をかけたなと圭太は思った。
洗濯物を掴む動作をやめて欲しい訳ではない、しかし肩の荷を下ろして立ち止まって欲しいという身勝手な願望はあった。
「後五分だけ待ってちょうだい。キリが悪いわ。窓拭きも終わって無いし、やりたい事が沢山あるの。お菓子なら棚の中にあるから皆んなで食べて頂戴」
「...そうじゃなくて。そうじゃなくて!母さん、いつになったら休めるの!?」
威圧感のある怒号が周辺に響き渡る。
今まで女方として、しなやかな仕草や言葉遣いを心掛けて来た圭太が初めて男性として母親に接して事に彼女だけで無く自分も驚いていた。
母親は心配したように動きを止め、宥めるように彼の肩を優しく撫でた。
「大丈夫?体調が悪いなら部屋で安静にしていなさい。私は貴方に無理をして欲しい訳じゃ無いの。いつも良く頑張ってくれているわ」
「ありがとう。違う、これは心の問題。この際だから言うけど、母さん隠し事してるでしょう?そう言う意味で本当の家族になれていないんだよ。僕達は」
【お知らせ】
今作をいつも読んで頂きありがとうございます。
予定より物語の完結が早くなりそうなので事前に告知をさせていただきます。
大雑把ですが、本編は後5話程終了し。
その後は富士宮祝が主人公の【番外編】を投稿させて頂く予定です。
宜しければ最後までお付き合いください。




