第陸拾伍話 始祖
肆区にある富士宮の本邸にて、謎の男。
その行方を追う望海達だったが情報が錯綜していた。
視覚情報を頼りにすれば年季の入った柱がまるで新品のように生まれ変わり。
耳を頼りにすれば無数の足音と男の声色がする。
恐らく、過去の光景を反映したものである事は理解出来るのだが混乱を招いた事で最早何も出来ないという状況だった。
「今までこんな状況に陥った事ってありました?流石に夢の中でも此処まで身体に異常をきたした事なんてありませんよ。Dr.黄泉に助言を頂いた方が」
「でもこれ、町中で起こってる事だよね?だとしたら逃げ場はないんじゃない?寧ろこれはチャンスだよ。花紋鏡の効果は絶対なんだから」
圭太は携帯のメモ機能を使い、これまでの情報をまとめていく。
電波事態は反応があるらしく、行動に支障はないようで武器や無線機の使用は行えるようである。
鏡に映る光景が現世に及んでいると定義するのなら、まだ自分達の知らない何かがあるのだろうと彼は耳を研ぎ澄ましていた。
彼が気になったのは縁側の先にある庭のようで、何かを愛でるような甘い言葉を囁く声がする事に気付く。
子供か?はたまた小動物かは分からないが『よしよし』『良い子だね』と何かを可愛がっているようだ。
同じく視界情報を捉えた望海が自分と同じく青い瞳を持ち和装姿の男性を捉えた。
手にはウサギを抱き抱えており、あやしてる。
その光景を見るに危険人物ではないのだろうと予想した。
「...あの方、誰でしょう?白髪混じりなのを考えると五十代でしょうか?咲耶おばさまの親族にこんな方いらっしゃいました?お父様は亡くなられてると言っていましたが」
「いや、待って望海。それって富士宮祝なんじゃない?今『祝さん、犬の散歩は終わったの?』って奥さんみたいな声が聞こえるんだけど。実際に鳴き声も響いてるし」
「人間だけでなく、動物の声まで再現されているのか。恐ろしいな。富士宮家の始祖も同じ場所に住んでいた。或いは、記憶の残骸を俺たちに見せてるのかもな」
近づくか?遠のくか?皆、判断に迷っている中で目の前の男は勝手に独り言を呟き、堪えるように泣いているようにも思える。
「...皆、勝手だ。私の元から離れていく。本当に細君が心と身体の強い人で良かった。自分の後悔を我儘を素直に受け入れてくれる女性なんて荊子以外にいないだろう」
光莉は“後悔と我儘”という単語に意識が行き、通じ合えないにも関わらず一方的に質問を投げかけた。
「ねぇ、ご先祖様教えて。貴方の後悔って何?生前に何があったの?」
しかしそれ以上祝が語ってくれる事は無く、皆は別行動していた隼とタスクの元に向かった。
「あら、皆んな暗い顔してどうしたの?其方ってお庭の方よね、何かあったっけ?」
「そうだ、折角だから歴戦の運び屋にさっきの質問をしておこうよ。何か良い手がかりが得られるかもしれないし。ねぇ、貴方が人生で一番後悔した事ってある?」
そんな質問をされたタスクはふと息子の顔を見た後、苦笑いを浮かべた。
その態度を見た望海は肘で圭太を突き「失礼ですよ」と声を発した。
「良いのよ、私が家族の事を蔑ろにしてたのは事実なんだし。でも、だからこそ側にいてくれる事が当たり前じゃないって気づけたのよ。私は今、息子の側にいるけど全ての人がそれを素直に出来るとは限らないしね」
「確かに。と言う事は祝さんは家族を大切に出来なかった事を後悔されていると言う事なのでしょうか?だとしたら彼の言う我儘は?探し出して何か謝りたい事でもあるのでしょうか?」
「俺は望海達と同じ現場にいた訳じゃないから流石に詳細までは掴めないけど、母さんの言うように当たり前のように側にいてくれた人と別れる事になってショックを受けたのかな。でも、高齢になってもそれが叶わないって事は...」
「既に亡くなっているか?或いは隠れて暮らしていたか?のどっちかだろうね。どう思う玉ちゃん?さすがに初恋の人とまでは行かなくとも重要人物っぽくはない?」
児玉は答えを出さないが候補としては親兄弟、親友等が当てはまるだろう。
思考を巡らせる中、零央の言葉が大きな波を生む。
「さくらんぼみたいだね。ずっとおじいちゃんといっしょにいて、なかよしなひと」
「...さくらんぼ?あっ、まさか!富士宮祝に瓜二つの人間がいるとしたら!?確認の為に富士宮に会いに行こう!」




