第陸拾肆話 町中
緊急会議が終了し、喫茶店へと戻った望海は帰路につく中で妙な違和感を覚えた。
熱中症にでもなったのか?ぐらっと視界が歪み、発展したはずの町並みが更地に近く、ポツポツと古びた民家が立ち並ぶ姿、淡い幻想を目にとらえた。
「...何?見間違いでしょうか?この暑さで疲れが出たのかも。児玉さんにアイスコーヒーとアイスクリームを出してもらいましょう」
そう自分を労るような素振りをしながらも彼女の胸の痞えは取れないようだ。
平常心を取り繕うとすると冷や汗が出るのを感じ取り店内に入ると注文と同時に捲し立てるように周囲に伝えた。
「あ、あの。信じてもらえるか分かりませんが先程変な光景を見まして。町の中が荒廃しているように見えるんです。明らかに今、私達の見てる景色とは異なると言いますか...」
「えっ、なにそれ。姉貴、幻覚でも見たんじゃない?病院に行って診てもらった方が良いと思うけど...?」
圭太の冷静な助言の後、そんな彼も様子がおかしくなり急にドアを開けて外の景色を確認している。
一度、店内にあるピアノのを弾く零央の方へ視線を向けるも元の姿勢に戻ってしまった。
その違和感を光莉も同じく感じ取ったようだ。
「なんか可笑しくない?楽器の音色が聞こえるんだけど。大祭のパレードとかやってないよね?それ関連のイベントとかやってたっけ?」
「いいえ、そもそもメイン会場と離れてる弐区でそんな予定はありませんよ。だとしても、視覚と聴覚に異常が起きるなんてそんな事あります?集団幻覚でしょうか?」
「そんな馬鹿な。だとしたらいつから俺達はありもしない町中を歩いている事になるんだ?それに害があるようにも思えない。敵の罠とも限らないんじゃないか?光莉はどう思う?人魚と同じように思うか?」
確かに、幻聴というと親しい人に声色を似せ水路に引き摺り込もうとする人魚の存在はあるだろう。
しかしそれは過去の話であり、光莉の感覚としても邪悪な気配がするという訳ではないと考えているようだ。
「此処の喫茶店がと言う訳じゃないんだけどさ。現実の町並みとは別に二重で生活音が聞こえるのよ。耳の良い隼だったら何を言ってるか聞き分ける事が出来るかもしれない」
「ひかりおねえちゃん。れおね、おとなのにおいといっしょに。おはなのにおいがするんだ。ふしぎだね」
零央の言う大人の匂いとはコーヒーの事だろうと普段から過ごしている彼らには予想が付いている。
どうやら嗅覚すらも何かを再現しているようだ。
しかしそうなると脳の処理速度が二倍になり、疲労感が積み重なる。これに混乱を覚えた望海達は調査を開始する事にした。
しかし、不幸中の幸いか?五感全てを支配されているという訳でなく。視覚、聴覚、嗅覚それぞれに異変が生じているようである。
望海はこの真相を探る為、先程名前が出て居た隼に助けを呼ぼうとしたがそれ以上に混乱が広がって居たようである。
「望海、済まないが其方に行けそうにない。今、咲耶さんが家の中で不審者を見つけたらしくてその捜査をしないといけないんだ。謎の男が広い屋敷を徘徊しているらしい。母さんと一緒に夕方、向かおうと思ってる」
これではまるで以前から起きている幽霊騒ぎの延長戦ではないか?と望海は目を丸くした。
真実を映し出す花紋鏡は一体何を自分達に伝えたいのか?と様々な疑問を巡らせながら逆に焦りに駆られて肆区に行く事を了承する事態となった。
屋敷に赴くと富士宮は普段の凛々しさから一転、床に伏しており心身の消耗を隠せずに居た。
どうやら彼女も望海と同じく視覚に支障をきたしており、正体不明の男性を屋敷内で見かけ恐怖したようである。
「私の家では基本的に手伝いも女性で、男性と言えば夕方に帰宅する料理人ぐらいなものだ。夜には全ての人が居なくなる。なのに、人の気配がするんだ。隼も先程から足音がすると言っていてな。もう、こんな事に巻き込まれるのはこりごりだ。家に対する当て付けか、嫌がらせかは不明だがそこそこ頑丈な屋敷でこんなにも我が家のように徘徊する者がいるだろうか?」
「足跡は転々としてて、何処かに向かってるというよりかは徘徊してるって言った方が正しいかな?庭先にいて砂利の音も聞こえてくる。本当に寛いているみたいだ」
その発言に周囲は違和感をそれぞれ覚えながらも謎の男の正体を探る為。屋敷の見廻りを開始した。




