第伍拾捌話 水辺
「ほらほら、見てみて!ヤシの木が並んでる、完全にトロピカルだね」
車窓から指差す谷川の目の前にあるのは島の北側にある海岸だった。
外への出入りが可能になってからと言うものの、人による開拓がされ今の景観が作られた。
浅間は参考資料にと当時、この海岸に関する記事が書かれた新聞や雑誌を持参しそれを眺めていた。
凝視する彼女を見て心配した零央が声をかける。
「あさまおねちゃんどうしたの?そのしゃしん、れおもみたいな」
「あぁ、ごめんなさい。怖い顔してましたね、私。これ、颯君からお借りしたスポーツ系の雑誌なんですけど。昔、此処に松明があったみたいで火除けと言いますか。人魚が島に近づかないように対策がされてたらしいんですよね」
「それって、大祭の聖火と一緒に奴だよね?でも、今のところそう言うのがあるように思えないけどな。もう要らなくなったからだと思うけど」
谷川は目星で確認するものの確かにそのような物は見られない。
しかし、岩陰に隠れた先にあった海岸に木片が散らばっており何かの廃棄物を確認出来た。
車を降りて確認すると松明の残骸かと思ったが予想より大きく丸太や藁が置かれていた。
「これは牧場で使うものでしょうか?それにしては距離が離れてますね」
「た、谷川さんちょっと帰ろっかな?もうそろそろ見たいドラマの再放送があるし!面倒な事が起きない前にさ」
「でも、ゆかりおにいさんがろくが?またみられるようにしてくれるっていってたよ!よかったね」
純粋な瞳で逃亡を図ろうとした彼女を見つめる彼を見て、何も出来なくなったのと同じように腹を括り歩を進める決心をしたようだ。
近くの茂みに向かうと民家がポツポツと立っており、集落のようにも思える。
しかし、年代は古く人も居らずもぬけの殻で零央の【ナビゲート】による生体認証も反応しなかった。
それ以前に比良坂町以外に生活していた痕跡がある方が、浅間と谷川にとって仰天する事態だった。
落ち着きを取り戻した後、証拠品として写真に収め考察を開始した。
「そもそも、この島の規模からして空き地が昔から多かったのはわかって居ましたが比良坂町にこの人達は移住しなかったんでしょうか?人が集まる所にいた方が安心ではありそうですけど」
「島の面積は大体町の四倍、土地や気候にもよるだろうけどもっと人がいてもおかしくないからね。あぁ、ちょっと待って。家屋に何か置いてある。あれって楽器じゃないかな?」
木製の格子戸、その隙間から谷川が見たのは畳の上に置かれた楽器類だった。
堤や笛、零央も一度目にした事がある神楽鈴も状態が悪いが一緒に置かれていた。
「此処、何かの工房だったんでしょうか?それにしても謎が深まりますね。音楽を嗜んでいると言う事はそれなりの文化や文明が根付いていた筈なんです。ちょっと場所を変えて湖の方に行きましょうか?何か新しい手がかりがあるかもしれません」
浅間の意見に谷川は頷き、今度は町の南側にある湖へと向かった。
移動に数時間は必要で、日が暮れる前には到着しておきたいと焦る程だった。
目的地に辿り着くと以前の噂とは少々異なる風景が目の前に映る。
生活排水の溜池とされ、お世辞にも綺麗とは言えなかった場所が海水と混じり透明感を取り戻している。
そんな中で零央の言葉を聞き、二人は唖然とし腰が抜けた拍子に下半身の力が抜けてしまった。
「ねぇねぇ、みずうみのなかになにかあるよ。キレイだね。れおたちのいるまちみたい」
「...いや、そんな事ありえないよ。あははっ、何かの見間違いじゃないかな?零央君も賢いね、そんな事を言うんなんて」
「谷川さん、顔が引き攣ってますよ。どうなってるんです?まるで螺旋状に町が出来てて、それがそのまま水没してるじゃないですか!?古代の遺跡?自凝島の先住民は何をしていたの?」
水面に薄らと浮かぶのは舗装された石畳の道と標識だった。
目の錯覚かと思いきやそうではない。
確かにそこに存在し、当時の生活を反映している。
この光景を写真にと思ったが現在である筈なのに何処か胡散臭く、気味が悪いと思った浅間はカメラを構える手を止めた。
それほどまでに不可解な現象に三人は巻き込まれてしまったと言う事なのだろう。
数日後には夏季の競技も終わる。
しかし、運び屋達の仕事と使命が尽きる事は無さそうだ。




