何にも変えられない宝物
あまりに設定がよく出来ていて羨ましくて……黙ってそれを奪って小説を書いた事ずっと後悔してた。真白は冒頭だけ書いて辞めたみたいで、しかし私が書いてる事に気が付いてないみたいだし、黙って墓まで持っていくつもりだったけど……突然真白が思い出すから内心焦ったんだ。知らんぷりしたけど、何故か見せても無いのに内容知ってるし、ウリクセス様をあまりにも恋しがるようになったから……全部書き直して、真白好みにして謝ろうと思った。
そうしてるうちに真白が中毒死して、私は永久に謝れなくなった。この話の続きを書く意味も無くなって放置でお蔵入り。……と思っていたら、気がついたらココにいた。これが真白の言っていた異世界転生かって感動してたら、書き直し始めた方の物語上の神に転生してるじゃん?しかも顔真白だし。真白本人はタルジュになって山脈の足元で暮らしてるし。
とりあえず物語上のシロに成りきりながら……真白の顔なんだから私にもハッピーエンドの話が書けるはずだと思って、神設定のおかげで使える便利な力を使って幸せな続きを作ろうとしたけど。……どうにもダメだわ。真白になりきってハピエン厨になろうとしたけど、やっぱり悲劇に惹かれちゃうのよね。
ポツポツと前と同じ軽い口調で話し始めた利麻、ことシロ。
「ちょっと待って、じゃあなんでウリクセス様にあんなにツンとした態度だったの?仮にも自分が書いた物語の登場人物でしょう?」
私なら自分の物語の登場人物が目の前に現れたらまるで自分の子供かのように溺愛してしまう自信がある!
「あれは……真白がウリクセス様への思いを募らせすぎて自殺したから、嫌がらせ。私から親友を奪った恨みをぶつけてた」
「いや、私酒飲みながら山菜食べたら死んだだけなんだけど!?」
「え、じゃああれ事故なわけ?スズランの毒で自殺って事にされていたけど」
……二人の間に沈黙が流れる。
「ねえ利麻、じゃなかったシロ。この先私達どうなるんだろう」
元となる物語の続きがない、未完となると……この先どうなっていくのだろうか。先の見えない不安に襲われる。永久に時が止まったままになるとか……無いよね?
「さあ?私も一応シロとして続きを書こうとしたんだけどさ……どうにも悲しい展開にしちゃってヤバいなーってなったからここまでで止めてあったんだよね。あー、そうだ。タルジュが書いたらいいじゃん。今回地震のせいであんまり創作できてないでしょ?ここで思う存分書いて行きなよ」
「自分の未来を自分で書くの?」
それはまた新しい発想だ。確かに、それなら自分の展開次第で皆を守れるし、ウリクセス様だって今度こそ幸せにしてあげられる!まさに作者は神とはこの事だ。
早速利麻が書き残したプロットを改めて読んでいく。……よくこれでハッピーエンドにしようとしたとか言えたな?
「ちょっと待って、聞いてもいい?結局占術師は何がしたいの?」
何回読んでも、彼らの存在意義が分からない。
「あー……実はね」
シロがとても気まずい様子で切り出してくる。
「中学生の時に書いた原作版では、一緒に死のうとしたタルジュは助かってその後生きるのよ。そして占術省のトップであるルキウスから愛される事で傷を癒していく流れで、占術師についてはそっちで詳しく……」
「利麻のバカ!なんてストーリー考えているのよウリクセス様が可哀想でしょ!?」
あんなにウリクセス様の事が好きだったタルジュを他の人とくっつけるだなんて発想が、私には信じられない!っていうか、続きがあったんだ!?
「その恋心はストックホルム症候群だったのだ、みたいな流れだったのに、真白が狂ったようにウリクセス様シンパになったから……ただでさえ盗用してる上に、私ルキウス派〜みたいな事とてもじゃないけど言えない」
言い出せない気持ちは分からなくは無いのだが……!あと、絶対にルキウス様は無し!!
「やだやだやだ絶対ウリクセス様じゃないと嫌!私は溺愛系男子が好きなの!」
「えー?あれは溺愛系というか軟禁系でしょ……。愛する人を亡くし悲しみに暮れる心につけ込む男だって素敵だと思うんだけどなぁ。とりあえずウリクセス様エンドにしたら占術師の設定が難しくなってきてね」
軟禁系とはまた新しい。いや、否定はできないのだけど。
「じゃあ書き直す時に占術師の存在すら消せば良かったじゃないの!ウリクセス様と幸せになるには、あの人達要らないでしょ!?」
「いや、なんか敵的な存在はいないとダメかなって残したら中途半端になっちゃって」
「中途半端すぎてただのお邪魔キャラだったよ!」
ああもうこんな中途半端なキャラが存在している話の続きを書かされるだなんて!この先はプロットから全て練り直しだ!
あまりに集中して続きを練り直していたので、気がつくとあたりの風景が夕刻になりかけていた。長時間集中していたので足が凍るように冷たい。凍死しないように、くらいはシロがどうにかしてくれているのだろうけど、流石に冬の雪山で正座は無謀だったかもしれない。しかもウリクセス様のせいで体中痛いし。
「もう夕方?どうしよう早く書かなきゃいけないのに……。ねえシロ、このパソコン離宮の私の部屋まで持っていけないよね?」
近くにいるはずのシロに声をかけると、ぽんっと肩を叩かれた。……残念だけど無理って意味か、と思っていると。
「……それ、何?文字?」
耳元にかかる吐息。私の大好きな声。
「──!?なんでウリクセス様がいるの!?」
モフか?モフの幻影か!?ウリクセス様がこんな場所にいる訳がない!
「タルジュが突然消えたと、護衛と侍女が血相を変えて飛んで帰ってきたよ。……突然消えるとなると、もうここしかないと思って。自力で登るつもりで来たけど、シロ様が飛ばしてくれて助かった」
そう言うウリクセス様はしっかり雪山装備だった。助けたいと思ってシロの所に来たのに、逆に迷惑をかけてしまったのか……。
「迷惑おかけして申し訳ございません。……シロ、ウリクセス様を転移させたのなら、なんで言ってくれないの!」
ウリクセス様に謝罪しつつ、シロを睨みつける。いつもいつも転移させる時に一言足りない!……まぁ今回は私もその一言が足りずに迷惑をかけてしまったのだけど。
「集中していたから言い辛かったのよ」
「で、何が起こっているのか私にも簡潔に説明してもらえる?」
とりあえず私がここに来てからの流れを説明していく。利麻ことシロが、「えー、それ言っちゃうの?」と不服そうな顔をしているが、無視する。私は、もうウリクセス様には隠し事はしない、一緒に考えると決めているのだ。
「えーっと、じゃあタルジュは皆が幸せに暮らす物語、を今ここで書いているんだね?で、自分が主人公の話なんて書いた事がないから客観的に見れなくて困っている、と」
「その通りです。相変わらず理解が早くて助かります」
そもそも「幸せに暮らす」ってどういう事なんだろうという所で詰まってしまった。昔話にあるような「こうして二人は幸せに暮らしましたとさ」でいいのだろうか?どこまで詳しく書けばいいのだろう、忠実にこの話を辿った生を送るのなら、自分のキスシーンから将来生まれるかもしれない子供の名前から、帝国で今後進めていくであろう政策まで全て盛りに盛った話にしなければいけない!恥ずかしいし、難しいし……私は一体どうすればいいのか!
「ねえタルジュ、私には読めない言語なんだけど、ここに書いてある文字がこの世界の大筋って認識で合っている?あと、この機械の操作方法を教えて欲しい。この下側についている文字を押すと、言葉が出るの?」
物珍しそうにウリクセス様がノートパソコンを覗き込んでくる。そうか、ウリクセス様はパソコンなんて機械知らないよね。さすが勉強熱心な人なだけあって、珍しい物となるとすぐに食い付いてきた。この際だから、説明しておくと何か閃いてくれるかもしれないと思い説明していく。
「そうです。ウリクセス様は日本語が読めないから難しいでしょうけど、このキーボードを押すと文字が打ち込めて、ここを押すとその文字が消えるんですよ。ここの四角いスペース上で指を動かすと、文字を入れる場所を変える事もできます」
「ふーん、そうなんだ」
興味深そうに説明をしっかりと聞いた後、ウリクセス様によって長押しされるバックスペースキー。
「「キャ───!!?」」
私とシロの悲鳴が被った!どんどん消えていく文章。書き上げた何千、何万もの文字が消失するショックは物書き以外には分かるまい!
「ちょっと何してるんですかウリクセス様ー!?」
大慌てでしっかり押し込まれたバックスペースキーから指を除けようとする。……しかし成人に近い男性の力に、非力な女性一人で太刀打ちできる訳がない!
「何って、消している」
さも、見れば分かるでしょ?と言わんばかりの表情をしたウリクセス様。
「あ……せっかく頑張ってちまちま書いた……のに」
シロが呆然としてショック死しそうだ!いや、神は死なないか……?
「なんで消しちゃうの?やめてよ、私みんなが幸せになった物語を書かなきゃいけないのに!」
……いっそ初めから書き直せと言うのだろうか?過去を改変した場合、この世界はどうなってしまうのだろう。
「現実が、展開が読めないのは当たり前の事で……それはちゃんとこの世界の人物としてタルジュが生きている証拠でしょ?前にも言ったはずだけど」
昔ウリクセス様に言われた事、ほぼそのままの言葉を投げかけられる。
そうだ。五歳の時に言われたこのウリクセス様のセリフは、今高速で消えていっている物語上には、無かった。
アイーシャお姉様とウリクセス様が私を巡って喧嘩した部分や、お風呂に詩集を準備してくれていた部分、昨日の夜離して貰えず大変な目に遭った部分も。ウリクセス様と過ごしてきた大切な思い出全てが、この物語上に網羅されていた訳ではなかった。
「この文章、抜けている部分もあったんだよね?それでも私達は無事ここまで生きてきた。……ならば、そんな物語や筋書きは無くていい。無理矢理作り込まれた偽物の幸せ、なんて辛いだけだったよ。少なくとも私には。タルジュが書く幸せな物語を生きるより、私が愛した私のタルジュと一緒に筋書きの無い世界を生きる方が、幸せなんだ」
私の創作上を幾度も転生し続けたウリクセス様だからこそ……言葉に重みがある。この人は、最後の最後まで転生させられた件を言い続けるのか。もう一生言われそうだなと、思わず笑みが溢れた。
「「展開なんて知らなくたって、一緒に考えて一緒に悩んで、一緒に幸せになればいい」」
ウリクセス様と発言が被る。……幸せになるための方法なんて、五歳の時点でもう分かっていたんだ。
ねぇシロ?ううん、利麻。ありがとう。
利麻が悲劇であっても書いてくれたから、私ウリクセス様に会えた。
利麻が謝るつもりで書き直し始めてくれたから、きっとこうやってやり直す機会を持てた。
ねぇ利麻?この先のストーリーがなくたって、私はウリクセス様と一緒に幸せになってみせるね。
「タルジュ!またこんな晴れている日に外に出て……そんなに私に怒られたいの?」
「大丈夫です、これくらいの晴れなら三十分くらいまで平気ですから」
平気だと訴えても、ウリクセス様に手を引かれ、庭園から屋敷内に連れ帰られてしまう。何年経ってもウリクセス様はウリクセス様のまま。軟禁まではされなくとも、溺愛を行き過ぎて軟禁系なのには変わりない。
「それは健康な時の話だろう?今はダメだ、もっと気を付けないと」
「でも陽の光を浴びる事によってビタミンDが生成されて、それが赤ちゃんの生育には大事なのですよ?」
科学的な事を言うと、大抵ウリクセス様は納得してくれる。それがこの世界では全く知られてない知識だったとしても。それに嘘は言ってない。
「……何でもお腹の子に絡めれば許されると思ってない?」
「嘘じゃないですよ?何なら今度シロに聞いてもらっても大丈夫です」
苦笑いされながら口付けられる。きっと「今度からは私が一緒なら晴れでも散歩していい」とか言うんだろうなと思い、ウリクセス様とは対照的に心から幸せな笑みが溢れた。
「そろそろ名前考えないと、ね」
「実は私、女の子だったら付けたい名前があるんです」
決して全てが順風万端だとは言えないし、本で読むような良く出来た展開や幸せではないのかもしれないけど。
それでも、愛する人と一緒に掴んだ幸せは……私にとって何にも変えられない宝物だった。




