ごめんって、言いたかった
私が弱点だと言われてしまえば言い返しようがなかった。確かに、私が居ない方がウリクセス様も自分の守りに徹せば良いので楽かもしれない。結局、私はウリクセス様を守りたいと思っても、役に立たないばかりか足手纏いだったのか。
王国への道を馬車に揺られながら進む。寝不足と気怠さが混じった体を馬車内側の壁に預け、目を閉じる。まるで秘密裏に逃亡させるかのように、翌朝日が上り出すと同時に私はアズィーム王国へ旅立たされた。……万が一の事を考えて、王国まで追手が来ないようにしばらくは風邪で寝込んでいる設定にされるらしい。そのためいつも一緒にいてくれるライラーとは別の侍女が一人、護衛が一人という少人数で旅立った。
手にふわふわの感触を感じ目を開けると、モフが私を気にするかのように擦り寄ってきていた。アズィーム山脈に近くなるにつれ少しずつ元気になる様子に安心し、ふわふわの毛を撫でる。嬉しそうに肩まで飛び跳ねて乗ってくる程元気になっており、純粋に嬉しい。
「モフ、元気になってよかったね」
やっぱりモフは山脈に近い場所にいた方が良いのかもしれない。今度帝国に帰る時はシロの所に帰してあげた方がいいのかも……と考えたがふっと自虐的な笑いが込み上げる。
「帝国に、帰れるのかな……」
「タルジュ様……帰れますよ。ウリクセス様を信じましょう」
沈む私に気を遣って侍女が励まし手を握ってくれる。ライラーだけでなく、ウリクセス様が私に付けてくれた侍女達は皆優しくて……心から私を慕ってくれていて、本当に有り難かった。特にライラーはまるで私の保護者かのようで。逃げて欲しいと言いつつなかなか私を離さずに寝不足に陥れたウリクセス様を、日が昇る前から叱りつけていた。「婚約してるし暫く離れるのだから少しくらい……」と渋い顔をするウリクセス様と、「辛いのは女性なのですからタルジュ様に謝ってください!」と怒るライラー、体中が痛すぎて何でもいいから少し休ませて欲しい私、準備や手配で走り回る使用人達……屋敷内は混乱を極めていたけど、無事に送り出してくれた。
地震のせいで最後に見た時よりも傷跡の増えたアズィーム山脈付近の風景。五年前はシロがこの辺に転移させてくれたんだったな、と思い出し久しぶりにモフを通じて呼びかける。
「お願い、シロ。私ウリクセス様を助けたいの。お願いだから聞こえたら返事して……」
「きゃっ!……タルジュ様!?」
モフを肩に乗せた私の体は柔らかな白い光に包まれた。
久しぶりに目の前に広がる雪原。変わらぬ姿のシロ。
「随分大きくなったわね、おかえりタルジュ」
「シロ!」
いつの間にか目線の高さが逆転してしまったけど、懐かしい気持ちでいっぱいになりシロを抱きしめる。しかし次の言葉を聞いた瞬間、抱きしめたシロの体を離した。
「そろそろ帰ってくる頃だと思っていたわ」
「どういう事?シロは私が帰って来るの知っていたの?」
返事はない。都合が悪くなったら返事をしなくなる──シロの癖。
「ねぇシロ、私ウリクセス様を助けたいの!昔言ったじゃない、みんな死なずにハッピーエンドにするんだって……シロは応援するわって言ってくれたじゃない!」
お願いだから何か知っているなら教えて欲しい……!
「おかえりーおかえり〜」
シロは変わらず黙ったままだが、毛玉達が飛び跳ねてやってくる。そして何故かルーズリーフの束に変身した!
「え、紙?」
空中で紙に変身なんてするから、ひらりと舞いながら雪の上にバラバラに落ちてしまい、慌てて拾う。
どことなく黄色く変色した古いルーズリーフを拾いながら、目に入ってくる特徴的な癖字の日本語。そして私はこの字が誰の文字かよく知っている。
「……利麻の字?」
気になって中の文章を読む。……私が初めに迷い込んだ、前回のこの世界での物語が書かれていた。
「どうして……?」
いくら考えても思い出せないはずだ。……作者は私ではなかったのだから。
あれほど何でも話す仲だったのに、何故教えてくれなかったのだろう。私が考えたキャラ設定を勝手に使ってしまった罪悪感だろうか?
思考が停止してしまいただ呆然と突っ立っていると、ルーズリーフに変身していた毛玉達が今度はノートパソコンに変身した。このパソコンは見覚えがある……利麻が「新しく買ったんだ〜、なんと二十万円もした高級品!」といつぞやに自慢してきたやつだ。なんでシロがパソコンなんて知っているのよ、と思ったが液晶テレビが出てきた事を思い出し、そこはとりあえずスルーすることにする。
立ったままではノートパソコンは扱いづらいので、雪の上に正座するように座り膝の上に置き、画面上に開いていたテキストファイルを読んでいく。若干違う点があったり所々欠けたり直したり……途中になっているような部分があるが、それでも大筋は今回に似ている物語が書かれていた。しかし、私が王国に逃された後の記述はない。途中で止まっている。
「……?違うファイルにあるのかな」
続きを探すためにフォルダー内にあるデータを次々と見ていく。沢山のプロット、推敲した跡、メモ、人物設定……続きが見つからない代わりに、利麻が残した沢山の悩んだ記録が出てくる。
──真白の為にハッピーエンドにしたい
──悲劇はダメ、でも悲しい展開の方が美味しい
──悲劇を混ぜつつでも幸せにしてあげるには?
利麻はどんな気持ちでこれを書いていたのだろう。私から通話の度にあんな話されて、何を思ってこれを書いていたのだろう。いつも軽い口調で喋るから、利麻がこんな事を思っていただなんて、全く知らなかった。
スクロールしていくと、最後にこんな言葉が入っていた。
──真白に最後までごめんって言えなかった。二人を幸せにしてあげた物語見せて、遅くなったけど謝ろうと思ってたのに。書き直したから許してって言いたかったのに。
「真白、ごめんね」
何故かシロが謝罪してくる。
「なんでシロが謝るの?」
そう問いかけた瞬間、違和感に気がつく。今、真白って言った?
そういえば、利麻も都合が悪くなると黙っていた。
……同じ癖。利麻の字。何故か液晶テレビやパソコンを知っている。
まるで昔からの通話友達みたいだったシロ。どこか懐かしかったのは……
「だって、私が……利麻だから。黙っていてごめん」




