一番大事で一番の弱点
この地震が帝国に与えた被害は甚大だった。建物の崩壊、川の堤防の決壊による浸水、土砂崩れ。帝国が進めてきた改革を無に返すような惨劇が広がっていた。貴族の建てた耐震性のある建物以外は、ほぼ壊滅と言ってもよかった。
……沢山の民が亡くなった。後から、博物館で話をしたあの子供も亡くなったと、知った。
教育とか創作とか、製紙とか占術師がどうとかしている場合ではない。
皇帝は他国へ救援を依頼して回ったし、フェーリックスは人命救助の為の指揮をとり、ウリクセス様は二次災害を防ぐため危険箇所の割り出しなどに追われた。ラエティティア様も民への炊き出しを手伝ったり、私も運び込まれた怪我人を介抱したりした。
その中で、私のおかげでこの程度の被害で済んだのだと感謝される事もあれば……伝説は嘘だったのか、役立たずはアズィーム王国へ帰れ、と罵倒される事も多々あった。
……私が言われるのだから同じように、いやそれ以上にウリクセス様も同様の事を言われているのだろう。力不足で申し訳ないと民に謝罪しながら、それでも助ける為に手を尽くす。私の体が前回より陽に強くなっていた事にこれ程感謝したことはない。
余震も続く中、私もウリクセス様も必死で帝国の復旧に走り回る忙しい日々に追われ、気がつけば何年もの時があっという間に過ぎ……前回と同じ十五歳になっていた。
復興を進めていく中で少しずつ力を取り戻していった占術省。「やはり改革を進めたのは間違いであったのだ」「山脈に穴を開けたりして怒りを買ったのだ」「国内に災いの子の数が増えたせいだ」という声に後押しされるように派閥の人数も戻っていった。
幸い皇帝はそんな占術省や占術師、派閥の貴族達の声には耳を傾けず……変わらずアズィーム山脈からの寵愛を信じ、私とウリクセス様の立場を守ってくれている。「あいつらの言う歴史とやらを考えると、寵愛を受けた人間が帝国にいても災害は皆無にはならなかった。言いがかりに過ぎぬ」と言ってくれる。
天災だからどうしようもない事は頭ではよく分かっているのだけど、今回は平和に皆で幸せになれそうだと思っていたので……当時十歳だった私にはこの地震によるショックは大きかった。流石に五年も走り回ると開き直って、改めて帝国を災害に負けない国にして皆で幸せになるのだと思えるようになったけど。
「ねぇタルジュ、ちょっと話があるから寝る前に私の部屋まで来てもらっても?」
久しぶりに広間で夕食をウリクセス様と共にしていると、突然そのように頼まれた。話なら今この場ですれば良いのに、と思ったが……わざわざ場所を変えるということは使用人達にも聞かれたくない事なのだろう。
入浴後、ライラーに「そのような格好で部屋を出てはいけません!何かあったらどうするおつもりですか!」と怒られたけど、少しだけだからと説得し、寝間着の上にローブを羽織った姿でウリクセス様の部屋を訪れた。あのウリクセス様なのだから、何かある訳がない。
ノックをし、返事があったので部屋に入る。
「失礼します……って、ウリクセス様!髪くらいちゃんと拭いてから仕事してください!」
入った瞬間、タオルを肩にかけたままで椅子に座り仕事をするウリクセス様が目に入る。
「これくらい放っておいても乾くよ。それより、その格好で部屋を出るのをライラーがよく許したね?私が我慢出来なかったらどうするつもりだったの」
「話題をすり替えないでください。ほら拭いてあげますから」
ちょっと湿った上質のタオルをウリクセス様の肩から奪い、後ろからわしゃわしゃと頭を拭く。シトラス系の、私の大好きな匂いがふわりと香る。ウリクセス様は目線を書類に落としたままだけど、少し嬉しそうに笑った。
「モフはいつもこんな事してもらっているの?羨ましい……」
「もう、毛玉にまで嫉妬するのやめてください。それで話って何ですか?」
部屋まで呼ばれた時点である程度覚悟はしてきた。きっと良い話では無いのだろうなと、内心不安でドキドキしている。
「タルジュの誕生日も終わってもうすぐ年末だよね。そういえば帝国に来てから1回もアズィーム王国に里帰りさせてあげれていないなと思って。……ほら、来てすぐに地震があったからずっと忙しかったでしょ?この年末は王国に帰ったらどうかな」
サラリとそう言われる。真後ろに立っているのでウリクセス様の表情は確認できない。
「えーと、私は帰らなくてもいいんですけど。博物館の壊れた展示品の修復とか、地震で親を亡くした子供達の支援とか、色々手を離したくない仕事がありますし。帰っている暇なんてないです」
つまり暗に帰りたくない。そう返事したつもりだった。
「でもアイーシャ様も心配されているんじゃない?仕事の代わりは誰かが出来るけど、タルジュ自身の代わりは誰も出来ないんだよ。年末年始だけじゃなくて、もう少し滞在してあげたら久しぶりにゆっくり会えて喜ばれるんじゃないかな」
思わず髪を拭いていた手が止まる。
「それは、帰れという命令ですね」
自分で思ったよりも冷たい声が出てしまった。ウリクセス様は大変独占欲が強く「一緒に死んで欲しい」と最後に願うようなタイプの人だ。それなのに突然、帰れと命令してくるのには何か理由があると思うのだが……。何があったのだろう。脳裏を駆ける様々な可能性……まさか他に好きな人が出来て私が邪魔になったとか!?
「……なんか変な事を考えてない?」
「他の女性を伴って二月にあるウリクセス様成人の祝いに参加されたいのかと……。そして私はお役御免ということで王国に帰れという事かと」
自分で言っておいて涙が出そうになる。ウリクセス様の愛を疑ったわけではないが、普通に帰省を促すだけなら夕食の席でも問題なかったはずだ。
「何故そうなる……全然違う」
呆れたようなため息をつかれる。ウリクセス様が書類から視線をあげ後ろを振り返り、目が合う。
「何か勘違いさせるような出来事があったのなら謝るけど、私はずっとタルジュ一筋だから。今回帰れと言ったのも、タルジュを愛しているからだ」
そのまま手を引かれ、強制的に膝の上に横抱きするような形で座らされる。とりあえず、私が理解できるように説明して欲しいのだけど?という気持ちを込めて怒ったような表情を作り、少し睨むようにして説明を促す。
「勘違いするような出来事は無いですけど、追い払おうとされている気がして嫌でした」
「怒った表情すら苦しい程愛しくてどうにかなりそうなのに、追い払うわけないから。……異端者を排除する法案が通ってしまうかもしれないんだ。皇帝は首を縦に振らないけど、占術師派の数で押し負けるかもしれない」
「ちょっと!そんなの里帰りしている場合じゃないですよ!?」
異端者を排除する、という事は。ほぼイコールでウリクセス様の危機!占術省ならぬお邪魔省め、やはりこのウリクセス様が成人する前後の時期に何か起こすのね!
「何故もっと早くに教えてくれないのですか!私今度こそウリクセス様を守りますから!」
前と同じようには絶対にさせない。ここ数年は地震からの復興に気を取られてしまっていたから、今からでも急いで状況把握して、どのようにすればウリクセス様が無事幸せになれるかを考えなくては。
「うん、だからこそタルジュには王国に帰って欲しいんだよ」
「どうして!?」
「……前にタルジュが毒を盛られた時、私がどんな気持ちだったか分かる?ひたすら囲い続けて守ってきたつもりだったのに、倒れたタルジュに触れることすら許されなかった私の惨めな気持ち、分かる?異端者、にタルジュが含まれる可能性だってあるし……また私の婚約者であるが故に狙われるかもしれない。私だってタルジュを守りたいから、先に逃しておきたい。どうか分かって欲しい」
まるで小さい子を宥めるように、頭を撫でられる。
もう私、そこまで小さい子じゃないのに。ただ守られるだけで蚊帳の外、気が付いたら手遅れだった前回のようには絶対になりたくないのに。
ウリクセス様には何度も繰り返しそれを説明してきたつもりだったのに……分かってもらえていなかったというのか。
「ウリクセス様だって、私がどんな気持ちで今度こそ守りたいと思ってやってきたのか、分かってない……!」
悔しくて思わず下唇に歯を立てる。勿論ウリクセス様が私を逃したいという気持ちは理解できるのだけど……私だって……
「私だって……ウリクセス様を愛しているのに」
ぽたり、と涙がドレスに滲みを作る。と同時に、顎を掬われて……唇に滲んだ血を舐められる。
「……やっと面と向かって言ってくれた」
「え?ウリクセス様、血、が……んっ」
そのまま唇ごと食べるかのように口付けられる。成人するまで待つんじゃなかったの?と言いたいけど口を封じられているので何も言えない。羽織ってきたローブの下に手が差し入れられ、顔だけでなく体ごと、逃げないように固定されてしまう。
鉄の味、に混じって感じるウリクセス様の味。生存の限界がくる前にはちゃんと息を吸わせてくれるのだが、唇同士を繋ぐ透明の糸さえ切るのが勿体無いと言わんばかりに再び深く繋がる。こうも貪るように……堰が切れるかのように口付けるのであれば、普段から我慢せずに少しずつ小出しにして欲しい!!
「……分かっているよ。タルジュがどれだけ私を気に掛けてくれていたか、今度こそみんなで幸せになるのだと王国の地下通路で教えてくれたあの時からずっと分かっている」
あまりに長く口付けられ脳が少しぼんやりしてきた所で、私の胸元に顔を埋めやっと続きを話し出すウリクセス様。悲痛さが手に取り分かるような声色が、ゆるゆるに溶けきってしまった私の心に刺さる。
「でも、私だって今度こそ守りたい。二人で一緒に幸せになりたいからこそ、一番大事で一番の弱点であるタルジュに、逃げて欲しい。お願い……タルジュを心から愛しているんだ」




