災害
結論から言うと、無事私の肩は割れずに済んだ。
ラエティティア様がルキウス様を押し出すように退場してくれたので、その後博物館をもう少し見て周り……勿論彼らとルートが被らないよう徹底的にウリクセス様が注意を払って、だったけれども。帰路について屋敷に到着する頃には夜空に三日月が浮かんでいた。
沢山のチューリップが浮かんだ浴槽でしっかり足を伸ばす。殆ど以前と同じ間取りで作られた屋敷でも、やっぱり少々は異なった点があって。この大きな浴槽は以前と大きく変わったポイントの一つだ。
この帝国では岩盤浴がメジャーな入浴方法だが、以前はほぼ部屋に軟禁状態だった私は部屋に都度浴槽が用意されていた。まあ元日本人としては湯船の方が慣れ親しんだものであるし、アズィーム王国も水をたっぷり使っての水浴びが標準だったので、その方が有難かった。
きっと私が湯船の方が好きだと言ったのを覚えていてくれたのだろう。今回は屋敷内に、岩盤浴が出来る部屋とは別に、大きな浴槽が付いた浴室が作られていた。ちなみに自分の部屋にも併設して浴室が付いており、昨日はそちらで快適に入浴させてもらった。……私はお風呂好きだと思われているのだろうか?ライラーに聞いたところ、この大きな浴室は屋敷の主人であるウリクセス様とその婚約者である私しか使用しない物らしい。せっかく大きな浴槽なのに勿体ない!
「ねぇライラー、ウリクセス様のお部屋にも浴室が付いているの?それとも岩盤浴派?」
そういえばウリクセス様のお風呂事情なんて知らなかったなと、浴室の外にいるライラーに聞いてみる。
「お忙しい方ですから部屋で済まされる事が殆どですね。この浴室なんて今日が初使用なのですよ」
まさかの実質的に私専用浴槽だった。あまりに勿体無いので、更に花を増量しようとしている侍女にストップをかける。
「そういえばタルジュ様、ウリクセス様からこちらをお預かりしておりますがご利用になられますか?」
ドアを開けてライラーが顔だけ覗かせる。何だろうと思ったら、
「本!え、お風呂入りながら本読んでいいの!?」
「はい、貴重でない物なら構わないと聞いております。本日はウリクセス様から詩集を預かってきておりますが」
「読む!ありがとう!」
ライラーから詩集を受け取る。『何にも変えられない宝物』?ウリクセス様にしては珍しいチョイスだなーと思いながら本を開き読み進めていく。
花風呂でゆっくりしながら読書とか幸せ!こんな贅沢な事をさせてくれるなんてウリクセス様ありがとう、大好き!
「おかえり。ゆっくりできた?」
お風呂でのぼせる直前までゆっくりした後。部屋に帰ると、さも自分の部屋でくつろぐかのようにティータイムをしながら読書をするウリクセス様がいた。膝の上ではモフがシャクシャクと葉っぱを食べている。
「お風呂とっても楽しかったです!ウリクセス様ありがとうございます!」
とりあえず至福の時を提供してくれたお礼を言う。
「あの詩集面白いでしょ?タルジュに見せたかったんだ」
そう言いながら自分の横に座るように手招きされるので言われるがまま横に座る。
「ライラー、タルジュに紅茶を注いでくれる?はい、デザートもどうぞ」
次々と目の前にティータイムセットが用意されていく。毒を気にしないように、私の目の前で一から紅茶を注ぐよう指示してくれるあたりが、優しい。
そういえば、ライラーからモフは見えないはずだがモフが食している葉っぱはどう見えているのだろう。怖くて聞けない。
「ウリクセス様、夜食にこのお菓子の量は……太りそう。カロリーオーバーです」
「かろりー……その単語懐かしいね。今日はいっぱい動いたから問題ないよ。それにタルジュは華奢だから少しくらい太った方がいいかも」
どうぞ、と口元にフォークで一口大にしたケーキを運んでくるので、仕方がなくパクッと食べる。昨日といい今日といい、餌付けされている気分だ。
「それで、私の部屋で待たれていたということは何かご用事があるのでしょう?」
ウリクセス様が本題を言わないので焦れてこちらから問いかける。
「相変わらず察しがいいのは助かるんだけど、もうちょっと構わせて欲しかったなぁ」
「そんな残念そうな顔しなくても……。それより本題を教えてください」
「うん。じゃあタルジュに一つ質問するけど、タルジュは占術省をどのようなものだと思っている?」
どう、と言われましても。教本的に答えるならば、歴史や伝説を重んじて占い等を使って国の行く末や政策の良し悪しを考え評価する機関。感情的に答えるなら、私をウリクセス様から引き剥がす為に非道な方法を使った人達。
「問い方を変えようか。本当は占術省は何がしたいのだと思う?」
「災害を治める為の安定的なアズィーム王家の人間の確保、とかでしょうか?でも、ずっと引っかかっていたのですが、彼らは私が一番初めに皇帝の前に放り出された時に、フェーリックスがアイーシャお姉様を手にかけた事を正当化したのです。血筋第一ならあの場で皇帝と同様フェーリックスを責めると思う」
血筋をと言いながらアイーシャお姉様の件でフェーリックスの味方をした。
血筋第一なら、ウリクセス様とフェーリックスは兄弟なのだから変わりない。
異端者は災害を引き起こすからと差別されていたが、ウリクセス様は私が提供した科学的な観点からの災害対策で一定の成果を上げ、その政策は支持されていた。
そして政策が支持されるのと比例するかのように、ウリクセス様への風当たりは酷くなっていった。
異端者の伝説と王家の寵愛の伝説、血筋の件の3つを同時に考えるなら、一番初めの時から私がウリクセス様の婚約者になること自体反対するだろう。
「……やっぱり、何かおかしくないですか?一貫性がないというか」
「そうだね。ちなみに散々タルジュが私を生かしてくれた空想の世界では占術省はあって無いようなものだった。やっている内容もどこか薄っぺらくてね。で、今回久々に結構邪魔されて思ったんだけど、タルジュが知らなくて想像の世界に反映できなかった……何かがある気がする」
私が考えた物語上をずっと生きてきたウリクセス様らしい発想だ。
何を邪魔されたのだろうと思ったら、まず私が帝国に来るまで五年もかかったのは占術省が納得しなかったという裏事情があったらしい。
表向きは変わる為の準備期間は長く設けないと神にも王国に対しても失礼に値するとか言っていたそうなのだが。実際5年の間には差別を禁じる法案に異端者の伝説を理由として反対したり、加護を得たウリクセス様に何かあってはいけないからと公務を取り上げ仕事をしないよう仕向けてみたり。神の知識なのだから広く公の物にしてはならない、口を閉ざすべきだと屋敷まで押しかけてきたり。
とにかく改革に反対し邪魔をするかのように意味のわからない行動ばかりしてくるので皇帝の怒りを買い、省の偉い人たちは左遷、省は大規模縮小、派閥に属する人も減ってしまったらしい。そして棚ぼた的にルキウス様がまたトップになっており、最近は目立った行動は起こしていないようだ。
「……聞けば聞くほど、ウリクセス様の邪魔をするのが目的の組織に思えるんですけど」
「当事者だからそう感じるのかなと思っていたけど、やっぱりタルジュから見てもそう見えるんだね」
「以前皇帝とフェーリックスは占術師派だと聞いた気がするのですが、今回は違ったのですか?」
「皇帝に関しては完全に私の味方かな。……父は寵愛の伝説を心から信じていたから占術師を重宝していたのだけど、今回はタルジュのおかげで私がその寵愛である加護を得られたからね。異端だからと悩みながら私に接していた頃とは態度が全然違うし、私を目の敵にする占術省に違和感を覚えたらしいよ」
昨日の夜の食事会での情景を思い起こしながら話を聞く。確かに今回皇帝は二人の息子どちらにも変わらぬ態度をとっていた。
「フェーリックスは、ラエティティア様が占術師派の家系だからそちらに名目上付いている形になっていたけど、実質中立だったよ。ラエティティア様との仲を邪魔されそうになったら手段を選ばない残虐な人だけどね。ラエティティア様にさえ色んな意味で注意しておけば怖くない」
……そこまでラエティティア様の事が好きだったのか。ツンツンしている姿ばかり見ているので、どうしてもデレの部分が想像できない。ラエティティア様と二人きりだとデレるのだろうか?ちょっと気になる。
「前の話をしてもいいかな?タルジュが考えた通り、恐らくタルジュに毒を盛ったのはラエティティア様だったと思うよ。でも彼女の基本的な行動原理は国が決めたことに従う、だから裏で誰かが手を引いていたはず。未来の皇妃をコマに使えるのなんて、皇帝か婚約者か実家か。普通に考えるとそれくらいしかないよね」
「婚約者、の線は薄いのでは?」
だってフェーリックスは皇帝からウリクセス様を庇っていた。ちゃんと兄として弟を気にして行動していた。
「でも私の刑を最終的に決定したのはフェーリックスだよ」
「嘘!?私がウリクセス様と面会するのを許してくれたのもフェーリックスなのに!?」
「ラエティティア様が自ら毒を飲むように仕向けた人物なんて、あのフェーリックスが許すはずないんだ。なのに私を切って終わらせた、ということは……第一皇子として一人だけの権力では相手できない人物が黒幕だったんだろうね。全てをわかった上であの結末を選んだんじゃないかな。今となっては真相は分からないけど」
じゃあ国のトップであり父でもある皇帝が黒幕だと言いたいのだろうか?確かにあの時皇帝は私をウリクセス様から離そうとしていたが、私の返事を待つと言ってくれていたのだ。無理矢理そんな事をして引き剥がすだろうか?
「あぁ、あの時の皇帝は占術省の傀儡だから違うと思うよ。フェーリックスなら父なんてどうにでもして自分が皇帝になる事も容易い。皇帝が黒幕だったなら間違いなくラエティティア様を守る為に動いたはず」
「じゃあ実家説しか残らないじゃないですか。皇帝より皇子よりラエティティア様の実家の方が強いってどういう事……」
前回に学んだ帝国の歴史や貴族の勢力図を思い出す。ラエティティア様の実家はアズィーム王国から私の祖父の妹にあたる人が嫁ぎ、代々占術省の偉い人を排出してきた名家だが、ラエティティア様の両親は早くに亡くなっている。つまり実家という言葉で繋がるのは兄のルキウス様だけだ。
「残念ながらルキウス単体ならサクッとフェーリックスが始末しただろうから、それも違う気がするんだよね」
ウリクセス様、自分で言い出しておいてどの説も否定してきたー!
「……分かりました!分からないということがよーく分かりました!」
もうやけになって大きな口を開けてケーキを頬張る。絶対ルキウス様周辺の占術省あたりが怪しいのに何も分からない!!
「だから、タルジュが知らない何かある気がするって言ったんだ。例えばだけど、今回の私達みたいにシロ様みたいな神が誰かの後ろに付いていたりとか……って、タルジュ口の端にクリームついているよ」
ウリクセス様がそう言いながら親指で私の口の端を拭う。そしてお約束通りそれを舐め取るので思わず顔が赤くなってしまった。
「……どうにかルキウス様や占術師達を調べることが出来ないでしょうか」
赤くなった顔を誤魔化すように提案する。
「左遷する時に皇帝が結構調べさせていたんだよ?何も出てこなかったらしいけど」
「じゃぁ私が」
言いかけた瞬間。下から突き上げられるような激しい揺れに襲われる。横滑りしてテーブルから落ちていく皿に本棚から飛び出していく本。それによって割れる窓ガラス。部屋の入り口に控えていたライラーも悲鳴をあげてしゃがみ込んでいるし、私も地震の時はテーブルの下などに隠れて身を守らなければと分かってはいるのにソファーから立ち上がる事も出来ない。そんな私の頭を守るようにウリクセス様が抱きしめてくれている。
「……おさまった?」
久しぶり、いやこの世界に来てからだとこんな大きな地震初めて経験したかもしれない。震度はどれくらいなのだろうか?この世界にはそんな概念ないから知る術もないのだけど。
「これはちょっと……大変な事になっているかも。占術省は後回しだね」
ウリクセス様が私を抱きしめたまま呟いた。




