デートしたいだけ
「タルジュ様おはようございます。もう朝ですよ、起きてください」
昨日着いたばかりで疲れているのに……うぅ、二度寝したい。眠い……
「……ええ、まだ起きられてなくて。あっウリクセス様お待ちください!」
ライラーの声が聞こえる。……え、ウリクセス様?大変だ、すぐに起きないと紙を取り上げられてしまう!
「ごめんなさいもうしませんから許し――っ痛!」
思わず飛び起きるようにして起きると、ガンっと頭が何かに当たった。頭を押さえながら目を開くと、私の布団の上に顔を突っ伏して同じく頭を押さえたウリクセス様。……もしや私頭突きしました?
「……おはようタルジュ。で、何を許して欲しいのかな?」
布団越しのくぐもった声が聞こえてくる。私と同じベッドで眠るモフも騒ぎで目を覚ましたらしく、突っ伏すウリクセス様に擦り寄りに行く。
「申し訳ございません、完全に寝ぼけていました……夜更かしして紙を取り上げられるかと思って飛び起きちゃって」
「へぇ……まぁ何かやらかした訳ではなくて良かったよ。結構痛かったけど、タルジュは大丈夫?傷になってない?」
ウリクセス様がやっと起き上がってきて、自分も痛かっただろうに私の心配をし、頭を撫でてくれる。と同時にちゃんとモフにも朝の挨拶をしてくれる。
「大丈夫です、頭突きしてごめんなさい」
「いいよ。ライラーに止められたのに入ってきたのは私だしね」
ライラーは横で呆れたように私達の様子を見ていた。
「頭突きを止める為にお止めした訳ではございません。寝起きの姿を殿方にお見せするのはどうかと思うと申し上げただけです」
「何度も言うけど、私はタルジュがタルジュであれば寝起きでも何でも構わないから。さぁ、朝食を食べて出かけようか」
出かける、という言葉を聞いてパッと窓の外の天気と時間を見る。天気は曇り。時間は、まだ6時前!そりゃ眠いわけだ。……そうだ、ウリクセス様は異様に朝型なのだった。私も朝型に矯正しなければ。
「今日はどちらに?どのような公務を?」
「まだ寝ぼけてる?タルジュの公務はまだ存在しないから。今日は私がデートしたいだけ。まぁ護衛付きだから完全に二人っきりでは無いのだけど」
デートというワードで目が覚める。前回は公務でのお出かけが実質的なデートだったけど、仕事抜きでデートしに行けるなんて!早く着替えて準備しないと!
「ウリクセス様ありがとうございます。嬉しい!私一緒に行きたい場所があって!」
「ではウリクセス様、タルジュ様を着替えさせますので出て行っていただけますか?」
ウリクセス様を部屋から追い出したライラーによって手早く着替えさせられる。勿論髪はウリクセス様好みで希望しておいた。
ちなみに、前回食事は全て自分の部屋で取っていたのだけど、今度は広間でウリクセス様と食べる方式になっているらしい。理由を聞いてみたけど、答えは「私が一緒に食べたいから」……これでは二度寝が出来ない!
「それで、タルジュが行きたいのが……よりにもよって工場……こんなの仕事時間中にいくらでも来れるのに」
そう、私が行きたかったのは製紙工場!
紙好きのタルジュらしいけど……と苦笑いするウリクセス様を横目に、様々な機械を見学していく。モフも連れてきてあげたかったが、やはり元気が無く、すぐにまた寝てしまったので部屋に置いてきた。
「やっぱり木綿の屑などを原料にしているのですね。そして水車を使って屑を叩く過程を効率化してあると。木材を使っての製造はまだなのですか?」
私が真白として書いた文中に登場した機具まさにそのものが並んだ工場は圧巻だった。感動してつい機械に近寄りすぎてしまい、危ないからとウリクセス様に引き止められる。
「まだ木材を使わなければならない程の需要が無いからね。そのうち必ず必要になるだろうから、そちらの工場も数年中には作るつもりでいるよ。供給が追いつかなくなるくらい需要を増やしてくれると嬉しいんだけどな、人気作家様?」
「そんなプレッシャーを……。まだデビューすらしてないのに」
きっと今回も書けたやつから勝手に世に送り出していくつもりなのだろう。次はどんな話を書こうかと妄想の世界に入りこみそうになった所で、ウリクセス様に後ろから抱きしめられる。
「じゃぁタルジュが大好きな、ネタになりそうな物。一緒に見に行かない?」
「え、ネタですか?」
何だろうと思いながら連れてこられた場所は、一般にも公開された博物館だった。
「滅多に見られない古代文字で書かれた石板!あっちは漢字かしら?懐かしい……。帝国にこんな素敵な博物館があったなんて!」
突然現れた第二皇子とその婚約者を、博物館側は驚きつつも快く迎えてくれた。案内しましょうかと申し出てくれた学芸員の方をウリクセス様が丁重にお断りし、少数の護衛が少し離れた場所に控え、二人で見て回る。
「楽しそうでよかったよ。で、私に漢字とやらを説明してくれるかな?」
漢字で書かれた書面の前に立つ私に、わざとかと思うほど顔を寄せてくる。
「漢字は遠い東の国発祥の文字で、古い歴史があるんです。当初は骨に刻むようにして書いていたそうですよ。言語だけでなく文化にも大きな影響を与えた文字なんです」
「ふーん、例の着物の文化圏とはまた別?」
「……何故着物をご存知なのですか」
「何故って、タルジュが私に見せてくれたから。和柄がなんとか言っていたけど、あれもタルジュの仕業でしょ?」
ああ、またその転生させまくった件。申し訳ございませんね、私はパロディーも沢山書かせていただきましたよ……!
「綺麗な柄だったから、是非本物のタルジュにも着てみて欲しいものだね。あれって帝国の技術で再現できる?タルジュのお母様も誘って、再現してみたら面白いかもしれない」
お母様を誘うと、布を当てられ続けるだけで一日が終わるのでやめて欲しい。
「あら?タルジュ様ご機嫌よう!」
昨日も聞いた声が後ろから聞こえてくる。振り返ると、昨日とは違い長い髪をポニーテールにし、動きやすそうなドレスを着たラエティティア様が立っていた。私がどうしてもラエティティア様を警戒してしまっているのをウリクセス様は分かっているので、さり気なく私を自分の後ろに隠す。
「タルジュ様はウリクセス様とデートですか?昨日はお疲れのご様子でしたけど……ウリクセス様、嬉しいからって到着した翌日にいきなり婚約者を連れまわしちゃだめですよ。こういう時はお家デートが鉄則です!」
それに関しては、私も「え、今日行くの?」と朝思ってしまった。
「ラエティティア様は厳しいですね。家だと構い倒してしまいそうだったので出てきたのですけど、女の子の心理的には構い倒す方が良かったのかな?」
ウリクセス様の返事を聞いて、またキャーキャー騒ぎ出すラエティティア様。ウリクセス様、わざとこうなるように誘導したな?
「せんせぇ、博物館では静かにするんじゃなかったの〜?」
「先生が一番うるさいじゃん」
ラエティティア様の足元にワラワラと小さい子が集まってくる。
「あら、ごめんなさい。私としたことが……皆さん、こちらの方がこの国の第二皇子のウリクセス様と婚約者のタルジュ様ですよ。お二人がアズィーム山脈の神からのお力で、災いから私たちを守ってくださるから安全に暮らせているのよ。感謝しましょうね」
キャーキャーしていた先ほどまでの顔はどこに消えたのか。凛とした表情に戻り、子供達に私達を紹介し始める。
「すごーい、初めて見た」
「タルジュ様白くてちっちゃい。私のお姉ちゃんと身長大差ないかも」
……子供の感想とは時に辛辣だ。
しかしその辛辣な言葉に負けてなんかいられない。民に見せる顔はいつでも笑顔で、とお姉様にしっかり教え込まれてきた私にとって、子供の言葉なんて何ともない。ウリクセス様の後ろから出て挨拶する。
「初めまして。昨日帝国に着いたばかりで、知らない事だらけなの。皆さんが沢山お勉強して将来助けてくれると、とても助かるわ。どうかよろしくお願いします」
子供達の目線に合わせて、にっこりと微笑む。
「やった!俺タルジュ様にお願いされちゃった!」
「違うよ私に言ったのよ!」
「皆さんお静かにー。ここは博物館ですから騒ぐ場所ではありません!ほら、皆さん各自の課題の続きをしに戻ってくださいね」
ラエティティア様の声で子供達が散っていく。ちらほらと、先生の方が煩いよーなんて声も聞こえるが、ラエティティア様が先生、とはどういうことなのだろう。
「タルジュも意外と子供の扱いが上手いね。ラエティティア様は、新しく首都部に作られた教育機関で先生をしてくれているんだ。……民に教育を行き届かせるにしても、指導できる程の知識があり手が比較的空いている者となるとどうしても上位貴族の女性になってしまうから。申し訳ないのだけど、未来の皇妃であるラエティティア様にもお願いしているんだ」
なるほど、だから動きやすそうなスタイルだったのかと納得する。
「国の求めるように動くのは当たり前の事ですから、先生でもなんでも致しますわ。タルジュ様もご一緒にどうですか?室内での講義なら日差しも問題なくできそうですし、これが結構楽しいのですよ」
「タルジュには私の公務の方を手伝ってもらうので取らないでいただけますか?」
私が口を挟む間も無くお断りされてしまう。教室で子供達に文字を教えるついでに創作の楽しさも教え込んで、と作戦を練っていたのに!
「まぁ、ウリクセス様には聞いていませんわ。タルジュ様、よかったら是非考えてみてくださいね。そうだ!私、教育機関の案内パンフレットを持っているのでよければお持ち帰りくださいな」
ラエティティア様が腕に掛けていたバスケット内をゴソゴソと漁る。
じゃあパンフレットだけ貰っておこうかなと思っていると、突然ウリクセス様に肩を抱かれた。そしてそのままラエティティア様完全無視で私を連れその場から強引に離れようとする。
「え?ちょっとウリクセス様!?」
いくら何でもそれはラエティティア様が可哀想じゃない?パンフレット貰うくらいしてあげようよ!と思った瞬間。視界にもう一人金髪の人物が現れた。
「ラエティティア、探したよ。全くお前は教員の証のブローチを家に忘れて行くなんて何歳になっても手がかかる……おや、ウリクセス様ではありませんか。こんな場所でお会いするなんて奇遇ですね」
……ウリクセス様が強引にでも立ち去りたかった理由がよく分かった。側にいないと聞こえない程度の舌打ちが聞こえてくる。
「あらお兄様。顔パスで博物館にも入れちゃいましたし、ブローチを忘れた事にも気がついていませんでした。……丁度いいからご紹介しますわ。タルジュ様、こちら私の兄のルキウスです」
うん、紹介されなくても知っている。出来ればもう二度と会いたくなかった。
「あの噂の……。タルジュ様初めまして、ルキウスと申します」
「初めまして。ラエティティア様のお兄様なのですね、よろしくお願いいたします」
出来るだけ簡単に、短く、なおかつ自然な印象を与えられるよう心掛け返事をする。しかし、痛い。ウリクセス様の指が肩にめり込みそうだし、骨がミシミシ音を立てている気がする!
「お兄様、ウリクセス様はタルジュ様とデート中なのよ。邪魔をしては悪いから私達は撤退しましょう?あ、タルジュ様にはコレ渡しておきますね」
押し付けられるようにして渡されるパンフレット。ありがたいことにラエティティア様はウリクセス様が嫉妬中なのを理解してくれているようだ。ルキウス様の背を押して早々に撤退を図ってくれている!
「デート?真面目で仕事しか見てないようなウリクセス様が?」
「悪い?ルキウスとは違って私は婚約者一筋だから、大切な婚約者とならデートくらいするよ」
さも意外といった顔をするルキウス様に、ウリクセス様が不機嫌そうに返事をする。
どうやら今回もルキウス様との仲は良くなさそうだ。また後で占術省あたりの話を詳しく聞いてみよう。
「お兄様とは違って硬派なのですよ。さあさあお兄様行きましょう?早くしないとタルジュ様の肩が割れてしまいますわ!」




