準備期間を経て(2)
お姉様のお誕生日も過ぎた夏の暑い日。トンネルはまだできていないけど、途中まで完成している街道を通って、ついにマニュス帝国から迎えがやってきた。
お父様お母様、アイーシャお姉様などに別れの挨拶を済ませ、帝国側から来た使節団とウリクセス様に引き渡される。ウリクセス様以外には見えていないのだろうけど、相変わらず私の周りにはモフが飛び跳ねており、いつもより跳ね方も激しい。無事この日が来たことを喜んでいるのだろうか。
「タルジュ久しぶりだね。待たせてごめん」
この日の為にお母様が張り切ってオーダーしたドレスは、例の侵略があった時と同じ水色の布地で作られていた。しかしあの時とは違って日中移動する事を考え、露出は極力少なく、まるで花嫁のようなベールも被らされている。そんな手の甲までドレスに覆われた私の手をとり、口付けを落とすウリクセス様。その手に黒い手袋は無かった。
五年ぶりにお会いしたウリクセス様は相変わらず素敵だったが、少しだけ声が枯れているように聞こえた。各方面から引っ張りだこらしいので、実はかなりお疲れなのではないだろうか?私なんて迎えに来ないで、帝国で待っていてくれても良かったのにと思ったが、迎えにきてくれて嬉しいので黙っておく。
「お会いできて嬉しいです。でも体は大事にしてくださいね?」
会った瞬間に何を言おうかとずっと考えていたのに、枯れた声が気になりすぎて一番初めにつっこんでしまう。
「あぁ、声の事?うーん、多分これ声替わりだと思う。……いつもはもう数ヶ月早いんだけどね」
最後の一文だけコソッと耳元で囁かれる。……転生させられ続けただけあって、自分の二次成長時期まで把握してあるのか。でもいつもより遅いという事は、やはり疲れているのではないだろうか?
「そんな心配そうな顔しないで。タルジュが来たらしばらく公務を休んで一緒にいたくて、無理矢理片付けてきただけなんだ」
そうやって私が気にしないように気を遣ってくれる所は前と一緒で少しも変わってない。
「じゃあ道中の馬車では膝枕してあげます」
「本当に?頑張った甲斐があったかな」
そんな話をしていると、久しぶりに白い光に包まれて……周りの景色が雪山になった。
「ちょっとシロ!?転移させるなら予告してからにしてよー!」
「別にいいじゃない。しばらくお別れなんだから」
初めて会った時からずっと変わらない中学生くらいの時の真白の顔をしたシロ。
「初めて会った時は赤ちゃんだったのにもう十歳なのね。やっぱり人間って成長早いし最近の子はマセてるわねぇ……もう結婚するの?」
私の衣装を上から下まで眺めながらそう言われる。
「結婚できるならそうしたいのですけど。シロ様のお力でなんとかなりませんか?」
さり気なくシロにお願いするウリクセス様。
「自分の国の法律くらい自分でなんとかしなさい」
……お断りされてはいるが、シロがウリクセス様に返事をした事自体が珍しい!!
「おめでと〜!おめでとお〜!!」
モフとモフの仲間の毛玉達がワラワラ集まってきて、ドレスが初めからモコモコデザインだったかのようになる。
「え?ちょっと待って、だから結婚はまだなんだってば!」
「うん、いいんじゃない?シロ様の名の下に結婚してしまえば。帝国の法律無視で」
ウリクセス様までさも名案といった顔でそんな事を言い出したその瞬間。グラグラと地面が揺れた、地震だ!殆どの毛玉達が「きゃわああぁ〜っ」とか言いながらポロポロ落ちていく。……揺れは弱くすぐに収まったし、ウリクセス様がすぐに守るように抱きしめてくれたので怖くはなかったのだが。
「また地震……?ここ数日多い気がするのだけど」
「……やっぱり伝説の通り、加護がある人がマニュス帝国にいないとダメなのかな?ほら……ここ数日私がアズィームの方に移動してきていたから。おまけ程度でもちゃんと効果があったということだね」
まさかの私を迎えに来たことが原因だった?
「じゃあ早めにマニュス帝国側に着ける方が良さそうね。力の届く範囲内で、出来るだけマニュス帝国側に転移させてあげる。……今までやった事ないけど」
最後の一文が不安になるのだけど?
「シロ様、私達のために力を貸してくださり、本当にありがとうございました」
「シロありがとう、大好きよ。また沢山お話ししようね」
ウリクセス様がシロにお礼を言い始めたので、私も慌てて同じようにお礼を言う。言い終わると同時くらいに私達の体が転移の白い光に包まれ始めた。
「タルジュはもちろんだけど……ウリクセスもせいぜい頑張ってね」
初めてシロがウリクセス様の名前呼んだ!と思ったらもう転移が完了していて。マニュス帝国側の街道に放り出された。シロはついでに使節団の皆様や馬車などの荷物類も転移させてくれたらしく、皆何が起こったのだと目を丸くしている。
私のドレスに最後まで根性でくっついていたモフが力尽きたのか地面にポトっと落ちたので拾い上げつつ、聳え立つアズィーム山脈を見上げる。アズィーム王国側から見るのとは違った災害の爪痕が所々に残る姿。ウリクセス様が出来るだけ安全な道を作ってくれたとはいえ、それでも山脈近くの地域は危険だ。急いで離れるようにと使節団の皆様とウリクセス様に馬車に押し込まれ、帝国に向かって出発した。
「……はぁ、ちょっと力を使いすぎちゃったかな?」
アズィーム山脈の神シロとして、ここまで沢山の人・物を転移させるのは初めてだった。
雪の上に足を投げ出して休む。神なので冷たさは感じない。赤ちゃんの時からずっと近くで見守ってきて、まるで親友のように色んな事を話した、いや聞いてあげた?──他ならぬタルジュの為なので別にいいのだけど、流石に疲れた。
近くを飛び跳ねる毛玉達が横に集まってきて、ベージュに変色したルーズリーフの束とノートパソコンに姿を変えた。よく見知った子供っぽい癖字に、使い慣れた機械。
「さて。どこを変えればあの子好みになるのか……」




