準備期間を経て(1)
シロが快く協力してくれた事によってスムーズに決定した私の婚約。しかし、まぁ国同士様々な大人の事情があるため、私が帝国側に移り住むまで五年間の準備期間が設けられた。……長すぎるよ!と思ったが、通常十歳であっても嫁ぎ先の国に移り住む事自体レアケースなので反発できなかった。五歳では流石に無理があったか……。
シロが帝国側の意を汲んだ条件を提示してくれたので、マニュス帝国皇帝は上機嫌だった。
皇帝の中では「いざとなったら切れる方の息子」でしかなかったウリクセス様は、上手く私との婚約を取り付けただけでなくアズィーム山脈の神に気に入られ(実際は気に入ってないとシロは言う)さらに神の知識を授けてもらったということで、あの場で「よくやった」と頭を撫でられ褒められていた。ウリクセス様自身は何とも複雑そうな顔をしていたのだけど……一瞬だけ少し嬉しそうな顔をしたのを私は見逃さなかった。父親に自分を認めてもらえたという嬉しさなのか、皇帝に功績を讃えてもらった嬉しさなのか……両方かもしれないけど、とにかくこれをきっかけに帝国内でのウリクセス様の評価が変わることを期待する。
大人たちによって、私は婚約から五年後の夏に帝国に移り住み、ウリクセス様の屋敷内で暮らす事が取り決められた。ウリクセス様は帝国の風習で、八歳で屋敷を持ったばかりだったので整えるまでの準備期間が必要だったし、皇帝も「姫を迎えるまでに帝国の状況を変える」とアズィーム王国の国王であるお父様に約束して帰っていったのだが。様々な取り決めをして帰るまでの間、婚約が決定したので気兼ねなく皆に見せつけるかのようにウリクセス様がイチャイチャしてくるので私は恥ずかしかった……!大人から見ればお子様同士じゃれあっているようにしか見えないかもしれないけど、アイーシャお姉様の前でもそんな調子なので、
「私の妹なのよ!?ウリクセス様は五年後から一生タルジュと一緒に暮らせるのだから、それまでは私に譲ってください!イチャイチャするのは帝国でやって!」
と、お姉様を怒らせていた。拗ねた顔で私を奪い返そうとするお姉様に対して、
「五年も離れ離れになるのだからこれくらいお許しください。アイーシャ様もタルジュに会いにぜひ帝国に遊びにきてくださいね」
と顔色一つ変えずに返していたウリクセス様……強い。誕生日パーティーで大人の顔でやり取りしていた二人は何処にいってしまったのか。幻だった?
流石に国王であるお父様の前では少し控えてくれたけど、別れるときは
「必ず五年後に迎えにくるから。いい子で待っていて?目移りなんてしたら怒るからね」
と前髪越しに額に口付けをし、去っていった。……アイーシャお姉様とお父様がショックで倒れそうになっていたのは言うまでもない。
ちなみにお母様は、新しく息子が出来るのだと純粋に喜んでいた。早速男の子用の衣装を仕立てるために布地を吟味し始めたのを考えると、丁度良い着せ替え人形が増えたくらいに思っているのかもしれない。
「タルジュ、本当にいいの?神にお願いすればまだ撤回できるかもしれないのよ?」
五年の月日が経ち、もうすぐ約束の夏が来るという時期になっても、アイーシャお姉様はこんな調子でまだ諦めきれないらしい。
「アイーシャお姉様、私が帝国に行きたいの。天気が良い日でも外に出られるかもしれないのよ?私、晴れたお空の下でお昼寝とかしてみたかったの」
「でも……帝国ではアズィーム山脈の神の目が届かない場所に住むのでしょう?心配だわ……神様に愛されたタルジュを守りのない場所に連れて行くなんて」
アズィーム山脈は王国にとっては恵みをもたらす存在だが、マニュス帝国側からしたら危険地帯。雪雪崩や土砂災害など様々な災害が発生するスポットなので、その近くに住む者はいない。ウリクセス様の屋敷がある首都部まではシロの力は届かないらしく、モフを通じての通話も出来ないらしい。モフは連れていけるそうなのだが、山脈から大分離れてしまうのでモフの力も弱まるかもしれないと、シロに言われている。
「最後にご挨拶してから行くから大丈夫よ。ウリクセス様がね、マニュス帝国と安全に行き来するための道を整備してくださっているんですって。無事工事が終われば今より格段に早く行き来できるようになるし、そうなれば時々帰って来られるわ」
私が真白で創作しまくった十年間。その間ウリクセス様は私が創作の中で登場させた災害対策を全て学び、知識のストックを爆発的に増やしていた。災害対策だけでなく、製紙技術やら採掘、教育についてなど……諦めのような気持ちで過ごしていたとか言っていた割には、しっかりしていますね?流石大真面目な人なだけある。もはやそちらの知識は、ネットで調べながら創作していた私より実地で経験してきたウリクセス様の方が多い。私より、神より、ウリクセス様の方が所謂チートキャラみたいに思えてきた。それを「神から授かった知識」として惜しみなく提供し、各方面から引っ張りだこらしい。
「トンネル?とかいう物を作るのでしょう?神のお住まいになる山脈に穴を開けるという発想が、私達からすれば思い付きもしないわね」
勿論直通最短経路で山脈をぶち抜く技術はまだないので、回り道をして安全なルートを確保しつつ、問題ない場所にトンネルを作るだけなのだが。アズィーム王国にとっては思いつきもしない案であった。お姉様の言うように神のお住まいの山脈を掘るなんて、という声があったのだが、安全に早く行き来できるようになるというメリットの方が大きいと国王であるお父様が判断し、工事は既に両国の協力の元四年前に着工した。現在トンネル以外はほぼ出来上がっている。ルートの安全性については、真白だった十年間に、帝国でタルジュが学んだ資料から徹底的に検証しているので自信がある。
「タルジュが神に愛されたからこそ許されるのでしょうね。ウリクセス様も気に入られているし……」
気に入ってなどいない!とシロの声が聞こえたような気がした。
シロはウリクセス様などどうでもいいと……私とウリクセス様には明言している。
しかし私がマニュス帝国から気兼ねなくアズィーム王国に里帰り出来るように、私が移り住むまで帝国が少しでも平和であるようにと……ウリクセス様が帝国に帰る前日、ウリクセス様にもおまけ程度だが加護をくれた。本当は王家の女の子に対し誕生後すぐに行う洗礼の儀を経てしか与えられない物で、成長してから加護を与えようとしてもなかなか難しい事らしいのだが。私のためだと言いながら……ウリクセス様を山頂の雪に埋めた。……いやいや、私は他の方法にしようと提案し止めたんだけどね?シロが
「荒療治だけど全身漬けるには効率的なのよ。大丈夫、死にはしないように見てるから」
と言うし、ウリクセス様は加護が頂けるのであればと乗り気だしで止められなかった。結局ウリクセス様が自力で雪から這い出てきた。そしてそれが気に食わなかったシロにまた埋められていた。
……遊んでいるようにしか見えなくて、もう好きにしてくれ、と放っておいた。
「はぁ、本当に行ってしまうのね……。ずっとお姉ちゃんが守ってあげる、と思っていたのに。寂しいわ」
アイーシャお姉様が大きなため息をつく。
ウリクセス様から届いた手紙によると、アズィーム王国への侵略の計画はすぐに立ち消えとなったようだ。以前と同じように旧来の友好国としてやっていくと……これで私の家族の命はひとまず守られた事になる。お姉様は心底寂しそうだが……私は家族が、お姉様が死んでしまうフラグが折られた事が心の底から嬉しい。いつぞやに、私がウリクセス様に駄々をこねる様に言った通り「何も気にせず平和に」嫁ぎ先の地を踏むことができるのだ。あとは帝国でウリクセス様が非道な目に遭わないようにするだけ。
「じゃあお姉様、出発の日までこの離宮で毎日一緒に寝ましょう?私が即興で物語作るから聞いてくれる?」
お姉様の手を取って笑いかける。横でお茶を注いでいた侍女が「……またそんな夜更かしするような事を」と苦笑いしてきたが、アイーシャお姉様が大喜びしていたので止められはしなかった。




