前回とは違う(2)
ところで五歳となった私には楽しみにしている事がある。
──そう、二週間後に控えたアイーシャお姉様の十歳のお誕生日、少し前にあるはずのウリクセス様との出会いである。
もう何年も何年も待ち望んだウリクセス様との再会。さり気なくお姉様に来客のリストを見せてもらったけど、ちゃんとマニュス帝国からウリクセス様が来る事になっていた。もうウリクセス様が同じ世界に存在すると自らの目で確認できた瞬間、感極まって泣いてしまいそうだったのたけど、アイーシャお姉様に不信がられないよう必死に踏ん張った。それ以来、嬉しさが爆発しないように気を引き締めておかなければならないとわかっているのだけど、つい顔が綻んでしまう。
……ダメダメ、ウリクセス様は私の事を覚えていないのだから、初めからこんな顔していたらおかしい子だと思われちゃう!今回は私がしっかりして、守ってあげるのだから、頑張らないと!この数日間がきっと私にとって運命の分かれ道になる。
部屋の窓から本宮の方を見る。勿論陽が落ちているし目が悪いので何か分かるわけではない。侍女達によれば、遠い国や険しい経路で来る国は、早めに到着されている方もいるらしい。アズィーム山脈を越えなければならないマニュス帝国も到着したと聞いている。……本当は本宮まで出向いて出迎えたかったのだが、私は行事の時以外は離宮から出ることを許されていない。向こうから来るのを待つしかない。
……と、以前のタルジュなら大人しくそうしたと思う。
「タルジュ様、そろそろ就寝の時間ですよ」
「はーい」
侍女の声掛けで大人しくベッドに入り就寝したふりをする。侍女が朝日が入らないようきちんと全てのカーテンが閉まっているか確認し、灯りを暗くして部屋から出ていく。
「……モフ」
ちゃんと自分の名前を認識しているモフが枕元にやってくる。
「昨日と同じように、タルジュになって寝てて。よろしくね」
お願いするとモフがポンっと姿を変えて、ベッドの中にタルジュが二人寝ている構図になった。モフはただの毛玉ではなく、姿を自由に変える力があり、変えた後は私以外にも見えるようになる。気がついてからはこっそりと時々入れ替わったりするなど有り難く利用させて貰っている。
急いで布団の中から出て、ベッドの下にある脱出用通路に滑り込む。地下に張り巡らされたこの通路、アイーシャお姉様がフェーリックスに殺されたあまり良い思い出の無い通路なのだが、離宮に隔離されている私にとってこれしか離宮の外に出る手段がない。明かりが少なく迷路のように張り巡らされたこの道も、三歳ごろから年単位で探索すれば自分の庭同然である。
迷わないように慎重に確認しながら本宮の方向に向かう。前回は深く考えもしなかったのだが、真白になって創作していると疑問に思ったのだ。何故ウリクセス様はあの夜離宮の庭園にいたのだろうかと。こういうちょっとした疑問から想像していって、創作を作り出す……そうやって長年やってきた。
──コツッ
何か物音が聞こえた気がして立ち止まる。曲がり角で息を潜め隠れるようにして音がする方向を確認する。通路の照明以外のランタンのような明かりが一つ。悪い目を凝らして必死で確認する……人影は、おそらく子供。
この通路はあくまでも緊急脱出用で、通常利用するものではない。そして今回フェーリックスはアズィーム王国に来ていない事を考えると、該当するのは一人しかいない。
私の十歳の誕生日より五年も前から始められていた侵略の計画。最小限の人数で行えるように詳しく調べられていた地下通路や部屋の配置関係。
……きっと、ウリクセス様が調べていたのだ。見つかったとしても迷子だと言い訳の出来る年齢だから。何かあったとしても……使い捨てられる方の皇子だから。
あの夜離宮の庭園にいたのも、調査のため。水路に落とした羊皮紙の内容も、きっとマナーについてメモした物なんかじゃない。
覚悟を決めて曲がり角から姿を見せる。そして呼びかけた。
「ウリクセス様?」
出来るだけ落ち着いた優しい声で。敵意が無いと伝わるように、掌を向けた状態で。
まさかこの通路に人がいると思っていなかったのだろう。動揺したのかランタンを落としてしまったようで、大きな音が響く。
「私、この場で見聞きした事を無断で漏らさないと誓います。そしてウリクセス様と、この国の次女姫として取引したい事がございます」
ゆっくりと人影がランタンを拾い、近づいてくる。
「タルジュ……様。どうしてこんな場所に」
名前がわかるという事は、前回同様私のことはある程度調べてきているのか。記憶上よりもずっと子供な、声変わりする前の声。それでも懐かしく……とても会いたかった、私が愛した人。本当は飛びつきたいくらいの気持ちだけど必死に我慢する。
「こんばんは。……きっとこの通路を調べているだろうと思って探していました」
明かりで照らされる私の顔。目が悪い私からもウリクセス様の顔が確認できる。戸惑っている表情……そりゃこんな場所で取引したいなんて言われたらそうなるか。懐から短剣を取り出してこちらに突きつけてくる。
「……内容は?」
素気なく言われる。当たり前だ、このウリクセス様は私の事を好いてくれた彼では無いのだから。出会った瞬間刺されなかっただけ良し、くらいに思わなければ。
悲しくなんてない、と自分に言い聞かせるよう心の中で反芻する。
「私をマニュス帝国に嫁がせてください。なんなら直ぐに連れ帰ってくれても構いません。その代わり、アズィーム王国への侵略は中止して下さい」
「……何処まで知っているか、聞いても?」
「ある程度までなら全て。伝説に基づいてアズィーム王国を侵略しようという計画がマニュス帝国内にありますね?そしてウリクセス様もその一端を担っており、自分を虐げてくる占術省や、その言いなりになっている皇帝の言う通りに動く事に疑問を感じているが、他に自分の生きる道は無いと思っていらっしゃる。何か間違っている点がありますか?」
ウリクセス様は黙ったままだ。剣が降ろされることもない。
「私を連れて行けばひとまずマニュス帝国内の災害は減少するでしょう?それに私、あの伝説の仕組み分かったかもしれないんです。知りたく無いですか?アズィーム王国への侵略を中止してくれるなら教えてもいいんですよ。……ウリクセス様に嫁ぐのが難しそうでしたら、他の方でも構いません。第一皇子の婚約者のお兄様とか、もっと他の人でもいいんです」
お願いだから乗ってきて欲しい。私が考えた作戦は「侵略される前に私が乗り込む」だ。こうすればひとまず侵略は止まり国王と王妃であるお父様お母様は殺されずに済む。国が存続するということは跡取りであるアイーシャお姉様は手を出されにくくなる。ラエティティア様との婚約を守りたかったフェーリックスとお姉様をくっつかせて血の存続をとか考えている人々は、私が伝説の仕組みを証明すれば黙るはず。……最悪ウリクセス様は、私が占術師側をどうにかすれば、婚約者でなくたって守れる。だから、とにかく私を帝国側に連れて行って欲しい!
「……今回はやけに積極的にくるね」
ウリクセス様がぼそっと呟いて短剣を下ろして仕舞う。
「何故そんなに妖精姫様は帝国内の内部事情に詳しいのか聞いてもいいかな?間者でもいるの?理由によっては帝国内の組織図を一から見直さなければいけないんだけど」
前回のタルジュなら、ここは神様からの知識でとか言ったのであろう。でも私、今回はウリクセス様に嘘は付きたくない。「一人で考えて完璧だと思っていても、他人の目から見れば穴だらけだったりする事もある」とウリクセス様が教えてくれたから。
もう失敗したくない。二度と愛する人を失いたくないの。
「それは、私が一度この生を経験し……え、ウリクセス様先程何と言いましたか?」
私の都合の良い聞き間違いだろうか?
「何故内部事情に詳しいのか聞きたいと」
「その前!」
思わず距離を詰め、ウリクセス様の両腕を掴む。
「妖精姫様は、と」
──今回の私の通り名は、前回と違う。
「嘘……ウリクセス様、もしかして私の事……覚えているの?」
あのウリクセス様が、訪れる国の姫の事を勉強してこないはずがない。偶然一致した言い間違えなんてしないだろう。このウリクセス様は、私が一緒に死んだあの時の……?
動揺から、思わずウリクセス様の腕を掴んだ手が震える。ウリクセス様も驚いたように目を丸くしている。
「……待って、確認のために答え合わせをしよう。私の最後の願いは?」
「絵に見せかけておいての、一緒に死んで欲しい……です。だから私はちゃんとスズランを喰い千切りました」
私が震える手の力を緩めた瞬間、ウリクセス様の方からも抱き寄せられ、お互いにお互いの背に腕を回して抱き合う。最後に抱き合った時より少ない身長差、まだまだ子供の華奢な肩。それでも、ずっと会いたかったウリクセス様に間違いない。もう一度会えただけでも奇跡なのに、まさか覚えていてくれるなんて。
「タルジュ、どこに行っていたの?……ずっと探していたんだよ、やっと見つけた。私をこれ程待たせるなんて、相応の覚悟があってしたんだろうね?」
顔を上げるとウリクセス様の目にも涙が浮かんでいた。この人の涙なんて、初めて見たかもしれない。つられるように私の目からも涙がこぼれ落ちる。喉の奥から嗚咽が漏れる。
「……ひとまず、整理するためにお互いの状況を報告しようか。私の話、聞いてくれる?」
泣きながら頷くと、ウリクセス様が私が少しでも落ち着けるようにと、抱きしめたまま背中をぽんぽんと優しく叩きながら話し始めた。




