小さな向日葵(2)
「本当にごめんなさい!」
ベッドの中にいる私に必死に謝ってくるアイーシャお姉様。
予想通り私はずぶ濡れになり、翌日高熱を出した。アイーシャお姉様は両親にしっかり怒られてしまったらしい。
「ああ……私のせいでタルジュが死んでしまったらどうしよう」
潤んだ瞳で悲壮感に溢れた顔をしているがそんな顔ですら美しいお姉様は素晴らしいなと、変な思考回路で考えながら、お姉様を励まそうと必死で腕を伸ばす。熱のせいか顔に上手く力が入らないけど、大丈夫だよと伝えるためにふにゃっとした笑顔を作る。
「タルジュ……なんて良い子なのかしら。私が悪いのに慰めてくれているの?本当に……貴女は神様の遣いなのかもしれないわ」
いや、ただの転生者なんですけどね。アイーシャお姉様が手の甲で己の涙を拭い、私に向かって笑いかける。
「よく眠れるようにお姉ちゃんが子守唄を歌ってあげるね」
私の胸の上で手をトントンしながら、優しい子守唄を歌ってくれる。この曲、前の時も歌ってくれたなぁ……音楽が得意なだけあって、ただの子守唄なのにまるでプロ歌手の生歌を聴いているような気になってくる。歌が下手な私とは大違いだ。……いや、もしかしたら今回は練習すれば以前よりはマシになる可能性は残されている?
赤ちゃんの体な上に熱があるので、トントンされると心地よくうとうとと眠りについてしまう。アイーシャお姉様を安心させるためにも早く熱を下げて元気にならなきゃ!あぁ神様仏様アズィーム山脈様、私が元気になるのをどうかお助けください。
――と私は間違いなく寝たんですよ?ええ、間違いなく離宮の自分の部屋のベッドで寝ていたはずなんですよ?
なのに何故、気がつくとこんな場所にいるんでしょうか?
自分の足元は雪。ちょっと待って、私昨日までお座りしか出来ない赤ちゃんだったのに何でしっかり足で立っているの?なんなら成長が遅くてハイハイすら出来なかったのよ?
まず脳裏によぎったのは、誘拐。アズィーム王国から一番近い雪のある場所といえばアズィーム山脈。ここを越えなければマニュス帝国には辿り着けない。まさか、前回とは違って赤子のうちから連れ去ろうと帝国側が企んだのでは無いだろうか?
「まさか、ね」
……!今私普通に声出たよ?喋ったよ?
「嘘……」
赤ちゃんの体にそぐわない、普通な喋りが出来ている。もう違和感しかない。
「ああ分かった。夢ね、これは。熱があったから変な夢を見ているのねきっと」
よいしょと雪の上に座る。……冷たい。っていうか寒い。いや、痛覚感覚のある夢に今更びっくりなんてしませんよ私は。
「夢じゃないよ!」
「いらっしゃい、待ってたよ!」
どこからともなく声が聞こえる。子供の拳程の大きさの白い物が、わしゃわしゃとこちらに向かっていくつも舞いながら飛んでくるのが見える。……よく見えないけど、大きなホコリ?なんだろうと思って手を伸ばして一つ掴んでみる。ホコリじゃなかった、毛玉?
「わあぁぁ掴まれた!掴まれた!」
毛玉から声が聞こえる気がする。……毛玉が喋るとか、絶対に夢だ!
「何これ……うわぁっ目がある!」
毛玉の中にクリっとした赤い目が二つ。掴んだ毛玉以外は私の足の周りに集まってわしゃわしゃしている。よくみると全ての毛玉にちゃんと目がある。形は違うけど、なんだか白兎っぽくて少し可愛い。実家で飼っていた白兎を思い出す。
「こんにちは、久しぶりね」
掴んだ毛玉を撫で回していると、何処からともなく一人の少女が現れた。肩につくくらいの黒髪ボブ、日本人風の顔に、白いドレスを着た十代前半くらいの子。……物凄く顔に見覚えがある。
「いやいやいや、なんで真白の顔した子がいきなり現れるのよ……」
まさか自分の顔を他人として見る日が来るとは思わなかった。もうツッコミどころ満載すぎて疲れた。早くこの夢から覚めたい。
「私の名前はシロ。貴女はタルジュね?十一ヶ月ぶりくらい?」
シロとかいう少女に、ひょいっと抱き上げられる。足元にくっついていた毛玉達が「きゃわわわ〜」とか言いながらポロポロ落ちていく。
「失礼ですが、お会いした事ありましたか?」
十一ヶ月前といえば、私がこの世界に生まれた頃だ。
「やだ、会話に困るかと思って一時的に喋れるようにしてあげたのに、口調が大人だから違和感半端ない……。洗礼の儀に出た赤子は皆分かるわよ」
洗礼の儀とは、アズィーム王家の血を引く女の子が生まれてすぐに受ける儀式で、アズィーム山脈の山頂近い場所から取れた雪解け水に浸け、安全に健やかに育つことを願う儀式である。ちなみに男の子は強く育つ事を願い、オアシスの外の灼熱の砂漠から採られた砂をかける儀がある。
「貴女は特に近くにいるからよく知っているわ。助けてあげたんだから感謝して頂戴?」
「もしかして、誘拐されていたところを助けてくれたの?ありがとうございます」
とりあえず助けてあげたと言われれば、お礼を言うべきだろう。
「ううん、ここに連れてきたのは私よ」
……助けたというか誘拐犯じゃないの。ジーっとシロの顔を見つめる。
「ちょっと、その目失礼な事考えてるでしょう!貴女熱で死にかけてたんだからね?」
そう言いながらシロという少女は事のあらましを説明してくれた。
どうやらこの少女、アズィーム山脈の神様らしい。洗礼の儀で使われる雪解け水はこの神様が暮らすエリア付近から採取された物で、その水には神の加護が宿っている。そのおかげで洗礼の儀を経た子は、一定期間災いから身を守る加護を得られるのだそうだ。雪の採取場所によって賜る加護の強さは違うらしく、効果は人によってまちまち。私は加護の力が強い部類だが、体が弱いので高熱に負けそうになっていたらしい。……しかし山脈の麓に近く、神様の目が届く範囲内にある離宮に暮らしているので、今回わざわざ神様が直接助けてくれたのだという。ウリクセス様と再会する前に死んでしまっては意味がないので、助けて貰えて良かった!
「だって目の届く範囲で死なれたら後味悪いじゃない?回復させるために連れてきてちょーっと力を注いだら、生育具合まで狂っちゃったみたいで……まぁ貴女、発達遅れ気味だったから丁度いいか!」
あははと明るく笑うシロの顔はまんま昔の真白の顔で……これで神様と言われてもなかなか信じられない。
「助けてくれてありがとう。でも、神様って信じられないんだけど……都合のいい夢じゃないって証明してくれたら助かるんだけどな」
「それくらいお安い御用よ」
シロが私を片手で抱き、もう片方の手で宙を指さす。そこに先程の毛玉達がぴょこぴょこ跳ねて集まっていき……大きな毛玉の塊になったと思ったら液晶テレビのようなディスプレイに変身した!
そしてそこに映し出されていたのは……大騒動になっているアズィーム王国だった。
泣き崩れるお母様、必死の形相で兵に指示を出すお父様。離宮だけでなく本宮の隅々まで私を捜索する侍女達。王国内を徹底的にしらみ潰しに探していく兵達。そして、私の部屋で空っぽになったベッドの前で呆然とするアイーシャお姉様。
「あー想像より大騒ぎになってる。ね?都合のいい夢じゃないでしょ?」
「ちょっと!もしかして断り無しに連れてきたの?」
「だって私、この山頂付近のエリアでしか姿を保てないから、力を使って転移させて連れてくるしか出来なかったのよ。すぐに戻せばイケると思ったけど、案外すぐに気が付かれたね。それにしても凄い騒ぎ!」
そんなの神様の力とかそういう系でどうにかして欲しかった!助かったのは良かったけど、こんな大騒ぎになってしまってはどうやって離宮に戻るというのか!
「歩けないはずの赤子が居なくなれば、そりゃ大騒ぎにもなるわよ……」
誘拐の疑念から外交問題に発展しなければ良いのだが。
「あぁ、戻るときはまた転移させてあげるから心配しなくていいよ。今すぐ帰る?」
ぽわっと体が白い光に包まれ始めた。
「ちょっと待って!私はスズランを食べて死んだの?神様なら知っているでしょう!?」
前世の真白、タルジュ、どちらも含む二重の意味で聞いたつもりだ。この世の理を全て知っている神なのであれば、このよく分からない転生の事も、夢として何処かに消えてしまった前回のタルジュの事も、知っているはずだと思った。もし知っているのであれば、ウリクセス様の事もわかるはずだ!
「タルジュは今ここで生きているじゃない」
――あぁ、この神様はあくまでもこの世界線の神なのか。少しだけ、がっかりして肩を落とす。
「さあ、転移させてあげるね。貴女気に入っちゃったから、また呼んでくれたらお話しくらいならしてあげる。またね」




