真白になら出来る
「ふーん……夢にしては出来すぎてる夢だね。で?真白はその夢に出てきたウリクセス様とかいうキャラの虜になってしまったと。私はそういう悲恋大好物だけどなぁ」
さすが転生物大好きオタクの利麻。飲み込みが早い。
「虜って。……いや、間違ってないけど」
私があの時ラエティティア様とお茶会なんてしなければ、紅茶なんて飲まなければ……夜会前に口にする物に気を付けろと言われたのを、もっと日常的に気にしていれば、あのままウリクセス様と暮らせたのだろうか。そんな仮定ばかり考えてしまう。
「私としては、そのウリクセス様とやらがどれほどのイケメンなのかが気になるな!真白のハートを射止めた新しい推しでしょ?ちょっと描いて見せてよ」
と言いながら利麻のカバンから出てきたのはタブレットとお絵描き用タッチペン。この世界基準で考えればつい昨日まで使っていたはずなのに、未来の機械を見せつけられたような気分になってくる。
「えー?夢の中でお貴族様やりすぎて、タブレットの操作まで分かんなくなっちゃったわけ?しょうがないなぁ……はい!真白姫様、どーぞ!」
戸惑う私を見かねたのか、利麻がお絵かきアプリを立ち上げて持たせてくれる。
「えっと、茶色の髪で……」
真面目そうで、笑った顔は優しくて。小麦色の肌に咲いたスズランの花。勤勉で、民のためを思って自分の睡眠時間を削ってまで努力する、立派な人。嫉妬心が強くて、タルジュだけは手放さないと……
「……いや、なんで描きながら泣いてんのよ。」
「だってぇ!もう、悲しくって……」
「はいはい、報われない恋はつらいねぇ。でもそこが美味し……あれ、真白?私このキャラ見たことあるよ」
まさかの利麻の言葉にピタッと涙が止まる。私は、何の世界に転生したのかいくら考えても判らなかったのに、まさか一枚の絵を見ただけでわかるとは!さすがオタク友達!
「何!どこの出版社?それともゲーム?利麻早く教えて!」
「あーはいはい、慌てない慌てない。むしろなんで真白は忘れてるわけ?これ、真白のオリキャラじゃん?」
「……は?」
予想外の答えに抜けた声が出てしまった。オリキャラ?オリジナル、キャラクター?
「ほらぁ、真白中学生の頃にさぁ、中東?東ヨーロッパ?あたりにハマってたじゃん。その時にこんなキャラ描いてるの見たよ。腕に白い痣があるの、厨二病っぽいなーって思ったから間違いないと思う」
「……他にどんなキャラがいたか覚えてる?」
「うーん、アルビノで白い子とか……?他はそんなに特徴ある感じではなかったからよく覚えてないなぁ」
利麻には、夢の中のなんとなくのストーリーについては話をしたが「タルジュはアルビノだった」とは一言も言っていない。……これだ。あまりに昔すぎて忘れていたが、原作者は中学生の時の私だ!
「ねぇ、その時に私こんな子描いてなかった?」
自分のスマホを開けて、利麻に一枚の絵を見せる。実家の部屋の片付けをしていたらひょっこり昔の絵が出てきて。結構可愛かったのでリメイクして描き直した物だ。
「あー、多分見たと思う。こういう金色のシャラランラ〜って感じの髪飾り、真白ハマってたもんね」
もう間違いない。このイラスト、明らかに顔がアイーシャお姉様だし……利麻も見覚えがあるなら……私が今向かうべきなのは、実家!きっとウリクセス様への手掛かりが実家にある!
「利麻!私の実家ってどこだっけ!?」
さすがにこの発言には心底呆れた顔をされる。
「はぁ?自分の実家の場所すら忘れたわけ?……私が言える事じゃ無いけどさ、妄想の世界に住むのもいい加減にしなよ?」
そう言いつつもフットワークの軽い利麻は、一緒に新幹線と在来線を乗り継いで実家まで連れて行ってくれた。
「ううぇぇ……酔った」
久しぶりの長距離電車は体に堪えた。よくこんなのに乗って移動してたな、自分。駅から数分という自分の実家までの道のりがとても遠く感じる。こんな青空の下歩くのすら久しぶりだし。
「はいはい、真白姫様はひ弱になられましたねぇ〜。もうすぐ着くけど、帰るって実家に連絡してあるの?驚かれない?」
……はい、勿論連絡していません。
「その顔は、連絡してないな?全くもう、真白姫さまは手がかかりますねぇ〜」
私が余りにもこの世界の常識を忘れ去っているので、利麻は私をからかうように姫様呼びするようになった。
「お手数おかけして申し訳ございません……」
「何そのお堅い謝罪!まじで姫様かっ!……ほら着いたよ。真白のお母さん庭で草むしりしてるじゃん?流石に自分の親は覚えてるっしょ?」
親だと言われればそうだった気がする。……こんな事思うだなんて、私は薄情なやつだ。
「おばさーん!お久しぶりでーす!」
そんな事を考えている私を置いて、利麻は私の母親に声を掛けに行ってしまった。
「あら利麻ちゃん、真白もいるの?どうしたのよいきなり、連絡もしないで」
声を聞くと徐々に記憶が鮮明になってくる。母だ、「真白」の母に間違いない。
「私の実家に行く予定で来たんですけど、真白が電車に酔っちゃって。真白の家の方が駅から近いから、じゃあ先にこっちに寄って休憩してからにしよっかーって話になって!真白めっちゃ酔ってるから、とりあえず真白の部屋上がってもいいですかー?」
「構わないわよ。もう、真白ったら……また夜更かしして睡眠不足だから酔うんじゃないの?利麻ちゃんにあんまり迷惑ばっかり掛けないのよ」
母の言葉が、夜更かしした「タルジュ」を叱るウリクセス様を思い起こさせて……また涙が出そうになる。
慌てて利麻が私を玄関に押し入れて、そのまま2階の私の部屋まで引っ張っていく。
「ちょっと!いきなり泣いたらおばさんびっくりしちゃうでしょー!?せっかく上手く言い訳してあげてたのに」
「ごめん……なんか止まらなくって……」
利麻が、その辺にあったティッシュを持ってきてくれる。ティッシュなんて久しぶりだなぁと思いながら鼻をかむが、使われていない部屋に置きっぱなしの物だからか、少し埃っぽい。
「さて、じゃぁ真白の愛しのウリクセス様を発掘しますか!結構昔のやつだけど、ちゃんと保存してあるのー?」
「分からない……でもアイーシャお姉様の絵はあったから、もしかしたらあるかもしれない」
利麻によると、学校でルーズリーフに描いていたのを見たらしい。そして、オリジナルで小説も書いてるんだ〜と自慢げに話をしていたそうだ。……ほとんど何も覚えていない原作者の自分が恥ずかしい。
とりあえず机や本棚あたりの紙を片っ端から探していく。
「うーん、他の小っ恥ずかしい厨二病キャラ絵なら出てくるんだけど、真白愛しのウリクセス様は出てこないなぁ。捨てたんじゃないの?」
「そんなぁ……こんな恥ずかしい思いして利麻に手伝ってもらったのに!」
部屋中ひっくり返しても、目的の物は出てこなかった。一旦休憩の為に一階のキッチンに降りて行き、利麻と二人で麦茶を飲む。
「もしかしたらブログかもよ?真白さ、中学生の時に携帯買ってもらって、ブログやってたじゃん。そっちにアップして原紙は捨てたとか。当時のブログ名とかアカウント覚えてないの?」
「全く……。なんなら、どんな小説だったのかも記憶がないもん……私があんな悲劇を書くとも思えないし」
ウリクセス様への手がかりが途切れてしまった。ウリクセス様の事だけを思って遠い他県にある実家まで来たというのに……一緒に来てくれた利麻にも申し訳ないし、何より少し掴みかけたと思ったウリクセス様の欠片を溢してしまったように感じて……絶望感に襲われる。
絶望感を誤魔化すように、キッチン隣のリビングにいるペットの白兎の餌を足しに向かう。
「真白は、どうしたかったの?いや……もう貴女思考回路が真白じゃ無いよね。貴女はこの部屋で愛しのウリクセス様を探して、その後どうするつもりだったの?」
……そう言われればそうだ。ウリクセス様の痕跡を探して、考えて、必死になって、私はどうしたかったのだろう。
──あの世界に戻りたかった?
違う。ウリクセス様のいない世界に用はない
──ウリクセス様を助けたかった?
うん、そうね。できる事なら助けて差しあげたかった。
──ウリクセス様と一緒に幸せになりたかった?
勿論。ずっと一緒にいたかった。死してもなお隣に並んで笑い合って、彼の笑顔を見続けたかった。
──今からその願いが叶えられるというの?
そんなの、時空が歪まない限り、不可能だ。
いつぞやに私がウリクセス様に、時を遡ってくれと我儘を言ったが、まさにそれくらいの力がないと私の願いは叶わない。ずっと一緒にいると、約束したのに。あの嫉妬深いウリクセス様は、今頃一人で、どこにいらっしゃるのだろうか。
「利麻……私、どうすればいいのか分からないの。ただ、ウリクセス様と一緒にいたかっただけなのに。あの人にずっと笑っていて欲しかっただけなのに」
深い絶望感からもう立ち直れそうにない。兎のケージの前にしゃがみこんで立ち上がれなくなった私の背を利麻がポンポンと叩くようにして慰めてくれる。
「『だけ』が全然『だけ』じゃないよね、それ。私そこまで推しに恋したことないから上手くアドバイス出来ないけどさ、真白になら出来るんじゃない?それ、叶えれそうだけど?」
……叶えれそう?何をもってそんな事を。
「タルジュとウリクセス様の物語を、新しく真白が書けばいい。タルジュとウリクセス様が幸せになった未来を真白が描けばいい。真白の頭の中ではいくらでも二人は幸せになれる。妄想と創造力はオタクの得意分野でしょ?」
利麻のアドバイスは、まさに目から鱗な発想だった。




