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叶えてくれる?(2)

まだ数話暗いですが、作者はハッピーエンドが好きです(*'ω'*)

 いきなり第一皇子から命令を受けてしまいビクビクした様子の兵はどうやら新米だったようで。フェーリックスが書いた私が地下牢に入ることを許可する文章をガタガタ震えながら両手で掲げ、機械人形のような歪な動きで地下牢まで案内してくれた。……ちょっと申し訳ない事をしたなと思う。

 初めは本物かどうか怪しんで文章を見ていた地下牢の門番も、用紙の一番下に押されたフェーリックスしか持たない印を見て慌てた様子で通してくれた。……これなら初めからフェーリックスに頼み込めばよかった。



 地下牢の一番奥の、さらに個室で隔離されたような一室。そこの中でさらに柵で隔離された場所にウリクセス様は居た。


「ウリクセス様!!」


 声を上げて柵にしがみつくと、項垂れて座り込んでいたウリクセス様がゆっくり顔を上げる。最後に見た時より頬がこけ、かなりやつれている。


「タルジュ?……はは、恋しすぎて幻でも見えたかな?」


「違います本物です!!ほら、手、触れるでしょう?」


 柵の隙間からウリクセス様に目一杯腕を伸ばす。ウリクセス様からも伸ばされる手袋の無い手。少しカサついているがスズランの咲くその腕は間違いなくウリクセス様のもので……やっと会えた嬉しさと、本当に牢に閉じ込められていたのだという実感が込み上げてきて、複雑な気持ちの涙が溢れる。


「……本当にタルジュなんだね、もう二度と会えないと思っていたよ。体調はもう大丈夫なの?無事でよかった」


 こんな状況でも私を心配し、優しく微笑んでくれる。触れ合えた指を愛おしそうに擦り、手を絡めてくる。私の大好きな、愛する人。


「ウリクセス様、教えてください!何があったのですか!?ウリクセス様は無実なのでしょう!?」


 時間がない、私に許されたのはたった二十分なのだ。


「勿論。……私が愛するタルジュに毒を盛るわけがないだろう?警戒はしていたつもりだったのだけど、ちょっと油断したかな。成人した皇子にはそれなりの権限が付随してくる。だから私を亡き者にするなら成人するまでの間だと思っていたのだけど、まさかラエティティア様の暗殺未遂まで吹っかけてくるとは。さすがに三日間離さなかった噂が効きすぎたかな?やる事が派手だね」


 やっぱりウリクセス様は何もしていなかった!


「ラエティティア様、私があれ以上紅茶を飲まないように止めてくれたの!きっと何かご存知なのよ、ウリクセス様が無実だって、本当はご存知なのに!」


 どうすればウリクセス様が解放されるのだろう。ラエティティア様はきっと何も証言してくださらないから、フェーリックスに頼む?でもフェーリックスはラエティティア様の味方っぽいし……。

 ぐるぐると考えていると、ウリクセス様がもう片方の手で柵越しに頭を撫でてくれる。少々やつれていたって、私はこの手に撫でられていたい。


「タルジュ、賢く生きなければいけないよ。この先どのような身の振り方をするのか、この賢い頭でよく考えて。きっと、山脈に愛されたタルジュならこの先上手く出来るから」


「そんなの嫌です!私はウリクセス様とずっと一緒にいるの!これまでも、これからも、ウリクセス様としか居たくない!」


 ウリクセス様が一瞬だけ微笑みを消して私の後ろを見た。こんな時でもウリクセス様はウリクセス様なのだ。後ろの見張りの兵に聞かれる事を考えて、言葉を選んでいるのだろう。そしてその事を気がつかれぬよう、表情だけで私に伝えてくれる。次の言葉を発する時には、もうすでに微笑んだ顔に戻っていた。


「そんな我儘言わないで?私が刑を免れる事は恐らく無い。きっとタルジュの次の婚約者はルキウスあたりになるんだろうね。」


「あんな人嫌です。占術師なのだからきっとこの件にも一枚噛んでいるに違いないわ」


「ふふっ、ルキウスに関してはそうかもしれないね。でも、今のところ証拠がないから、証拠がない人を糾弾してはいけないよ。それこそ私がされた事と同じことをやり返しているようなものだ」


 つまり証拠はどちらの立場にも無いという事か。つまり、ウリクセス様は屋敷の主人としての責任のみで刑に処されるという事なのだろう。そんな酷い事……有り得ない。


「ウリクセス様の刑……とは何なのですか?」


「それを本人に聞けるタルジュがすごいよ。斬首刑、といえばもうお分かりいただけるかな?三日後の正午、タルジュは間違っても見に来ないようにね。流石に飛んだ首を恋人に見られるのは、私も気が引けるからね……。どこか安全な場所で、私が安らかに眠れるよう祈っておいてくれる?」


 鋭い刃がウリクセス様の首を裂き、アイーシャお姉様の時のように垂れ流れる血を……想像してしまう。いくら叫んだって、後悔したって、愛する人は戻ってこない。その悲しみを再び味わうのか。……そんな事耐えられるわけが無い。想像だけで心臓が止まりそうな程苦しい。


「……泣かないで?タルジュは私がいなくなった後、別の誰かを愛して、私の事は忘れて生きて。最後の瞬間まで一緒に居られなくて、ごめんね」


 頭を撫でてくれていた手が私の後頭部を抱き寄せ、柵の隙間から唇に口付けられる。久しぶりに感じるウリクセス様の味。

 ドンっと見張りの兵が手に持った槍の柄を地面に打ち付ける。流石にこれは見逃してはもらえないという事か。


「恋人との最後の逢瀬だっていうのに、厳しいね。じゃあタルジュには最後にお願いでもしようかな。叶えてくれる?」


 ウリクセス様のお願いだったら何だって叶える。当たり前じゃないかと思いながらコクコク頷く。

「タルジュの姿絵が欲しいな。ちょうどそこにフェーリックスが許可文を書いた用紙があるみたいだし、その裏でいいよ。最後までタルジュの顔を見ていたいんだ。ねぇそこの見張り兵、それくらい許されるでしょ?あの夜タルジュを脅迫してでも描いてもらっておくべきだったと後悔したんだ。ね?お願い」


 そんなのお安い御用だ。そんな物なら、何枚でも、何百枚でも描く。ゴシゴシと手の甲で涙を拭いて、ポケットから小型のペンを取り出す。時間がないし一発書き、失敗は許されない。冷たい石の床に用紙を広げて急いで絵を描いていく。


「タルジュ、そのままでいいから聞いてくれる?タルジュが私の腕をスズランのようだと言ってくれた時、本当に嬉しかった。何も気にしないわ、と白斑に口付けてくれた時、私を気味悪く思わず愛してくれる女性が存在したのだと、感動した。屋敷の庭園に、ウリクセス様の花だからと言って、スズランを植えてくれたりもしたよね。私の心はタルジュに救われたんだよ。……もしタルジュが私の事を忘れられず生きていくのであれば、そのスズランを私だと思って口付けてくれるかな?それを私は空から見て、タルジュと一緒になれなかった寂しさを慰める事にするよ」


 絵を描く手がピタリと止まる。紙から視線を外してウリクセス様を見るが、先程と変わらぬ微笑を浮かべている。


「勿論、私の事は忘れて幸せになって欲しいと思っているよ。それが出来なかった時にお願いしたい話だからね?……さぁ続きを描いて。私が最後に見るのはその絵のタルジュなのだから、私が一番好きな髪を解いた姿でよろしくね」




 あまりに二十分は短かった。それでもウリクセス様は私が描いた絵を嬉しそうに受け取って……受け取った瞬間その絵のタルジュに愛おしそうに口付けた。間違いなく私が描いた私の姿絵なのに、最後に大好きなウリクセス様が触れるのは生身の私では無いのだと……涙が溢れた。それでも最後なのだからと必死に笑顔を作って……泣き笑いのような表情でお別れした。


 牢からの帰り道、渋い顔で迎えに来たルキウス様に、これからはウリクセス様の屋敷外で暮らすのだろうから大切な物だけ取りに行きたいと訴えたら、意外とあっさり認められた。沢山いた使用人や護衛がいなくなった屋敷で、とりあえず普段使っていた紙とペンだけ持ち出す。……あんなに私に良くしてくれたライラー達はどのような処遇になるのだろうか。私が物書きなのは広く知られているからだろうか、持ち出す物は特に怪しまれはしなかった。そして本当の目的である、スズランの花。せめてお気に入りのお花達だけでも慰めに連れて行きたいと言うと、これまたあっさり認められた。怪しまれないようにスズランの他にも数株指定し、鉢に植え替えてもらう。


 ウリクセス様の白斑がスズランのようだと言ったのは私。普段は手袋と長袖の洋服で隠しているウリクセス様のそれをスズランと結びつけることが出来るのは、ほんのひと握りの者だけだ。しかもこの帝国ではメジャーな花ではない。そこまで警戒しなくてもバレはしなかったのかもしれないが、念には念を入れて。失敗すると後がない。




「あんなに恋しがって泣いていたのに、随分落ち着かれましたね?あの男に何か言われましたか?」


 翌日、宮殿で私が生活している部屋に運び込まれた鉢植え達を動かし部屋のレイアウトをしている所に、ルキウス様が訪ねてきた。


「……別の誰かを愛して生きるように言われました」


 嘘は言っていない。本当に言われたことだ。


「本当にあの男に従順ですね。少し話すだけで諦めが付くのであれば、もっと早くに会話することを認めるべきでした。……タルジュ様の次の婚約者はどうやら私になるようです。私にはそこまで従順に生きなくて良いのですよ。無理強いもしませんしね。そんな暗い顔しないで、一緒にこの帝国を、アズィームを良く出来るように、頑張っていきましょう」


 一緒に頑張る?恐らくウリクセス様をこんな目に遭わせた人と一緒に?有り得ない。


「……ごめんなさい。ウリクセス様の処刑が終わるまでは、安らかに天に登れるよう、ここでお祈りしていたいの。そうウリクセス様がおっしゃったから、叶えて差し上げたいの。今後のことはそれから考えさせてください」


「ここで?タルジュ様なら処刑場まで行くのだと泣き喚くと思っていましたよ。当然許可が出ませんから、どのようにして諦めてもらおうかと考えていたのですが、無駄だったようですね。ただし、そこまで大人しくされたとしても、ここから先数年は必ず一人きりにならないよう見張りのものが付くようになります。……後を追う事を危惧しての事ですから、刃物など危険な物も今後お渡し出来ません。それだけはご了承ください」


 今までも室内で完全に一人になることなどほとんど無かったし、引きこもる場所が変わっただけで大差ない。

 私が返事をしない事を了承と受け取ったのか、ルキウス様は早々に部屋から立ち去った。

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