叶えてくれる?(1)
ここから数話暗くなりますが、作者はハッピーエンドが好きです(*'ω'*)
目が覚めると知らない部屋にいた。ここはどこなのだろう。ベッドから起きあがろうとするが体の節々が痛いし、目眩もひどい。頭痛はマシになった気がするのだけど……そうだ。確かラエティティア様とお茶をしていたら、いきなり吐き気や頭痛に襲われて。それからの記憶が一切無い。
「目が覚めましたか?」
心配そうな顔で声をかけてくる金髪の男性。黒いローブ姿なので印象が違うが、ルキウス様のような気がする。
「ルキウス様?ここは……?」
「ここは宮殿内にある客間の一つです。まだ体がお辛いでしょうから気にせず横になっておいてください」
本当に体が辛いので、お言葉に甘えて横になったまま会話を続けさせてもらう。
「何があったのでしょうか。私、ラエティティア様とお茶をしていたら急に気分が悪くなってしまって。宮殿にいるということは、何か特別な治療でも必要だったという事でしょうか?」
ウリクセス様の屋敷にいたはずなのに宮殿に連れてこられているということは、自室に運ぶのではダメな理由があったのだろう。ウリクセス様にも心配をおかけしてしまったに違いない。
なぜかルキウス様が黙ったままなので問いかけを続ける。
「あの、ウリクセス様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?きっと心配をおかけしてしまったので……お会いしたいのですが」
「お可哀想に。あの男に裏切られた事を知らないのですね」
サッと血の気が引く感覚がした。一体どういうこと?そう聞きたいのに、聞けない。でも文脈的に、なんとなく予想できてしまって……寒気と震えが止まらない。
「あぁこんなに震えてしまって……タルジュ様、貴女とラエティティアはあの男に毒を盛られて殺されかけたのですよ。特にタルジュ様は尊い身を散々弄ばれた上にこのような仕打ち……さぞ辛かった事でしょう。ここにいれば安全ですからね」
ルキウス様が私の頭を撫でてくる。優しい手つきだが、違う。私が好きなのはこの手じゃないの。普段は黒い手袋で撫でてくれて、私がねだると「直接触ってなんて言うのタルジュくらいだよ」と柔らかな笑顔で言いながら手袋を外して白いスズランの咲く手で撫でてくれる、ウリクセス様じゃないと――嫌。
「ウリクセス様は、どちらに……?」
必死に声を絞り出す。ルキウス様は、あの男としか言っていない。ウリクセス様ではない。ウリクセス様がそんな事する訳ない。
「……地下牢に。タルジュ様、あまり罪人の名を口にしてはいけません。貴女が眠っている一週間の間に、あの男の刑は確定したのです」
「う、そ……」
誰も嘘だとは言ってくれなかった。ルキウス様と入れ替わるように部屋に入ってきた医師たちも、食事や着替えを運んできた見知らぬ侍女達も、誰に問いかけても答えは同じ。
通常はそんな短期間で刑が確定するわけがない。絶対におかしい。ウリクセス様がそんなこと、する訳がない!
「ルキウス様!お願いです、どうかウリクセス様に、一目でも良いから会わせてください!」
目が覚めて数日もすれば元通り動けるようになったが、部屋には厳重に警備が敷かれていて出ることは許されない。何故か毎日私を訪ねてくるルキウス様に、必死の思いで訴える。
「申し訳ないですが、罪人に会わせる訳にはいきません。特にタルジュ様、貴女は騙され毒を盛られたのですよ?また何かが起こって、その尊い身に何かあってはいけません。貴女はこの帝国の要なのです。罪人が処刑されるまではこの部屋にいれば安全ですから……あぁ泣かないでください」
ルキウス様が眉を寄せ眉尻を下げ、困った顔をする。
「信じられません……ウリクセス様がそんなことする訳がないのです……」
確かにあの時用意された口にするものは、全てウリクセス様の屋敷内で用意されたものだった。しかし、だからといってウリクセス様が毒物を混入したと決め付けるのは早計ではないだろうか。大抵はその屋敷に仕える者の一人が敵対勢力の一味で、というのがセオリーだ。
「未来の皇妃と貴女という尊い身を、二人も毒で失いそうになった。その責任を屋敷の主人が取るのは当然の事。それは第二皇子であったとしても変わりない。あの男が直接手を下したのかどうかは関係ないのですよ。屋敷の主人も使用人も全員処罰される。この帝国の刑法は、貴女もご存知でしょう?」
「そんな……」
ラエティティア様は私より軽症であったらしい。嘔吐や頭痛などがあり寝込んでしまったが意識はずっとあったようだ。
「では、ラエティティア様に会わせてください。お願いですから……」
意識が途切れる前、最後にラエティティア様は何かを謝っていた。もしかして何か知っているのではないだろうか。
私があまりに頼み込むせいか、ルキウス様の妹だからか、ラエティティア様に会うことは比較的すんなり受け入れられた。しかし、私が会いに行く形ではなく、ラエティティア様がこちらを訪ねてくる形が取られる。それほどまでに、私がこの部屋から出ることを警戒されているのか。
「ごきげんようタルジュ様。お加減はもうよろしいのですか?」
相変わらず凛とした佇まいのラエティティア様と向かい合わせにソファーに腰掛ける。
「はい。ラエティティア様も、比較的軽症だったとお伺いしましたがご無事でよかったです」
この会話の場には、食べ物も飲み物も用意されなかった。……私がお断りしたからだ。
「ラエティティア様、私、真実が知りたいのです。ウリクセス様が私達に毒を盛るなんて事ありえないと思いませんか?」
そう問うと、また可愛く首を傾げ考えるように口元に手をやるラエティティア様。
「私も信じられない気持ちでいっぱいよ。でも、私達があの日あの場で倒れたのは事実。私にはもうどうしようもない事だわ」
逆に白々しいとまで思ってしまう。この人は何か知っているに違いないのに。
「私が倒れる瞬間、ラエティティア様は何かおっしゃっていましたよね?謝るような言葉だったように思うのですが、あれは何だったのでしょう?」
「さあ?私そのような事言ったかしら?ごめんなさい、私もあの時の記憶がはっきりしていなくて……」
ダメだ。この人と話をしても埒があかない。
「ではラエティティア様。私は真実が知りたいのでウリクセス様に直接お会いしてお話したいのです。護衛つきでも牢の柵越しでも構いません。ラエティティア様の権限で、それをお許しください」
「え?タルジュ様のお気持ちはよく分かりますが……あの男はもう罪人なのです。今はお辛いでしょうけど、時間が全てを忘れさせてくれるはずです。どうか処刑が済むまでここで静かに過ごしましょう?」
「違う!ウリクセス様は無実です!毒を入れたの、ラエティティア様なのでしょう!?誰かに命じられて、紅茶に毒を入れたのでしょう!?私が紅茶を再度口に含むのをお止めになったじゃないですか!ラエティティア様、紅茶にミルクを入れた上に少ししか飲まなかったじゃないですか!分かっていたからそうしたのでしょう!?」
私に強い口調で糾弾されても、ラエティティア様は薄っすら微笑みを浮かべ黙ったままだ。
「お願い!刑が実行される前にウリクセス様にお会いしたいの!……愛する人に最後にお会いしたいと願う気持ちは、私の物語を好きだと言ってくれたラエティティア様なら、お分かりになるでしょう?」
それとも、私の書いた本を好きだと言ってくれたのは、私に近づくための嘘だったのだろうか。あんなに私とウリクセス様の話を楽しそうに聞いてくれたラエティティア様は、私が抱いた都合の良い虚像だったのだろうか。この人となら、仲良く義姉妹になれると……感じた私が馬鹿だったのだろうか。
拳を握りしめ、俯く。強く握りしめたばっかりに爪が皮膚に刺さり出血し、その上に涙がこぼれ落ちる。傷口に水は滲みるとばっかり思っていたが、全く痛みは感じなかった。
「……よく分かります。でも私にはそれを許可する権限はありませんから……フェーリックス様にお伺いしてみますわ」
こんな時は従順にフェーリックスに従うのね。きっと許可なんてされないのだろう。フェーリックスからすれば、婚約者が毒を盛られたのだから。
「ティア、こんな時ばかり女らしくするのだな?そいつとウリクセスが会う事を許可する」
いきなり聞こえてきたフェーリックスの声。パッと顔を上げると部屋の入り口にフェーリックスが立っていた。
「まぁ、いつの間にいらっしゃったの?」
「今しがただ。牢の柵越しで二十分、第一皇子の私が許可する」
「ありがとうございます!」
ソファーから立ち上がり深々と頭を下げる。まさかフェーリックスがこんなにスムーズに許可をくれるなんて思ってもいなかった。
「フェーリックス様、皇帝と占術省から睨まれたって私は知りませんよ?」
ラエティティア様が呆れたようにフェーリックスの方を見るが、フェーリックスの方はそんなの少しも気にしていないという風に室内に入ってくる。
「構わない。私はティアとの婚約を守るため、昔そいつの姉を手にかけた。その詫びだ。おいそこの兵、こいつを地下牢まで案内してやれ」
……フェーリックス、アイーシャお姉様の事覚えていたんだ。やっぱりただの気が狂ったやつではなかった。




