御伽噺に縋っても(2)
前話に引き続き、初めの方は甘々ですー!
「ねぇタルジュ、何故私が今日まで我慢したか知ってる?」
一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。ベッドの上で散々唇に口付けて、ついでに首筋や耳などにもキスを降らせてきたのに、本当に情事には発展させずに終わらせたウリクセス様に、逆に感心するわ……と思いながらぐったり横たわっていると、同じく横で寝転んでいるウリクセス様に問いかけられる。シャツ一枚にズボン姿という、最低限の所までは着崩してあるが、もちろん着衣に乱れはない。……私もある程度乱れはあるが、ちゃんとドレスは着ている。いや、目の前で夜会用の装飾品を外されだしたらさ……そういうことだと覚悟するよね?私の発想がはしたない訳じゃない、よね?
「わかりません。あ、ウリクセス様十八歳おめでとうございます。もしかしてお誕生日プレゼントとして欲しかったとかですか?」
そんな可愛い理由な訳ないか、と思いながらも他に思いつかないのでそう答えてみる。
「半分正解。もう半分は、タルジュの勉強不足だね。遠い西にある国に、『初めての口付けは成人する瞬間に。そうすれば永久に結ばれる』という御伽噺がある。勿論、二人が同い年で同じ誕生日でなければ成り立たないのだけど、少しくらい御伽噺に縋ってもいいだろう?」
……結構可愛らしい理由だった。クスリと笑ってしまう。
「本当は夜会で皆に見せ付けるようにして、私の婚約者であるというアピールに使おうと思っていたのだけど、やめた。嫉妬心で、もうあの場にタルジュを置いておきたくなかったからなのだけど、やめてよかった。目尻に涙を溜めて私に身を任せる姿が」
「恥ずかしいから説明してくれなくて結構です!」
「そう?タルジュは絵も上手だから、その姿を絵に描き留めてくれるなら謝礼として新しく出来る製紙工場の権利、タルジュにあげるよ。冗談抜きで」
権利は魅力的だが、そんな自分の姿を描くなんて罰ゲームでしかない。
「結構です!自分の顔なんて描きたくありませんから!」
「……可愛いのに。残念」
心底残念そうに、捨てられた子犬のようにシュンとするウリクセス様が可哀想に見えて、少し良心が傷付く。……いや、賢いウリクセス様の事だ。きっとこれも策略、こうする事で私が折れると思っているに違いない!
「そんな顔してもダメです。絶対に描きませんからね」
「へぇ……じゃあ描くって言うまで部屋に返さないでおこうかな」
耳元で囁かれ、耳の皺にそって舌を這わされる。
しないといいつつ絶妙に匂わせてくるのが、私からねだるように仕向けられているのかと錯覚してしまいそうだ。
「……別に私はそれによって色んな噂を立てられたって、痛くも痒くもないです。ウリクセス様だって、すでに婚約者と身を重ねていると思われる方が好都合なのではないですか?私に手出そうとする男性が減るのでは?」
「あははっ、言えてる。私の負けだね」
シュンとした顔はどこへ消えたのか。面白そうに笑うウリクセス様は一瞬だけ悲しそうな目をした後、再度私の唇に口付けた。
「──という訳で」
「きゃあぁー!甘いのに最後まで走りきってくれないこのもどかしさ!お預け感が半端ない、このもどかしさが逆に好き!」
これが自分の身の上話でなければ、私ももっと盛り上がれるのだけど。そう思いながら少し温くなった紅茶を口に含む。
「はぁ……素敵すぎてついつい叫んでしまいましたわ。やっぱりウリクセス様は心からタルジュ様を愛していらっしゃるのね。でもそこまで愛しているなら噂通り最後までしてしまえばよかったのに」
――紅茶を噴かなかった私を、誰か褒めてください!
「ケホッ……ラエティティア様そんなストレートな」
そして、やっぱり噂されていたのか。
あの夜から三日間、ウリクセス様は珍しく完全休業して私をあの部屋に囲い続けた。……勿論ウリクセス様は宣言通りキスまでしかしない。もはや我慢比べ大会のようだった。と、私は感じた。
「だって正式な婚約者でしょう?それくらい皆普通にしている事よ?」
じゃあラエティティア様もしていると言うのだろうか。私の視線に気が付いたのか微笑みで返される。こういう時だけ皇妃っぽい。
「幼少期に決まった私の婚約は、災害を防ぐと言われる伝説のアズィーム王家の血を出来るだけ濃く残すため。勿論一代限りの寵愛だと分かってはいるのだけど、それでも藁にもすがる思いでそうしているのよ。……アズィーム王国を侵略した理由の一つとして、帝国が自領土とすることによって、自力で王族の維持が困難になりつつあったアズィーム王家に変わり王家の血を濃く保つというのがあってね?簡単に言うと、帝国内にいるアズィーム王家の血筋の引くもの同士を掛け合わせて、アズィーム領で出産してしまえば……寵愛を受けられるのではないか、と。私に課された公務はこれで、将来タルジュ様もきっと求められる事よ」
ラエティティア様も紅茶にミルクを入れてクルクル混ぜ、一口飲む。
「ウリクセス様は、そんな事教えてくれませんでした」
「そうでしょうね。そんな事タルジュ様が知れば、まだ幼く体が弱いにも関わらず自分も子供を産むと言い出す可能性がありますし。義務感から、タルジュ様がもっと血が濃くなるような結婚……例えば私の兄のルキウスを望む可能性すら出てきます。タルジュ様を絶対に手放したくないウリクセス様なら、言わないでしょうね。あら?私余計な事を言ったと、ウリクセス様に怒られるかしら?」
この人は無自覚なのか策略でやっているのか。どちらにも見えて少し怖い。
「……ラエティティア様は、皇帝がウリクセス様の婚約者から私を外したがっているのをご存知ですか?」
できる事なら「知らないわ」と言って欲しかった。政治には全く関わりがなく、ただ第一皇子の婚約者としてぬくぬく暮らしているだけの、何も知らない純粋な人なのだと思っていたかった。
「勿論知っています。皇帝が自身の側妃に望んでいる事も、フェーリックスの側に付けようと私と立ち位置を変えようとしている事も、占術師の兄が血筋なら自分が一番相応しいと声を上げ続けている事も。占術師が大きな実権を握ってきた古くからの派閥と、ウリクセス様が作り上げた新しい政治を押す派閥とが、帝国内に大きな亀裂を生んでいる事も」
……全て知った上で、私にあの態度だったのか。恐ろしい人。なんだか動悸と頭痛がしてきた。
「単刀直入にお伺いします。私の事、邪魔ではないですか?」
「どうして?皆が仲良く暮らせるならそれが一番良いことですけど、そんなの不可能。私がタルジュ様を邪魔に思う理由なんて一つもありませんわ」
可愛く首をかしげられる。私がラエティティア様の立場なら、邪魔に思っていると思う。だって自分の愛する婚約者を取られる話が出ているのだから。
「あぁ、フェーリックス様の事ね?タルジュ様がフェーリックス様を嫌っているのはもう有名な話ですし、交換される事は無いと思うのです。でも皇帝が納得しない限り、フェーリックス様と私は結婚出来ない。しょうがないことです。国の決めたことに従うのは当然の事ですから、それに逆らい続けたウリクセス様はすごいと思いますわ」
「……逆らい、続けた?」
何故そこを過去形にするのだろうか。偶然そのような言葉遣いをしただけ?先程からやけにひどくなってくる頭痛のせいで、ちょっとした言葉尻すら引っかかるようになっているだけだろうか?
動悸を落ち着けようと再び紅茶を飲もうとするが、何故かラエティティア様に止められる。
――気持ち悪い。
急に嘔吐と目眩に襲われ、椅子から転落するように倒れ込む。
「国の決めたことに従うのは……当然の事ですから。ごめんなさい」
遠くなる意識の中で、ラエティティア様に謝罪されたような気がしたが、その理由は分からなかった。




